昼の議論
居間へと出て来ると、もう結構な人数が降りて来て丸く配置された椅子に座っていた。
暖炉の上の金時計を見ると、まだ15分前だ。
東吾は、急いで自分の椅子へと向かいながら、言った。
「あれ、もう始まるのか?ごめん、ゆっくり食べてた。」
敏弘は、首を振った。
「いや、集まって来てたからもう椅子に移動しとこうかって。まだ澄香さんと梓乃さんが来てないから、雑談してただけ。」
その二人は、さっき駆け出して行ってしまったので、来るのかどうかも怪しい。
章夫が、ため息をついた。
「呼びに行くのも面倒だし、本当に村に協力しようと思ってるなら来るだろ。もう始めようよ、時間の無駄だよ。」
その通りなのだが、空いた椅子が気になった。
哲弥が、渋い顔をして隣の空席を見て、立ち上がった。
「呼んで来る。村に支障が出るからな。もし澄香が人外ならいいが、村人だったら弁明させないと。待っててくれ。」
哲弥は、そう言って居間を出て行った。
敏弘が、ため息をついた。
「…まあ、あの二人が村陣営だったらきちんと話してくれないと確かに困るしな。それにしても、まともにゲームができるのかよ。」
人狼としてはありがたいが、こんな様子で勝ってもあまり嬉しくない。
東吾は思いながら待っていた。
しばらくして、哲弥はムスッとしている澄香と、泣き腫らした目の梓乃を連れて戻って来た。
二人とも、まともに議論ができるのか疑問だったが、不在のままで吊って罪悪感に苛まれることを思えば居るだけマシだと思われた。
それを見てから、敏弘はため息をついた。
「じゃあ、揃ったな。最初に、話がある。」と、識を見た。「識さんが提案してくれたんだが、狩人は後でこっそりオレに正体を明かして欲しい。これから先の吊り先とか、護衛成功が出た時に正体を知られずに村に情報が落とせるだろう。とにかく、こっそりいつでもいいから会いに来てくれ。紙に書いて部屋の中に放り込んでおいてくれてもいい。この中に居る狩人、頼んだよ。」
歩が、驚いた顔をした。
「え…そうか、ルール違反じゃないのか。すごいな!狩人が命を懸けなくても情報を村に落とせるのか!」
敏弘は、頷いた。
「そうなんだよ、目から鱗だろ?狩人保護のためにも、良い案だなって思って。」
乙矢が、むっつりと言った。
「識さんの案だってのが気に入らないが、確かにな。なんだってそんな、敵に塩を送るようなことを言ったのか知らないが。」
識が、特に驚くでもなく無表情に乙矢を見た。
「君からしたらそうなのかも知れないが、私は村に勝たせたいのだよ。君も何か案を出せばいいのではないか?村役職なら、何か考えつくだろう。」
言われて、乙矢は顔を赤くして黙り込んだ。
自分から吹っ掛けたので、これ以上何か言うと心象が悪くなると思ったのか、そのまま何も言い返さずにいた。
敏弘が、言った。
「じゃあ引き続きグレーの精査だな。澄香さんが時間が欲しいと言ったから待ったけど、話してもらえるかな?」
澄香は、ムスッとしていた顔を、不安げに歪めたが皆が自分を見ているのを感じて、表情を引き締めて顔を上げた。
「…私は、吊らないで欲しいわ。村人よ。」
敏弘は、小さくため息をついた。
「だからその、村人だって証が欲しいわけだ。何かある?」
澄香は、またひよるような顔をしたが、意を決したように、言った。
「…私は村役職なの!まだ潜伏してほしそうだったから黙ってたのに、酷いわ!」
え、役職?!
