表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/177

トイレ

 開墾しての畑作りが最優先ではあったのだけど、それだけが最優先という訳でもない。

 あと2つ、同時には出来ないから順番にだけど、大急ぎで作らないといけない物があった。


 まず問題となるのがトイレだ。

 自然の丘の上にトイレが元からあるはずもなく、小屋を建てた時にすでにその横に穴を掘って、周りを引き抜いた灌木を繋ぎ合わせて囲っただけのトイレを作った。

 とはいえ、そんな簡易な穴は14人で使っていればすぐに一杯になってしまうし、場所を次々と移動していかねばならなくなるのもなかなか面倒で嫌だ。


 かといって、適当にどこかちょっと離れた場所で用を足して来るなんていうことは、当然だけど厳禁だ。

 これからどんどん畑を広げていくということは、その少し離れて用を足した場所をすぐに開墾することになる可能性が高く、そうなれば不衛生極まりない。

 それ以上に気分的に嫌だ。


 この丘の上は水場をスライムが占領していたからか、虫などを除いて、他の動物の気配はない。

 スライムを駆除したから、これからは丘の下から普通の動物や、一角兎などが登ってくる可能性はあるし、それを防ぐ対策をこれからしなければならないのだが、とりあえずはいないので、獣の糞を見ることもない。

 それなのに自分たちの排泄物で辺りを汚していてはどうしようもない。

 僕らはトイレを固定する必要があるのだ。


 もう一つちゃんとしたトイレを作らなければならない理由がある。

 孤児院では、僕たちの排泄物はちゃんと有効活用されていた。 そう、とても重要な肥料であったのだ。

 それを直接畑に撒いていたのが、寄生虫の害を蔓延らせる大きな原因となっていて、刈ってきた草や枯葉を使った堆肥作りに利用する方式に変えたのは、寄生虫の害の克服に大きな意味があったのだが、排泄物を有効活用することには違いがない。

 単に穴を掘って、そこに排泄するのでは、堆肥作りに利用するには使い勝手が悪過ぎる。 いや使えないと言って良いだろう。

 だから、最優先でトイレは作らなければならないのだ。


 自分たちの排泄物を堆肥作りに利用するのだから、当然のことだけどトイレは肥溜め式となる。

 溜めた排泄物と幾らかの周りの土を、刈った草や枯葉を積んだ上に撒くのを何層か繰り返して、発酵させることが堆肥作りの基本だからだ。


 しかし僕は、堆肥作りにはとても有効な肥溜め式のトイレには、とてもとても不満がある。 そう臭いのだ。

 僕以外の人はみんな、トイレとはそういう物だと初めから思っていて、それを不満に思う気持ちが起こらないみたいなのだが、僕の頭の中には肥溜め式以外のトイレ、臭くないトイレの知識が有ったからか、どうしようもなく不満なのだ。

 僕はなんとしても、臭くないトイレを作りたかった。


 臭くないトイレと考えると、水で他所に流してしまうというのが最も簡単な方法だと思うのだが、そんなことは出来ない。

 ただでさえ水の不足に困っているので、排泄物を他所に流すために水を使うなんて考えられないのは当然だ。

 それ以前に、堆肥作りに、つまり畑で作物を作るのにとても重要な資源である自分たちの排泄物をどこかに流してしまうなんて、絶対に考えられない。

 まあ、そこは流れ着く先をしっかりと整備して、その近くで堆肥を作れば良いだけなのだけど、それでは臭う場所が変わるだけで本質的には同じことだ。

 そこで僕は違う方式のトイレを作る事にした。


 まずはトイレの場所に穴を掘るのは、肥溜め式と同じ事だ。 重要な資源である排泄物を溜めるのだから当然だ。

 ただし、その穴の大きさは普通の肥溜め式のトイレよりかなり大きくして、その穴の底というか床の部分には傾斜をつけた。 床の高い方の上に便座が来る。

 その底にはハーデンをかけて硬くして、壁となる部分は崩れないようにより強固になるようにレンガを積んだ。

 そしてその後、僕は何人もに手伝ってもらって、その穴にアーチ状に天井部分を付けて、穴の上部を便座の部分の穴と、トイレの外部に排泄物の取り出し口として作った穴以外は埋め戻して塞いだ。

 僕らにとっての普通のトイレは穴を木の板で塞いでいる形なので、隙間が多く、それが臭う原因の一つにもなっていると思う。 まあ、排泄物を取り出す時はその板を外せば大きな穴がそのままだから、取り出すのには便利な気がしなくもないけどね。


 トイレは全部で5つ作る事にした。 実は最初小屋の近くに穴だけトイレを3つしか作らなかったら、トイレ渋滞が発生したから増やしたのだ。

 最初のトイレの穴作りに上部の天井部分を作るのにかなり苦労したのだが、ここでウォルフとウィリーと同じ代の1人が、とても有効な助言をしてくれた。


 「穴を掘ってから天井部分を作るんじゃなくて、最初に天井部分の形になるように穴を掘って、そこにレンガを並べて天井を作ってしまって、ハーデンをかけながら埋め戻して、その後で横からその部分の下を掘っていけば良くないか。

