表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真夏の雪 (月星雪✻③✻)  作者: YUQARI
第六章 かくれんぼ
31/67

時定

「ふふ。くくくく、あははははは……!」


 あぁ、なんて愉快なんだ。

 なんて愚かなんだろう。


 もう、可笑しくて可笑しくて、どうにかなりそうだった。


 それにあの白狐!

 最近見ないと思ったら、あんな所にいるなんて。


 山で見かけた時は驚いて、思わず声を掛けそうになった。

 いやいや、()()()に関わると、ろくな事がない。最後にチラッと目線を合わせたが、何だか様子がおかしかった。

 前のような、毒々しい気配はどこへ行った?


「……まぁ、どうでも良いけど」


 俺は目を細める。

 気配でちゃんと分かるんだぞ。

 俺に抜け駆けして、()()()を勝ち取るなんて!

「ふふ。ふふふふふ……」

 でも、その勝ち取った仮契約をむざむざ手放すとか! よほど、あの澄真(すみざね)とか言う人間が気に入っていたと見える。


「人間ねぇ……」


 正直、もう飽きてしまった。

 前は俺も惹かれはしたけどね。



「……」

 込み上げてくる笑いがおさまり始め、俺は唇に指をあて、考える。


 でもまぁ、俺の計画はそっちじゃないんだよね。

 狙っていたのは、白狐じゃない。()()の方。


 例の澄真(すみざね)かって?

 違う違う。


 仮契約をする人間なんて、物珍しくはあるけれど、俺の狙いは人類の全て。

 妖怪たちをないがしろにした人間どもに、報復するのが、そもそもの狙い。


 人って残酷なんだよね。

 妖怪たちは何もしていないのに、式鬼(しき)として、駆り出された。


 何もしていないのに、祓われた。


 何もしていないのに、同士討ちをさせる。



 ふふふ。まぁ、同士討ちに至っては、悦んで参加するやつもいるけどな。だけどまぁ、人を襲う理由なんていらない。人が妖怪を襲う理由が、《目についたから》なら、俺だって、その理由で十分。


 アイツら、俺たちの人形のくせに、年々対抗手段を考えてるきやがる。うざいったらありゃしない。


 だから狙ってた。

 国の中枢を狙えば、すぐに機能は停止する。

 停止すれば後は簡単だ。好きなように()()ばいい。

「ふふふふ……」


 俺は懐からあるものを出す。

 鬼姫からもらった()()


「……。しかし、こっちも驚く程に、上手くいったなぁ」


 呟きながら手に持った()()を持ち上げる。

 髪紐には少し金糸が縫い込められて、キラキラと篝火(かがりび)に照らされて、使い古しには到底見えなかった。


 だけど、本当に危なかった。まさか見破られそうになるとはね。さすがは鬼姫と言ったところかな。

 俺は内裏から出て来た時のことを思い出す。


 あいつ、いきなり怯え始めるんだもんな。もうダメかと思って、危うく殺しかけた。

 ……いやいや、()()()()だから、殺しても死なないけど、警戒されるのは得策じゃない。呪物が集まるまでは、大人しくしとかなくっちゃ。


 あぁ、だけどアレは上手くいったな。内裏での受け答え!

「ぶふふふふ」

 思い出しても笑いが込み上げる。


 どの道、人間には俺たちの姿は見えなかったのに、上手い具合に、すり抜けた。

 まさか、あの女御が話しかけて来るとか思わなかったから、焦ったが、上手くかわせたのも、一重に俺の行いが良いからに違いない。

 俺はほくそ笑む。


「本当は後、もう一つ、欲しいんだけどね」


 (えさ)としての呪物(じゅぶつ)は三つ必要だ。

 一つ目は、既に置いてきた蘇芳(すおう)色の領布(ひれ)

 二つ目は、このみかん色の髪紐。

 三つ目は……さて、どうしよう?


「まぁ、コレを置きに行ってから考えるか」


 俺はご機嫌になって、宣陽門(せんようもん)を見た。

「今晩は」

 言って俺は手をヒラヒラさせながら、門をくぐる。


「お? 今日はお前が当番か? こないだもじゃなかったか? 廻りが早いな? そんなに人員が少ないのか?」

 宣陽門は左兵衛(さひょうえ)の陣とも言う。泊まりの兵衛の詰め所だ。当然門番が四六時中待機している。


「ふふ。何言ってんの。お前だってそうだろ? この前、会ったばかりじゃん」

 俺は気さくに答える。


 すると目の前の兵衛が、ハハハと笑った。

「違いない。確か、陰陽寮(おんみょうりょう)の人たちは、弘徽殿(こきでん)氷祓(こおりばら)いを始めたんだろ?」

 兵衛が尋ねる。


 俺は頷く。

「よく知ってるな? 極秘に進めてると聞いたのに……」

「ふふ。門番の情報網は半端じゃないぞ? 確か吉昌(よしまさ)さまと澄真(すみざね)さまがお入りになられて、澄真(すみざね)さまが呪われたのだとか……」

 神妙に言う兵衛の姿が可笑しくて、俺は吹き出しそうになり、慌てて手で口を押さえ、下を向く。


「ふぐ……。す、澄真(すみざね)さまは、……未だ意識が……戻ら……ぐふ……」

 顔をあげてさえいなければ、笑い声など泣き声とさほど変わらない。

 案の定兵衛は、俺の背中を擦り、なだめにかかった。

 チョロいもんだ。


「あ、あぁ、もういい。もういい。やはり、みんな澄真(すみざね)さまのお屋敷に行かれたのだろう? お前も大変だな? お前のようなヒヨっ子でも駆り出されてるくらいだからな」

