領主様のところの人が来た
「あー、雨の季節になる前に、ちゃんとした建物を建てようと思っていたのだけど、間に合わなかった」
「まあ、畑がなんとか間に合ったから、良かったじゃんか」
「雨が降っていると、畑仕事はあまり出来ないから、かえって家作りが出来るかもしれないよ」
僕のぼやきを聞いて、ウィリーとジャンが慰めの言葉をかけてくれた。
まあ今現在でも、雨はしのげる最低限の建物があるのだから、そんなに悲観しなくちゃいけない状態ではないのだけど、それでもそろそろ気温も上がって来ているし、みんなで眠れるギリギリの広さしかないから、やはりちゃんとした家をもっと頑張って作るべきだったのでは、と考えてしまう。
でもなぁ、後のことを考えると、開墾しての畑作り、そしてトイレの整備と水を引くのは優先しなければならなかったし、仕方ないよなぁ。
とにかく次は家作りだ。
この世界はなのか、僕が今住んでいるこの地方がなのかは知らないけど、ここにはちゃんと四季があり、雨の多い時期がある。
冬になれば気温は下がるけど、雪はまだ見たことがないから、温暖な場所なのだろう。
そのかわり夏になるとかなり暑いのだけど、割と湿気が少なくカラッとしていて、僕は割と過ごしやすいのだと思うのだけど、他のみんなは暑さが大変らしい。
僕が米を作ろうと考えているのは、米が美味しいという知識があることもあるし、単位面積当たりに養える人数が米は多いことがある。
でも大前提としては、ここの気候は米を栽培するのに適しているのではないかと思うからだ。
それではここには米が存在しているのに、何故大々的にに栽培されていないのかという疑問が湧く。
その理由もスライムだ。
米の栽培、水田を作るには水が必要で、水場にはスライムが集まる。
田んぼを作っても、スライムが集まってしまっては仕方ないし、スライムが来れないように防御しても、そもそもの水を引いてくる元の場所はスライムが必ずいるのだ。
水をたくさん使う田んぼは、何かの作業をする時に、常にスライムの対策を考えないとならなくなってしまう。
それならば、そこまで水の確保をしなければならない訳ではない畑で栽培できる作物の方が面倒が少ない。
ということで、米の栽培は数が少ないのだ。
「ま、あまり水を必要としない、陸稲という種類の米もあるけど、あれは美味くないんだよな」
僕にはそんな知識もあるのだ。
雨が多い季節といっても、ここは雨が毎日ずっと続くということは少ない。
雨が降っていても、少なくとも数時間は太陽が見える時がある日がほとんどだ。
そんな恵まれた気候だからだろうか、この時期は植えた畑の作物はグングン成長して、葉物野菜以外ももう収穫が始まってもいる。
そういった畑の手入れは、今は女性陣が請け負っている。
孤児院でも、そういった収穫なんかは女の子が担当していたので、慣れているということもあるかもしれない。
で、男連中が何をしているかというと、作業場を作った。
作業場というと、何だかすごいけど、単に少しの雨なら濡れずに済むように屋根を作ったのだ。
竹を伐ってきて、骨組みだけの柱と屋根を作っただけだ。
屋根は竹でさえない。 笹の葉を刈って来て、竹の骨組みに葺いたというか結えつけただけだ。
適当に作っているので、雨が降ると雨漏りする場所があって、そうすると雨が上がった時に、雨漏りするあたりに笹の葉を重ねる。
そうするとバランスが崩れるからなのか、また他のところが漏ってしまって、違うところに笹の葉を重ねることになる。
そのうち屋根の重さで、倒れるんじゃないかと僕は思ったのだけど、そう思ったのは僕だけじゃないようで、補強の柱が随分と増えた。
そんなにまでして雨の昼間に、建物以外で濡れない場所を作ったのは、そうでないと今の建物だけでは狭くて、中ではほとんど何も作業が出来ないからだ。
それに薄暗い建物に昼間、みんなでいると、やはり息が詰まる気がするからだ。
