2年目は予期せぬことばかり
糸クモさんの飼育で最初の誤算が発覚したのは、飼育を初めてまだそんなに経たないうちだった。
糸クモさんの餌として採られた葉の付いていた枝は、その枝先にこれから伸びる芽と2・3枚の葉をアリーの指示で残してある。 僕たち男連中は、その枝を刈って来て、予定していた植林地にその枝を挿し木する。
その後数日だけ、小さな土壁で囲ったその枝に水やりするだけで、枝はすぐにその地に根付く様だ。 僕はこんなに簡単で良いのだろうかと驚いた。
最初に問題が出たのは、その植林地をアリーが視察した時だった。
「挿し木した木の間隔が近過ぎるよ。 もっと木の間を離さないと」
言われてみれば当然のことなのだけど、餌にする木は葉を採取しやすくする為に、高さを抑えて横に枝を広げる様に栽培していくのだという。 その為、木同士の間隔はかなり広めに取る必要があるらしい。
僕はなんとなくだけど、列になったある程度の大きさの木から、葉を採るイメージだったのだけど、それだと後で糸クモさんを放す時に困るとのことだ。
糸クモさんの飼育の実際が良く分かっていないから、アリーの説明を受けてもきちんと理解出来ない。
それだったら最初の計画段階から、「挿し木する木の間隔はこれくらい必要」と教えてよと僕らは思ったのだけど、アリーにしてみれば必要な間隔なんて、あまりに当然の常識過ぎて、教えなければならないことだなんて全く思ってもいなかったことみたいだ。
僕たちはもう根付いている挿し木した枝を移植するという、手間のかかる仕事が増えてしまった。
「ところでアリー、糸クモさんの餌の木は一体どれくらい植えたら良いの?」と、ジャンが聞いた。
「うん、たくさん。
今は糸クモさんがいる林の木から葉を採っているけれど、それは採っている木に住んでいる糸クモさんには本当はとても迷惑なことなんだよ。
今年は私だけで世話出来るというか、最初だか試しだから、ほんの少ししか糸クモさんの飼育はしてないけど、今年やり方をみんなに覚えてもらって、来年には糸クモさんの飼育小屋を建ててもらって、もっと本格的に糸クモさんの飼育を始めたいと思うんだ。
来年の目標は、今年の飼育量の10倍くらいと思っているから、その分の糸クモさんの飼育に必要な量が採れる様に、木の数を今年のうちに増やしておかないといけないから、だからたくさん。 それに今年はともかく糸クモさんが大きくなったら放す時の割り当ての木が必要だし」
やはり良く解らない部分があるけど、僕たちはもっとどんどん糸クモさんの主食となる葉を繁らす木を増やす必要があるようだ。
アリーは糸クモさんの飼育を今年から来年に向けて大きくしようと張り切っているようだ。
アリーはジャンと仲良くなって、自分の居場所を確保したような感じになっていたけど、他のみんなとは立ち位置が全く違うので、どこか遠慮しているというか周りに従うだけみたいなところがあった。
でもここで糸クモさんの飼育と、それによってこれから得られるであろう糸の生産を自分がリーダーになって進めることになり、やっと本当にここでの居場所を見つけた気持ちになっているようだ。
ま、少し張り切り過ぎていて、それに色々と一番付き合わされているジャンが大変そうだけど、喜んでもいるみたいだから良いか。
僕たちはこれからの作業の内容を、少し、いやかなり修正することになった。
まずは今まで考えていた糸クモさんの為の植林を、その1本づつの間隔を広くするするだけでなく、植林する広さを、つまり植える本数を大きく増やした。
そしてそれまでは全く別に考えていた綿の種を、その植林した間に植えていくことにした。 将来的には木が枝を広げ綿の栽培には適さなくなってしまうだろうが、今現在は植林しただけで大きく開いている土地を活用しないのは勿体ないからだ。
