水路を引くのだけど
町に行っていた仲間が戻って来て、僕はそっちに行っていた新しいメンバーとも一番最初にスライムの罠を作った。
新しいメンバー同士でレベルに差が生まれると嫌だろうし、どっちにしろみんなある程度はレベルを今は上げて欲しい。
それと共に他のみんなには、柱にする丸太作りと、竹の筒作り、それに少し丈夫な紐というかロープ作りをしてもらう。
柱作りは、ジャンが中心になって男たちが木を伐り、枝を落としていく。 落とした枝を女たちが丘の上に持っていって、その皮を剥くというか削る作業をする。
削った皮と、皮を削られた枝は適当な大きさに揃えられて、日に広げられ乾かされる。
僕はこれで当分はトイレに使う木屑は困らないし、煮炊き用の柴刈りにわざわざ行かなくても済むな、なんて考えていた。
木を伐るには丘の下にある林に入って行かなければならない訳で、そこやその周りには当然だけど、スライムや一角兎がいる。
弱いモンスターだから、スライムは普通は人間を見ると近寄っては来ないし、一角兎も自ら向かっては来ない。
だから、少し気をつけて、それらを刺激しないような位置にある木を伐れば良いのだが、警戒を怠ることは出来ない。
そして、新しいメンバーにもスライムと一角兎との戦い方を教えることにしたのだが、これはウォルフとウィリーが喜んで教えている。
まずはみんなの装備として、竹槍と竹の盾を作ったのだが、僕は盾つくりだけ少し手伝う。 僕が手伝わないと罠認定がされないからだ。
「ナリートとも前に相談したんだけど、スライムより最初に一角兎を狩るのを教える方を優先したいと思うんだ。
スライムの方が弱いモンスターだけど、狩り方を覚えれば、一角兎の方が狩る時に怪我をする可能性が少ないと思うんだ。
まずは槍の練習をして、一角兎でレベルを上げれば、スライムの核も上手く突けるようになって、スライム狩りも安心して出来るようになるんじゃないかな」
「それじゃあ装備が出来たら、まずはジャンがみんなに槍を教えて練習させろよ。
俺の得意な剣や、ウォルフの弓を教えるのは、ある程度出来るようになってからだな。
実際は、一角兎を狩るには、弓と剣の方が使い勝手は良いのだけど」
こうして何日か、3人による新しメンバーへの訓練が、少しだけ早めに一日の仕事を終えた後に行われた。
訓練しているところを見ると、僕らはもう見慣れてしまっていて、互いの技量とかは普通だと思っていたのだけど、新しいメンバーの訓練する姿を見てると、自分も昔はあんなだったんだろうなぁと思う反面、ジャンたちは凄いのだと思った。
ルーミエとエレナには、大猪の腱とか筋とかを使って、糊を作ってもらった。
何のためかというと、半分に割った竹を、また貼り合わせるためである。
竹の槍と防具を作る時に、その材料として以外にも僕は何本もの竹を伐ってきた。
その竹をまずは縦半分に割り、節の部分を全て取り除く。
ここまでは屋根を作ったりした時もした作業だから、手伝ってくれた人も疑問なく作業を行っていた。
でも、そうして節を除いた竹に糊を付けて、また元の形に貼り合わせて、それがズレたりしないように紐で補強しているとエレナが疑問を口にした。
「竹の長い筒を作っているのは分かるけど、そんな補強までして何をするの?」
「これを何本も繋いでいって、その中に水を流すのさ」
「こんなに何本も作って、そんなに長く水を流すの?
それに水を流すだけなら、何も筒にしなくても良いじゃない。 半分に割った上を流せば用は足りると思うし、筒にしちゃったらゴミが溜まったらどうするの?」
エレナは的確な質問をしてきた。
「スライムの罠を作った、あっちの池からこっちの水場に水を持って来たいんだ。
こっちの水場から湧く水の量では、もう足りなくなって来たから。
だから、これだけの本数の竹の筒が必要なんだ」
「もしかして、木を伐ったのもその為?」
「うん、あっちとこっちの間の凹んでいるところに、水が通る橋を架けないとダメだから」
「なるほど、そういうことか。
で、筒にしているのは何で、そっちはまだ答えてないよ」
「えーと、一番は筒にした方が沢山流せること。 それから上からゴミが入らないこと。
エレナの言うとおり、ゴミが溜まるのが一番困るのだけど、上も塞がれていれば途中ではゴミは入らない。
池のところでゴミが入らない工夫をすれば、筒ならそれ以降はゴミの心配をしなくて済む。 それでも心配だから、途中で何箇所か小さな水槽を作ろうと思うけど。
それからもっと重要なのは、割って半分の形で流そうとすると、ちょっとでも傾くと溢れてしまうけど、筒なら溢れない」
「あ、そうか。 確かにそれはそうね」
エレナは納得したようだったけど、まだ何か考えている。
「ねぇ、ナリート。 使える水を増やすというのは、もっと畑を広げたいってことよね」
「うん、まあ、それだけじゃなくて、もっとちゃんと風呂の水を確保したいとか、そういうのもあるけど、基本はそういうことかな」
いや、畑じゃなくて、田んぼを作りたいというのもあるのだけどね。
「だったら大丈夫かな。
あのさ、言いにくいんだけど、ここにもう10人くらい人が増えそうなんだよね」
「えっ、どういうこと?」
今まで僕とエレナのやり取りを聞いているだけだったルーミエが、僕がびっくりして何もまだ言えない間に、即座にエレナに強い口調で訊いた。
エレナは困った顔をして言った。
「町の孤児院を卒院した子たちが、ここに来るのを待っていてさ。 この間、町に行った時に、そろそろそっちに行けないかと催促されちゃったのよ」
「えっ、エレナ、どういうこと。
まさか、町の孤児院の人にも、私たちが自分たちで住むところを新しく作ることを話したの?
