見てみたくなって
シスターにもらった字の表に、僕は夢中になってしまった。
その理由は、やっぱり自分を見ることにある。
[名前]だけを見ると決心して、確かめようとしたのに、やはり僕はその時[名前]は一緒だ、それなら他を見れば、とチラッと思ってしまったのだ。
なんでそんなことを思ってしまったかというと、[名前]が教わった字と同じだったら、逆に他のところを見れば、他の字が覚えられるかも、と思ったからだ。
でもその時は、それ以上見ることが怖いというか、嫌な気持ちになってしまうというか、とにかく自分のことを見たく、知りたくなかった。
それですぐに自分のことを見ようという意識を止めて、見るのをやめた。
だけどやっぱり少し見ちゃったのだけど、僕にはやはり[名前]以外の部分は、なんて書いてあるのか分かっているのに、どんな字が書かれているか良く分からなかったのだ。
読めているのに、どんな字が書いてあるのか解らないって、とても変な感じなのだけど、そうなんだから仕方ない。
それで僕は思ってしまったのだ、字をちゃんと覚えたら、自分を見た時に[名前]の様に、ちゃんと覚えた字で何て書いてあるか読める様になるのかな、と。
きっと逆は出来ないのだと。
それで僕は字を知るために、次にシスターにどうやって字を、僕が知りたい字を書いてもらおうかと、あれこれと作戦を考えていたのだ。
でもなかなか良い案が思い浮かばなくて、困っていた。
だって、自分を見た時に出て来る項目を僕は書いて欲しかったからだ。
まともにシスターにそれを言って、そして書いてもらうと、きっとシスターに「なんでその言葉を書いて欲しいの?」と怪しく思われてしまうと思ったのだ。
シスターは僕が自分のことが見える、分かるということを、全く信じていない。
名前については思い出しただけで、他のことはそれを元に夢に見たと思っているみたいだもの。
あんまり僕が他の子と違うことをしたり言ったりすると、シスターは僕のことを嫌いにはならなくても、今までのように構ってはくれなくなるかもしれない。
そんなのは嫌だから、僕は気をつけようとしている。
そしたら、字が全部わかる表をシスターはくれたのだ。
僕がそれに夢中になってしまうのは、仕方ないと思う。
僕はそれからは、大急ぎで柴刈りの仕事を済ませると、地面に表を見て字を書いて、字を覚えようとした。
とても一生懸命覚えようとしたからか、僕は3日もすると、ほぼ完全に字を覚えてしまった。
字を覚えてしまった僕は、どうしようかと迷ったのだけど、やっぱり確かめてみたい気持ちが強くて、夜寝床の中で自分のことを見る、知ることに意識を向けた。
2度目のスライムにやられた怪我からも、字を覚えたりしていて時間が経ったから、ドキドキすることも余りなく、怖さがぶり返してくることもなかった。
大丈夫だと思ったら、落ち着いて、自分のことを見ることができた。
落ち着いて見てみると、やっぱり僕が読んだと思ったことは、ちゃんとそういう風に字で書いてあった。
「やっぱり、字をきちんと覚えると、ちゃんとそう書いてあったんだ」
僕はそれが確認出来て、何だかとても満足した。
書いてある字をちゃんと確認出来ても、書いてあると思っていたことは何も変わりはないのだから、新しく何かが分かった、ということもない。
でも僕は嬉しかったから、それを眺めていたら、一つ気がついてしまった。
僕は[次のレベルまでに必要な残り経験値]の数字は、9だった時から4匹のスライムを討伐したから、5になっていると思っていた。
でも今見ている数字は4になっているのだ。
おかしい、と僕は思った。
9だった時に、確認のためにスライムを1匹討伐して、その後で夜見て見た時、数字は8になっていた。
僕は予想通り数字が減ったのも嬉しかったし、その数字だけはレベルが上がった時以外でも変わるんだと思って嬉しかった。
だから、そこに間違いはない。
全部で4匹倒したことも、竹の槍を作り直して最初の1匹目で怪我をしてまた怖くなってしまったので、絶対に合っている。