  レンガでアーチ状になっていて、その上に戻した土もハーデンで固まっていたら、その下を横から掘っても、先に作ったところは崩れないんじゃないか」


 このアイデアで、トイレ作りは3倍速くなった気がする。


 穴の上も、今度は単なる囲いではなく、ちゃんとした建物を作った。

 その建物も、今までのトイレの大きさよりも大きく、みんなに不思議がられたが、その内部には穴が2つあった。 その理由は後で。


 まずはその建物の基礎はレンガでちゃんと作った。

 その基礎に町で買ってきた材木で柱を立てて、梁を渡して、建物の形を作る。

 壁は竹の枠に、竹を割いて薄くした物を編んで板状にした物を柱の間に嵌め込み、その後その竹を編んだ壁に土を塗り、ハーデンで硬化して雨で崩れないようにする。

 当然だけど、屋根も付けて、こちらも竹を割って作った竹屋根だ。

 壁の高いところには2箇所明かり取りの窓が開けられ、窓の上には雨が入らないように竹で作った庇をつけた。


 トイレの建物が今までと違った建て方にしたのは、これから作る色々な建物の作り方の技法をみんなに覚えてもらうためだ。

 全体をレンガで作らなかったのは、レンガ作りはレンガを作ること自体が難しく魔力を沢山必要とするので、あまり数多く作るのはとても大変だからだ。

 また、レンガを使って、強固な建物を作るなら、もっと違うことに利用したいということもある。

 建物に使う材木を柱と梁だけにしたのは、材木を買ってくると高いからだ。

 将来的には材木も自分たちで得ようと思っているのだが、まだそこまで手が回らない。

 それだからなるべく少量の材木しか使わずに建物を建てようと考えたからだ。

 そこで竹林さえあれば、手軽に調達出来る竹の出番となる。

 竹は斬っても次々と生えてきて、あっという間に成長するからね。

 とはいっても竹で壁を作ったのでは完全に風を遮るのは難しい。 そこで、土を塗りつけて、その土をハーデンで硬くするという事にした。

 ハーデンだけを使うなら、レンガを作るよりも簡単だし、僕ら6人だけでなく、誰でも使うことが出来るようになっているからでもある。


 もう一つトイレの建物を作るのに重要なことがある。

 それは釘を使っていないのだ。

 釘は鉄製品なので、金額が張り、とてもではないが豊富に使えるという物ではない。

 そこで柱と梁を繋いだりなどということは、組み込んだり楔を使ったりという技法を使い、釘を使わないようにしている。

 柱の間に竹の壁を付けるのにも、釘を使いたくないので、嵌め込む形になっている。

 他には縄で縛ったり、どうしても釘を使いたい所は、竹釘だ。

 縄は蔓を川で水の中で叩いて繊維を取り出して作った物だ。


 さて、トイレの建物の中に穴が2つある理由だが、それはこのトイレが普通の肥溜め式トイレではないことが理由だ。

 僕はトイレの穴の中に、建物を作るためにノコギリで材木を切った時に出たオガクズを集めて使用前に投入した。

 それだけでは全く量は足りない。

 開墾で抜いた灌木は薪にするために乾かして、適当な長さに切られる。 その時に出るオガクズも集めて投入する。

 まだ足りない。

 建物を作るには、狂いが出てしまうのですぐには使えないが、もう一つの必要で丘の下の林の木も切り倒しているが、その時に出る細かい木屑も投入。

 それでも足りないので、その切り倒した木の枝打ちした枝の、表面の皮の部分を、粒子の荒い石で削りとってもらって、それも投入。

 やっと最低限の量がトイレの穴に溜まった気がする。


 「えーと、なんでこんな面倒なことをしたの?」


 枝打ちした枝の皮を石で削る作業を、よく理由も分からずにした女性陣の不満を代表するような形でエレナが僕に聞いてきた。

 ルーミエは僕のする事には何か意味があるのだろうと盲目的に信じて、文句も言わずに従ってくれる傾向が強いのだが、エレナもその傾向はある。

 だけど他の女の子たちは、これまでに僕と一緒に何かした経験はあまりないので、そういった風には思ってもらえない。

 今までその作業をしてくれたのは、ルーミエとエレナが文句を言わずにしていたのと、あとちょっとは僕が風呂を作ったからだと思う。

 僕は女の子たちだけでなく、全員に説明した。


 「えーと、やっと最低限必要な分を投入できたと思うので、これからはトイレは今までの仮に作った方じゃなくて、常にこっちの新しい方を使ってください。

  少しだけ使い方があるので説明します。

  このトイレは、大の方をしたら、中に置いてある袋にあるオガクズを竹の椀に2杯ほどその上に掛けて、もう1つの穴の方にある棒で中をかき混ぜてください。

  気が向いたら、小の後でもかき混ぜてくれて構いませんけど。

  あ、あと、穴には蓋がついていますから、用が済んだ後は両方の穴の蓋をしてください」


 「なるほど、かき混ぜるための棒のための穴だったんだな、もう1つの方の穴は。

  それは分かったけど、なんでこんな面倒なことをしなければならないトイレを作ったんだ?」


