昼ご飯
13時に集まることになっていたので、東吾はその一時間前に一階に降りて行った。
居間には二人の人が居て、窓際の椅子に座って話している。
東吾が入って行くと、それに気付いた浩介が振り返った。
「あれ、東吾?ご飯?」
東吾は、頷く。
「そろそろ食べておかないとって。みんなはもう食べたのか?」
浩介の前に座っていた、貞行が言った。
「もう食べたよ。やることないしね。今さあ、ここから外見てたら、熊みたいなのが向こうに動いてるのが見えたんだ。ほんとに熊が居るんだなってビビってたとこ。」
東吾は、目を丸くして窓へと寄った。
「え、どこ?!」
浩介は、首を振った。
「もう居ないよ。この窓、閉じ込められてると思うと嫌だったけど、確かにあんなのが居るなら頑丈で良かったって思ったよ。識さんが言うには、この窓ってめっちゃ頑丈で熊には破るのは到底無理なんだって。なんかね、重さとか計算してたよ。あの人、めっちゃ頭がいいんだ。」
貞行も、興奮気味に頷いた。
「そうそう!大きさと厚さから重さはこれぐらい、って簡単に計算してたんだ。あれはその辺の医者のレベルじゃないほど頭が良いぞ。ドン引きしたよ。」
東吾は、回りを見回した。
「でも識さんは?居ないよな。」
浩介は、答えた。
「博さんとご飯食べてまた時間まで部屋に帰るって上がって行ったよ。キッチンには、ご飯食べてる人がいっぱい居るから行って来たら?」
東吾は、いっぱい居るのかと、早めに来なかったのことを後悔したが、ここは情報を得るためにも、皆の心象をよくするためにも行くしかない。
なので、頷いた。
「じゃあ行って来る。また後でな。」
そうして、東吾はキッチンへと向かった。
扉を開くと、数人が確かにそこにあるダイニングテーブルで座って食事をしながら、皆と談笑していた。
東吾が入って来たので、皆がこちらを振り返る。
東吾は、笑顔を貼り付けて言った。
「なんだ、みんなここに居たのか。なんかおいしいものあった?」
手前の日向が言う。
「逆に有りすぎて迷ったけど、私が食べたパスタはおいしかったわよ。佐織はピラフ食べてたけど。」
佐織は、肩をすくめた。
「ピラフは普通だったわ。でも、中華はおいしいみたい。哲弥さんが食べてたチャーハンを少しもらったけど、すごくおいしいの。妃織さんが食べてた回鍋肉もめっちゃおいしかった。だから、中華にした方がいいよ、絶対。」
妃織は笑った。
「敏弘が中華にするって言うから私もそれにしたの。当たりだったわ。オススメ。」
東吾は頷いて、冷蔵庫に歩み寄って扉を開けた。
後ろから、わざわざ邦典がやって来て一緒に冷蔵庫の中を覗き込んで、言った。
「この辺りが中華だよ。オレも夜は中華にしようって思ってる。昼間だからいいかなってカップラーメンにしたからさあ。」
東吾は、言われて自分も昼からがっつり行きたいタイプではないからなあ、と思っていた。
これから議論しなきゃならないのに、満腹だと頭が働かないかもしれない。
「オレも中華は夜に取っとこう。ラーメンでいいや。そこまで腹減ってる感じでもないし。」
「ラーメンじゃ力がつかないかもだぞ?」敏弘が、テーブルから言った。「これから昼の議論なのに。」
東吾は、ハハと笑った。
「腹いっぱいになったら眠くなるから、尚更ヤバいよ。」と、湯沸かしポットを見た。「これに水入れたらいいよな。」
邦典は、頷いた。
「ああ、ここを押したら沸騰まで放置。沸騰したら勝手に切れるよ。やっとくから、ラーメン選んで来いよ。」
言われるままに、東吾は棚へと歩いた。
棚には、よくこれだけ、と思うほど、多くの種類のインスタント麺がひしめいていた。
「げ。選べないだろうが。」
邦典が、ポットの準備をしながら、声を立てて笑った。
「スッゴいあるだろ?オレもよく分からないから、適当にいつものやつを選んだよ。」
東吾も、選ぶのが面倒なので、見慣れたパッケージの醤油ラーメンを選んだ。
パッケージを破りながら、東吾は言った。