植林した場所は、最初のうちはその挿し木した苗に散水に行かねばならないから、多くの人がその地に足を運ぶことになり、土壁の囲いの外ではあるけど、一角兎そして当然だけどスライムの害を受けにくい。 それならば、綿の種を植えれば、ちゃんと成長する確率が高い筈だからだ。
綿は当初は土壁の中にその畑を作って栽培する予定だったけど、それに加えて土壁の外でも栽培することにしたのだ。
とはいっても、木の間に植える綿はそんなに広く作ることは出来なかった。
植林自体は、次々と広げていっているのだけど、綿の種を植える時期はそんなに長くはないからだ。 それに確保していた綿の種もすぐに尽きてしまったからだ。
綿自体は多年草で、根を掘らねば何年かは同じ場所で大きくなる。 今後はもっとしっかりと種を確保して、これも増やしていきたいと思う。
植林した木と木の間は、当然だけど草が色々と蔓延ることになるのだが、そこは僕たちの草刈り場となる。
僕たちは常に堆肥を作っているし、雑草をあまり生やさないための工夫として、畑は芽を出した作物以外の場所は、刈ってきた草で覆っている。
それだから常に大量の草を僕たちは刈っている。
そして草を刈ると、その場に一角兎が入ってくる事もほとんどなくなり、植林した木にいたづらされることもなくなり、一石二鳥だ。
フランソワちゃんは、今はまた村へと出掛けている。
今は大急ぎで城の下の新しく開拓している畑に、今年来た人たちが秋麦を蒔いている。 城内の畑、つまり丘の上の畑の秋麦を作る予定の場所は、すでに僕たちはもう蒔き終えている。
フランソワちゃんは、春麦の実りを確認すると、麦の種を蒔く時にきちんと列にして蒔くことの有効性を実感したようだ。
そこでフワンソワちゃんは村の秋麦の種蒔きに間に合うように村に戻り、列植えを指導してくるということだ。 ま、新農法の指導者だからね。
「ここでの実績からみて、きちんと列にして蒔くことの有効性は疑いないと思う。
でもまあ一応まだ実験として、ウチの小作にだけ、そうする様に言ってくるわ。
だけど最近は、ウチの小作に何か新しいことを実験的にさせてみると、あっという間に村全体が同じことをするようになっちゃったのよね。 下手すると他の村にまで広がっちゃう」
まあ一般的にはフランソワちゃんの指導によって、堆肥作りなどの新しい農法が広まって、収穫量が増えたという認識だから、フランソワちゃんが指導したことは、みんなより一層収穫が増えると思って、即座に真似をするのだろう。
「あ、そうだ、フランソワちゃん。
種蒔きをちゃんと列にして一定間隔で植えるというのを教えるのは良いけど、それと一緒に秋麦は踏まないということを教えるのを忘れない方が良いと思うよ。
フランソワちゃんがそれを注意しないと、みんな春麦は芽を踏んだから、同じように芽が出たら踏んで回ると思うんだ」
「秋麦は芽を踏まないの?」
「うん、秋麦はもう気温が高いから成長が早いから、踏んでいる暇はないんだよ。 踏んで傷つけて成長を遅くするより、どんどん成長させて大きくした方が良いんだ」
「そうなの。 それはちゃんと注意しておかないとダメね。
みんな、きっと春麦と同じように踏みつけてしまうと思うわ、注意をしないと」
こうしてフランソワちゃんは、また一時的に村に戻って行ったのだけど、フランソワちゃんがこの城で暮らすことが許されているのは、弟が生まれたからだけではなく、こっちの城で暮らしていれば、こうして新しい知識を得て、それを還元してくれるからというのもあるのかな、とも僕は思った。
まあ村長さんたちが僕たちのことを信用してくれているから、というのが一番だと思うけど、どっちかというと諦めているのかも知れない。
この春に来た人たちの指導は、僕たち以外の者に任せていた。
とは言っても、指導に当たっているのは専ら最初からこの地の開拓をした同じ村の仲間だ。 後から加わった町からのメンバーは、この春に来た人たちと一緒に、最初の畑作りを教わっているという感じだ。
