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真夏の雪 (月星雪✻③✻)  作者: YUQARI
第三章 月見草と領布
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かくれんぼ

 《"氣にあてられる"……?》


 意味がわからず、目を泳がせる。

 《ついて来なければよかった……》

 わたしは少し後悔してしまう。


 確かに(ゆかり)は、閉じ込められた空間から出してくれた。

 けれど、何故わたしが()()()にいた事を知っていたのでしょう?



 わたしは()()()、声が出せなかった。

 たから、助けを呼ぶことも出来なかったのです。


 暗く狭いあの場所では、人の気配など少しも感じませんでした。

 だからもし、声が出ていたとしても、きっと誰も気づいてくれなかったに違いない。


 わたしは出かける時に、()()()()()()()()()()

 だから姉さまたちも、わたしがいないことに、直ぐには気づかなかっただろうし、時間が過ぎてしまえば、私を見つける手段も少なくなる。

 だから見つけられないでいるのかも知れません。


 けれど(ゆかり)は、わたしを見つけることが出来た。


 ……たまたまかしら?

 それとも……




 あぁ……そう、だ。


 わたしはふと、たくさんの姉さまたちがいたのを思い出す。

 その姉さまたちとは、よく……かくれんぼ遊びをした。


 何故だかわたしは、いつもすぐに見つかってしまって、姉さまたちは笑ってわたしを抱き上げるのです。

 隠れ方が下手なのかと、決まりを破って、遠くに隠れたこともありました。

 けれどそれでも見つかるのです。




 ──『何故、分かるのですか?』




 わたしが聞くと、姉さまたちはクスクスと笑います。



『だって……は、大切な妹ですもの』

『……は、大切な姫さまですもの』

『……がいるところに、わたくしたちは()()()()()()()だから』




 ──『だから必ず見つけ出せるのよ……!』




 けれど今回、姉さまたちは、来てはくれませんでした。

 何故、……見つけられない、のか……?


 それは少し、不思議でもありますが、見つけられないのは、わたしにとっても好都合で、あまり深くは考えていなかった。


 けれど、あの姉さまたちですら、見つけられないんですもの。

 (ゆかり)が私を見つけられたのは、少し、……変な気もするのです。


 いつも不思議な力で、わたしを見つけていた姉さまたち……。今は何をしているのかしら?

 わたしがいなくなって、心配しているの……かしら……?


 わたしは(ゆかり)を見る。




 ──何故、わたしは(ゆかり)()()()()()のかしら……?




 目の前にいる()()()は、いったい何者……?

 ゴクリと唾を飲み込みます。


 震えながら口を開いてみる。


『ねぇ、……ねぇ、()()()は、だぁれ?』




 ──ギリッ……!




 言った途端、(ゆかり)の視線がわたしを射抜く……!


『ふぐ……っ、』


 音がするかと思うほどの視線と、何か分からない気の塊のようなものを投げ掛けられ、わたしは困惑してその場に座り込んだ……!


 困惑……いいえ違う。


 息が出来なくなったのです。


 思わぬ苦しさに、わたしは喉を掻きむしる。

 ひどい恐怖が、わたしを襲う……!


 苦……し、い……。助け……、



「……」

 苦しむわたしを、(ゆかり)は静かに見下ろしている。




 ──助け……て……。




 手を伸ばそうとするのだけれど、力が入らないのです。


 あげることが叶わないまま、私の腕は、ガクガクと震える……。



 わたしの問に、(ゆかり)の緑色に輝くその目を細める。

 くすりと笑って、口を開く。

 ひどく形のいいその唇は、朱を掃いたように恐ろしい()……!




 ──「ウチは……(ゆかり)。だよ……?」




『!』


 ……そんなことは、知っている……。

 わたしが知りたいのは、そんなことではない。


 ……そうではなくて……!




 (ゆかり)の手が伸びてきて、わたしに触れる。

 ビクッとわたしの肩が跳ねました。


 繊細な感じのする、細い腕。


 その手には血の気がない、青白く長い指……。

 そっとその細い指は移動して(ゆかり)は、わたしの頬を撫であげる。



『ひぐ……っ』


 ひどく冷たい指でした。



 再びビクッと、肩が揺れる。

 恐ろしくて、苦しくてわたしの頭は混乱する……。



 《助けて……! 助けてっ》


 頭に浮かぶのは、大好きなあの人。

 名前、……名前はそう──。




 ──秋久(あきひさ)さま……!




 途端に涙が溢れてくる……。

 逢いたい。

 逢いたい……!


 思い出した途端、全ての息を吐いてしまい、わたしはもがいた……!


『……っ、』

 もう、息が……もたな、い……!



 苦しくて、目の端から涙は後から後から、こぼれ出す。



「……ひどい汗。今……楽に、してやる……」

 指先が、首筋を這う。




 《やめ……て……!》





 ──パリン……ッ。




 (ゆかり)のその冷たい指先が、喉に触れた瞬間! 何かが弾ける音がした。


『!?』



 一気に空気が、体の中に流れ込んで来る……!



