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真夏の雪 (月星雪✻③✻)  作者: YUQARI
第二章 発端
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蒼人


 ──じき、雨が降る。



 澄真(すみざね)さまの言葉に、思わず飛び出して来た私だったが、思い返せば軽率だった。

 澄真(すみざね)さまを()()()()()()()()……!


「……」

 まずった。

 あのまま澄真(すみざね)さまを介抱する役を買って出てれば、今頃傍にいれたのに……!

 私は唇を噛み締める。



 思えば澄真(すみざね)さまを好きになったのは、子どもの頃だ。

 初めて出会ったあの時のことを、私は今でも忘れることが出来ない。

 体の弱い澄真(すみざね)さまは、()()()のために、可愛らしい女の子の着物を着ていた。

(確か……あれは……)

 私は思い出す。


 暗紅色(あんこうしょく)(あこめ)(女の子が(うちぎ)の代わりに着る着物)を澄真(すみざね)さまは着ていた。

 その上から、薄桃色の汗衫(かざみ)(薄手の上着)を羽織っていて、ひどく可愛かった……。灰青色の細長い髪が、その汗衫の上にふわりと広がり、長い睫毛は憂いを帯び、震えながらその儚げなその瞳を覆っていた。


「……」

 思い出しただけで、踵を返して澄真(すみざね)さまの元へ、帰りたくなる。

 いやいや、そんな事など出来るわけがない。一度言い出した仕事だ。最後までやり遂げるべきだろう。

 ふるふると頭を振るが、あの時の澄真(すみざね)さまの姿が消えることはない。


 ぼんやりと思考の海へと、私は再び溺れる。

 羽織っていた汗衫(かざみ)の左腕には、弓裁(ゆだ)ち(肩の部分が縫っていない袖)がほどこされていて、紅色の組紐でとめられていた。

 ただでさえ線が細く儚げな澄真(すみざね)さまの姿が、その着物のお陰で更に、繊細さを醸し出していた。


 あの時、私が子どもでなかったのなら、迷わず傍に駆け寄って、抱きしめたに違いない。

 なんであの時、触れようとしなかったのか……!

 幼い自分に腹を立てた。


 父上や絢子(あやこ)のいる()()()では無理だったかも知れないが、自分の住んでいる屋敷に、澄真(すみざね)さまは暫く滞在したのである。触れる機会など腐るほどあったはずだ。

 それなのに自分は、話すこともままならず、結局距離を置いてしまった。


 今なおそれは進行中で、澄真(すみざね)さまに触れるのには、相当な勇気がいる。


 そもそも私は、恋愛で頬を赤らめるような、そんなヤツではない。

 こう言ってはなんだが、良いなと思った相手には、その日のうちに手を出している。それが男だろうと女だろうと関係ない。

 ちなみにそれが、後腐れなければ、言うことない。


 相手が澄真(すみざね)さまでないのなら、どんなに嫌がられても、泣かれても平気だった。

(まぁ……嫌がられたことも、泣かれたこともないが……)


 けれど、それが澄真(すみざね)さまだったら……。

「……っ、」

 想像するだけで、鼓動が激しくなる。




 ──澄真(すみざね)さまの泣き顔など、誰にも見せたくない……!




 あぁ。……や、やっぱりまずった。

 澄真(すみざね)さまの傍にいるべきだ。そうだ戻ろう。


 そう思って、踵を返そうとした時、後ろから声を掛けられた。

「あ、蒼人(あおと)! コレ、よろしく……っ」

 言って生木の束を押し付けられた。

「……」

 はぁ……と私は溜め息をつく。

 暫く考えて、早く仕事を終わらせる方が、効率がいい事に気づく。


 早く生木を片付けて、澄真(すみざね)さまの所へ行って、それから……。

 考えるだけで、嬉しくなる。

 澄真(すみざね)さまは体調を崩していた。直ぐには思うようには動けないかも知れない。私が介抱して差しあげなければ……!


