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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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シスターが加わって、さあ次の計画は

 シスターがずっと僕らと一緒に城で暮らすようになって、最初に困ったのはシスターの呼び方だった。

 シスターはもうシスターを辞めて教会から離れたので、シスターではない。

 シスター自身は、「普通に名前で呼んでくれれば良いよ」と言うのだが、特に村の教会で育った僕らは、そんな風に名前で呼ぶのなんて到底考えられない。

 僕らにしてみれば、シスターはシスター以外の何者でもなくて、町や他の村で他のシスターを誰々シスターと呼ぶのでさえ、何だか違和感を感じてしまうくらいなのだ。


 結局のところ、シスターの呼び名はシスターを辞めてもシスターのままだった。

 僕らの孤児院から来た者以外は、きっと「カトリーヌさん」呼びにしてもすぐに慣れたのだろうと思うけど、一番上に立つ僕らが「シスター」呼びを直すことが出来なかったから、僕らの孤児院から来た他の人は当然、そしてそれ以外の人もそのままシスター呼びのままだった。


 シスター自身は、シスターを辞めたのにシスターと呼ばれることを、最初はちょっと困っていた感じだけど、自分でも名前よりもシスターと呼ばれる方が呼ばれ慣れているので、つい普通に反応してしまって、結局自分でも諦めたようだ。

 この城に暮らす分には、他所からの人はほとんど来ないので、別に正式にはシスターでは無くなっていても、シスターの服を今では着ていなくても、シスターと呼ばれていても何の問題もないしね。



 シスターが城で暮らすようになったからといって、何かの作業をしたりの日常に大きな変化がある訳じゃない。

 今後のやる事を計画している時に、シスターにも意見を言ってもらうようにはしているけれど、基本的には今までと同じように僕たちで話し合って計画し、そうしてからその計画を他の人たちに提示して、他の人の意見も聞いて決定する事にしている。

 もっとも僕たちの計画に対して、内容が良く分からずに質問が出ることは多々あるけど、異論が出ることはまず無い。 マイアとロベルトが口を挟む程度で、極たまに同じ孤児院の年長組が口を出す程度だ。


 「だから、マイアは計画を作っている時の話し合いに加われよ。

  フランソワちゃんだけじゃなく、アリーも加わっているのだから」


 「フランソワちゃんは一番最初からの組だと思うし、アリーはアリーが加わらないと糸クモさんのことを計画に組み込めないでしょ、私とは違うわ。

  私がウィリーの相手だからという理由だけで、計画を考えている場に加わるべきじゃない。

  それに私とロベルトまでがそこに加わったら、全体に計画を提示した時に、それに意見を言う人がいなくなっちゃうじゃない。

  今は私かロベルトが口を挟むくらいしかほとんどないけど、それが無くなったら、あなたたちの計画に異論を言える雰囲気が全く無くなってしまうよ」


 ウォルフがマイアが後から口を挟んで来る事に、ちょっと苛立ちを見せて口にした言葉にマイアはそう反論した。

 僕はその反論に、そんなこと考えていたんだ、でもまあ確かに、なんて感じていた。

 ウォルフの苛立ちも解る気はするんだよね。 ウィリーの相手だから、当然僕たちと一緒にいる時間は多くて、計画を話し合う時、わざわざ場を外している感じが、やはり気になってしまう。

 そして全体に提示した時になってから意見を言うからさ、それなら場を外さずに最初から加われよって。


 そのマイアだけど、シスターが城で暮らすようになって、何だか一番変化した。

 シスターが暮らすようになってから、何だか落ち着いたというか、角が取れて丸くなった感じがする。

 マイアはシスターが来るまでは、一番年長の女として、少し気を張っていた部分があったのかも知れない。

 でもまあ落ち着いたというか、安心したというか、シスターが暮らすようになって、女の子たちに顕著なのだけど、どことなく雰囲気が変わった。

 何となく城に安心感が漂って、城でのというか、開拓しているこの場での暮らしが落ちついたモノになった気がする。

 頼りになる大人が一人加わるだけでこれだけ違うのは、やはり僕らがまだまだ子供だからなのだろうか。

 それともやっぱりシスターが特別なのかも。



 晩秋を迎え、春麦を蒔いた後は、農作業は少し暇になる。

 去年はそれを利用して、丘の下に新たに来る者たちのための、農地や住居を建てる土地を確保に、土壁を作りまくった。

 その副産物というか、必要に迫られてというか、最初に僕たちの村から参加した者たちと町から加わった者たちは、土魔法の能力が上がっただけでなく、予期せぬ事に、投石器という攻撃手段まで熟達することになった。 その後、近くに出来た大蟻の巣の撲滅もしたので、彼らはかなり[全体レベル]が上がる事にもなった。