もちろん途中からの最初の年の参加とはいえ、この春からの人と比べるとレベルも上がっているし、色々の経験もしているので、同じことを教わっても出来ることはかなり違っている。 彼らの方は指導を受けると、すぐに作業に慣れて、僕らと同じ村の孤児院から来た者と同様に物事を進められる様になった。
問題は、やはりこの春に来た人たち、それも僕たちの村と町から以外から来た人たちだった。
「うーん、あのね、私たちも彼らが私たちがここに来た時よりもレベルが低くて、魔法があまり使えないというのは想定していたよ。
でもさ、私たちの言っていることが伝わらないとは思わないじゃん」
新人たちの方の指導の中心になっているマイアが、僕たちにそう愚痴を言った。
僕たちは当然になっていて忘れていたのだけど、僕たちの村の孤児院では孤児院のみんなに対して、町の学校に劣らない教育をしている。
それは僕とルーミエが町の学校に行った時から、シスターが孤児たちの教育にとても熱心だったからだ。 僕とルーミエそしてフランソワちゃんが、それに協力して教育レベルを上げたので、他の村の子どもたちよりも、孤児院の子たちの方がずっと教育レベルが高くなっている。
町の孤児院の子たちも、僕らの村の孤児院の様子にとても刺激を受けたマーガレットが、寄生虫の駆除のための堆肥作りだけでなく、他の子たちに自分が学校で学んだことを教えるようになって、町の孤児院の教育水準も上がった。
僕たちがこっちに来たり、マーガレットが都のシスターの学校に行ったりして、それぞれの孤児院で直接に教えることは無くなったけど、どちらでも教育を重視することは受け継がれていて、僕らの村と町の孤児院では孤児たちはちゃんと勉強もしている。
でも他の村には、そういった背景が無いのだ。
「私たちって、字の読み書きが出来たり、計算が出来たりするのは、当たり前だと思っているじゃん。
そりゃ、ナリートやルーミエ、フランソワちゃんほどは出来ないけど、みんなある程度は出来るよね。 それが出来ないというのは、ちょっと考えていなかったし、それだけじゃなくて、私たちがみんな当然と思って知っていることも、私たちの村と町から以外から来た子たちは知らないことが多いのよ。
それで私たちの指示が上手く伝わらなかったり、出来ないこともあるのよ」
「うん、そうね。 教える時に、注意してないと、結構言ったことが分かってない時ってあるよね。
分かってないのに、何も質問して来ないから、こっちは分かっているものだと思って作業を進めようとすると、その時になって何も分かっていないことが判るなんてことよくあるよね」
「そうなんだよ、フランソワちゃん。
こっちは指示し終わって、他のことを始めていると、何もしないでボーっとしてたりするんだよね。
あとさ、字の読み書きが出来ないから、書いて説明したり、記録をしてもらうことが出来なくて困るんだよね」
「ナリート、私も彼らを少しは見て来たけど、やっぱり文字の読み書きや計算とかも、教えるようにしないとダメだと思うよ」
フランソワちゃんは、開拓の最初の方にすることにも興味があったのか、新人たちのすることも見に行ったりしていたので、僕たちよりもマイアの言う事を詳しく理解出来るようだ。
フランソワちゃんの提案で、新人さんたちは開拓の作業に適さない雨の日などの日には、今までは休みだったのだけど、少なくとも半日は読み書き計算その他の勉強をすることになった。 とはいっても僕らが教える訳ではなく、新人たちの中の僕らの村と町の者たちが主に教え、2年目となる町からの者がその監督にあたることにした。
そうこうしているうちに、丘の下の新規開拓地も予定していた秋麦を植えるための部分の開拓は終わった。
この時点で、丘の下の開拓から2年目の者は手を引いた。
秋麦が収穫出来れば、新人たちの最低限のそれ以降の食料は確保できることになるので、それ以上の生活向上は自分たちのみの力で行うように促すためだ。 ただし大まかな開拓計画は知らせてあり、その中での自分たちの裁量ではあるけれど。
