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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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年上の先輩を

 ルーミエのことはちょっと驚かせたけど、別にそのことを広めることもなく、その場の驚きだけで終わってしまった。

 僕らは[職業]を普段気にして生活をしている訳ではない。


 一般的には、というか村ではそのほとんどが村人か農民なので、魂に刻まれた[職業]を気にする人はいない。 話題に上らない。

 でも、これは僕とルーミエが町に行くようになってから気が付いたのだけど、町では度々職業が話題に出て来る。 それは町には村とは違って、やはり様々な職業の人がいるからだろう。


 ここでの暮らしの中で[職業]が話題にならないのは、それぞれがやっていることが、全員そんなに変わらないからだろう。

 違っているのは、経験の差、そしてそれ以上に実感するのがレベルの差だからだろう。

 僕とルーミエが見えることと、今までの経験で、ここで中心となっている僕らの中ではレベルの話はどうしても良く出てくる。

 魔法の使用を前提とした開拓をしているから、それを意識しないではいられないことも大きい。


 これらのことから、それでも町では話題になる[職業]はここでは話題にならず、普通は見えないから知られてもいないレベルがここでは話題になっている。

 ルーミエの[職業]が聖女であっても、その場の驚きだけで済んでしまったのは、そのせいだろう。


 「まあルーミエの[職業]が何であっても、別に何かが変わる訳でもないし。

  そもそもにおいて昔からルーミエやナリートはちょっと変だったしね。

  それに周りと違って特別に見えると言うなら、シスターはもちろん特別だし、フランソワちゃんも特別だし」


 「私は正真正銘の農民よ。 昔は[職業]貴族だと思っていたのだけど、ナリートに見てもらったら、本当は農民だったのよ」


 「フランソワちゃんの[職業]は、見えない俺たちからしてみると謎だな。

  貴族でも良いようにも思えるし、農民の神様みたいに思われているから、やっぱり農民なのかなとも思うしな」


 エレンの言葉に、昔と違って何だか特別じゃなかったことを喜んでいる感じでフランソワちゃんが答えると、ウォルフがふざけているのか真面目なのか分からない感じで言った。


 「何であれ、[職業]なんてあまり関係ないさ。

  俺たちだって、幾らかは[職業]でそれぞれに慣れるのが速い部分はあったけど、あの領主様を見てたら、そんなの関係ないことがよく解ったしな。

  そうだろ、ウォルフ」


 「ああ、確かにそうだったな。

  領主様はあれで[職業]村人だというのだから、関係ないな」


 「ということですから、シスター。

  私はシスターが『聖女様』と呼ばれたって別に構わないと思うな。

  フランソワちゃんなんて、半ば神様扱いなんだから、それと比べれば、大したことないですよ」


 マイアがまたシスターを怒らせるようなことを言った。 今度はフランソワちゃんも、明確にシスターの側に立ったみたいだけど。

 本当にマイアは町でシスターが聖女様扱いされているのが面白かったようだ。 いや違うかな、シスターが聖女様扱いされていたのが本当は嬉しかったのかもしれない。

 僕もシスターが町で聖女扱いされていると聞いた時に、[職業]聖女はルーミエだと知っていたけど、何だか僕らのシスターが「聖女様」と呼ばれているなんて嬉しい、と思ったもんな。



 開拓も3年目ともなると大分慣れてくる。

 3年目の新人が来るまでと、来てから少しの間は水路作りという新しいことで少し忙しかったのだけど、それ以降は1年目・2年目から比べると、順調そのものだ。


 米作りだけは僕が教えなければならないのでは、と考えていて、「大蟻退治と重なる時期があるんだよなぁ」と、ちょっとだけ悩んでいたのだけど、現実は全く問題にならず、水路を利用して、3年目の今年は田んぼがかなりの広さきちんと作られた。

 そう試験的に作った2年目も、僕はその田んぼを自分でしっかりと管理した訳ではなく、そのほとんどをフランソワちゃんに任せてしまっていたのだった。

 大蟻退治し加えて、その後は流行病の対処にシスターと一緒に廻っていたので仕方ないのだけど、米作りを提案した僕よりも、フランソワちゃんの方が実際は詳しくなってしまったのはちょっと悔しい。

 それにフランソワちゃんが言う方が、僕が何か言うより信用されもするんだよな。



 2年目と言えば、糸クモさんの飼育もお試しの1年目を成功裏に終えて、2年目へと突入した。

 こちらは僕たちは事前には全く考えていなかった展開だけど、何だかとても今年は気合が入っていた。 糸クモさんの飼育規模が一気に拡大されている。

 1年目は糸クモさんの卵をもらう時期も少し遅かったし、初めてのことで糸クモさんも警戒していたのか、僕らの用意した場所になかなか卵を産みつけてもくれなかったので、卵の数も少なかった。

 何しろ1年目の時は、アリーを除いた僕らにとって、特に僕とジャンにとっては糸クモさんは糸クモさんではなくて恐怖を感じるデーモンスパイダーだったのだ。 警戒心一杯の人間が設置した産卵場所に簡単に産みつけはしないだろうとも思う。