だとしたら、今回だけ、なんで1ではなく、2減っているのだろうか。
僕は色々考えていたのだけど、一つ思い当たった。
僕は自分ではレベルが2になった時も、3になった時も自分が強くなったと思った。
今回のスライムは今までのスライムより、僕は強かった気が急にしてきた。
もしかしたら、スライムにもレベル1のスライムとレベル2のスライムがいるのかもしれない。
スライムも人間と同じように、レベルが違うのがいるのかも知れない、と。
僕は今回のスライムに反撃されてしまったのは、今までと同じ様にやったつもりだったけど、少しだけ何だか簡単だと思っちゃて、ちゃんと狙わずに適当に刺してしまったから、弾かれて、反撃されてしまったのだと思っていた。
確かにそういうところもあったのかも知れないのだけど、僕が突き入れた槍をなんとなくグニュっと弾き返してきたあの感じは、もしかするといつものスライムより強いスライムだったからかもしれない。
僕はそう考えると、全部説明が出来ると思った。
「そうだよ、あのスライムはきっとレベル2のスライムだったんだ。
それだから、[次のレベルまでに必要な残り経験値]が1減るんじゃなくて、一度に2減ったんだ」
僕は絶対にそうだと思った。
そういう風に僕は納得したのだけど、だとすると考えるべきことは色々あると思った。
今の僕は、そう考えると、レベル1のスライムは簡単に討伐できる強さがあるけど、レベル2のスライムだと、討伐出来たのだからもしかしたら少しは強いのかも知れないけど、ほぼ同じくらいの強さなのだと考えた。
僕は討伐するスライムを選ぶのに、今までは1匹だけで周りに他のスライムがいないスライムを選んでいた。
でも、スライムにも強いのと弱いのがいるが分かって、きっと弱いスライムより数は少ないのだろうけど、また強いレベル2スライムもいると思う。
その弱いのと強いのを見分けられるかというと、この前も全く同じだと思って選んでしまった様に、それは無理だ。
だとすると、また急に強いスライムと戦うことになってしまうかも知れない。
「それは嫌だな」
また強いスライムと戦ったら、前の時の感じからして、たぶん負けないでまた勝てると思う。
だけど、きっとまた痛い思いはしてしまうのではないかとも思う。
今の僕にはスライムが飛びかかって来るのを、完全には躱しきれないんじゃないかと思うのだ。
そうすると、また何処か溶かされるし、スライムが触れた場所が悪いと、大怪我では済まないかもしれない。
「よし、訓練しよう」
僕はそう決心した。
最初スライムを討伐しようと考えた時も、槍の訓練と、力をつける訓練と、飛び跳ねてスライムの飛びかかるのから逃げる訓練をしたのだ。
それをレベルが上がったのだから、もう一度やれば、もっと上手く出来るようになるかも知れない。 僕はそう考えた。
だって次のレベルになるまで、あとたったの4経験値なのだ。
それが見えてなかったら、強いスライムと戦うことを考えて、諦めてしまうかも知れないけど、見えていると、あと少し、最初に自分で決心してレベルを上げた時の数よりたった1多いだけだ、何だか諦めきれない気持ちになってしまう。
それに僕は考えてみたけど、今まで8匹のスライムを最初のまぐれも入れれば討伐してきて、強いレベル2スライムは1匹だけだった。
あと4匹討伐する中に、レベル2スライムがいないことの方が多い気がするのだ。
僕はその次の日から、訓練をすることにした。
朝、林に行って、大急ぎで落ちた枝を拾い集め、その後の時間を訓練に当てる。
やっていることは、一番最初にスライムを討伐しようと考えたときに行った事と変わらない。
でもそれをもう少し厳しくしただけだ。
槍は止まっている物だけでなく、動いている物も突くことができるように練習し、力も強くなるように、前にしていた運動の回数を倍に増やした。