 「で、この冬なんだけど、川から水を引く為の、用水路作りをしたいと思います」


 「川から水を引くって、今はもう水は足りているだろ。

  前は、というか病で気が付くまでは確かに足りていなかったけど、丘の下の新人たちの為の水も、新たにそこまで直接に繋げた水路を作ったから、もう大丈夫になっているじゃないか。

  川から引いて来るとなると、一大工事になっちゃうんじゃないか」


 ウィリーはそう言って、僕の言葉に反対した。 流石に丘の下に水を引いて来ようと考えていることは言わなくても理解している。


 「全然足りてないよ。 確かに飲み水などの炊事に使ったり、風呂に使う程度の水は、丘の下に直接行く竹筒を通した水路を作ったから、ちゃんと清潔な水が十分な量を下でも使えるようになったけど、でも本格的に稲を作るための水田を作ろうとすると、全く水量が足りてないよ。

  今の水量だと、今年実験的に作った田圃の大きさ2つ分くらいしか、せいぜい下には作れないよ。 もちろん上はこれ以上無理だろ」


 「ええと、つまりナリートは、もっと田圃を増やして、稲の栽培を本格化しようと考えているということなのね」


 フランソワちゃんが、そう確認を求めて来た。


 「確かに私もお米が美味しいことは認めるけど、そんな用水路を作るなんてことまでして、たくさん作る必要があるの?

  今度の春に、また新人さんが来るとしても、今までと同じように畑を広げて麦を植えれば、ちゃんと食糧は確保出来るんじゃない。 今年よりも来年の方が、ずっと楽なはずよ」


 エレナの指摘に、他のみんなも頷いている。


 「なんでナリートは田圃を広げたいの?

  ナリートがお米が好きなのは分かっているけど、そこまで広げようとするのは、自分が食べたいというだけじゃない、ちゃんとした理由があるんでしょ」


 ルーミエが聞いてきた。


 「うん、一言で言えば、ここをただ食べて行けるというだけじゃない場所にして行きたいんだ。

  つまり、裕福な場所にしたいと思うんだ。 その第一歩」


 ちょっと考えてフランソワちゃんが言った。


 「ああ、そういうことか。

  麦は今はどこの村も、スライムの罠を作るようになって、畑を広げようとしていて、広がった畑で作られて十分な量の収穫があるから、余剰の麦が採れて売っても安い値段にしかならない。

  でも米はまだ余り作られていないから、米を売れば高く買い取って貰えるということね。

  水路を引くのはなかなか大変だから、麦を作る畑のようには私たち以上に他の村なんかでは広げられない」


 「フランソワちゃん、半分くらい正解。

  でももう少し考えるともっと理由が解ると思うよ、フランソワちゃんなら」


 フランソワちゃんなら、と言ったことで、他のみんなもそれをヒントに農作業に関しての事なのだろうと推察はしたようだ。 フランソワちゃんの[称号]には、新農法の指導者があることを、ここのみんなは知っているし、農作業全般を最も熱心に研究しているのを肌身に感じている。 だから「フランソワちゃんなら」と言えば、当然そういった話なのだろうと思うのだ。

 みんなもそこまでは解るのだけど、それ以上は考えが進まないようだ。


 あまり見せることのない難しい顔をして考えていたフランソワちゃんは、パッと閃いたように言った。

 「分かったわ。 米を作るのは、麦を作るよりも手間が掛からないわ、主に雑草取りだけど。

  米は最初植える時だけは、苗を作ってから植えていくという手間があるけど、その後は水の管理で、水の量を増やしたり、乾かしたり、その時々に水量管理はしなければならないけど、その為もあって、雑草取りの手間はずっと少ないわ。

  そうか、それに虫の問題は糸クモさんが手伝ってくれるから、それも大丈夫だ。 あ、それは麦も同じか」


 「うん、そう。

  米作りは、水路さえ引いてしまえば、その後の農作業は麦を作るよりも楽なんだ。

  それに米は麦よりも同じ広さの場所で比べると、その面積で養える人数が多いらしい」


 「ん、それってどういうこと?」


 ジャンに突っ込まれて、僕は上手く説明できないことに気がついた。

 それらは単純に収穫量の話ではなく、米と麦の食べ方や栄養価の違い、性質の違いなども関係して来るから一言では説明出来ないし、僕の頭の中の知識がこの世界でそのまま当て嵌まるかも確かではないから。


 「あ、それは、そう言われているというだけで、僕も良く知らないや。

  でもまあ今年実験してみて、手間が掛からないのは確かだと分かったよね、フランソワちゃん」


 僕は逃げて、フランソワちゃんに投げた。


 「うん、手間が掛からないというか、麦より楽なのは確かよ」


 「でね、フランソワちゃんが不正解というか、僕が考えたことと違うのは、フランソワちゃんは出来た米を売ることを考えたのだけど、僕はそうじゃないんだ。

  さっき、フランソワちゃんがヒントになるようなことを言ってたんだけど、僕は米を作る事にして、雑草取りなどの作業が減って出来た時間で、農作業以外のことをしようと思う。

