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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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シスターじゃなくなった

少しだけいつもより長文です

 病の対処のために2ヶ月も城をほとんど空けていた僕だが、シスターだけは僕らと一緒には戻ってこなかった。

 僕らの家の一室をシスターの部屋として確保しているけど、シスターは正式には僕らの城の住人ではないから、何も一緒に戻って来る必要もないのだけど、それでも僕はちょっとだけ寂しいような気がしてしまった。


 シスターが僕らと一緒に戻ることが出来なかったのは、まあ当然と言えば当然で、僕らはシスターの手伝いというだけの立場だったけど、シスターは町に戻っての直後は単なる病の人を担当する教会のシスターたちの一人だったけど、すぐに町の教会関係者の指導的立場になり、それからほとんど間を置かず、シスターが町に戻って来ていて、病に対処する教会関係者の指導的立場に立っていることを知ると領主様は、その病気の対策の担当者にシスターを抜擢した。 その権限は町だけではなく、領内全域ということにされた。


 「シスターカトリーヌ、それだけ迷いなく教会関係者に指示をしているという事は、自分の対処法の有効性に確信があるのだろ」


 「はい、ナリートたちの城でもこの病が出まして、この対処法で収めることが出来ました」


 「そうか、シスターの対処法で鎮められたのだな」


 「私の、という訳ではなく、ナリートやルーミエをはじめとする城のみんなの意見や試行錯誤を総合していって、最終的に行き着いた対処法ですが、それをここでも実践させようとしています。

  ただ、城では問題にはなりませんでしたが、多くの人が使わない生活魔法をかなり活用しているので、他の場所ではそれがなかなか難しいので、あの子たちの城での様にはなかなか行きません」


 「そうだな、あいつらはその辺は普通じゃないからな。

  これからは種火以外の生活魔法も多くの者が使える様にして行かなくてはな。 とはいえ今はそんなことを言っている暇はない。

  シスターカトリーヌ、この病を鎮圧する陣頭指揮を執ってくれ。 これはお前にしか出来ないことだ」

 こうして領内全域に流行した病の鎮圧の陣頭にシスターが着くことになったのだが、教会関係の方も町の孤児院の院長の老シスターの鶴の一声で、そちらもシスターの指揮に全面的に従うことになった。

 そうなんだよね、僕らはあまり関わりがないから忘れてしまっているけど、町の孤児院で院長をしている老シスターは、とても偉い上位のシスターだったんだよね。


 で、それから僕たちもシスターに付き従って色々とさせられて、2ヶ月掛かってやっと領内の病が収束に向かったのだった。

 それで僕たち3人は城に戻って来たけど、シスターはまだ後始末が残っているので、一緒に戻ってはこれなかったという訳だ。


 そのシスターが戻って来た、いやまだその時には正確には僕らの城がシスターにとっても本拠地という訳ではなかったので、またやって来た時というのが正しいのだけど、とにかく城にやって来たのは、僕たちの予想よりもずっと遅くて、もう秋の収穫が終わり、糸クモさんたちも元の森に戻してからのことだった。

 シスターは町に行った仲間たちが城に戻るのに同行して、やって来たのだけど、最初僕たちは遠目ではシスターがやって来たことに気がつかなかった。


 城、特に丘の上からは、自分たちで盛り上げた土壁以外は、まだ植林した木も小さいので視線を遮る物はない。 それに町からの道はほんの少しの高低差しかない平原を横切っているし、自分たちで整備した道だからもあり、そこを近づいて来る者があれば、かなり遠くでも気が付く。


