一緒に寝るのは
「フランソワちゃん、こっち、こっち。 私はこっちに居るよ」
フランソワちゃんが戻って来て数日後、フランソワちゃんは夜、ルーミエの部屋を訪ねて来た。
戻って来て3日程は、御者のおじさんが泊まっていったり、夕食後みんながフランソワちゃんの話を聞きたがったりしたので、寝る時間も少し遅くなったりしたけど、それも終わって平常通りになったので、夜になってからルーミエと気楽なおしゃべりをしようと思ったのだろう。
入り口のドアをノックしたりの予備動作というか、気遣いもなく、フランソワちゃんはいきなりルーミエの部屋に入ってきたみたいだけど、ルーミエが自分の部屋に居ないということは想定していなかったみたいだ。
「あれっ、ルーミエ、どこ行っちゃったのかしら?」
ルーミエの部屋に入って即座にルーミエが居ないことに気付いたフランソワちゃんの、ちょっとだけ困惑した言葉に即座にルーミエが声を掛けたのだ。
「えっ、ルーミエの部屋って、中で2部屋に分かれているの? 私は狭い1部屋なのに。
ええっ、ナリートも居るじゃん。
ということは、ルーミエの部屋って、ナリートの部屋と繋がっているの?」
「うん、そうだよ。
あれっ、フランソワちゃんは知らなかった? みんな知っていると思うけど」
「そんなこと、私が知る訳無いじゃない。 誰もそんなこと教えてくれなかったわよ」
夜でも窓から外の光が入る室内は、闇に慣れている目には結構良く見えて、フランソワちゃんはルーミエの部屋と僕の部屋を繋ぐ出入り口にすぐに気がついたようだ。
その出入り口に気がついただけでなく、ルーミエの声を聞いたフランソワちゃんは当然ながら躊躇いもなく声のした方に入って来て、僕も一緒に居るのに気がついたのだ。
フランソワちゃんはそう言うと、ルーミエと僕のことをマジマジと黙って観察している感じだ。
まあ、そうする気持ちは分からなくもない。 ルーミエはもういつものように僕の寝床で一緒に寝ようとしていて、フランソワちゃんが来たから体を起こしただけで、僕は寝床に寝転んだままだったからだ。
ルーミエは何も考えて無さそうだけど、僕はなんとなく自分がどういう風にすれば良いのか分からない気分だ。 仕方ないから僕も体を起こした。
ルーミエは屈託なく言った。
「ああそうか、みんなはこの家を作った時から、私の部屋とナリートの部屋は繋がっていることを知っているから、誰もそんなことわざわざ話題にしないもんね」
「それはまあ良いけど、ルーミエはいつもナリートと一緒に寝ているの?」
「うん、完全にいつでもという訳じゃないけど、ほら、女の子の日とかはちょっと避けるから。 でも大体は一緒に寝てるかな。
くっ付いて寝ると、その方が暖かいし、これからの季節はその方が気持ち良く眠れるんだよ」
僕はちょっと口を出した。
「ルーミエ、フランソワちゃんはお前と話をしようと部屋に来たんだろ。 自分の部屋に戻って話せば」
僕のそんな言葉は完全に無視して、フランソワちゃんとルーミエは話し続ける。
「ルーミエがナリートと仲が良いのは、昔から当然知っていたけど、くっ付いて寝たりなんて、もしかして孤児院ではそれが普通なの?」
「そんな訳ないじゃん。
フランソワちゃんだって知っているでしょ。 孤児院は男女の部屋は完全に別だって」
「それじゃあ、ルーミエはナリートと一緒に寝てて大丈夫なの?
それって、単に仲が良いからというだけでは済まない関係だと、周りの人からは思われるんじゃない?」
うん、まあそうだよね。 そういう風に捉えるよね。
「うん、別にそれで構わないし、当然もう少し大きくなって成人になったら、私はナリートと結婚するつもりだから、何の問題もないもの」
「ええっ、そうなの?」
「うん、そうだよ。 別に驚くほどのことじゃないよ、私たちだけじゃないし。
エレナはウォルフと結婚するだろうし、マイアはウィリーと結婚する。 2人も一緒に寝てるよ。
エレナはさ、アリーが来て、少し遠慮していたみたいだけど、アリーがジャンとくっつくみたいだから遠慮がなくなって、ウォルフの部屋に夜は行けるようになったんだよ。
私はさ、今更だからジャンに遠慮してここに来ないということは無かったけど、ジャンにアリーがくっつくと知って、やっぱりちょっと安心したというか、気が楽になったよ」
えっ、そうなのか、と僕も思ったのだけど、隣の部屋でもガタンと音がした。
この家の中の各部屋の防音なんてほとんどなくて、音は筒抜けだから、今のルーミエの言葉を聞いて、ジャンがびっくりしたみたいだ。
ジャンが慣れないアリーの世話を、結局のところエレナよりも親身になってして、アリーがジャンに一番懐いた感じになって仲が良いのは知っていたけど、そこまでの仲だとは知らなかった。
いや、当の本人のジャンも驚いたみたいだから、女の子同志の情報交換なのだろう。
「そうなの?