僕たちがその屋根の下で行っているのは、これから作る家の部品作りだ。
家は今は極力木の使用量を減らすために、トイレを作った時と同じ作り方だ。
釘を使わないで作るためには、材木を組み合わせるためにかなり加工する必要がある。 その加工を現場でするのではなく、先に屋根の下でやっておくのだ。
加工しておくのは建物の骨組みとなる木の柱や梁だけではない。 壁の基礎となる竹を細い板状にして枠の中で緩く編んだ物も作っておく。
これはトイレを作った時の経験で、最初は竹の板をきっちりと枠にはめ込んで作ったのだが、そうすると土を貼り付け難くて、工夫されたのだ。
逆にきっちりとはめ込んだ物は扉に使うことにした。
こちらは常に動かすので、土を貼り付けない。
トイレとちょっと違うのは、家の壁はこの枠を内側と外側の2枚組で取り付けることにしたことだ。
壁に簡単に厚みを出すためだけど、壁の中にいくらか隙間も出来るから、断熱にもなるかもしれないと思う。
家作りは、最初は僕たち元からの6人の分の家から作ることになった。
今みたいに全員が1つの家に住むのではなく、分割することになったのは、ちゃんと一人一人の個室を持とうと考えたからだ。 そうすると今の僕たちの技術で作れる家の大きさだと最大で6人が住める家でやっとだからだ。
ということで後から作る家は4人用となるので、僕たち6人用よりも小さい家の予定だ。
ちなみにそれぞれの家に入る人の組み合わせは、僕は男女4人づつだから、男性用の家と女性用の家で良いと思ったのだがそうはならず、ウォルフとウィリーの代の3人に1人エレナの代の女性が加わる形で、残りのエレナの代でもう一軒だ。 上の代は女性が1人だったからである。
なんでも寮に居た時に、男性陣は女性陣が怒らないと部屋の中がめちゃくちゃになったから。 男だけなんて、絶対ダメらしい。
その上の代の女性マイアがウォルフとウィリーに話している。
「私たち女性の分の屋根も作ってよ。
作業は家作りの準備だけじゃないわ。
私たちは今の建物の中で作業をしているけど、あの建物は中が暗いし、風も通らないから作業をしていると暑いし、それより何より中で作業をすると中が汚れるでしょ」
まあ尤もな意見である。 僕たちはもう一つ屋根を作った。
これで結局屋根だけの建造物は3つになった。
もう一つは、少し小さいが、かまどの上と周りにも屋根を作ったのだ。
最初は建物の中で、煮炊きしていたのだけど、すぐにそれでは使いにくいし、建物の中が暑くなってしまうので、外にかまどを作ったからだ。
僕たちの6人の家は、本当に雨の時期に作られた。
雨の合間の晴れ間に基礎のレンガを積み、それを土台にして作っておいた柱や梁を大急ぎで設置する。 そして、これもまた用意しておいた屋根にする竹を大急ぎで葺いた。
あとは大体は屋根の下での作業となる。
今回の家が、今までの建物と違っているところは、今までの建物は床がそのまま土間で、その上に干し草を広げたりして使っていたのだが、今度の家はちゃんと床を作ったことだ。
とはいっても床を張るだけの木材なんてとても買えないので、束も大引きも太い竹を使い、その上をある程度の太さの竹を並べ、それだけでは竹の丸みがモロに床に出るので、もう一度、今度はある程度細かく割った竹を敷き詰めた。
それぞれの固定は、ほとんどのところは紐で縛ったので、なかなか面倒な作業だし、竹も上下で太さが変わるから、それを凸凹しないように調整するのが難しい。
でも手間暇と苦労の甲斐があって、地面より一段高くなった家の中は、床下になる部分にいくつかの空気孔をつけたこともあり、とても快適な空間になった気がする。
何よりも僕はこの世界では珍しいのかもしれないのだけど、家の中は靴を脱ぐことにした。