これで2年目の者たちは全員、丘の上の元々の城の区域を中心とした開発に専念することになる。
もちろん今までも田植えや、他の畑の種植えだとかの農作業はしていたし、春麦の収穫は新人の子たちも手伝ってもらっての作業となったりしていた。
でも僕らは糸クモさん関連の作業に手を取られていたりもしたせいで、他の開発はほとんど進んでいなかったんだよね。 例えば、丘の下とを繋ぐ、表側の道や門を作ったりといった部分だ。
僕としてはまだ簡単な物だけど、自分の夢の城作りの計画なので、ぜひとも進めたい部分だ。
僕たちは必要な農作業と糸クモさん関係の仕事を済ますと、土地の開拓をしないで空いた時間を、まずは城の上から下へ向かう正面側の道作りに使うことにした。
城になっている丘の上から、新人たちが開拓している場所に行くには、今ではまだ丘本体と繋がっている方を通って回らねばならない。 それは面倒だし、平地から見ると裏手に回らないと城に登れないのは、何だかあまり格好が良くないからね。
そんなこんなしているうちに、本格的な夏の暑さが来る前の雨の季節がやって来た。
僕はまた春先から忙しくしていたし、稲の成長には雨も必要だし、植樹した木への水やりも休めると、のんびりした気分でいた。
雨だからといって、糸クモさんにあげる葉は取りに行かなければならないのだけど、僕らはそれ以外は本当にのんびりしている。
女の子たちは、糸クモさんの2回目の脱皮まで使っていた巣から、まずは試しで糸を作るのをアリーに教わっている。
糸クモさんは、卵から孵化しての最初は巣を作らずに過ごしていたのだが、1回脱皮をすると、藁を簡単に格子状に編んで、縦に設置したスカスカの壁に巣を作った。 そして2回目の脱皮をすると、次は竹を薄い板にして作った格子が藁で作った今までよりもいくらか大きい壁に移って、巣を作った。
「1回目の巣は小さ過ぎて、糸クモさんが出した糸も細過ぎて弱くて、使うことが出来ない、でも次からの試しに、どんな風になるかを実際に見てみることは出来る」
アリーはそう言いながら、糸クモさんの1回目の巣をちょっと熱めのお湯に漬ける。 すると糸クモさんの作った巣が解れていく。
「こうして解した糸を巻いていくんだよ。 でも、1回目はほら、弱すぎて巻こうとして引くと切れちゃうから使えないけど」
糸クモの糸で作った布はとても高級品なのを知っているから、女の子たちは皆真剣にアリーの説明を聞いて、これからのことを学んでいた。
少し前からまた城にやって来ているシスターも真剣に聞いているから、糸クモさんに関してはシスターもきっと知らないんだなと僕は思った。
「私はちょっと下のこの春来た人たちを見に行って来るわ。
やっぱり、ちゃんと学んでいるか気になるし」
村の孤児院では、僕とルーミエを見て後から教える方に加わったフランソワちゃんだったが、それから後は農法を多くの人に教えて回ったりもしたからだろうか、今では一番新しく来た人たちがきちんと学んでいるかを気にしている。
雨の中を一人行かせる訳にもいかないかな、仕方ないから僕も行くかとちょっと考えていたら、別の人が一緒に行くと言い出した。
「それなら私も行くわ。 私も連れて来たから、あの子たちのことが気になるからね。
それにフランソワちゃんだけじゃなくて私も顔を見せれば、より一層ふざけたりしないで、真面の目に勉強するでしょ。
ナリートも行く。 そうしたら2人で私たちの村と町の子を引き受けて、いつもは教えている側になっている子たちに、もう少し難しいことを教えて。 私が残りを引き受けるから」
僕が腰を浮かせかけたことに、目ざとくシスターは気がついたようで、自分も行くと言うだけでなく、僕にも声を掛けてきた。
「いえ、シスターが行ってくれるなら、僕は行きません」
僕はあわてて断った。 雨の中、濡れてしまうのに、城から下に降りて新人たちの所に行って来るなんて面倒なことしたくない。