他の人たちは?」
フランソワちゃんにとっては、全て何も知らなかった情報みたいだ。 とても驚いているみたいだ。
「他のみんなも、それぞれに決まっていると思うよ。
そうでないと、なかなかここの開拓に参加できなかっただろうし。
それにさぁ、特別な理由がない限り、孤児院を卒院する時にはもう大体相手が決まっているのが普通だから」
フランソワちゃんは別なのだろうと思うけど、孤児院の子に限らず村の子たちだって、僕らくらいの年齢になれば相手が決まっているのは普通のことだ。 そのくらい世界が狭いのだ。
ただでさえ条件の厳しい孤児院の子たちは、卒院する時にはもうほぼ決まっている。
その後で相手を見つけようと思っても、普通は生きていくための仕事その他に追われて、見つけている時間はない。
それに1人で生活するよりは、2人で生活する方が楽でもあるので、世の中の厳しさを幼い頃よりより知ってしまう孤児院の子供は、卒院の頃には必ず自分の相手を見つけようとしているのだ。
例外となるのは、冒険者になって、色々なところに流れて行ってみたいと思うような者くらいで、数は多くない。
僕らの城作りに加わろうという孤児院育ちの者たちは、やはり現実の厳しさは覚悟しているので、開拓が始まってから自分の相手を探すことが出来るとは考えていなかった。 つまりほぼペアが決まっている者のみが参加しているのだ。
ウォルフはエレナがはっきりしていなかったので、少しヤキモキしていたみたいだけど、1人だけ例外になってしまっていたのがジャンだったのだ。
ジャンが僕たちと一緒に行動しないというのはありえなかったけど、この城に来た女の子はみんな相手が決まっていて、僕たちの代は僕ら3人だけだったのもあって、あぶれてしまっていたのだ。
「そういうものなの。
それじゃあ、一緒に寝る相手がいないのって、私だけなの?」
「うん、アリーも近いうちに、部屋をやっぱりこの家に移そうっていうことになっているから、そうするとそうなるかな」
フランソワちゃんはなんだかショックを受けたみたいだけど、隣の部屋でもなんだかまた焦っているみたいな感じだ。
ジャンは別にそれが嫌という訳じゃないだろう。 アリーのことが気に入ってなかったら、あそこまで親身に世話をしないと思うからね。
ただ、自分がはっきりと自覚していないうちに、どんどん話が進んでいたことに驚いているのだろう。
「でもそれは仕方ないんじゃない。
フランソワちゃんは村長さんの娘なんだもの、自分で好きに相手を選べないだろうと思うし、新農法の指導者としても有名だから、相手に困ることもないでしょ」
「それを言うならルーミエだって、相手を選ぶのに困ることはなかったんじゃない。
何しろルーミエはとても珍しい聖女なんだから」
「聖女は関係ないよ。
私がナリート以外の男を選べる訳ないじゃない。
それにナリート以上の男がどこにいるのよ。 どこにも居る訳が無い。
強いて例外を挙げるとしたら領主様だけど、それこそ対象外でしょ。 領主様は私たちの親みたいなものだもの」
「それは確かにそうね、ナリート以上の男なんて見たことないわ。
私が新農法の指導者なんて言われるのも、みんなナリートのお陰だし、こうしてみんなでここで暮らしているのもそうだわ。
私も農業指導で町だけじゃなくて、他の村にも行ったけど、ナリート以上の男なんていなかったわ。 それどころか、ジャンやウォルフやウィリーよりも良いと思える男だっていなかった」
「そうでしょ。 だからナリート以外考えられないのよ。
でもフランソワちゃんだったら、この地方に限らなくても良いから、まだ分からないよ」
「それを言うなら、ルーミエとナリートこそ、どうしてもっと上の学校とか行かなかったのよ。
ルーミエとナリートなら、王都の学校だって行けたんじゃない」
「そうかな、ナリートはともかく、私はそういうの考えたこともないから」
いや逆だろう。 僕はともかくルーミエに関しては領主様もシスターも迷っていたよね。
ルーミエの[職業]が珍しい聖女であることを知っている2人は、ルーミエを王都に送ろうか真剣に悩んだはずだ。
シスターが王都に送っても、ルーミエに聖女としてもう学ぶことは無い、逆に聖女という肩書きだけが利用される事態になると考えて、それがルーミエの幸福には繋がらないと判断したお陰である。
それでも判断に迷った領主様がルーミエに尋ねると、簡単に「僕たちと一緒にみんなで生きていく」と答えたので、今があるのだ。
「えっ、なんで? 領主様はあなたたち2人なら、王都の学校にも行かせてくれたんじゃない」
孤児なのに領主様に学校に通っている時から認められて、色々と優遇されていた僕たちのことを、フランソワちゃんはそんな風に思っていたらしい。
でも認められて優遇されたということなら、フランソワちゃんも同じだと思う。 ただフランソワちゃんは村長の娘という立場もあるから、領主様が直接フランソワちゃんに何かさせにくかっただけの違いではないだろうか。
「そうかもしれないけど、私はナリートと離れる気は全く無いから、ナリートが何処かに行くならそれについて行くけど、それ以外ではここを離れるつもりなんて全く無いもの。
それに例えばどこか、王都とかに行ってもナリートよりも私にとって大事な男の子がいるとは思えないもの」
「確かに、もしかしたら何処かにナリートよりも優秀だったり、条件の良い男の子がいるかもしれないけど、ルーミエにとってナリートよりも大事な男の子はいないかもね。 それは解る気がするわ。
でもさ、なんだか狡いよね。
私だけ一緒に寝る男の子は居ないし、それに私から見たって、私が知る限りナリートが一番素敵な男の子なんだから、これからそのうちきっと父さんが私に誰かを紹介して来んるのだろうけど、私はきっと我慢してその男の人と結婚しなければならなくなるんだわ」
僕自身のルーミエとフランソワちゃんの評価は横に置いておいて、確かにフランソワちゃんはそうなるだろうなぁと僕も考えた。
歳の離れた弟が生まれたから、村長さんの後を継いで村長となる婿を取る必要はほぼなくなっただろうけど、それでもフランソワちゃんが自由に相手を選べるという訳でも無いだろう。
「それならフランソワちゃんも私と一緒にナリートと結婚する?
