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真夏の雪 (月星雪✻③✻)  作者: YUQARI
第三章 月見草と領布
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冷たい朝日

 少しずつ少しずつ、辺りが明るくなり始めました。


 真っ暗でよくみえなかった周りの景色は、少しずつ白く染まりだし、辺りを仄かに照らし出す。

 ちゅんちゅん……と可愛らしい小鳥の声も聞こえ始めます。




 ──もうすぐ夜が開ける……。




 わたしはそっと、東の山を見ました。

 金色に染まった太陽が、少しずつ顔を見せ始めます。


 登ってくるその太陽を見つめながら、何故だか分からない。


 分からないけれど、……無性に不安になる。

『……』



 屋敷に入る前に感じた、あの突き刺さるような視線を、再び感じる。


 いいえ。ちょっと待って。あの時(ゆかり)は何と言った?




 ──「これで準備出来た」





 確かにそう言いました。

 《準備》……とは?


 そもそもあそこへは、何しに行ったのでしょうか? 領布(ひれ)を置くため?

 ……そんな事のために、わざわざ行くでしょうか……?



 私は、ゴクリと唾を飲む。

 カタカタと勝手に、体が震え出した。



 何故?


 なぜだか、分からない。

 分からない……けれど……。




 ──……怖い。




 思わず浮かんできたその感情を、わたしはグッと堪える。


 そんなハズはない。

 そんなハズ、……はない。


 不安に思うのも、怖いのも、何かの間違い……。




 わたしは暗くて冷たくて、寂しかったあの場所から、自由になれたのですもの。

 たくさんの珍しい物も、見ることが出来ました。


 それに……それに、今は夜明け──。


 これからどんどん明るくなる。

 暗いと言って、闇に潜む者たちに無駄に怯える必要もない。


 怖い……?

 いいえ、少し……寒くなったのかもしれません……?



 そんな風に思おうとはしたのだけれど、……寒くはない。

 暑くもない。


『……』

 わけが分からなくなって、わたしは黙り込む。


 何だか無性に、……嫌な予感が、拭えないのです。




「? ……どうしたと?」



 ……ビクッ。

 呼び止められて、ひどく動揺する。




 ──怖い……。




『……』

 何故だか、分からない。

 分からないけれど、怖い──。



 青い顔をして下を向くわたしを心配して、(ゆかり)が顔を覗き込んだ。


 覗き込まれて、わたしはハッとする。


 不安が……漠然とした、不安が急に襲って来る。

 目が……彷徨(さまよ)う……。




『あ。……い、いえ……先程は暑かったのに、今はそうでもないな……と、思って……』




 わたしは(ゆかり)に嘘をつく。



 そう、嘘を……ついた。

 ……けれど他に、何を言うというの?



 《何か分からないけれど、不安なの》って?



 今日、会ったばかりの、この人に?

 助けてくれたこの人に?




 ──それではまた、迷惑をかけるだけ……。




『……っ、』


 けれど震えは止まらずに、ガクガクと激しくなっていく。


 本当のことは言い出せない。

 わたしは一人。


 わけの分からない恐怖に立ち向かう。



 なに? 何なの……。




 (ゆかり)に知られたくなくて、ギュッと自分を抱きしめる。

 けれど震えは止まらない。




 ──このままじゃ、心配させてしまう……!




 そう思って(ゆかり)を見る。



 (ゆかり)は、不思議そうにこちらを見ていた。

 優しい深緑の大きな瞳。



 けれど目が合うと、震えは更に酷くなるのです。




『ひっ……』




 思わず出てしまった悲鳴に、わたしは慌てて口を押さえる。



《どう、して……?》


 どうしたらいいか分からなくって、わたしは震えながら目をつぶる。




 ──いいえ。……分からないわけじゃない。




 わたしはこの時、ひどく()()()()

 もうどうしようもないくらいに怖くって、何かにしがみつきたくなった。



 けれど、それは(ゆかり)じゃない。




 ──……大好きな、あの人に、早く逢いたい……。




 逢えないから、見えないから、こんなに不安になるのかしら?


 それとも、()()()()に、怯えているの……?



