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真夏の雪 (月星雪✻③✻)  作者: YUQARI
序章 紫とわたし
1/67

 シーンと静まり返った空間の中。

 ()()()はそっと目を覚ます。


 ここは、どこなのでしょう?

 ひどく暗くて、ひどく冷たい……。


 周りの様子は見えなくて、ただ恐ろしくて、誰かに助けて欲しくって、わたしは……ある人の名前を呼びました。




 ──……。




 微睡(まどろ)むように呟いた、あの人の名前。


 ……ちゃんと、呼べたかしら?

 声は……出ていなかったような、気がする……。



 もう、ずいぶんと会っていない。

 …………。

 ……おそらく……多分。


 多分、ずいぶん……会って()()()…… と、思うのです。


 何故って、多分わたしは、長い間ここに閉じ込められていたと思うから……。



 今は冬なのでしょうか?

 それとも春になったのかしら?


 わたしがここに閉じ込められてから、いくらか月日は、過ぎたのでしょう。いたずら半分で、勝手に切ってしまった左耳の近くの髪が、ずいぶんと伸びているんですもの……。

 ……いいえ、勝手に切ったわけではないの。家を出る時、わたしの身代わりが必要だった。

 その()(しろ)として、少し切る必要があったの。

 何故だかひどく体が重くて、動かすことが出来ないけれど、記憶の中にある、過去のわたしの姿より、少し違っている。……それだけは何となく分かるりました。




 ──わたしは少し、成長している……?




 けれど、不思議とお腹はすかないの。

 やっぱり、月日が過ぎたなんて、勘違いなのかしら?


 ……確かにそんな事は、有り得ないでしょう?

 成長するほどの年月……その間、何も食べずに生きられるなんて、出来やしないものね?


 わたしはくすりと笑う。

 笑うと少し、気分が晴れる。

 気分が晴れると、余裕が出てきたのでしょう。辺りを見廻すことが出来るようになりました。


 ……上手く動けないので、目だけをそっと動かして。


 ふふ。

 バカね。わたしったら。


 《成長している》……なんて。

 そもそもここは真っ暗で、日が落ちたのも昇ったのも、分からないのです。自分の姿を見る……なんてこと、出来やしないのに。

 切り取って短くなった髪は、きっと、視線から外れているせいなのね。

 私はふふと笑う。



 ……あぁ、でも。


 たくさん眠ったような気は、する、の……。

 そして……とっても悲しくて、……泣いていたような、気がするの。



 ここに来る前のわたしは、何をしていたのでしょう?


 ……あぁ、そう。そうだった。

 ……出掛ける用意をしていたのでした。

 だから家を抜け出すために、依り代を置いた。




 ──大好きな()()()と、出掛ける約束。




 約束の時間には、まだ凄く早かったけれど、持っていくものなど何もなかったから、わたしは早めに家を出たの。


 家を出るのは、結構大変だったのです。

 誰にも気づかれないように、日が明けるか開けないかのギリギリの時間を選んで、音を立てずに、こっそり歩く……。


 ふふふ。

 あの時は、なかなかドキドキしたのですよ?

 だって、家をこっそり抜け出すなんて、生まれて初めての事だったんですもの。


 運良く、みんなは眠っていて……、見つからなくって……。



 それから……それから、……どうしたのだったかしら?

 ()()()のことが、()()()()()()()()()()()()()

 ……どうしたことなのか、思い出そうとすると、頭が痛い。




 ──パアァ……。




『!』

 急に、辺りが明るくなる。

 わたしは眩しくて、着物の袖で、そっと顔を隠しました。


 ……あら? 動ける……?

 何故、動ける……のでしょう?



「ふふふふふ……。みーつけた。みーつけた。……面白いもん、みーつけたっと……」

 何かが、クスクスと笑いました。

 けれど、その()()がなんなのか、ちっとも見えません。


 久しぶりの陽の光に、わたしは目を眩ませてしまって、()()()()()は、黒い影にしか見えなかったのです。



『……誰かしら?』



 久しぶりに声を出した……のだと思うの。

 だって声は少し、かすれていましたから。

 けれど、わたし……こんな声だったかしら?



 少し戸惑っていたら、《その声の人》は笑って口を開く。


「ふふふ。ウチね、(ゆかり)ってゆーと(言うの)(ゆかり)って、呼び捨てて良いけんね? ……それと、君こそ誰?」

 その人は悪戯っぽく、勝気な常磐(ときわ)色の目を光らせます。

 男の人なのかしら? それとも女の人?