 男だと知った今でも、この想いは変わらない。

 変わるどころか、余計に傍にいたくなった。



 以前澄真(すみざね)さまの父上、澄晴(すみはる)さまは、私におっしゃった。




 ──(めと)りたい者がいれば、叶えてやる……。




「……」

 澄晴(すみはる)さまは、滅多に人とは関わろうとはしない。さすがは親子とでも言うべきか、それは澄真(すみざね)さまも同じだ。

 けれど一度関われば、無下にはしない。何かと世話を焼いてくれた。

 分家の跡取りとはいっても、家自体はなんの力もない、ただの下級貴族。ままならぬ事ばかりで、正直生きにくい世の中だった。

 けれど澄晴(すみはる)さまに、お引き立て頂いた後からは、暮らしが信じられないほど向上した。


 帝の信頼を一身に受ける澄晴(すみはる)さまが、懇意にしている……。その事実だけで、のし上がる事が出来た。


 裏社会を牛耳る澄晴(すみはる)さま。精霊と対話出来る澄真(すみざね)さま。

 見た目性格共に、二人はよく似ている。


 澄真(すみざね)さまが壮年になれば、このようになるのか……と、たまにうっとりと澄晴(すみはる)さまを見てしまうことがあるが、それほど見た目も好みもほとんど似ている。


 違うのは、その色。

 灰青(はいあお)色の髪と目を持つ澄真(すみざね)さまとは違い、澄晴(すみはる)さまは漆黒の髪と目を持っている。

 違う人物と分かってはいるが、つい澄晴(すみはる)さまには、ほだされてしまう。


 いや、そのせいではないな。

 澄晴(すみはる)さまには、逆らえない何か不思議な雰囲気が漂っている。


 そんな裏社会を牛耳る澄晴(すみはる)さまに、《娶りたい者は誰だ?》と聞かれて、私は胸が高なった。

 澄晴(すみはる)さまは、澄真(すみざね)さまの父上。


 前言を簡単に撤回する公家や貴族たちも多くいるが、澄晴(すみはる)さまは違う。同じように言われ、好みの相手を手に入れられなかった者など、未だかつていない。

 もしかしたら、手に入るのでは……! とありもしない期待に、胸が高なる。


 当然、澄真(すみざね)さまの顔が真っ先に浮かび、私はウキウキと口を開こうとした。

 けれど、澄晴(すみはる)さまは、その漆黒の目を細め、すかさずおっしゃった。




 ──けれど、女子(おなご)でなければならぬ。澄真(すみざね)はやれぬぞ……!




 あの時は、絶望の淵に追いやられた。

 正直あの時、言葉で人は殺せるのだと、実感した。


 我が子には関心がないかと思われている澄晴(すみはる)さまだが、その実意外と子煩悩だ。

 けれど、共にいるところを見たことがない。


 本家と分家の間柄の私が、見たことがないのだ。他の者など親子である事すら知らないかも知れない。

「……」

 ……いや、それはないか。見た目はひどく似ているからな……。


 そもそも澄晴(すみはる)さまの性癖が(ひど)すぎて、それを心配した臣下がこぞって澄晴(すみはる)さまと澄真(すみざね)さまを引き裂いたのだと、噂では聞いた。

 ……それほど澄晴(すみはる)さまの性癖は有名だ。


(……噂ならいいが。そこまでひどいわけでは……)

 私は頭を抱える。

 普通なら本家の主……澄晴(すみはる)さまと、一介の分家の子である私に接点など出来るはずがない。

 しかしどこで私の存在を知ったのか、澄晴(すみはる)さまは私をひどく気に入られ、嫁の世話をしてくれると言われるまでの関係になった。


 澄晴(すみはる)さまの権力と人脈を駆使すれば、嫁の一人や二人どうとでもなる。

 けれど、私は断った。




 ──いえ。……今はまだ。




 澄真(すみざね)さまがダメと言われ、他に誰がいると言うのだろう……?

「……」

 ただそれだけ言うのに、どれほど苦労した事か……。あの時、私の心は崩壊寸前だった。

 ……暗に、




 ──《諦めろ》




 ……そう言われたのに、等しかった。


 《そうか……。ならば、気に入る娘が出来たなら、その時言うがいい……》

 非情にも、澄晴(すみはる)さまはそう仰せられた。


 気に入る娘……? そんな者現れるわけがない。

 ……欲しい者は、手に入らない。

 傍にいるのに、触れることすらままならない。


 そもそも澄晴(すみはる)さまは知っていたのかも知れない。私のこの想いを……。

 だから、敢えて接点を作って、牽制したのだろう……。



「はぁ……」

 私は思わず溜め息をつく。

「なんだ? どうした蒼人(あおと)恋煩(こいわずら)いか? 珍しいな」

 ニヤニヤ笑いながら、同僚の時定(ときさだ)が肘で私の横腹をつついてきた。

 生木は、あらかた片付いた。場の雰囲気も、和やかになりつつある、そんな折だった。


「……うるさい。そんなんじゃない」

 ムッとして、私は答える。


 コイツと話している暇などない。仕事が終わったら、すぐに澄真(すみざね)さまの所へ戻りたい。今頃どうしているだろう? まさか、倒れてはいないと思うが……。

 考えて、少し青くなる。


「何言ってんだよ……。いい加減、お前もいい人を見つけろよ? 同期ではお前だけだぞ、結婚していないのは。……咲太(さくた)など、もう子が歩き始めているんだぞ……? お前のことだから、相手がいないわけじゃないんだろ?」