素早く動いてスライムを躱す練習は、何をすれば良いだろうか、前の様に横に動く練習だけではダメな気がして、蔓に重りになる石を結びつけて木の枝に吊るして、それを大きく揺らして自分に当たるなるべく間際まで動かずにいて避ける練習をしてみた。
あまり役に立っている気はしないけど、なんとなく動きを良く見れる様になった気がする。
気をつけないといけないのは、そんな訓練というか練習は、結構それに集中してしまって、辺りの気配に気づけなくなることだった。
僕はそのため、それを始める前には、その日の最初に林に入る時以上に、辺りの様子を注意して観察して、近くにスライムだとかがいないことを確認することにしている。
急に襲われたら嫌だからね。 気づかずに踏んでしまうのは懲り懲りだ。
そんな訓練を始めてみて分かったのは、レベルが上がっても何もしないと、前と同じままなのだ、ということだった。
訓練を最初始めた初日は、レベルが前より上がっているのだから、[体力][健康]なんて関係のありそうな項目の数字も増えているし、[槍術]も数字が増えている。
そして[敏捷]と[筋力]なんて項目も増えているのだから、前よりも出来るはずだと思っていた。
でも、実際にやってみたら、前と同じにしか出来なかったのだ。
すごくがっかりしたのだけど、それだけじゃダメだと思って、前と同じだけの上に少し無理をして回数を多くしたりした。 とにかく今のまま、スライムの強いやつに出会いたくない。
そうしたら、その次の日にはもうその少し増やした分のところまでは、すぐに出来たのだ。
僕はちょっと楽しくなってしまった。
そんな日々の中でも、僕は忘れないようにしていることもある。
それは孤児院に戻る時間だ。
もちろんみんなが戻る時間は、その日に入った林の場所によって、早く集められたり遅くなったりと差は出るのだが、人数が多い分、その差は小さい。
僕は以前と比べられない感じで早くなっているけど、その分違うこともしている。
だけど、リーダーと顔を合わすのは嫌なので、みんなより早く戻る様にしているのだ。
でも、先に人目につく場所に居ると、何かとうるさいことになるので、なるべく顔を合わさない場所に避難しているのだ。
僕はここのところ訓練で体を一生懸命動かしているので、汗をかく。
そのままにしているのが嫌なので、ほぼ毎日のようにすぐに体を洗いに行き、ついでに洗濯する。
それだから僕はきっと、周りの友達よりはずっと清潔にしているだろう。
それにそのためだけでなく、リーダーをはじめとして、男の友達はあまり体の洗い場に来ないのだ。
それで顔を合わせたくない僕にとっては、都合の良い場所ともなっている。
ただ、毎日のように同じ時間、それも少し早めの時間に洗い場にいるのをシスターに見つかって、仕事を頼まれてしまった。
ルーミエが体を洗うのを手伝ってやって、その後ルーミエを含めて3人を洗うのを手伝ったからだろうか、シスターの連れてくる小さい子の体を洗ってやる世話を毎日ルーミエと一緒にすることを頼まれたのだ。
僕はルーミエは小さいから僕より年下だと思っていたのだが、ルーミエもつい先日、自分の職業を神父様に見てもらったのだ。
つまり数ヶ月違いだけど、ルーミエは僕と同い年だった。
「ルーミエは小さいから、僕は年下だとばかり思っていたよ」
「あたし、そんなに小さくない。 それにナリートだって小さい」
うん、確かにルーミエの言う通りかも知れない。 僕たちはガリガリのチビだ。
でもそんなのは孤児院の子では普通のことだ。
ちょっとルーミエは小さいって言ったら、怒ったのかな。 頬を膨らましている。
僕も小さいと言われると嫌だから、もう言わないように気をつけないと。
僕が柴刈りの仕事をしている様に、僕くらいの年齢から上の男の子は、みんな柴刈りに行く。
でももっと小さい子や、女の子は畑仕事をしたり、洗濯や掃除などの家事労働をする。
小さい子は畑仕事が多いのだけど、水を撒いたりしての土仕事だから、小さい子はどうしても汚れてしまう。
その汚れている子をシスターが連れてきて、僕らに綺麗にさせているという訳だ。