 言われて顔を上げる。


 笑いを堪えすぎて、目の端に涙が溜まった。

 まぁ、それもちょうどいい。しかし、顔を上げるなら、微笑みを見せてはいけない。これがなかなか、骨が折れる。


「い、いいのだ。この位しか、お役には立てぬからな。……まぁ、何かあれば、上のものを呼ぶしか、脳がない……ほとんど役には立たんよ……」

 涙を拭く。


 あぁ。笑いすぎて、腹が痛い。落ち着け、俺……。


「まぁ、お互い頑張ろうや!」

「おう!」

「じゃあな、時定(ときさだ)

「おう!」

 俺はおうおう言いつつ、後ろ手で髪紐を持って、ヒラヒラと手を振った。本当にチョロい。


 髪紐は、《人》の目には視えない。

 視えるのは、《鬼》以上の者だけだ。もしくは、特殊な妖怪のみ。《人》には……まぁ、ほとんど視える者はいないし、視えなければ触れることも出来ない。


「……」

 だから、おかしい。


 澄真(すみざね)には()()()()()()()()のだ。しかし視えた。

 視えたからこそ、あの領布に触れたのだろう。

 触れなければ、氷鬼が攻撃してくるわけがない。氷鬼は至って友好的なやつらだからな。


「……。まぁ、いいか。早く、()()を置きに行こう」


 俺は廻りを点検している風を見せつつ、目的の場所……温明殿(うんめいでん)へと向かった。




 ◆◇




 温明殿は静かなものだった。

 ここには、賢所(かしこどころ)といって八咫鏡(やたのかがみ)が祀られている。

 三つの部屋からなるこの場所は、帝に通じるものしか入れない。しかも最奥の内内陣(ないないじん)に至っては、帝すら入れない神聖な場所だ。


 しかし、それも俺なら入り込める。

 《人》の姿になっていれば見つかってしまうが、元の姿になれば、誰にも見えない。

 入っては行けない場所でも、見えないのであれば、入り放題だ。

 ついでに、他の者が入れなければ、呪物も容易には排除出来まい。


「くふふふふふ」


 俺は忍び笑いをしつつ、辺りを確かめる。

 誰もいないことをじっくり確かめた後、元の姿へと戻った。




 ──ポンッ。




 軽い音を立てて、元に戻る。

 そのままするり……と温明殿の(きざはし)を上り、内部へと侵入した。


 建物の廻りには、警護の者もいるが、俺を止める者は誰もいなかった。

 目指す賢所には、警護の者すらいない。


 下陣(げじん)内陣(ないじん)と進み、内内陣(ないないじん)へと入る。何ともチョロいものだ。チョロすぎて、欠伸が出る。

 こんなだったら、何も陰陽寮に忍び込む必要もなかったな……。


 様々な結界を危惧して、陰陽寮に入り込み様子をうかがったが、時期も良かったのだろう。陰陽師たちは、盂蘭盆(うらぼん)の準備でてんてこ舞い。突然の奇襲には、対応出来なかった。

『……』

 都合は良かったが、とんだ肩透かしだ。もう少し、骨があるかと期待もしたが……。


 俺は祠の中を覗く。


 立派な祠の中には、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の御神体として、八咫鏡が鎮座していた。


『ふふふふ。コレで二個目……』

 髪紐を八咫鏡の下へ置く。


 置いた途端にそこから、冷気が発せられる。



『ふふっ、さぁ、かくれんぼだよ。隠れるのは鬼さん。見つけるのは陰陽師……さてさて、無事に視つけられるかな……。ふふ。くふふふふ』




 ──もういいかい?




 ──もういいよ……。




 言うやいなや、氷鬼(ひょうき)たちが現れる。




 ──キン……ッ。




『!?』


 不測の事態が起きた。

『フン。やっぱり反応するか……』


 八咫鏡が氷鬼に反応し、排除にかかったんだ。これは如何ともし難い。


 せっかく現れた氷鬼は、キーキーと哀れな声を出し、消えていく。

 しかし、氷鬼も負けてはいない。

 消されても消されても、姿を現す氷鬼に、俺は感心する。


『ふーん。あの姫さま、好かれているって事なのかな……? だけど、困るよね? 邪魔されちゃ……』

 言って俺は鏡に触れた。


 鏡は黒く染まっていき、その力を弱めた。


『そうそう、静かに眠ってて下さいよー』

 そう言って、手を離す。


 再び現れた氷鬼は、少し怒っていた。数も多い

 消された腹いせだろう。仲間を大勢呼んで、さきほどよりも強い力で氷を吐き出した。


 俺の術でなりをひそめた八咫鏡だったが、更に追い打ちをかけるように、氷鬼に氷漬けにされてしまった。哀れなものだ。


 如何せん、防御反応が良かった為に、氷鬼がムキになった。こちらはすぐに凍りつくだろう。


 さて後一つ。

 あと一つは……。鬼姫の首でも置いててやろうか……? ふふふふふ。それはそれは、氷鬼共が泣いて喜ぶだろう。



 もうすぐ術は完成する。


 さてさて人間さま? あなたたちはどう立ち向かって来る気だい?

 それともそのまま、凍ってしまうかな……?


 俺は愉しくて仕方がない。

 来た通りの道をそのまま戻り、俺は陰陽寮へと戻った。


 さてさて、そろそろ隠れた鬼姫が、見つかる頃だろうか?

 それとも見つけられぬまま、滅びるか……。


 とくと高みの見物と、洒落こもうかな。

 俺は薄く笑って空を見上げた。


 八咫鏡が曇ったせいだろうか?

 こちらの雲行きも、随分怪しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