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真夏の雪 (月星雪✻③✻)  作者: YUQARI
第三章 月見草と領布
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月見草

 (ゆかり)が案内してくれたのは、いわゆる()()めという場所で、寝殿の中でも最も神聖な場所だと言われています。


 本当は主以外入ってはいけない場所なのではないかしら?

 わたしはそんな風に思ったけれど、そこに飾られた調度品に目を奪われ、思わず歓声をあげてしまいました。慌てて両手で口をふさぎます。

 ドキドキと、辺りを見廻します。

 けれど、先程の女性からの叱責はなく、わたしはホッとしました。


 大丈夫……だったかしら? 上目遣いで(ゆかり)を見ると、(ゆかり)は横を向いて、必死に笑いを(こら)えています。

 余程わたしが、おかしかったのでしょうね?

 (ゆかり)は背中を向け、くくく……と静かに笑っていました。

 もう! そんなに笑わなくったっていいでしょう!?


 わたしは、ぷりぷりと怒りつつも、辺りを見廻します。

 部屋に飾られている物は、どれもこれも本当に美しい装飾品ばかり。


 珠飾りのついた簪に、べっ甲で作られた帯留め。見たことのない置物に、可愛らしいお人形まであるんだもの。

『わぁ……!』

 また歓声をあげてしまう。

 ……本当にわたしったら……。


 私は軽く頭を抱えました。姉さまたちが言っていた《姫さま》とやらには到底なれっこないのではないかしら?

 ……。

 でも、ここまで来たら、楽しんだ方がいいと思うのです。

 もしかしたらわたしは見つかって、もうじき姉さまたちに捕まえにやって来るのでは、と思うのです……。

『……』

 捕まれば、もうここには戻れない。

 姉さまたちは凄く優しいけれど、多分そう。……そういうところは、厳しいから……。

 だから。だから、今! たくさん楽しんでおきましょう!


 物珍しいものに目を奪われながら、わたしは外の世界の素晴らしさに酔いしれました。

 この世はなんて、色々なものを生み出したのでしょう。


 わたしは大きく深呼吸をして、目を輝かせながら部屋の中を見て廻りました。



 塗り籠めの中は、壁にそってたくさんの着物がかけられていて、わたしは目を奪われます。

 ……全くわたしときたら、本当に何も知らない子どもだったのですね。様々な発見に、心動かされます。

 燭台の炎は弱めで、少し暗めの中央部分には、黒塗りの長持ちが置かれ、よく使う物なのでしょうか? その台の上には(かんざし)や香の道具などが出されています。もっと良くその細工が見たくって、わたしは思わず身を乗り出してしまいます。


「君も、こぎゃんとが好きと?」

 夢中になって見ていたら、(ゆかり)が突然そんな事を言うのです。言われてわたしは、赤くなりました。

 かなり……はしたなかったですよね……。


『う、ごめんなさい……! あまりに綺麗だったものだから。それに珍しいのです。色々な見たこともない花や動物や虫たち。色んな細工で、この世の世界が凝縮しているのですもの……!』


「そう? 喜んでもらえて、ウチも嬉しかよ?」

 不意に(ゆかり)は、笑ってわたしの手をとる。


『!?』

 その手は、連れ出してくれた時に触れた手とは違い、ひどく冷たい手でした。

 冷えたのでしょうか……?

 いいえ、……そんなわけはありません。今は夏……だもの。


 私は少し驚いたけれど、気にしないようにしました。

 手の温かさなんて、変わるものですから。


「ふふ。どれも珍しくはあるけど、こっちはもっと珍しかよ?」

 (ゆかり)は無邪気にわたしの手を引きました。

『珍しい?』

 その言葉に、(ゆかり)は小さく頷きます。


「そう。……君は海を知っとる?」


 尋ねられてわたしは頷きます。

 以前姉さまたちに海の話を聞いたことがありましたから。

『見たことはないけれど、とっても大きな湖だとは聞いております』


「湖ね……。まぁ、そんなとこかな。その海の向こうから来た花でね、月見草って言うとよ」

 (ゆかり)は部屋の隅に飾られた、小さな白い花を指さしました。とても可愛らしい花でした。

 わたしは思わず、微笑みます。


『月見草……?』

「そう。夏の夜にしか咲かん花と(咲かない花なの)……」


 わたしは花を見る。

 可愛らしいその花は、四枚の大きな花びらをつけて、静かにそこに佇んでおりました。

『夜にしか、咲かない花……』


「うん。ウチ、これ見せたくてここに来たと。……あ、そう言えば、暑くはない?」


 言われてわたしは考えます。

『……少し、暑い……かな?』


 ずっと寒いところにいたせいか、少し汗ばんでいることに気がつく。

 気がついてしまうと気になって、わたしはどうしようかと途方に暮れてしまいます。


 (ゆかり)は、『そうだと思った!』と無邪気に言って、わたしが肩に掛けていた領布(ひれ)に手をかけました。

 あまりに突然な出来事に、わたしは少し驚いて身を引きましたが、(ゆかり)は意に介さないようでした。


「だったら、領布だけ脱いで、ここに置いとくといいよ。また取りに来ればよかとだけん」

『え? でも……』

「ここ以外に置くとこなかもん。どうせここ、あんまり人来んし。……それとも着とく?」

 顔を覗き込まれて、尋ねられ、わたしは少し困ってしまう。


『う、うーん。……ここで脱いで行ってもいいのですか……?』

「もちろん! ここに置いていた方が安全とよ? そこら辺だったら盗られちゃうかも知れんし」


 考えてみれば、わたしは記憶があやふやで、戻る場所すら……それどころか、名前すら覚えていないのです……。当然、着物を保管できる場所など、あるわけはなくて……。


 わたしは(ゆかり)の好意に甘えて、するりと領布を脱ぎました。

 蘇芳(すおう)色のその領布は、フワリと(ゆかり)の手の上で広がって、まるで蝶の羽根のように見えました。


 (ゆかり)は丁寧にその領布を畳んでくれて、そっと月見草の傍へと置きました。

 前からそこにあったかのように、わたしの領布はその場に収まります。


『さ、これで準備出来たと! 心置きなく()()()を探しに行けるけんね!』

「は、はい……っ!」

 (ゆかり)の勢いに押されて、わたしは駆け出します。

 目の端で、さきほどの十二単の女主人の顔がちらりと見えました。ちらりと見たその女性は、心なしか怯えているようにも見えました。


 《あれ? ……気のせい……でしょうか?》

 少し気になり戻ろうとしましたけれど、わたしの手を握る(ゆかり)の手は、思っていたよりも強くて、戻ることは出来ませんでした。

 わたしは仕方なくそのまま(ゆかり)について行くことにしました。


 その時わたしは、露ほども考えてはいなかったのです。

 ずっと着ていたわたしの領布。


 まさかわたしのその領布が、事件を起こすとも知らずに……。


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