良いのだけど、ちょっと考えてしまう
領主様によって、僕たちは大蟻退治を専門に引き受けることになったのだけど、すぐにその機会が訪れた訳ではない。
というのは、季節が冬に向かったので、大蟻の活動が低下する時期だったからである。
特に大きな巣から分かれた小さな巣は、まだ働き蟻の数が揃わないので、冬の間はほとんど活動しないらしい。
僕たちはその間に、また新たに狩りをする子を2人鍛えて、それと共にシスターと共に領内にある他の村を回った。
もちろんそれらの村にもある孤児院を援助する為だ。
新たな村でも今までと同様に、シスターとルーミエは寄生虫の撲滅に当たり、僕はやっぱりスライムの罠をそこの孤児院の子たちと共に作った。
他の村は領主様の居る町とは違って、近くに竹もあったし、スライムが多く集まる水場がどこにあるかをそこの孤児院の子に聞けば、その設置は簡単だった。
それから僕たちは、町や他の村の孤児院の子にも狩りの仕方を教えることにもなった。
町の孤児院の子たちが自分たちも狩りをして、自分たちで肉を確保したいと要望したからだ。
かといって当然のことだけど、危険を伴うその行為が簡単に許されるはずがない。
自分たちの村の子たちに課す訓練を、町の子や他の村にも課して、その訓練を僕たちが監督して、一定のレベルに達したことを領主様が直々に確認してから、町や各村の子たちも各自必要な量の確保の為だけ、一角兎を狩ることが許されることになった。
それから、当初の予定には入っていなかったのだが、フランソワちゃんも僕たちと一緒に各村を回ることになってしまった。
寄生虫の撲滅と、農業方法の改革、そしてスライムの罠は、セットで行わないと物事が回らないからだ。
このことによって、レベルが上がるのが止まっていたフランソワちゃんは、シスターもだけど、またどんどんレベルが上がった。
もう一つ大きく変わったのは、僕らの村の孤児院にもう1人シスターが来たことだ。
僕らのシスター・カトリーヌが僕らと共に領内の村々を回ることになり、村の孤児院を不在にすることが多くなったので、それを補充する必要が出てきたからだ。
それ以前に、シスター・カトリーヌは中級シスターに叙任されているので、その下に初級シスターか見習いシスターが付くのは当然のことらしい。
新しいシスターは、少し前のシスター・カトリーヌと同じで、学校を出たばかりの見習いシスターだ。
今は孤児院でのシスターとしての仕事を教わったり、薬作りなんかをルーミエとも一緒に行ったりしている。
最初は薬作りをルーミエに教わるのに抵抗があるようだったけど、一度ルーミエのヒールとイクストラクトを見てからは、自分とのレベルの違いから納得したようだ。
そのヒールとイクストラクトも、シスター・カトリーヌとルーミエの勧めで日々練習している。
ちなみに新しいシスターのレベルは、昔のシスター・カトリーヌより低くてレベル4だった。
ここでは一緒に暮らす僕たち孤児の中にそのレベルより上な者が多数いるので、シスター・カトリーヌはこの新しいシスターのレベル上げをちょっと急いでいるようだ。
僕たちは冒険者としては、一角兎を狩ることを禁じられてしまったのだが、狩りを全くしないという訳ではなく、鉄級以上の冒険者として、大蟻ほど顕著ではないけど数を増やしている大猪と平原狼を次々と狩っている。
それは僕らに狩ることが許されているのは、それらしか手近にはいないからでもあるけど、僕ら以外にあまりそれらを狩れる実力がある冒険者がいないからでもある。
大猪と平原狼は銅級冒険者でも狩って良い対象ではあるのだけれど、一角兎ほど安全に狩れるモノではない。
一角兎が十分な量狩ることが出来る状況で、わざわざ危険な大猪と平原狼を狩ろうとする冒険者はやはり数が少ないのだ。
大蟻の駆除の時に集まった冒険者たちは、その駆除の報酬の旨みがなくなると、あっさりと他地に去って行ってしまった。
その不足を僕たちが補う形だ。
でもまあ大猪と平原狼を狩るのは、そんなに悪いことではない。
平原狼は肉は硬いし臭いし、食って食えないことはないけど積極的に食べたい物ではないので、ほとんどお金にはならないのだけど、その皮は一角兎の皮より丈夫で大猪より毛が柔らかいので、結構良い値で売れるのだ。
大猪は逆に毛皮は大したことないけど、その肉は一角兎よりずっと脂肪分が多いので、そのこともあってか高値で引き取られる。
食べてもその脂分が美味しいので、孤児院でも好評だ。
一角兎は段々と町や他の村の孤児院でも自分たちで狩れるようになってきたけど、大猪は僕たちだけなので、訪問する時にお土産に持って行くととても喜ばれる。
そんなこんなしている間に冬が終わり春が来た。
領主様に命じられた大蟻の駆除はその後何もないまま、エレナは卒院の時期を迎えることになった。
「エレナはこれからどうするの?」
「何も変わらないよ。
私も大蟻退治のチームの一員だから、領主様がウォルフとウィリーと同じように雇ってくれるって」