そりゃ、村の孤児院で一緒だった人には、私たちが孤児院を卒院して、その後どうするかを聞かれたり、話したりすることは当然あるから、ここを作る話もいくらかはするだろうけど、町の孤児院の人にまで話すことじゃないじゃない」
「ルーミエ、確かにそうなんだけど、私はあなたたち3人が卒院になるまで、町の領主様の館で待っていたんだけど、ウォルフとウィリーとは違って、女は1人だったんだ。
そりゃ、大蟻退治だとかでみんなで一緒にいる機会も多かったけど、ルーミエと一緒にならない時は、やっぱりちょっと話し相手に困るというか、女同士の話がしたくなるというか。
そうすると、やっぱり町の孤児院の人というか、そこを出たばかりの同い年の子たちと話をするということになっちゃうのは分かるでしょ。
そうしたらどうしても話の成り行きで、自分がこれからどうするのかってことも話題になっちゃうじゃん」
「それはもちろん分からなくはないよ。
でもさ、村の8人を増やしただけでも、今、この冬の食料が持つかどうかって問題が、大急ぎで畑作りとかして、何とかやれるかなってところになったばかりだよ。
それだって、最初に私がナリートと話していた計画とは大きく違っていて、最初の計画だと、もう家とかちゃんとしているはずだったんだよ。
町の孤児院の人が10人来るって言ったって、その10人は生きていけるだけの食料を持って来ることが出来るの?
出来る訳ないよね。 その人たちの分の食料をどうやって私たちが負担するの、無理に決まっているじゃない。
エレナは何を考えているの?」
「いや、それだから、ナリートが畑の拡張を考えているみたいだから、それならどうにかなるかも知れないと思って」
エレナは消え入りそうな声になってしまった。
ルーミエが普段よりずっと大きな声でエレナに怒って言ったから、何事かと少し離れた場にいたみんなも集まって来てしまって、途中からはルーミエの言葉を聞いていた。
「エレナ、この件に関しては、ルーミエの言うとおりだと俺も思うぞ。
俺たちは今が精一杯で、やっと何とか次の冬が越せるんじゃないかと思えるようになったところだ。
これ以上誰かを受け入れる余裕はないぞ。
金だって、今だってもう必要とするギリギリしかない」
ウォルフがそう言うと、ウィリーも続けた。
「それにお前、町の孤児院を出た奴に、どういう伝え方をしたんだよ。
自分たちはただここに来るだけで、何もかも上手く行くように用意されていると思っている訳じゃないだろうな。
俺たちは自分たちで作った資金を用いて、ここでの生活を何とか作ろうとしているんだ。
それだけじゃない、この場所だって、ナリートとルーミエが予め歩き回って見つけるという苦労をしているんだ、簡単に決めた訳じゃない。
そういう苦労が全くなしで、新たな土地に自分たちも希望すれば住めるなんてあり得ないだろ」
正論過ぎる正論なんだけど、新しいメンバー8人も自分たちも全く同じ状況なので、下を向いて意気消沈しちゃっている。
僕も考えてみたのだけど、みんなの言うとおり現在受け入れるということは絶対に却下だ。
秋にちゃんと収穫が出来れば少しは余裕が出来ると思うけど、収穫が上手く行かなかったら、現在の資金ではギリギリだ。
この状態で人を増やすなんて考えられない。
とはいっても、新しい場所を作る目的には、孤児院を出た人の行き場というか、楽に暮らせる場所を作るという目的もある。 ま、一番は城を作りたいからだけど。
それだから、完全に受け入れを否定してしまうのも、何だか違う気がする。
「今現在受け入れられるかというと、それは僕も絶対に無理だと思う。
でも将来的には受け入れられるように考えて、色々と努力するという方向でどうだろうか。
今はそれで精一杯だよ」
「うん、そうだね、それしかないよね」
ジャンが即座にそう応えた。
「私たちも、もっと頑張るよ。
私たちも、全部あなたたち6人の世話になっているんだから、もっと頑張らないと申し訳ないよ」