 卵が孵化して、飼育が始まっても、最初のうちは僕ら男連中はずっと警戒していた。 ルーミエ・エレナなどの女子組は割と簡単に糸クモさんに慣れてしまったけど。


 2年目となると、僕たちはもちろんもう糸クモさんに慣れていて警戒心はないし、糸クモさんの方でも僕らに警戒心を持っていないようだ。

 僕らの用意した産卵場所は、産卵時期の最初からきちんと設置されていたからだけじゃなく、警戒されることもなくなったからなのだろう、1年目からしたらずっと沢山の糸クモさんが卵を産みつけてくれたようだ。

 1年目は産卵場所で糸クモさんを目にすることはなかったのだけど、今年は普通に産卵に来ている糸クモさんを見かけるようになった。


 「さすがに糸クモさん1匹1匹を見分けることは出来ないのだけど、産みに来ている糸クモさんたちって、何だか去年私たちが飼育した糸クモさんたちのような気がする」


 「うん、ルーミエ、きっとほとんどの糸クモさんが、そうだと思うよ」


 「アリー、私、1匹の糸クモさんがどの位の数卵を産むのかとか、どんな風に産みつけるのかを観察したのだけど、ここに卵を産みつけに来る糸クモさんは、去年私たちが放った糸クモさんだけじゃなくて、それ以外も来るのでしょ?」


 「うん、エレナ。 きっとそうだと思うよ。

  私たちが去年育てた糸クモさんが、警戒心なくここに産みつけに来るから、他の糸クモさんも安心してここに産みつけに来ていると思う」


 「だとしたら、産みつけに来ている糸クモさんの数が少なくないか。

  だって放した糸クモさんのたぶん半分は雌だろ。 そうだとしたら、放した数だけでももっと沢山産卵に来ても良いと思うんだ。

  まあ、他で産卵したり、どこか他の場所に移動してしまった糸クモさんもいるとは思うから、この位が普通なのかもしれないけど」


 「私もこの位が普通なんだと思うし、他で産卵する糸クモさんもいるとは思う。 だけど他の場所に移動した糸クモさんはいないと思う。

  糸クモさんたちは、そんなに移動はしないんだよ。 全然移動しないという訳じゃないけど」


 アリーとエレナの話を聞いていたルーミエが言った。

 「それじゃあ私たちが放った糸クモさんたちの中でも産卵する糸クモさんと、産卵しない糸クモさんがいたということなの?」


 「違うと思う。

  きっと私たちが放った糸クモさんの生き残った雌は、みんな産卵に来ていると思う。

  つまりね、糸クモさんが冬を越すのはなかなか大変なんだよ。 半分以上の糸クモさんは冬の間に寒さで死んでしまったのだと思うよ」


 自然界の掟はやはりなかなか厳しい。

 大きくなり過ぎて放たれた糸クモさんたちは、冬は自分の糸で作った繭の家で冬眠して過ごすのらしいが、寒さには弱いらしくて、そのまま冬を越せずに死んでしまう個体が半数以上になってしまうらしい。

 糸クモさん自体の寿命は5年位らしいが、寒さに弱いという性質からその寿命を全うする個体はとても数が少ないらしい。 

 それが糸クモさんの大型の個体、つまり以前僕らが本当に恐怖の対象にしていたデーモンスパイダーの数が少なかったり、その生息場所が余り広くない理由らしい。 もちろんもう一つ、スライムとの生存競争もあるのだけど。


 それでも兎に角、去年よりもずっと多くの糸クモさんの卵の採卵が出来た。

 そしてアリーの大号令が掛かったのである。


 1年目も植林は頑張ったと思う。

 でも2年目は1年目の何倍もの規模で植林をすることになったのだ。


 「去年は植林する時に必要となる枝を丘の一部の木からしか切り出せなかったから、あれだけしか植林出来なかったけど、今年は去年植えた木の剪定した枝を、それに加えて全部植林に回さないと。

  糸クモさんの数も増えたし、そうしないと餌となる葉っぱが足りなくなっちゃうかもしれない」


 アリーはここに来た当初は、口数の少ない物静かな印象だったのだけど、ここでの生活に慣れたからか、それともルーミエ・エレナ・マイアなんかに影響されてしまったのか、最近はその3人やフランソワちゃんと同じように、僕たちにどんどん自分の意見をぶつけて、必要だと思うことを周りを巻き込んで進めて行くようになった。