 ウィリーがそう聞いてきた。

 他のみんなもそう思っているみたい。


 「それは何日か使ってもらえると、理由が解ると思います。

  それで理由が解らなかったとしたら、失敗なんで、その時はごめんなさい」


 「ま、ナリートがそう言うんだ、とにかく何日か言われたようにして試してみようぜ」


 ウォルフがそう言って、この話を終わらせてくれた。

 数日経って、新しいトイレは大好評でした。


 「何なの今度の新しいトイレは。

  私、臭くないトイレがあるなんて、考えてみたこともなかったわ」


 「これだったら、石で枝の皮を削る作業も、馬鹿馬鹿しいとは思わないわ。

  あれは重要な作業よ」


 特に女性陣には大好評みたいです。


 「ほら、私、言ったじゃん。 ナリートがしようとしている事には、絶対意味があるって」


 「うん、ルーミエ、分かったよ。 今度はちゃんと信じるって」


 ルーミエが何故か鼻高々だった。


 あれっ、ルーミエの一人称が変わっている。

 今までは、自分のことを「あたし」と言っていたのが、今は「私」になっている。

 今までルーミエはエレナを除けば、フランソワちゃんとマーガレットくらいしか同性の友達がいなかったのだけど、ここに来てからは他に4人も女の子がいて、みんな年上だ。

 彼女たちが自分のことを「私」と言っていたから、それに感化されたのかな。

 うん、確かに「あたし」と言うより、「私」と言う方が何だか年上な感じがする。


 それはともかく僕は、オガクズの量は今のままだと足りないな、と考えていた。

 これから自分たちの家もちゃんとしたのを立てなければと思っている。

 何しろ今は僕たちが寝起きしている小屋よりも、新しく作ったトイレの方が、何となく立派に見えるのに僕は気が付いてしまったのだ。

 小屋はレンガ作りで頑丈そうだけど、窓も小さいのが1つあるだけで、どうにも無骨で、どう見ても倉庫か何かにしか見えないもの。

 だから快適に過ごせる自分たちの家を作ることは、少し余裕が出来たら絶対にやるぞと思っている。

 そうすれば、建物を立てるのだから、木材を切る必要は沢山出てきて、オガクズは増えるはずだ。

 だけど、お金がかかるからなるべく材木は今の時点では使いたくないから、そうなるとオガクズも量が出ない。

 まあ、竹を切ってもオガクズは出るのだけど。

 ダメだな当分は枝の皮を削ってもらおう。


 秋になって、穀類が収穫できたら、その籾殻なんかは使えないだろうか。

 竹の葉は、落ちても腐りにくいけど、放線菌が増えやすいという話もある。

 竹の葉を細かくして入れたらどうだろう?

 色々と実験してみて、失敗してトイレが臭くなったら、そのトイレの穴の溜まった排泄物を優先的に堆肥作りに使ってしまって、また新しく始めれば大丈夫だろう。

 うん、5つ全部でやらずに、実験は1箇所でやって、上手くいくようなら他でもやれば大して問題なく実験できるな。


 「ところでさ、ナリート、僕はちょっと心配なんだけど」


 ジャンが真剣な顔でそう聞いてきた。


 「あのさ、新しいトイレ、臭いがしないのは僕もすごいと思うのだけど、あれって堆肥作りに影響はないの?」


 「えーと、大丈夫だと思うよ。

  ただまあ、たぶん想像がつくと思うけど、トイレの穴の中は少し温度が高くなっているから、水分はかなり無くなってしまうんだ。

  お湯を普通に火で沸かしたときに、湯気となって少なくなってしまうのと同じことなんだけど。

  それだから、堆肥を作るときに今までと違って、水気が足りなくて水を足してやらないとならないかもしれない。

  それ以外は大丈夫なはずだ」


 「そうなんだ。 それにしてもナリートは色々なことを知っているね。

  領主様の館には、そんなに色々なことが書いてある本があったの?

  それとも学校にあったの?」


 僕はちょっと返答に困った。


 「うん、どっちの本も片っ端からほとんど全部読んだから、もうどっちのどの本に書かれていた事だったかとかは、自分でも分からないや」


 僕はそう言って、ちょっとジャンの言うことに、誤魔化して答えた。

 自分の頭の中にあって、だんだんと分かるようになった知識だとは、本当のことを言っても訳が分からないだろう。


 「そうなのか。

  僕もナリートみたいに、沢山の本を読んでみたかったよ」


 ジャンはどうという事のない、何気ない一言だったのだろうけど、何故か分からないけど、僕はちょっと胸が痛んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 出た!コンポストトイレ(バイオトイレ)! 漆喰いらずのハーデン、万能! 現代人が夢のエコ村ですね。 今回のルーミエが成長「あたし」→「わたし」、ぷぷっ 次回も楽しみです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