ナリートのことが知る限り一番素敵な男の子だと思っているなら、一緒にナリートの奥さんになろうよ。
ナリートだったら、領主様たちにも認められているくらいだから、村長さんだって駄目とは言わないんじゃない」
「ルーミエ、良いの? ルーミエが良いなら、そうする」
「ちょっと待った。 フランソワちゃん、なんでルーミエの言うことを即座にそのままOKしちゃうのかな。
そんなのダメに決まっているじゃん。
僕たちは孤児で、これから生きて行くのに一緒の方が都合が良いだろうし、何て言うか、もう今更別の人を見つけるのもと思うし、周りのみんなも僕たちは組で考えていると思うから、これで構わないと思うけど、フランソワちゃんは違うじゃん。
ちゃんと両親も居て、自分のちゃんとした家があるのだからこれからの生活に困る訳でもないし、急いで相手を決める必要もないのだし。
それに結婚相手が2人なんて、おかしいでしょ」
「別におかしく無いよ。 奥さんが2人いる人だっているじゃん。
それともナリートはフランソワちゃんが嫌いなの?」
「そりゃフランソワちゃんのことは、僕は好きだよ。 嫌いな訳ないじゃん。
でもそれとこれとは話が別・・・」
「フランソワちゃん、良かったね。 ナリートはフランソワちゃんのこと好きだって。
それなら何も問題ないね」
「うん、嬉しい。 ナリートが私のこと嫌いだったら、奥さんになれないけど、そうじゃないと分かったから」
「それじゃあ、とりあえずナリートを真ん中にして、3人で寝ることにしよう。
ほらナリート、もっと私の方にくっついて。 そうでないとフランソワちゃんが寝床に入れないよ」
僕が何て言ってこの事態を回避しようかと思っているうちに、ルーミエとフランソワちゃんは積極的にどんどん動いて、僕の寝床で3人で寝ることになってしまった。
「流石にちょっと狭過ぎるよ。
ルーミエは壁側だから良いけど、私は落ちちゃいそう」
「ナリート、腕を上にして。
フランソワちゃん、ナリートの腕を枕にして、体を半分ナリートの上に乗せるようにすれば良いんだよ。
ほらナリート腕の分、もっと私の方に近づいて」
なんとか僕の寝床で3人が寝れたけど、僕は両側から2人にのし掛かられているような感じでちょっと重苦しい。
「本当だ。 くっ付いて寝ると暖かくて気持ち良いね。
でもやっぱりちょっと狭過ぎる」
「そうだね、このままだとちょっと無理だよね。
ねぇ、フランソワちゃんの部屋は物が多くて狭いのでしょ。
ナリートの部屋の荷物は、私の部屋とフランソワちゃんの部屋に置くことにして、フランソワちゃんの寝床はこの部屋に持って来て、ナリートの寝床とくっつけちゃおうよ。
そうすれば3人で余裕で寝れるよ。
私たちのどっちかが女の子の日になったら、私の部屋で寝れば良いし」
「それが良いわ。
私も物が近くに迫っている所で寝るよりも、その方がずっと快適だろうし」
僕がどうしたらと思っているうちに、どんどんと物事が進んで行く。 良いのかこれで。
ルーミエに関しては、そうなるだろうなと思っていたけど、フランソワちゃんのことは全く考えたこともなかった。
僕は2人に口を挟めず、なんとなく諦めた。 とりあえずはただ単に一緒に寝ようとしているだけだから、そんなに問題はないと都合よく考えて、この問題は放り投げた。
それにしてもフランソワちゃんがルーミエの部屋を訪ねて話そうとしていたことは何だったのだろう。 良いのか、忘れていて。