全員が、言葉に詰まった。
東吾の頭の中ではいろいろなことが駆け巡った。
猫又はまだ分からないが梓乃のはずで、後は狩人と霊媒と共有の相方しかない。
敏弘がこれだけ詰めるのだから、共有の相方ではない。となると、狩人か霊媒。
そう考えると、日向かと思っていたが、霊媒が限りなくあり得るはずだ。
狩人だとしたら、もっと護衛先を考えて占い師精査に力を入れているはずだし、澄香からはそんな空気は感じられなかった。
だが、狩人であることも捨てきれなかった。
東吾が何の役職だろうと頭の中で考えを巡らせていると、博が言った。
「…となると、他を考えなきゃならないってことだな。役職名は伏せたままの方がいいだろう。せっかく狩人のことは共有が知ることになったんだし、面倒なことになる。本当に役職ならの話だが。」
すると、識が口を開いた。
「…本当に役職なのか?」
東吾は、驚いた。
識には自分と同じ情報が頭にあるはずで、人狼でも狂信者でもないことは分かっているはずだった。
狐陣営の一人も占い師の中に居て、残りの人外は狐陣営の一人。
乙矢か妃織の仲間のはずだ。
だが、そういえばこの二人は澄香を庇わない。
東吾は、あ、と思った。
識の中では人外数が合わない。
澄香は限りなく真役職の何かだろうが、怪しいのでここで責めて明日の役職開示の時に、章夫有利に運ぼうとしているのだろうか。
となると、霊媒ローラーを案じていたような感じの日向は、背徳者なのかも知れなかった。
誰も、何も言わない。
だが、澄香は言った。
「だから、私は役職よ!初日に役職を吊るのはおかしいじゃない。疑うあなたはきっと偽者なのね。」
澄香は得意げだが、村からしたら役職を全開示されたわけでもないので、怪しいことこの上なかった。
狼目線でも、真役職か背徳者か狐のどちらかなのだが、如何せん黙って澄香を訝しげな目で見ている乙矢と妃織の様子を見ても、狐陣営ではなさそうだ。
となると、真役職なのだろうが、こんなに怪しい役職がいるのだろうか。
とはいえ、怪しいのだから別に章夫が真を取れそうなので、それは良かった。
何より村が気の毒だった。
日向が、言った。
「…なんか怪しいよね。」皆が、自分達の気持ちを代弁してくれているので、そちらを見る。日向は続けた。「だって、ほんとに役職っぽくないから。狩人か霊媒か猫又ってことでしょ?」
しかし識が、言った。
「別にもういい。役職だと言うのならほかのグレーを吊ろう。もし真役職ならば、今夜襲撃されるだろう。それで分かる。」
澄香は、目を見開いた。
「え、どうしてそう思うの?」
識は、答えた。
「狩人でも霊媒でも、狼からしたら厄介な相手だ。乗っ取りを画策しているかもしれないのだから、役職ならば噛む。君は役職者なのに村に疑われて吊り位置に入るというへまをやらかした。後は残念だが、噛まれて真だと証明するより他役に立つ方法はない。役職者なら、頑張って発言で吊り位置から逃れなければならなかったのだ。残念だが、村は役職欠けで進めねばならなくなったのだ。まあ、猫又ならば狼は噛まないだろうがな。」
日向は、言った。
「猫又のはずないわ!だって…それらしい人を他に知ってるし。」
オレのことか?
東吾は、なんとなくそう思った。
あの時、日向にもそう思われていたならあり得る。
だが、あの場に居なかったもの達から見たら、日向が猫又に見えたかもしれない。
哲弥が言った。
「とにかく、お前は役職だろ?猫又じゃないのか。」
澄香は、迷うような顔をした。
それが、騙ろうとして何と言おうと悩んでいるのか、言うかどうか悩んでいるのか東吾にも分からなかった。
「…今は、役職名は言えない。それだけよ。」
皆が、シンと黙った。
どう判断したら良いのか分からないようだった。
「…とにかく、グレー精査だ。」博が言う。「役職だと言うのだから、役職名は明かさない方がいい。猫又かもと思ったら、噛んで来ないかもしれないからな。グレーが話す方がいい。」
敏弘は、まだ納得していないようだったが、頷いた。
「そうだな。ここでこの事を話していても無駄な時間だ。じゃあ、今回は番号の後ろから。歩、話してくれ。」
歩はまだ怪訝な視線を澄香に向けていたが、口を開いた。