『か、は……っ、はぁはぁはぁ……ゴホゴホゴホ……』



 激しく咳き込むわたしの背を、(ゆかり)が撫でてくれました。

『……っ!』


 撫でられた場所から、ゾクゾクとした悪寒が走る……。

 何かが、体の中から出ていく感触に、わたしは身震いした。


 《な、……んなの? ……これは……》

 ガクガクと再び震えが来る。



 怯えながら、(ゆかり)を見ると、(ゆかり)はさきほどの別人のような怖い顔ではなくて、無邪気で可愛らしい笑顔に戻っていた。


 《……え?》


「ごめん。怖がらせてしまったとかな? もう、冗談だって! おまじないとか、冗談に決まっとったい?」


『じょ、……冗談……?』

 (ゆかり)は笑う。


 暗く寂しい空気は消え去り、明るい雰囲気が漂う……。


「そうと! 冗談と! 寒くないおまじないとかじゃ、なかとだけん。風が吹く外より、中の方が暑いに決まっとったい!」

 言って、小さく笑います。


 《あ……、その事……》

 わたしは顔を少し伏せます。


 恐ろしかったあの感覚は、少しずつおさまっていきました。

 けれどその感覚は記憶となって、わたしの体の中に残り、ゾワゾワと痺れ続けるのです。


 わたしは震えるように、溜め息をつく。

 《あれは、いったい何だったのかしら……?》


 不思議なことに、不安は消えていく。

 ただ恐ろしかったその記憶だけが、体にこびりついて、拭いきれない。


「なに? 驚いたと? 君は面白かね」

 (ゆかり)は口許に両手をあて、クスクス笑う。


「あの《月見草》のあった部屋はね、()()()()って言ってね、土壁で出来とっとたい」


『土、壁……?』

 わたしの言葉に、(ゆかり)は目を細め、頷きます。


「そうと。土壁。神聖な場所……とか言うけどね、壁がしっかりしてるから、調度品を保管するとに丁度よかとよ。だけどあそこは特に風が通らんけん、暑かとじゃなかかなーって思ったと。だけん、領布(ひれ)ば、脱がんねって聞いたとよ」

 少しバツが悪そうに。


 それでも(ゆかり)は、可愛らしく笑って、舌を出した。


『……あ』

 わたしもよく、姉さまに向かって、舌を出して笑っていました……。

 そんな事を、今の(ゆかり)を見ながら、わたしは思い出す。


 ほんの少しだけ近親感を覚えて、わたしは少しホッと胸を撫で下ろす。


『……』

 まだ体はガクガクと震えて、立ち上がることが出来ませんが、相変わらず無邪気な(ゆかり)の姿を見ることが出来て、わたしは嬉しくなりました。


 そうか。

 そう……ですよね。

 …………。


 そっと目をつぶる。



 確かに(ゆかり)は恐ろしい。


 どんなに無邪気な笑顔を振りまかれても、優しい言葉を掛けられても、あの、深い悲しみをたたえた冷たい瞳は忘れることは出来ません。

 きっと(ゆかり)も、何かを背負って生きているのでしょう。


 けれど今のわたしは、何処にも行くあてがないのです。

 大好きなあの人の名前を思い出した今、唯一知り合えた(ゆかり)の助けが必要なのです……。


『……』

 わたしは軽く目を閉じ、息を吐く。

 ……大丈夫。危なくなったら、今度は素早く逃げればいいのですから……。


 わたしはそう言い聞かせる。

 油断していた時はいざ知らず、今は心構えが出来ましたもの。

 だからこれからは……きっと。きっと、大丈夫。



「あぁー! だけど、夜が開けちゃった! 君、疲れとるよね?」


『!』

 いきなり叫んだ(ゆかり)の声に、わたしは驚いて身を強ばらせる。

 (ゆかり)は、くすりと笑ってそんなわたしを覗き込みました。



 あぁ、そうか、……もうそんな時間なっていたのですね……。


『い、いいえ。疲れてはいませんわ』

 首を振って言ったけれど、(ゆかり)は顔を膨らませる。


「んー! ダメダメ。さっき真っ青だったとよ? 貧血じゃなかと? 疲れてないはずないとだけん! ちゃんと休まんとね! でも、まだ(うち)までちょっとあるけん、歩いてもらわんといかんけど……よかかな?」

 言って可愛らしくわたしを覗き込む。


『は、はい。まだまだ平気です……!』

「ふふ、よかった。じゃ、行こうか……!」


 言って手を差し伸べました。


『……』



 わたしは少し悩んだけれど、正直、行くところはないのですもの。

 そっと、その手に自分の手を重ねました。


 (ゆかり)は、にっこり笑う。


 朝日を浴びて、常磐色の細められた瞳は、不思議な色を醸し出していました。


 重ねたその手はひどく冷たくて、まるで死人のようだと、失礼にもわたしは、そう思ってしまったのでした。


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