「…そういえば、熊が居たって。貞行から聞いたんだけど。」
それには、日向が答えた。
「そう!びっくりしちゃった、ここへ呼びに来てね。その時には識さんも居て、なんか難しいことを言って、結論はあの窓は破れないってことだったわ。」
例の計算云々のことだろう。
妃織が言った。
「あんなのがウロウロしてるんだったら、外は危ないわね。車でも怖いのに、やっぱりゲームやるしかないんだなあってみんなで話してたところなの。」
まだ逃げようとか思っていたのか。
東吾はそこに驚いたが、逃げようと思ってもいない自分にも驚いた。
閉じ込められている事実は変わらないし、追放がどんな感じなのかもまだ分かっていない。
それなのに、あまりそこには不安を感じていないのだ。
カップにお湯を入れて、テーブルの方へと歩いて空いている椅子へと座ると、敏弘が言った。
「今のところ、ここに閉じ込められている他は何も問題ないし、閉じ込められている意味も分かってしいいんだけどな。結局、追放ってどんな感じなのかまだ分かってないし、多分、じゃあ吊られた人は四階に、とかそんな感じなんじゃないかなと思うんだけどね。」
だったらいいけど。
東吾は、思いながら時間を見てカップの蓋を開いた。
邦典が、ふうとため息をついて言った。
「今はあんまりそのことは考えたくないなあ。ゲームを進めなければ追放って書いてあったし、どっちにしろゲームが壊れないためにも、みんな自分の役目をしっかり果たして頑張るしかないと思うしね。今夜の投票先が問題なんだよ。今日の進め方が、明日からのみんなの行動の基本になりそうだし、敏弘はしっかり村を引っ張って行かないと。多分明日からも、朝起きて朝会議、ご飯食べて昼会議、それから夕方から投票まで会議って感じになるんじゃないか?」
東吾は、慣れた味のラーメンを啜りながらそれを目だけで見て話を追っていると、敏弘は頷いた。
「だよな。頑張るけど、村人には協力して欲しいと思うよ。ここに人外が居ない事を願ってるけど。」
日向が、苦笑した。
「そうね、そう言われたらこれだけ居たら混じってるかも。そう思うと落ち着かないわよね。考えずにおこう。どうせ会議じゃ話し合わないといけないんだし。」
それはそうだが、こういう雑談の中で気が緩んで出て来ることもあると思うけど。
東吾は、思っていたが言わなかった。同じ陣営ではない日向に、教えることもないと思ったからだ。
敏弘が、ため息をついて立ち上がった。
「じゃ、オレは先にあっちへ行ってホワイトボードを見て進行を考えて来るよ。」
妃織が、慌てて立ち上がった。
「あら、私も行くわ!」
だが、敏弘はチラを妃織を振り返っただけで、特に返事もせずにさっさと出て行った。
それを追って行く妃織を見送りながら、佐織が小声で言った。
「…ねえ。なんか不穏な空気よね。」
日向が、それを聞いて頷く。
邦典が、言った。
「なんかどの陣営か分からないからって面倒がってたけど、妃織さんがついて回るんだって。敏弘は、ゲームの間だけでも離れてて欲しいみたいだけどな。」
あっちこっちで、恋人同士が何やらおかしなことになって来ている。
とはいえ、章夫は梓乃と恋人同士ではないと強く言っていたので、二組だけなのだが。
佐織が、言った。
「でも…恋人同士なんだし。もちろん勝ちたいから、共有者の敏弘さんには平等に見てもらいたいけど、冷た過ぎない?もしも人外でも、仲良くしていたら打ち明けてくれるかもしれないじゃない。そうしたら、村陣営にも有利になるわ。私は普通に接するべきだと思うけどなあ。」
それはそうだけど、敏弘の気持ちは分かるからなあ。
東吾は思いながら、ラーメンをさっさと食べ終えた。
「さて、オレも行くかな。」東吾は、カップを流し台へと運びながら言う。「ゴミここでいい?」
日向が、頷いて言った。
「うん、中身を捨ててこっちの袋に分別してるみたい。」
東吾は言われた通りにゴミを処理すると、扉へと向かった。
そうして、キッチンの人達は皆、居間へと出て行ったのだった。