僕がいると水汲みに都合が良いからだと思う。 今の僕は年齢と体格から受ける感じよりも力があるからだ。
ある日暑かったからだろうか、僕が小さい子の体洗いを手伝っていると、リーダーを先頭に男の子たちがやって来た。
僕を見つけたリーダーは、早速僕にちょっかいを出してきた。
「ナリート、お前、ここで何をやっているんだよ」
「シスターに頼まれて、小さい子たちが体を洗う手伝いをしている」
「へっ、弱虫のナリートらしい仕事だな。 とても似合っているぜ」
リーダーはもっと色々と、どう僕のことを罵倒しようか考えているみたいだった。
きっとそれで僕が怒れば、ちょうど良いと殴るつもりだったのだろう。
しかし、そこにシスターが別の子を連れてやって来た。
さすがにシスターの前ではまずいと思ったのか、リーダーはさっさと自分の体を洗うと、隣の寝床の友達に、
「お前、俺の着てた服も洗っとけ」
と押し付けて、さっさと立ち去って行った。
僕の寝床の隣の友達は、僕と隣だから仲が良いと思われて、リーダーに目をつけられているみたいだ。
「ごめんな。 きっと僕のせいだ」
「気にするなよ。 僕だけじゃないんだ、あの時以来誰に対してもこんな感じさ」
「それ俺が洗っておこうか」
「いや大丈夫。 それより自分が頼まれている小さい子を手伝ってやれよ」
僕がまだ小さい子の手伝いをしているうちに、隣の友達は
「じゃ、僕は先に行くよ。 ま、どうせあと少しの我慢だよ」
と言って、先に洗い場を出て行った。
「ふう、全く困ったものね。 あの子は」
友達が先に行ってからシスターはそう言った。
「私が今、何か言っても、きっと余計に捻くれるだけね」
ちょっと考える顔をしていたシスターだったが、僕の方にニコッと笑顔を見せて言った。
「ナリート君、今度も我慢出来てたね、偉い偉い」
「ナリート、我慢してたの?」
「ルーミエ、くっつくなよ。 暑いだろ」
小さい子を洗ってやってたから、僕もルーミエもまだ裸なんだが、今の時期はこの時間だと後ろからくっつかれると暑苦しい。
「ルーミエちゃんは、ナリート君と仲が良いわね」
「うん、ナリートはあたしのこと小さいからって、虐めないから」
あ、前に小さいって言った時、怒ったのはそれでか。
揶揄うのはやめといて良かった。
「そうそう、ナリート君、字は覚えられた?」
「シスター、僕もう全部覚えちゃったよ」
「本当に?」
「本当だよ」
シスターは地面に字を書いて、僕が本当に読めるか確かめた。
「本当にもう覚えちゃったんだね。 すごいなぁ、ナリート君は」
僕は褒められて、すごく嬉しかった。
その僕の嬉しそうな様子を見たからだろうか、ルーミエが言った。
「ナリート、字読めるの凄い。 私も字、覚えたい、教えて」
ルーミエは僕と同い年だから、対抗心が芽生えたのかも知れない。
「字を覚えることは良いことだわ。
そうね、ルーミエちゃんはナリート君から教わると良いわ。
こうやって小さい子を洗ってあげた後に、毎日少しづつ教えてもらえば良いわ。
ナリート君みたいに一気に全部覚えるのは難しいから、少しづつね」
僕は僕に何も聞かれずシスターが決めていってしまって、少し不満だった。
それに僕の自由になる時間が削られてしまうのも、ちょっと嫌だった。
それがちょっと表情に出てしまったみたいだ。
「ナリート君は嫌そうね。
ま、確かにこれだけだとナリート君の負担が増えるだけね。
それじゃあね、ナリート君がルーミエちゃんに字を教えてくれたら、私が持っている本を、ナリート君に貸してあげる。
これなら、どう?」
「シスター、本当に貸してくれるの?」
「うん、本当に貸してあげるわ。
楽しい物語の本を貸してあげるから、ナリート君はルーミエちゃんに字を教えるだけじゃなく、小さい子に本を読んであげて。
そうすれば、ナリート君も自分が本当にちゃんと字を覚えているか、確かめることが出来るでしょ」
「はい、シスター、ありがとう」
「あたし、ナリートに字を教えてもらえるの?」
「ルーミエ、僕が教えるから、ちゃんと覚えるんだぞ」