 何に対して怯えているのか、それは分からなかったけれど、確かにわたしは()()()()()……。



 何かとてつもなく不安で、わたしはしてはいけない事をしているのだと、第六感と言うべきモノが教えてくれている。


 けれどそれが、何なのかは()()()()()




 漠然とした、不安……。──




『……』


 この震えは、(ゆかり)にも見えてるはず。

 それなのに、(ゆかり)は何も言ってくれない。



 震えるわたしを静かに(ゆかり)は見ていて、形のいいその唇の口角を少し上げるだけ……。




《……(ゆかり)?》




 血のように赤い唇が、やけに鮮明に頭の中に残る。




 ──「あぁ、それはね、あの建物は特別だけんたい(だからだよ)




 妖しく言って、微笑み返す。

 ……ゾクッとする程の笑み、で……。




『とくべ……つ……?』




 わたしは尋ねる。

 (ゆかり)は、面白そうに頷く。



 サラリと黒髪が零れて、少し気だるそうに掻き上げた。




「そう、……。うんとね、あそこには()()()()()()()()おまじないが掛けてあるとよ」



 微笑むように、目を細める。

 けれど、本気では笑っては……いない。




『おまじない……?』


「そう……」


 無邪気に笑って、そう短く答えてくれた。

 けれどその言葉に、少し疑問を持つ。




 ──そんなモノ……あったかしら?




 わたしは、呪詛や結界……と言うものには、興味がない。

 興味がないから、知らない……だけ?



『……』

 ごくりと唾を呑み込む。


 多分……違う──。



 建物に施すとしたら、それは間違いなく《結界》。


 けれどそれは、悪霊や妖怪など、()()()()()を遮るためで、温かくしたり涼しくしたりするためのもの、……ではなかったハズ。



 わたしは、頭を軽く振る。



 違う違う。

 やっぱり、(ゆかり)は嘘を言っている。


 だってあの時、なんて言った?




 ──今は夏。




 確かにそう言ったもの。


 今が冬なのなら、分かる。


 けれど今は夏。

 ()()()()()()()するわけがない。


 どちらかと言えば、()()()()()()()()する……はず。



『……』


 カタカタと音が鳴る。




 ──何故、嘘をつくの……?




 わたしの震えはひどくなって、どうしようもない。

 ひどく、恐ろしくて、堪らない……。



 あぁ……。

 どうしたらいい? 何が不安なの?


 不安の原因が分からずに、心の中が壊れてしまう……。




『ゆ、(ゆかり)……(ゆかり)……!』


 ひどく不安になって、その名を呼ぶ。




「どうしたの……?」




 心配するようなその声に、わたしは少しホッとする。



 ガクガク震えながら、わたしは(ゆかり)を見る……。

 何だか分からないけれど、ひどく不安で心配で、……助けて欲しい……。


『!』




 ──ゾクッ……。




 (ゆかり)は、わたしを見下ろしていた。




 ──とても冷たい深淵の、その更に奥深くに潜む闇……。




 常磐(ときわ)色の目は、深い悲しい緑をたたえ、こちらをじっと見ている。




 何を言うでもなく、静かに笑って……。




 確かに口許は、笑っていた。

 けれど目は、笑ってなどいない。




 ──『怖い』




『……っ、』



 わたしはどうしたらいいか、分からなくなって、必死で自分を抱きしめる。




「ふふふ……」




 (ゆかり)は、そんなわたしを見下ろして、とても愉しそうに声をあげて笑うのです……。



 なんで? なんで笑っているの……?

 何がおかしいの……!?



 その笑いが少し不気味で、恐ろしくなり、逆に震えが止まる。



『あ……』




 血の引く音が、聞こえるかと思った。


 目の前がチカチカし始めて、何も考えられなくなる。

 ドクドクと自分の鼓動が、耳の奥で木霊する……。



 ひどく気持ち悪くなって、どっと脂汗が出た。



 (ゆかり)は、くすりと笑って口を開く。




 ──「やはり、()()()()()()()()……」




 急に変わった口調に、わたしは目を見張る。


 低く呟くその顔は、まるで別人で、わたしの震えは止まらない。

 けれど視線を離すことも、出来なかった……。


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