  まあ、色々なことがあるとは思うのだけど、僕が考えているのは、布作りだよ」


 「糸クモさんの糸を使った布ね!!」


 ジャンの隣で、ただ話の内容を聞いているだけという感じだったアリーが、即座に明るい声を上げた。


 「うん、それが一番お金にはなると思う。

  だけど糸クモさんの糸だけじゃなくて、綿からも糸を取って、それを使った布もだよ。

  どっちも、今年よりもどんどん増やして行きたい。

  もちろん今まで作ってきた布も、これからも作って行きたいと思っている」


 「なるほど、ナリート、考えたわね。

  確かに麦よりは米の方が高く売れるでしょうけど、布は、綿を使った布がどの程度で取引されるかは分からないけど、糸クモの布はとても高値で取引されるのは確実だから、布を売ることを考えた方が、きっとずっと儲かるわ」


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 「神父様、私がこの部屋を本当に使用して良いのですか?

  この部屋はカトリーヌ様のお部屋ですから、私が使うのは気が引けるのですが」


 「今はこの部屋はシスターを辞められたカトリーヌさんの部屋ではありません。

  カトリーヌさん自身も、そのことは十分理解されていて、ここに挨拶に来られた時に私物は撤去して行かれました。

  この部屋は元々孤児院で働くシスターのための部屋ですから、今はこの孤児院唯一のシスターであるあなたが使う権利がある部屋なのです」


 「はい、分かりました。 それではこれからは私が使用させていただきます。

  それにしてもどうしてカトリーヌ様は、シスターを辞める決断をされたのでしょうか? 神父様は何かお知りではないですか?

  私には理解できないのです。

  カトリーヌ様はまだ私に歳が近いのに中級のシスターでしたし、今回は上級に昇級して王都に栄転が決まっていたと聞きました。 それなのに何故シスターを辞められたのか?」


 「さあ、私には見当もつきません。

  カトリーヌさんは、元々はこの孤児院と村を私と共に担当するシスターではあったのですが、あなたに来ていただく必要があったように、もうかなり前からこの地をあちこち飛び回って活動されていましたから。

  今回の件に関しても、町の孤児院の院長様に相談された上でのことだというので、何か私が意見出来るような事ではないのですよ」


 「そういう事でしたら、そうでしょうね。

  とにかく私も高名なカトリーヌ様の後任と完全になる訳で、まだ見習いシスターではありますが、今までのようにカトリーヌ様が不在だからの手伝いではなくなりました。 頑張って、その任を勤めたいと思います。

  あらためて、これからもよろしくお願いします」


 カトリーヌが完全にいなくなった。

 ちょっと前までは孤児院だけでなく、この村での教会の仕事を、かなりカトリーヌに丸投げしていたのだが、最近はカトリーヌが不在勝ちになって、私も忙しく仕事をしなければならなくなってきていた。

 そうして私は忙しくなっているのに、名声を得ているのは本来はこの村でシスターの仕事をしなければならなかったはずのカトリーヌばかりだ。

 私は忙しくなるばかりで、私自身の名が上がる訳でもなく、何らかの報酬となる訳でもない。 その上、カトリーヌの活躍とされることを聞かされ、外面では、「カトリーヌの活躍を神父として、嬉しく思っています」と言わねばならなかった。


 カトリーヌが私のことを、蔑ろにしたり、無視したりするような態度を見せることは、最近まで全くなかった。

 自分が名声を得れば、少しはそれを鼻にかけようものだと思うのだが、そういった所の一切なかったカトリーヌは、確かに少し違う存在だと思う。 それは認めよう。

 そういったところを私に見せれば、私は面白くはない気分にはなっただろうけど、彼女を見て妙にイライラする気分を抑えるのに苦労したりはしなかっただろう。

 孤児院の子どもたちを含めた、周りの者たちは、明らかに私よりもカトリーヌのことを重視していた。 それが私には解るのだ。


 カトリーヌの不在を補うために、見習いシスターも赴任してきて、幾らか私の忙しさは緩和した。

 それでも見習いシスターでは、カトリーヌが行っていた仕事をこなす事は到底できなくて、私の忙しさは緩和するだけで、以前のように楽が出来ている訳ではない。

 それでも私は、カトリーヌが正式にここから出て行ったことを、とても嬉しく思っている。 重りが取れて、楽に息が出来るようになった気分だ。

 ちょくちょく用もないだろうに来ていた目障りな村長の娘も、最近では村の中でも見かけなくなったのも、私の気分を良くしているし。


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