行方不明
「え。呼び出された……?」
私は青くなって、言葉を返した。
陰陽寮に戻ってきた私は、さっそく澄真さまの介抱をしようと、辺りを見廻した。
けれど、どうした事か、そこに澄真さまの姿は何処にもない。
私は一人焦る。
まさか、また連れ去られた!?
以前、澄真さまは上司である吉昌さまに薬を盛られ、連れ去られたことがある。一瞬、その事が脳裏をよぎり、私は青くなる。
だってそうだろ? 澄真さまのあの青い顔。
ちょっとやそっとで復活なんかする訳がない。
「何かあったんじゃ……」
ボソリと呟き、床を見る。
先程までいたその場所には、私が澄真さまの為に持って来た氷袋が転がっていて、しっとりと水滴をつけ半分溶けていた。
私は慌ててその袋を拾い、近くにいた年配の陰陽師に尋ねてみることにした。
近くにいたのなら、何かを知っているかもしれない。
年配の陰陽師は、親切にも仕事から顔を上げて、にこやかに答えてくれる。
「あぁ、澄真なら、あー……ほれ、吉昌さまに呼ばれて行ったぞい」
「え? 吉昌さま……!?」
嫌な予感が的中する。吉昌さまっ! また、あの吉昌さま!?
「……」
心なしか、ブルブルと震えが来る。
一度ならずも、二度までも……っっ!
陰陽頭に向かって、その顔はなんだ! と怒られそうなほど、私の顔は怒りで歪んだが、仕事の書類を分別しつつ話し始めたその初老の陰陽師には、私の表情はまるっきり見えていないから、分かりはしない。
暢気に、話しを続ける。
「あぁ。なんでもなぁ、盂蘭盆会への出席を命じられたようだよ」
「え? 陰陽寮から出席するのですか?」
素っ頓狂な問いに、相手は頷く。
「例年、陰陽師は警護の方へ回るから、会の方へは上方しか行かないんだけどね。何故だか名指しで澄真が呼ばれたらしいんだよ。どうしたものかねぇ……」
言いながら、書類に目を通す。
書類はたくさんあって、まだまだ終わりそうにない。話ばかりしていたら、盂蘭盆会の用意が完了しない。
「まぁ、あれだろ? 舞を舞うくらいだろ……」
別の若い陰陽師が、書類を束ねながら口を挟む。
トントンと書類をならす。
舞!?
《舞》の言葉に、私は思わず相手の胸ぐらを掴んだ。
「舞!? 澄真さまが、舞うのですか!?」
思わぬ情報に、体が勝手に動いた。
見たい!見たくないわけがない。
「うぐっ……! く、苦しい……蒼人、やめ……っ」
腕の中で、先程の陰陽師がもがいている。
やめろ? これが止められるものか!
盂蘭盆会など、私の身分では参加出来ない。
けれど、見たい。
私は澄真さまの舞など、一度も見たことがない。それだけに、是が非でも見てみたかった。
きっと凄く美しいに違いない。
どのような衣装を着るのだろう? 時に舞は、女装する事もある。
(……まさか。まさか、まさか、女装するのではないだろうか……?)
特に神楽舞などになると、女性の着物を着ることがある。そう考え始めると、どうにか見れないものかと、思案する。
以前子どもの頃に見た、澄真さまの女児姿は、目が覚めるほど可愛らしかった。それを大人になってからするのか……!? ……いや、するかも知れない。
どちらにせよ、見ることは出来ないだろう。それが口惜しくて、私は唇を噛む。
こんなにも見たいと思っている自分が見れないのに、澄真さまの、髪や目の色が気味が悪いと悪口を言うような者たちがそれを見る事になるのだ、断じて許せない……!
ギリギリと首を締め上げていく私に、周りの者も驚いたようで、慌てて止めに入る。
「コラコラ蒼人! 落ち着け、落ち着けって!」
三人がかりで、ベリベリと引き剥がされた。
剥がされて一命を取り留めた(?)陰陽師が、床に手をついて、荒い呼吸を繰り返している。……そんな、大袈裟な。
「その事は、我々もチラッと聞いた。……今回は事情があるんだよ……っ!」
首を締められた同僚の陰陽師を見ながら、別の陰陽師が血の気を失いながら話をする。
「事情……?」
私は訝しむ。
確かに神楽舞くらいなら、澄真さまなら舞えるだろう。けれど、それは、ほかの陰陽師でも同様。
鎮魂の意味合いを込めて、陰陽師が舞うとしても、わざわざ澄真さまが舞う必要はない。他の陰陽師でも事足りる。
問題は、《舞い》ではない。
問題なのは何故指名されたのかと言うことだ。
私はキッと辺りを見回す。目が合って、陰陽師たちはビクッと身を強ばらせる。
ここで重要なのは、私の身分は、高いわけではない。むしろ低い……と言っていい。
そもそも私はまだ陰陽生。
陰陽師ではなくて、まだ学生の身分だ。
学生が先輩の陰陽師を、手の上で転がしているように見えるかも知れないが、実のところ私は、虎の威を借っているだけで、権力など微塵も持ち合わせていない。持っているのはこの馬鹿力くらいのものだろうか?
私は澄真さまの父上、澄晴さまのお気に入り……と言うわけで、みんな手が出せないのだろう。
別に、私はその事を鼻にかけているわけではない。場合によっては大いに活用させてもらってはいるが、ただそれだけだ。普段は怒られもするし、命じられれば可能な限り応えているつもりだ。
多分その事は、みんな知っている。
知っているからこそ、私が多少無茶をする時には黙って手を貸してくれる。
そもそもたかが陰陽生に、情報を流してくれる者など、普通に考えてみてもいるわけがない。虎の威でも何でも借りなければ、立場の弱い私など、何も知らず、何もわからず、無力のままに流されるのを待つだけだ。
自分のことならそれでも構わない。
けれど、こと澄真さまが関わっているともなれば、話は別だ。暴力だろうが虎の威だろうが色気だろうが、なんだって使ってやる……っ!
そもそも上下関係の厳しい貴族社会で、澄晴さまに睨まれてて生きていけるわけがない。まぁ、……澄真さまは別として。
皆は困った顔で、私を見ると、互いに目配せをする。私が言いたいことを、察したらしい。半ば渋々と説明をしてくれた。
「これはね、蒼人には言わない方がいいと思って、敢えて教えなかったことだからな、聞いて感情的にはなるんじゃないよ?」
そう前置きして、年配の陰陽師は、困った顔で口を開いた。
「今、内裏ではなぁ、不可解なことが続いているんだよ……」
「不可解?」
私の問いにその陰陽師は頷く。
「本当は、言ってはいけないんだけどなぁ……」
と言いながら、年配の陰陽師がしてくれた話は、確かに不可解な出来事ではあった。