 糸クモさん関連の事柄は、アリーしか分からないことが多いので、当然ながらアリーが中心に物事を進めて行く訳で、だんだん地がでてきたのかもしれない。

 ま、ここの生活に慣れて生き生きとしてきたのだと考えれば良いことなのかもしれないけど、巻き込まれる僕らは結構大変だったりする。



 今年の新人たちは、田んぼ作り、糸クモさんの世話と植林と、水路作りが終わってからは、全く自分たちが見たこと経験したことのないことに忙しくしていた。

 僕らはそれらが大忙しになり始めた頃、いや少しだけ慣れた頃かな、過去2年と同じように大アリ退治へと呼ばれた。

 今年の大アリ退治は、ここのところ大アリの巣が出来ると、すぐに全滅させていたからだろうか、町や各村の近辺にはあまり発生することがなかった。

 その代わりなのか、僕らの城の近くでは去年は1つ発生しただけだ

ったのに、4ヶ所も発生した。


 町や村の近くでの発生が少ないのは、すぐに戻ってこれる利点はあるのだけど、それが少なくなると報奨金が少なくなってしまうという問題がある。

 僕たちの城近くに発生した大アリの巣は、僕たち以外のみんなのレベル上げが出来るという利点はあるのだけど、さすがにそこまでは領主様も褒美のお金をくれない。

 ちなみに近くに出来た大アリの巣の退治は、今年の新人以外の城の仲間を順番に計画的に連れて行って、いつもの様に退治した。

 城として最初に開拓した丘の上に住居を持っている仲間は昨年も経験があるから今年は寝込んだりということはなかったけど、去年来た仲間は全員予想通りに急にレベルが上がった後遺症で1日2日寝込むことになった。

 計画的に順番に退治の経験を積ませているのだけど、大アリの巣が出来たり発見されたりするのは計画的な訳ではないから、結局寝込んでいる人数が重なって日常の作業が停滞する時もあったけど、レベルが上がったから良しとする。

 今年の新人にやらせないのは、魔力量が少ないので流し込めるお湯の量が少なく、まだあまり役に立たないからだ。


 最近は慣れてきて巣を退治する時に、その巣の大きさからどの程度のお湯を流し込めば良いかの大体の予想がつくようになってきた。

 地面に染み込んでしまう量も、退治する日までの気候状況や、場所によっても違うだろうから、あくまで大まかな感じなのだけど、索敵なんかで感じられることも併せて、何となくそろそろ女王蟻まで退治出来るかなという時が判るようになってきたのだ。

 女王蟻を退治する瞬間は、フランソワちゃん、マイア、アリー、そしてシスターにお湯を注ぎ込んでもらった。

 女王蟻を退治した時に入る経験値は他よりずっと多いのでおいしいのだけど、レベルが低い者がそれに当たると、あまりに急激にレベルが上がって、熱が出たりして寝込む時間が長くなるからの配慮だ。

 アリーにするかロベルトにするかは迷ったのだけど、普段一緒にいる仲間の中では一人だけレベルが低いことを自覚しているアリーが、少しでもその差を埋めたくて自分からやらせて欲しいと言い出して、

 「俺じゃないの?」

とのんびりしていたロベルトに構わず1ヶ所は潰してしまった。


 懸念していたとおりアリーは他の者よりも1日長く寝込むことになったけど、まあ大したことではない。

 残念なロベルトは次の機会だ。



 大アリ退治が終わった後、僕は少し嫌がるシスターと一緒に町に行った。

 何故かというと、僕らのところへの移住者の勧誘だ。


 大アリ退治の報奨金が少なかった今、一番困るのは、鉄の農具を買う資金が不足することだ。

 まあ農具に限らないのだけど、金属の道具は僕らには作ることが出来なくて、どうしても町で購入しなければならない。 そして何より重要なのか不足する農具なのだ。

 新人さんが春に入ってきても、農具その他必要な物を持参して来る訳ではない。 鉄のナイフを持ってくれば良い方だ。

 それで不足する農具を買わねばならないのだが、当てにしていた大アリ退治の報奨金が少なくて、買える数が足りないのだ。


 それでまあ、自分たちで自作は出来ないのかと考えてしまったのだ。 必要とする鉄鉱石は僕のレベルが上がった[空間認識]のお陰か、ちゃんとどこに存在しているかが分かっているのだ。

 鉄鉱石のありかがわかっているのだから、自分たちで作れるのではと思うのは当然だよね。


 でも僕には鉄の道具をどうやって作ったら良いのかが分からない。

 もちろん頭の中には鉄鉱石から鉄の道具を作る方法が、知識としてはしっかりあるのだけど、現実世界でその知識をどう活かしたら良いかが、全く分からないのだ。


 「それならナリート、本職の鍛冶屋さんに聞いてみれば良いんじゃない。

  確かあなたたちの先輩に[職業]鍛冶屋という子、いや人がいたはずだから、その先輩に話を聞いてみれば良いわ。

  それにもしかしたら、その先輩がここに来て鍛冶屋をやってくれるかもしれないわ。

  材料の鉄鉱石は用意できるのでしょ」


 シスターにそう言われて、僕は目から鱗だった。

 僕は自分たちでどうにか出来ないかばかり考えていて、出来る人を呼んで来るなんて発想は全くなかったからだ。 

 ちょっと考えるとアリーという前例が目の前にいるじゃないか。


 教えてくれたシスターは、僕と一緒に町に行かなくてはならないことに渋っていた。

 いやだって、僕はその人のこと良く知らないから、知っているシスターが一緒じゃないと話が出来ないよ。


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― 新着の感想 ―
ファンタジーなのに割と現実感のある作品でとても面白いです。 一つだけ今回の話で 僕は自分たちでどうにか出来ないかばかり考えていて、出来る人を呼んで来るなんて発想は全くなかったからだ。  との部分が…
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