 「あれっ、何だか一人多いみたいだな」


 弓士の特性なのだろうか、目の良いウォルフが戻ってくる集団を見て、最初にそう言った。

 ウォルフがそんなことを言ったのには理由がある。 一人多いというのが不審だからだ。


 城に僕らの仲間以外の人が来ることも、時にはあることで、酷く珍しいということでもない。

 例えば、領主館の人が何らかの用事というか、早く言えば領主様の僕らに対する依頼という名目の命令を持ってきたり、もちろん援助の物品を持って来たりしてくれたりもある。

 それだけではなくて、町に持って行って売っている白い砂や、いくらか売ることも始めた糸とか、そういった物を買ってくれる人が視察の様な感じで訪れることもある。

 でもそういった人たちは、やはり僕たちとは格好が違うので、遠目でもなんとなくその違いから判るのだ。

 それが判別できない人が混ざっているので、どういうことなのだろうかとウォルフは思ったのだ。


 「何らかの理由があって、ここに来たい孤児の子を、町に行った人たちが断りきれずに連れて来たのかしら?」


 ウォルフの言葉に一番あり得そうな可能性を、僕らのところに戻って来たエレナが指摘した。


 非常事態という程のことではないけど、何となくいつもと違う事態が起こると、申し合わせている訳ではないけど、一番元からのメンバーは集まってくる。

 ウォルフ、ウィリー、エレナ、ジャン、ルーミエ、そして僕なのだが、最近はそこにフランソワちゃんとアリーもやって来る。

 フランソワちゃんは何となく分かる気がするというか、加わるのが当然と思っている感じがするので分かるのだけど、アリーはただジャンがいるから来るのだろうな。 それならマイアはと思うし、マイアは僕らの中では一番年長の女性で発言力も強いしウィリーの相手でもあるのだから加わればと思うのだけど、良く理解しているからの遠慮があるからか、近くには来るけど加わっては来ない。


 「良いの? ナリート。 こういう例外的なのって、収拾がつかなくなるから認めていないんでしょ」


 えっ、という感じでアリーがきょとんとした顔をした。

 いやアリーだけじゃなくて、そう言っているフランソワちゃん自身が例外だったんだけどね。

 でもまあ確かに、勝手に来た者を受け入れるなんて事はしていない。

 フランソワちゃんは立場が僕たちとは違っていたから、数には入れてなかったけど、まあ最初からの仲間のようなものだったからで、アリーだけが例外というか特別だ。 それだってシスターに頼まれたからで、勝手に自分から来た訳じゃない。

 僕らの仲間が受け入れを考えても、勝手が出来る訳でもない。 最初に町の子を受け入れる時にエレンが問題になったので、誰もが独断で行うことなんて考えもしない。

 という訳で、町に行って戻って来る人数が増えているなんてのは、ちょっとあり得ない異常事態なのだ。


 僕たちはこの事態にどう対処すべきか方針が決まらず、城へと近づいてくる集団を一番見やすい場所に移動して、どうするか考えながら眺めていた。 どうやら丘の下にいるみんなも、戻って来る仲間に気がついたようだ。


 「あれっ、誰かと思ったら、あれシスターだよ」


 目を細める感じでその集団を注視していたウォルフがそう言った。


 「本当だ。 いつものシスターの服じゃないけど、あれシスターだ」


 エレナもそう言ったのだが、僕にはまだ見分けがつかない。 僕だけか、と思ったら二人以外は僕と同じにまだ見分けられないようだ。

 弓を主武器にしている二人は目が良いのかな。 ウォルフは分かるよ、弓士だから。 でもエレナは狩人だよね、僕も狩人の端くれだと思うのだけど見えないのに何で?


 「一人多いのがシスターという事なら、何か問題が起こった訳じゃない。

  とりあえずシスターを迎えに下に降りようぜ。

  もしかしたら向こうからも俺たちを見ていたかも知れないし、そしたら上で待っているのも変だろ」


 ウィリーの提案で僕らは丘を降りて、道に繋がる門に向かった。



 「シスター、お帰りなさい」


 僕らは自分たちで作った土壁の一番外郭となっている所にある門で、戻って来た仲間とシスターを迎えた。

 僕らが上から迎えに降りて来たので、今は急ぎの仕事がある訳ではないからか、城で暮らしているほとんどが集まって迎える様な形になってしまった。


 「あらら、やっぱり騒がせちゃったみたいね。

  目の良い子が、『丘の上組のみんなが集まって僕らを見ている』って言うから、困ったなと思ったけど、まあ仕方ないわね」


 「そりゃ、戻って来た人数が増えていたら、『何なんだ?』って思いますからね。

  でも途中でシスターだと気がついたんで、のんびりと迎えに降りて来ました」


 シスターの言葉にウィリーが応えのだけど、肝心なことを聞いてない。 僕がそれを尋ねようかと思ったら、ルーミエが先に声を出した。


 「シスター、何でシスターの服を着てないの?

  シスターって、シスターの服以外も持っていたの?」


 「私だってシスターの服以外も持っているわよ、と言いたいところだけど、残念だけど慌てて古着屋さんで買った服よ。

  シスターの服を着ていないのは、私はシスターを辞めてきたからよ。

  という訳で、私もこの城の一員にしてね。 部屋はもうあるから、あまり問題にはならないと思うのだけど」


 そりゃ確かに、部屋だとか家だとかの心配とか面倒はないけど、シスターが城でずっと暮らすなんて大問題でしょ。

 全く想定外の事態に、僕たち丘の上で暮らす古株だけじゃなくて、丘の下で暮らしている春からの新人さんたちも驚いて声も出なかった。


 「やっぱりこうなるよな」


 と呟いたのは、今回町から戻って来た仲間のリーダーを務めていたロベルトだった。


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 ナリートたちを先に帰して、一人残って事後処理をするって、こんなことをしなければならなくなったのは、領主様のせいだ。