そのために玄関という今までは必要のなかったスペースを作る必要があったのだが、家の中がずっと清潔になった気がして気持ちが良い。
内部のそれぞれの部屋を作る仕切りは、当然だけど外壁と同じように竹製の枠に土を塗って固めた物だ。
竹の枠だけで良いような気も僕はしたのだけど、それだけだと光も音もかなり漏れるので、個室の意味がないという意見が出て、土も塗ることになった。
そうそう、僕とルーミエは隣の部屋となっているのだが、僕とルーミエの部屋の間の壁だけは一部空いていて、内部で行き来が出来る。
そんな広い部屋じゃないし、部屋のドアを出ればすぐ隣だから、行き来に何も問題がないじゃないかと思ったのだけど、ルーミエの強い希望でそうなった。
現実問題として、壁の一部が空いていて、自由に行き来が出来たって、部屋に戻るのはほとんど寝に戻るくらいだから、意味がないと思うのだけど、毎朝そこを通ってルーミエが僕を起こしに来るのが日課になった。
雨の時期が終わる頃、やっと最初の僕らの家が大体完成した。
とはいっても内装はまだ手付かずで、がらんとした部屋が出来ただけだ。
ベッドやタンスといった家具も欲しいけど、まだそこまで手が回らず、そういうのは後回しにして、次の家を建てる準備に入る。
今度の家は少しだけ小さいので、木材はなんとか足りそうなのだが、そろそろ主食の穀類がなくなってきてしまった。
雨の時期に町まで行くのは、きちんとした道がまだない今の状況では、荷車を引いて行くのはちょっと大変なので、町にしばらく買い出しに行かなかったからだ。
でも出来たら、次の家の骨格は建ててから、町に行く人を出したいと僕は思った。
ま、流石に今度は僕とルーミエは少なくとも行くことになるだろうなぁ。
なんて思っていたら、僕たちが町に行く前に、領主様のところの官僚の人が2人、僕らの様子を見に来てくれた。
「いやあ、参りましたよ。
何度か町に買い出しに来ていたのは知っていましたから、ここに来る道とまでは行かなくとも、踏み跡はしっかりしていると思っていたのですけど、雨でその痕跡が薄くなってしまっていて、結局自分たちで道を探さねばならない様なことになってしまいました。
しかしまあ、領主様に頼まれた、食料の差し入れも持ってきましたよ。
馬、2頭で引く馬車ですから、大した量ではありませんが、役に立ててください。
私たちも少しだけ足しておきましたから」
「ありがとうございます。
雨がずっと降ってて町への買い出しに行ってなくて、ちょうど主食の穀類が尽きるところだったので、すごく助かります。
でも、なんでわざわざ訪ねて来てくれたのですか?
差し入れだけじゃないですよね」
僕やルーミエとも親しく接してくれた人なので、領主館で働いていたウォルフ、ウィリー、エレナのことも知っているだろう2人だけど、僕たちは何も用事がなくて、ここまで差し入れに来てくれる暇なんてない人たちだということを知っている。
「ま、もちろんそうです。
私たち2人がここまでやって来た目的は二つあります。
一つは、あなたたちがこの新しい土地で暮らしていけそうかどうかを確認することです。
どうにもやって行けそうにない場合は、受け入れの準備をしなければならないですからね。
領主館で働いていた者たちは、そのまま受け入れれば済みますが、その他の人たちは今後どうするかを決めねばならないでしょうから。 また孤児院に付属して寮に戻る訳にはいかないでしょう。
まあ、ぶっちゃけ、領主様が気にかけているのは、あなたたちの孤児院を出た子たちなら、読み書き計算は出来るだろうから、慢性人手不足の領主館で雇ってしまいたいという考えもあるからなのですよ。
でも、その目論見は無駄になりそうですね。 想像していたよりもずっときちんと畑を作れていますね。 これなら一年目は乗り越えられるのではないですか。
一年目が乗り越えられれば、次の年はそれよりは楽になりますから」