ウォルフとウィリーの同期の唯一の女性が、意気消沈している新しいメンバーたちを代表してというより、どっちかというと自分たちに喝を入れているのか、慰めているのかという複雑な感じで言った。
「私、次に町に行ったら、ここに来たいと言っている人に、ちゃんとしっかり話すよ。
私の話し方が悪くて、甘い幻想を抱かせてしまったのだと思う。
そこは謝って、もっとちゃんとした現実的な話をしっかりとしたいと思う。
自分たちが生きて行けるだけの最低限の用意が出来ていなくてはダメなのだときちんと納得してもらう。
その上で、どうしたいのかをもう一度しっかり考えてもらう」
エレナはもうボロ泣きだった。
まあ仕方ないよね、無理なものは無理だ。
「私、ちょっと向こうに行って、反省して気分を変えて来る」
エレナは、そう言って離れて行った。
「お前、ちょっと言い過ぎだよ。
そりゃ、言っていたことは正しいけどさ、お前が言ったことはエレナだって十分分かっていたと思うぞ。
だけど、まあ自分で蒔いた種なんだけど、町の孤児院の連中に言われてしまって、どうしたら良いか困っていたんだよ、きっと。
俺たちが待たせていたみんなを連れて来ようとしたのと同じに、町の孤児院を出た奴らを感じてしまうのは仕方ないし」
「うん、ま、俺もそう思う。
それに、なんて言うか、ここに来ている新しい奴らも意気消沈させちゃったしな」
「ま、それは仕方ないさ。
でもアイツらが金を持ってなかった理由も知っているから責められないのと同じように、町の奴らも同じことだろうからなぁ」
「それはそうなんだよな。 俺は言い過ぎた」
「とりあえず俺は、エレナを少し慰めて来るよ」
ウォルフとウィリーがコソコソと話している内容が僕らにも聞こえた。
ウォルフがエレナの方にと歩いて行った。
そんなちょっとしたトラブル、いやちょっとしたじゃないな、結構大きなトラブルもあったけど、僕は今、本体の丘の池で水槽を作っている。
ただの水槽じゃないよ。 竹筒に流す水を綺麗にするための水槽だ。 つまり浄化槽という訳。
僕は浄化槽を二つ作っている。
一つ目の浄化槽は中が真ん中で仕切られていて、真ん中の仕切りの一番下の部分だけ空いていて分けられている二つの部分が繋がっている。 そして片側の上部から入った水は、もう一方の上部から出ていくようになっている。
つまりこの水槽は、沈澱槽という訳だ。 流れ込む水の中の、水に浮いてしまう物と沈む物は、この水槽の中をゆっくり流れる間に無くなる訳だ。
この構造をいくつか繋げると、もっとちゃんと取り除けるだろうけど、ま、そこまでの必要はない。
そしてもう一つの方は、水槽は同じような作りだけど、片側には順番に砂と小石が入っている。 入れた砂と小石は、綺麗に竹で作ったザルに入れて洗った物だ。
これで一つ目で取り残したゴミを、今度は濾しとる構造だ。
こっちも砂と小石だけじゃなくて、木炭の層も作れば、もっと細かい色々な物を取れるけど、そこまでする必要はないと判断した。
それにまだ木炭作ってないし。
こうして二つの浄化槽を通って綺麗になった水を、竹筒を繋いで、城にする丘の水場まで流すのだ。
この浄化槽作りを、僕はルーミエとジャンに手伝ってもらって作った。
同い年の2人とだと気楽な作業になるからというのもあるけど、水をある程度水槽の中をゆっくりと流れる必要があるため、少し大きな水槽を作る必要があったから、魔力が豊富な2人に頼んだということもある。
それに、少しだけ微妙な空気になってしまったエレナとウォルフ・ウィリーが一緒に他のみんなを指揮して作業すれば、ちょっと空気が普通に戻るかなとも思ったからでもある。
僕たち3人以外は何をしているかというと、城の丘と本体の丘の間の谷の部分に竹筒を通すために、竹筒用の橋というか、櫓を丸太で建てているのだ。
将来的には石かレンガで作った、しっかりした水道橋にしたいなぁ。
これらの作業は農作業の合間だけの作業なので、思っていた以上に時間がかかり、完成まで10日以上掛かってしまった。
まあ農作業が最優先だから、仕方ない。




