澄真の見たもの。
──護符で、風式神出して!
満面の笑みで、狐丸は言った。
暑いから、式神で涼みたいそうだ。
「……。」
……こいつは、何を考えてるんだ……!?
私は思わず目を見張る。
そもそも、護符で式神を出せるのは、目的があるからだ。
基本アレは攻撃用。不用意に使えば、狐丸に危害を加えてしまう恐れがある。
……まさかコイツは、知らないのか……?
密かに私は、頭を抱えた。
そもそも私が風式神を操って、上から落ちてくるモノの威力を弱めたり、受け止めたり出来るのは、呪詛を調節しているからに過ぎない。
自分で言うのもなんだが、そこまで力を調節出来るのは、陰陽師多しと言えども、私ぐらいのものだと自負している。
狐丸は私と知り合って、日が浅い。
まさかと思うが、全ての陰陽師がそのような事が出来るのだと思っているのではないだろうか……?
「……」
私はなんと答えればいいか分からなくなって、しばらく黙った。
いやいや、そもそも暑いからと言って、護符を使うわけはないだろ? 護符は玩具ではない。作り上げるのだって、物凄く集中力を必要とする。
そんな事は、《符》を見れば、分かりそうなものだ。
護符は力を込めて、丹精に作り上げていく。複雑なその文字にも紋様にも、全て意味がある。
簡単に作り出せるものではない。
「……」
やっぱり狐丸がおかしい。
私は、そう結論づけて、ひとり頷く。
暑ければ人形になって、団扇で扇いだらいい。
別にわざわざ危険をおかして、風式神を呼ばなくてもいいハズだ。
私は意を決して、溜め息をつくと狐丸に向き直った。
半ば怒るだろうか……? と心配にもなったが、これは言っておいた方がいい。
「……暑いと思うから暑いのだ。気にしなければ、さほど暑くはないぞ?」
狐丸は、あからさまにムッとした。
思わずそれを見て、私はグッと息を呑む。
(いやいや、待て待て。私は間違った事は言っていない)
少し目を伏せつつ、自分に言い聞かせる。
現に、そう暑いわけではない。
確かに今、私が着ている狩衣になると、厚めの布地を使っているために、汗は吹き出る。
しかし、陰陽寮に出仕しなければならない私は仕方がないにしても、狐丸に至っては、狩衣を着る必要はない。
……と言うか、そもそも狐丸のソレは衣ですらないはずだ。自分の鬼火を変形させているのに過ぎない。
涼しい衣装に変えればよいし、分厚く見える衣装でも、妖力でどうとでもなるはずだ。
しかし狐丸は、そう受け取ってはくれなかったようだ。
始めムッとした様子だったから、何か文句でも言うだろうと覚悟したが、何やらグッと堪え、悲しそうな目を向けると口を開いた。
『……もう、いいよ。澄真のばか……!』
言うなり、青白い鬼火を吐き出して、そのままそれに乗ると、空へと駆けて行ってしまった。
「あ……」
私は少し、残念に思う。
最近どうした事か、狐丸に会う機会が少なかった。
せっかく会えたのに、今日は陰陽寮へ行かなければならない。呼び止めようにも、一緒にいてやる事など出来ない。
「はぁ……」
溜め息をついて、私は重たい腰を上げた。
もうすぐ盂蘭盆が近い。
盂蘭盆を取り仕切るのは寺なのだが、不測の事態に対応するため、陰陽師も当然駆り出される。
……要は、準備に忙しいのだ。
忙しくなる前に狐丸に会っておこうと、本来なら住処としているハズの黒狐寺へも出向いたのだが、そこにも狐丸はいなかった。
「はぁ……」
溜め息ばかりが出る。
やっと会えたと思ったのに、まさかの風式神……!?
他になにか、言うことはないのか……?
「……」
……そこまで考えて、私は頭を振る。
思えば私と狐丸は、犬猿の仲。
私は陰陽師で、狐丸は妖怪なのだ。
相入れるわけはないのである。
言う事などあるはずがない。
「……。あぁ、気が重い」
本当なら、仕事になど行きたくない。
けれど今は繁忙期。行かなければ、その名の通り、呪い殺されるに違いない。
「……」
いたたまれなくなって、私は頭を抱えた。
狐丸は二尾の白狐である。
大人しくしていれば、人間が狐丸の存在に気づくことなどほとんどない。
妖怪を視ることの出来る人間は、ほんのひと握りしかいないのだから。
しかし、狐丸は暴れすぎた。
妖怪が視える陰陽師だけでなく、帝の嫡男敦康さまを始め、多くの人物にその存在を晒してしまっている。
当然、アラを見つけて祓おうと、手ぐすね引いて待っている者もいる。
今の狐丸だと、それなりに力を持つ陰陽師なら祓うことが出来る。
けれどその体に秘めた力は、それだけでは納まるまいと、私は思っている。
「あいつ……多分、気づいてないよな……」
狐丸が飛んで行った後の空を、柱に寄りかかりながら、ぼんやりと見た。
話によると狐丸は、帝の嫡男敦康さまが、お忍びで外遊している折に出会ったらしい。
妖怪に襲われていた敦康さまを、狐丸が命を救ったのだそうだ。
相手は宗源火と言う顔だけの妖怪で、こともあろうか京の都に火を放った。
たまたま居合わせた狐丸が、敦康さまを救い、火を消したから事なきを得たが、狐丸も妖怪。悪さをしたのは白狐の狐丸なのだと、一時疑われ私がその駆除に駆り出された。
……そもそも狐丸が、あの宗源火を喰ってしまうから、わけの分からない事になったのだ。
騒ぎの原因である宗源火が、狐丸に喰われていないのだ。
その場にいる妖怪……狐丸が疑われたのは、道理だろう……。
私たちから攻撃をかけられたが、狐丸は逃げおおせた。
私が飛ばした捕縛の護符が、狐丸の前足に絡みついたから、逃げおおせたとしても、放っておいてもじき消えていなくなるだろうと、我々陰陽師は思っていた。
普通なら、これで終わるはずだったのだが、そこに敦康さまが出てきた。
元服を終えられたばかりの敦康さまは、御歳十二。
当初、白狐が我を助けた! とはおっしゃっていたが、誰も信じなかった。
私もそうだ。
まぁ、……当たり前だ。
本当の犯人は、既に狐丸が喰っていないものだから、唯一いる狐丸が犯人だと誰もが思う。ましてや庇う敦康さまも、元服を終えたと言っても十二歳。
まだまだ子どもだ。
見間違えたのかも知れないと、誰もが思った。
しかし、狐丸が逃げた後、私たちはこっぴどく叱られた。
──罰として、白狐を式鬼とし、護れ!
それが私たちに下された敦康さまからの命だった。
「はぁ……」
私は今日何度目かの、溜め息をつく。
けれど、その命令があったから良かった……。
私はボンヤリと思う。
命じられていなかったのなら、今頃狐丸は、この世にいないはずなのだから。
私は薄く目を閉じ、ホッと息をつく。
敦康さまには、お礼を言わなければならない。狐丸の恩人になるのだから。
盂蘭盆は、死者たちがこの世に帰ってくるのを出迎える行事だ。
「祓ってしまった妖怪も、戻って来るのだろうか……?」
ふとそんな事を思い、私はひとり、小さく笑った。