「衛士は男だけの職だから、俺たちとは違うけど、名目はなんであれ、まあ俺たちと同じだな」
「いや、ウォルフ違うぞ。
俺たちは2人一緒の部屋が与えられたが、エレナは俺たちの部屋よりは狭いみたいだけど、1人で部屋が与えられるらしい」
「そっか、領主様の館に部屋をもらえるのね」
ルーミエはエレナの住む場所が変わるだけで他に変わることがないことを喜んだ。
他にも変化がある。
フランソワちゃん、ルーミエ、そしてマーガレットが学校を卒業することになったのだ。
マーガレットは正規の年数だが、フランソワちゃんは1年、ルーミエは2年早い卒業だ。
それに伴って、マーガレットはこの地を離れ、予定通りではあるのだが、シスターの学校に入学することとなる。
その別れがあるから、ルーミエは余計にエレナの今後が気になっていたのだろう。
シスターは、ルーミエの学校卒業後に関して迷っていたみたいだ。
ルーミエもマーガレットと共にシスターの学校に進学する方が良いかもしれないと考えたのだ。
しかし、ルーミエは公式には[職業]は村人ということになっているので、今のままではシスターの学校に進学することが出来ない。
かといって、[職業]の鑑定をやり直せば、ルーミエはもうかなり高レベルになっているから、神子に見てもらう必要があるかもしれないが、そうすると[職業]が聖女だということが公になってしまう。
そのことがルーミエにとって幸せかどうかは難しいところだ。
そんな稀な[職業]の持ち主が放って置かれるはずがないからだ。
シスターは自分がシスターの学校で何を得たかを考えた。
そしてルーミエはシスターの学校に行く必要がないと判断した。
ルーミエは自分がシスターの学校を卒業した時よりも、ずっと強力な治癒魔法を使うことが出来る、ずっと上手に製薬することが出来る。
杖は使えないけど、武器としては槍が使えて、その攻撃は自分の杖より余程上だし、その上、弓も使う。 杖術を習う必要もない。
あとは説法くらいしかシスターの学校で習ったことはないが、それに関しては自分も知識があるだけで、自ら率先してしたことはない。
ルーミエの知力なら、そんなことは本でも読めばすぐに出来ることだろう、教わるまでもない。
「あと何かシスターの学校で教わったかしら?
あ、私は掃除や料理も教わったことになっているけど、そんなことはルーミエは今でも出来るわよね」
孤児院では当然ながら掃除はそれぞれが分担してやっているし、その他の洗濯とか日常のことは全て自分でできることはしなければならない。
そして料理は、日々の食事は担当するおばさんが作ってくれるのだが、最近は僕たちは川辺に竈を作り、簡単な屋根だけの小屋も作って、そこで焼き魚以外のこともしているのだ。
もちろんシスターはそれを知っている。
やっぱりルーミエはシスターの学校に通う必要は無いわ。
そのために[職業]を公にするリスクを負うだけの必要はない。
そうシスターは決断したのだけど、ルーミエの今後について、シスターが何も言ってこないことを領主様が心配した。
「領主様、その必要はありません。
ルーミエはすでにシスターの学校を卒業した以上の実力もほとんどの知識も得ています。
それよりも今まで通り、ここで仲間と過ごした方がずっとルーミエの為になると、私はそう判断します」
「うん、儂もそう思ってはいたのだが、やはりちょっと心配でな。
ま、それを言うなら、ナリートの方もどうしてやるのが良いかと思うのだが」
「ナリートに関してはルーミエ以上にこのままが良いと思います。
ナリートに何か教わることがあるとは思いません。
もし何かあったとしたら、自分から調べたりするのではないでしょうか」
「確かにそうだな、この2人、いや2人の仲間も含めて、我々がどうしてやろうかと考えても仕方ないな。
許せる範囲で好きにやらせて、ただ危ないことはさせないように注意して見守って、何か援助が必要そうな時に考えることにしよう」
「はい、それしか無いと思います」
春になって、予想していた通り、あちこちで大蟻が出没するようになった。
僕たちは領主様から言われていたとおり、領内の大蟻発見の知らせが届くとすぐにその討伐を命じられた。
とは言っても、前の時に大蟻の巣の駆除方法はほぼ確立したから、大蟻の巣の駆除自体は問題ではない。
そもそも前の時と違って、どの巣もまだ前の時と比べればずっと小さく、大蟻が出入りする地下への口も数が少なく、僕らだけでもその出入り口をレンガで塞ぐことが出来るくらいだった。
まあそれには僕たちがみんなレベルが上がって、出入り口を塞ぐためのレンガの作成に手間取らなくなったことも大きい。
僕たちは前と同じように大蟻の巣の駆除をしていたのだけど、最初の2つは僕がお湯を注ぎ込まないと完全に駆除することが出来なかったのだが、3つ目の時にはルーミエが注ぎ込んだところで完全に駆除することが出来てしまった。
僕は2つの駆除が終わった時点で、きっとその巣の女王蟻も僕が討伐したことになったからだと思うけど、またレベルが上がり 15 になった。