「……」

 言われてひどく悲しくなった。


 子どもが欲しくないわけじゃない。

 欲しいと思っている相手が、男だから困ってるんだよ!


「うるさい。手を動かせ! あと少しで終わるだろ……? ほら、雲行きが怪しくなってきたぞ!」

「うわ……。ホントだ。……やっぱり澄真(すみざね)さまの力は、恐ろしいな……」

 時定(ときさだ)のその呟きに、私の肩がビクッと震える。

 ほかの者が澄真(すみざね)さまに好意を寄せることも嫌だが、よく知りもしないのに、軽はずみな言動をする人間にも嫌悪感が隠せない。


「恐ろしい……?」

 私は眉を寄せながら、相手を睨む。

 睨まれた相手……時定(ときさだ)は、その事に気づきもせず、手を動かしながら、話を続けた。


「あぁ。お前、よく一緒にいられるな。本家の主だからか?」

「……そんなんじゃない」

 悪し様に言われた気がして、私はムッとする。


「だってそうだろ? 天気なんて、今まで星や雲の動きから見て、ほとんど占い頼りじゃないか! それなのに何? 精霊が騒いでいた? ……精霊なんて、微かにしか視えない。ましてや騒ぐ声など聞こえない。騒いでることすら、普通分からないだろ……? だけど、多分この様子なら当たるだろ……?」

 言いながら時定(ときさだ)は、空を見上げる。

 いつの間にか、黒く重い雨雲が、辺りを覆っていた。



 ──ビュオォォ……。




 生暖かい風が、吹き荒れた。


 雨が降るのは、もう確実だ。

「あとはなんだ? セミ? セミなど、気にもかけていなかったよ。コレが確実なら、占いの確率も格段に上がる」

「……」

 私は黙り込む。

 そうなのだ。精霊は普通視えない。


 視えたとしても(もや)があるな……ぐらいの程度だ。

 何をしているのか、話しているのか……表情すら読み取れず、ただ存在だけ感じれる……そんな、存在なのだ。


 それを《騒いでいた》と認識できるその()も凄いが、セミの動きにも気を巡らせているとは、さすがは澄真(すみざね)さま。

 思わず頬が緩む。


 けれどその力と知識が、脅威の対象にもなる。

 確かに、自分の知らないことを、簡単に知ることが出来る存在は、脅威であるのかも知れない。

 その事を澄真(すみざね)さまはよく理解していて、あからさまに知識をさらけ出そうとしない。


 しかし今回は、小さな精霊と虫のセミ。

 これくらいは……と思ったのだろう。あの時「しまった」……と呟いておられたから。

 袖で口を隠す姿が、可愛かった。


「ふふ……」

 私は思わず微笑む。

 少し抜けている澄真(すみざね)さまらしい……。

「……なんだよ蒼人(あおと)……お前、気持ち悪いぞ!」

 時定(ときさだ)は眉をひそめて、私を見る。




 ──ポツ。……ポツポツ、ポツ……。




「あ……」

 ついに雨が降り始めた。




 ザァー……。




 すぐに本降りになった雨だったが、澄真(すみざね)さまのおかげで難を逃れた生木は、全て綺麗に納屋へと片付けられている。

 それが嬉しくて、私は時定(ときさだ)の肩を軽く叩き、別れを告げる。


「じゃあな、時定(ときさだ)。お前の好きなミミズが、足元にいるぞ……?」

「はっ!? ミミズ!?……ぎぃやあぁぁあ……」

 私の嘘を本気にして、時定(ときさだ)は雨の中、走り去って行ってしまった。


 そんな背中をクククと笑いながら私は見送り、機嫌よくその場を後にした。

 早く戻って、澄真(すみざね)さまの介抱をしなければ……。


 軽快に歩く私の足音は、激しく降り始めた雨の音に、じわりと溶け込んでいった……。

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