 「大体私は単なるシスターで、こんな事後処理や今後同様の事態が起きた時の対処法の提言の作成だとか、どうしてこんな山積みの書類の処理をしなければならないのよ」


 「それはシスターカトリーヌが、今回の病の対処の領内全ての責任者になったから仕方のないことでは」


 「そうですね。 シスターカトリーヌは、領内の教会関係者の対策班のトップにも任命されていますから、当然そちらの方の書類仕事もあります」


 私には仕事をサボらせない為だろうか、領政府からは事務官という監視が、そして教会からも専属補佐という名のシスターが来ている。

 どちらも私の下ということなのだけど、二人とも私より年長で長く実務に携わってきた人だから、私の零した愚痴にまともに答えられると、私は恐縮して、「すみません、頑張ります」としか言うことができない。


 そうして慣れない事務仕事をやっと終えて、領主様のところから来ていた事務官の人から「お疲れ様でした」との言葉を貰って、やれやれと思い、城に行ってのんびりしようと考えていたら、専属補佐のシスターから声が掛かった。


 「シスターカトリーヌ、院長様がお呼びですので、速やかにそちらに向かってください」


 院長様はシスターとしての位は銀級のシスターだけど、本来なら金級でもおかしくない高位のシスターだと、最近は私も理解している。

 高齢過ぎて、金級のシスターの役職を果たせないということで、銀級でこの田舎の地方の孤児院の院長などという役職になっているらしい。 もちろん孤児院の院長というだけではなく、この地方の教会のトップという役職も果たしている。

 私は正式にシスターとなった時に、初級を飛ばして中級で任命されて、その時には院長様に目を付けられしまったという感じだったのだけど、その後に寄生虫の駆除を領内全体に広めたりの仕事をしているうちに、何というか目を掛けられているという感じになった。

 そうして度々院長様に会うようになると、何故この人が銀級でこんな田舎の地方にいるのだろうと疑問に感じるようになってもいた。


 「シスターカトリーヌ、貴方に王都の教会本部から、昇級の知らせが届きました。

  私はまだ早いと思うのですが、貴方は今日からは中級ではなく上級のシスターとなります。

  そこに上級の黄色のリボンが用意されています。 今の茶色のリボンと交換しなさい」


 「えっ、私が上級シスターですか?」


 いくら何でも早過ぎる。 普通は18歳の成人になった時に正式なシスターとなり初級で始まり、それから早くとも5年くらい掛かって中級シスターになる。

 私の場合は、正式にシスターになる時にレベルが周りよりも高かったのと、村の孤児院の寄生虫を駆除したという功績が認められて、中級で任命された。


 「そうです。

  貴方は最初に初級を飛ばして中級で任命されたのですが、それには領内の寄生虫駆除の仕事をするのに、立場を強くしておいた方が良いだろうという配慮もありました。

  私はまだ若く、その立場に溺れるのではと心配しましたが、貴方はその立場に溺れることなく、謙虚な姿勢を崩さずにその仕事を立派に進めました。

  今回の昇級も同じことです。 貴方が今回の病の撲滅という仕事をするのに、より上の立場を持っていた方が良いという判断が、今度は王都の教会本部で為されたということだと思います」


 「院長様、それは違います。

  正直に言って、寄生虫駆除に関しては私の功績ではありませんし、功績のない私が謙虚な姿勢となってしまうのは当然のことで、何も褒められるような事はありません。

  今回の病への対処に関しても同様に私の功績ではありません。

  今回の対処法は、元村の孤児院の者たちと一緒に知恵を出し合いながら試しながらたどり着いた方法で、これも私の功績ではありません」


 「今回の病は、この地方だけでは治らず、国内に広く流行ってしまった事は知っていますね。

  その中で、この地方の死亡率はダントツで低くて、それは貴方の対処法があったからだと思われます。 そして他の場所でも、貴方の対処法に準じた対処が為されると、ここ程ではありませんが、死亡率はずっと低くなりました。

  この事は耳に入っていますか?」


 「はい、それは対処法を詳しく文章にして、本部に提出した関係で私も聞いています」


 「ですから、貴方の功績が大と評価するのは当然ではあるのです」


 「いえ、ただそれは私が提出する機会があったというだけで、人の命が掛かっている事ですから、私以外の誰でも、そのような機会があればした事だと思います」


 「それでも貴方のしたことで多くの人が救われたのは本当の事ですし、この地方の寄生虫の問題も今回の病に関しても、貴方が陣頭に立って対処したから上手く行ったことの本当のことです。