『わたし? わたしは……』

 聞かれてわたしは、言い淀みました。


 名前は、ちゃあんと覚えているのです。けれど言ってはいけないの。

 だって、()()()が《誰にも言ってはダメだ》と言っていましたから。

 そう。……バレてしまうのです。わたしがここに、隠れていることが……。


 言ったら、わたしはあの家に、帰らなくてはいけなくなるの……。

 帰ったら多分、もう二度と逢えなくなるです。

 ……あの人に。



 少しだけ、私の記憶はあやふやで、……。

 そう。……多分わたしは、思い出したくないのかも知れません。


 わたしの記憶は、薄いモヤが掛かっていて、全てを思い出せるわけじゃないみたい。

『……』


 黙り込んだわたしに、《(ゆかり)》と名乗ったその人は、優しく笑いかけてくれました。


「あぁ、別にいいとよ? 言いたくなかったら……。ウチは、君の気配感じて、ここに来ただけだけん」

 言って手を差し伸べてくれました。


 差し伸べられた手の意味が分からなくて、わたしは思わず目を見張ります。

『……え?』


 驚きながら、(ゆかり)を見ると、(ゆかり)は不思議そうに小首を傾げました。


「ん? ……君はここを、出たくはなかったと?」

 面白そうに、(ゆかり)は笑いました。


『……』

 わたしは、フルフルと首を振ります。


 ……出たい。

 もちろん、出たいのです!

 出て、()()()に逢いたい。

 出来る事なら、もう一度あの人に……!


『……わたしは、ここから出たい。出たいのです! ……出してくれるのですか……?』


 おずおずと尋ねると、(ゆかり)はうんうんと頷きました。

「もちろんたい。だからウチ、ここに来たとだけん」

 クスクスと笑いました。


 話を聞いてくれることが嬉しくって、わたしは身を乗り出します。

 あ、……動ける……。


 ずいぶん長い間、動けませんでした。だからなのでしょうか? 体が少し、キシキシします。

『ふふ』

 まるで、おばあちゃんになったみたい。

 わたしは可笑しくて、小さく笑います。




 ──あぁ、わたし。……今、動いている……!




 今まで動けなかったのですから、抜け出す事なんて、考えもしませんでした。

 けれど今、わたしは動いてる……。


『出たい。ずっと寒かったの。あの人……あの人に逢いたいのです!』

 思わず本音が口から漏れました。


「……? ()()()? あの人って、だぁれ?」

 (ゆかり)は首を傾げます。


『そう……あの人……。あの人の名前は……』

 その名を呼ぼうとして、口を塞ぐ。


 ……あれ? 名前が出てこない。

 さっきは言えたと思いましたのに。


 違う……。

 言えないのではない。

 多分わたしは、……わたしは、あの人の名前を……()()()()()()……?


 わたしは愕然(がくぜん)となりました。


『名前……名前はなんと言うのだったかしら……?』

 あたしは、頭を抱えます。

 あれほど逢いたかったというのに……!


 そんなわたしの様子を見て、(ゆかり)は笑いました。


「もしかして、忘れたと? 逢いたい人なのに? もう。……君ったら、面白いとだけん」

 クスクスと笑います。


「でも、しょんなか(仕方がない)よ? だってずっとここにいたとでしょ? 」

 困った顔でそう言いました。

「大丈夫って。ウチが手伝ってやるけんね!」


『……手伝って……?』

 わたしは恐る恐る尋ねてみます。


「うん! ウチ、なぁーんもする事なかけん。よかよ? 暇つぶしになるけん、こっちも面白そうな事見つけて嬉しかもん! ……ウチね、ずっと一人だったと。寂しくて……でも君がおるけん、嬉しかと」

 言って、わたしの手を引っ張りました。


「そうだ! 町に出てみたら、何か思い出すかも知れんよ? 君は多分、町に住んどったとでしょ? だって、綺麗な着物、着とらす(着ていなさる)もん」

 言ってわたしの着物を見おろしました。


『着……物……?』

 言われてわたしは、自分の姿を見ました。


 わたしの着ている着物は、紅梅色の可愛らしい着物で、肩から領布(ひれ)を垂らしています。領布は少し濃いめの蘇芳(すおう)色。裾には可愛らしい氷の花が描かれていました。

 生地は良い生地を使っているようで、サラサラと良い心地がします。


「うーん。領布は、今の時期には、少し暑いかなぁ……? でも、まぁ暑さは()()()とかな? ()だけん、ね……!」

『え……?』


 意味が分からなくて、(ゆかり)を見ました。

 (ゆかり)はその問いには答えず、ただ微笑みながら、わたしを見ます。




 ──あぁ、……この人は()()()()()




 ()()()が何なのか。ボンヤリわたしはそう思いました。


 そうなのですね。

 知っているのですね。





 ──それなら少し()()





 わたしはゆっくり目を閉じて、そう思いました。

 自分のことを全く知らない人よりかは、いくらか知っていてくれている方が、ホッとする。

 騙す必要がないですから……ね。


 《騙す……?》


「ねぇ、行かんと(行かないの)……?」

 (ゆかり)の言葉に、わたしは慌ててしまいました。


『い、行く! 行きます……!』

 慌ててわたしは、(ゆかり)の手をとりました。

 ほんのり温かくって、柔らかな手でした。

『……』

 ホッとして、わたしは静かに目を閉じる。


 あぁ、やっと()()行ける……。




 ──やっと、()()()の元へ……!



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