僕たちとよく顔を合わせていたこの官僚さんは、人手不足の解消の目論見が上手く行かなそうなことよりも、僕たちの成功を願ってくれているみたいだ。
「ありがとうございます。
今日はゆっくりして行ってくださいね。 とは言っても、畑を作ることを最優先にしていて、やっと一つ目の家を作ったところなんです。 それも家具などはまだ作ってなくて。
それでも野宿よりはマシだと思うので」
僕は頑張った畑を褒められたので、嬉しくなって、「目的は二つ」と言われたのに、もう一つの方を聞くの忘れて、次の事柄に話を進めようとしてしまった。
「ゆっくりする前に、もう一つの、実はこっちが私がここにやって来た主目的なのですが、そちらの話を伝えましょう。
ナリートくんたち、領主様からの命令です。
『大急ぎで、一度町に戻るように』とのことです」
「えっ、それってもしかすると」
「はい、冬には活動をせずに数を減らしていた大蟻が、春から活動を始め、また問題になる規模の巣が出来たようです。
大蟻の駆除の依頼ですね。
冒険者をたくさん集めるのは大変ですし、費用も掛かりますから、約束したとおりのナリートくんたちへの指名依頼ですね」
僕たちは領主様の所を辞去する時に、一つ領主様と約束した。
それは今後も大蟻が問題となった時には、大蟻の巣の討伐の依頼を受けるという約束だ。
スライムの罠を作ってスライムをたくさん狩ったことは、もちろん良い影響もあるのだけど、その反動みたいな形で一角兎が増え、それを捕食する平原狼や、雑食のはずの大猪も数を増やした。
それらは冒険者の良い稼ぎになっているのだけど、もう一つ数を増やしてしまった大蟻だけは歓迎されていない。
大蟻は危険な割りに得られる物がないので、その数が増えると領として退治の依頼を出さねばならなくなる。
その費用は馬鹿にならないので、大蟻の巣の駆除に独特の有効なノウハウを持つこととなった僕たちに指名依頼することになったのだ。
大蟻に関しては、領主様との約束だし、元の原因は僕たちが作った様なものでもあるので、この依頼は受けない訳には行かない。
それに、大蟻の巣の駆除は、その依頼達成の報奨金も、多くの冒険者を集めるよりずっと安く済むとはいっても、かなり良い稼ぎになるのだ。
僕たちにとって大蟻の巣の駆除は危険を感じるモノではなくなっている依頼でもあるし、人数が増えて残りの資金が苦しくなっている今は、ちょっと美味しい話であるのも確かだ。
ただまあ、家はまだ一つ目が建て終えたばかりで、まだ少なくとも早急に二つは建てねばならないし、大蟻の駆除となると元からのメンバーが6人全員で向かうことになる。
残りの後から加わったメンバーだけで大丈夫だろうかという問題があるんだよな。
「最短で1週間、長くても2週間で戻るから、その間お前たちだけで頑張ってくれ」
「もうお前たちも、一角兎も自分たちで狩れるようになったから大丈夫だと思うが、丘から降りた時には注意を怠るなよ」
城にする丘の上は、元は居たスライムは完全に撲滅しているけど、スライムや一角兎から自分たちの土地を守る石垣などという施設は、当然だけど畑作りを最優先にしていて、まだ手がつけられていない。
丘の上という立地で、上に登るのに結構急だったりもするので、あまりモンスターや普通の獣も近づいては来ないと思うのだが、元々スライムがいたのだから、それらが登ってくる可能性は常にある。
僕ら6人がいれば、レベルと経験から、その位までのモノでは問題ではないのだが、残りのメンバーでは、たとえスライムや一角兎でも不意に襲われれば大きな危険となるだろう。
何だか悪い想像をすると、とても心配になってくる。
「大丈夫だ。 任せてくれ。
お前たちは領主様との約束をしっかりと果たして来てくれ」
ウォルフとウィリーに色々と言われていた残るメンバーは、軽い感じで胸を張ってそう言ったけど、何だか余計に心配になる。