  それらの功績から考えれば、私も貴方の上級への昇級は当然そうあるべきと思うことではあります。 貴方がそれは『自分の功績ではない』と考えているとしてもね」


 「あ、ありがとうございます」


 院長様から直接にこんな高評価を口にしていただいたのは初めてだったので、私はちょっと慌ててそう答えた。


 「しかし、私は最初に言ったとおり貴方の上級への昇進は、個人的には時期尚早だと考えています。

  理由の一つは、貴方がまだ若く経験が足りていないと思うからです」


 うん、それはそうだろう。 自分でも、そのとおりだと思う。


 「そしてもう一つは、貴方の昇級は貴方の功績を評価してというだけでない、誰かしらの思惑があるのではないかという疑惑を感じるからです。

  貴方へは王都の教会本部から昇級と共に、勤務地を王都の本部に移動するとの通知も来ているからです。

  王都へ行けば、貴方は今回の病の鎮静化の一番の立役者として、もしかしたら名声を得るかも知れません。

  それに浮かれないように、重々自重することを私は貴方に勧めます」


 「えっ、ちょっと待ってください。

  私はこの地を離れて、王都に行きたいとは全く思っていないのですが。

  それに私は王都に誰も知り合いも居ませんし」


 「貴方は家族はどこに住んでいるのですか? この地方に住んでいるのですか?」


 「私、家族は両親とも学校在学中に今回と同じような病で亡くなってしまい、家族と呼べる者はいません。

  親戚と呼べるような者がいない訳ではないのですが、縁が遠くて、またそれらも王都からは離れたところに住んでいます」


 「それなら王都に行くのに、逆に支障がないのではありませんか」


 「いえ、私はこの地に根ざして生きて行こうと考えているので、王都に行きたいとは思いません。

  もし昇級が王都に行かねばならないこととセットなら、断ることは出来ないのでしょうか?」


 「それは出来ません。

  教会に籍を置く者、シスターだけでなく神父たちも、教会本部の指示に逆らうことは許されていません」


 「やはり、そうですか。 それでは仕方ありません、私はシスターを辞めることにします。

  院長様には目を掛けていただき、今まで親身に御指導していただいていたのに、申し訳ありません」


 「確かにシスターを辞するのは、個人の選択の自由で、誰もに許されていることです。

  でも良いのですか。 貴方はこの若さで上級シスターになる、そして本部に招聘されるという、きっと栄達の道がほぼ約束されているのですよ」


 「栄達の道といっても、本当に私に功績があってのことではないので、身に余るだけで、その重圧に私は耐えられないと思います。

  それよりはこの地で、シスターではなくとも自分に出来ることを地道にして暮らして行きたいと思います」


 「そうですか。

  私としては貴方のような人こそこれからもシスターとして活躍して欲しいとも思いますが、逆に王都に行って様々な思惑の荒波に沈むことが無くなって良かったという気持ちにもなります。

  貴方の選択を尊重しましょう」


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 「シスターカトリーヌ、何だか悪かったな。 俺が病鎮圧の陣頭に着けたせいというのが大きいな」


 「もうシスターでは無くなったので、単なるカトリーヌですよ、領主様。

  まあ私自身の功績ではないことを評価されて、それで上級シスターになったり王都に呼ばれたりですから、シスターを辞めて、ほっとしたというのが本当のところです」


 「いや、あのシスターも言ったと聞いたが、お前さん自身の功績も十分多大な物があったと俺も思うぞ。

  そこはちゃんと自己評価してやれよ」


 「ありがとうございます」


 「それにしても困ったな。

  シスターという肩書きがないと、お前さんに仕事を振りにくいじゃねぇか。

  シスターの肩書きのない、単なる小娘に領内の重要案件に関して担当させるのは、やはりちょっと問題があるかな。 いや、元でももうお前さんなら名前も顔も十分に知られているから大丈夫か。

  まあちょっとだけゆっくりしていろ。 どうせナリートたちのところにでも行こうとしているのだろ。

  まあ少しほとぼりが冷めたら、何かしら考えて、根回しして、こちらに呼び戻すから」


 「領主様、私はもう単なる小娘なんですよ。 そんなに堂々と後で仕事をまわすと宣言しないで下さい。

  まあ、とりあえず私はあそこに行きます。

  正直まだまだあの子たちが心配なのも本当なんです。 あの子たちにしてみれば、私がいると煙たいかも知れないのですけど」


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