ルーミエも3つ目の時はルーミエが女王蟻の討伐者になったからだろう、またレベルが上がり 14 になった。
もちろん女王蟻を討伐したことになっていない者も、大蟻を数多く一度に退治していることになっているので、かなり多量の経験値が入っているのだが、巣がお湯で溢れることになる最後に注ぎ込んだ者が、大体は大蟻の女王を討伐することになるらしくて、その者に入る経験値は他の人より断然多いことが何回かの経験で分かった。
それからは順番に女王蟻の経験値が入るように、巣へのお湯の注ぎ込みの順番を調節して、ほぼ一通り大蟻の出没騒ぎが終わるまでに、僕は前述のようにレベル15、ルーミエ、ウォルフ、ウィリーがレベル14、エレナとジャンがレベル13になっていた。
僕は2つの巣を駆除して1しか上がらなかったけど、ルーミエ、ウォルフ、ウィリーは1つで1上がっている。
エレナとジャンなんて1つの駆除で2レベルが上がっているのだが、その辺はどんどん必要とする経験値が大きくなるからだろう。
こんな風に僕たちは、領主様の命令で大蟻の駆除に奮闘したのだが、それで何か得られるモノがあるかと言えば、レベルが上がることだけだと思っていた。
何しろ普通だったら冒険者は大蟻を1匹退治すれば幾らという報酬があるのだが、それはこの領の財政を酷く圧迫するという理由もあって、僕らに大蟻の巣の駆除を依頼するのだと領主様は最初に言っていたので、報酬はそもそも期待していなかったからだ。
それ以前に、大猪と平原狼を冒険者組合に持ち込んだ報酬も、特別に僕らには渡されず、領主様が時期が来るまで預かるという形になっている。
ちょっと不満を感じるところではあるけど、孤児院で暮らしている僕たちが他の子たちとは全く別に大金を持つことは問題があるというのは理解できるから、それは仕方ないと受け入れていた。
ということで、僕たちは大蟻の巣の駆除に関しては、報酬は全く期待していなかったのだけど、領主様の館の文官の人が内緒で教えてくれた。
大蟻の巣の駆除に対しては、領としてきちんとかなりの金額の報酬が僕らに支払われていて、そのお金は大猪と平原狼と同じように、きちんと帳簿をつけて領主様が預かっているという。
だから、僕とルーミエとジャンが孤児院を卒院する時には期待していて良いそうだ。
ま、あくまでそれは文官さんの考えている、貯められているお金が僕らに渡されるタイミングであって、実際にどうなるかは解らないのだけど。
でも僕たちは領主様が、僕たちには何も言わないけど、大蟻の巣の駆除にちゃんと報酬を払ってくれていて、それを貯めていてくれていることを知って、何だか嬉しかった。
「それなのに、どうしてナリートは浮かない顔をしているの?」
ルーミエに聞かれるまでもなく、僕は何というか物足りないというか、つまらないというか、満足できない気分でいた。
「うーん、なんて言うか大蟻退治は満足感がないんだよ。
ほらルーミエは僕の本当の[職業]が何だか知っているだろ」
「うん、罠師だよね」
「そう罠師。 罠師って、罠でモンスターを討伐するのが罠師って感じがするんだよ。
それだからか知らないけど、スライムの罠でスライムを自分たちが直接戦闘しなくても狩ることが出来るようになった時には、何だか凄い満足感があったんだ。
一角兎もさ、竹の盾が罠扱いになって、罠を使って一角兎を安全に狩れるようになったという感じで、そこそこの満足感があるのだけど、大蟻退治って、罠を使っている訳じゃないじゃん」
「うん、でもレンガで出入り口の穴を塞いだり、巣の中で一番高いところに穴を開けてお湯を流し込むなんてことを考えたのはナリートじゃん」
「違うよ、それはみんなで話していて、みんなで考えたことで僕だけが考えたことじゃない」
「それはそうかも知れないけど、『こんな狩り方が出来るのはお前らだけだ』って領主様が言ってたけど、それが出来るのはナリートが私たちに生活魔法を全部練習させていたからだよ」
「生活魔法を練習させていたのは、別の目的だったし、それを使って討伐するという方法はみんなで考えたんだから僕の功績じゃない。
でもそんなことより、僕は罠で自動的に大蟻を狩ることが出来ていないのが、何だか自分が歯痒いんだな、きっと」
「なんでそんなに罠で狩ることに拘っているの?」
「だってさ、罠で狩ると入る経験値はルーミエも知っているだろ1.5倍になるんだ。
それに自分たちには危険なく、勝手に経験値が入ってくる訳だし。
それにさ、ルーミエ、考えてもみてみろよ。
大蟻の巣の退治はさ、とても良い経験値稼ぎになるけど、巣を退治してしまうと、もうそこでは大蟻は発生しなくなっちゃうんだよ」
「うん、そりゃそうだよね。 その為に私たちは大蟻の巣を退治しているのだから」
「でもさ、あれだけ美味しい経験値を、巣を退治しちゃうとその時だけでもう得られなくなっちゃうんだ。
スライムはさ、最初の時から今まで、ずっと僕だけじゃなくてみんなに経験値をもたらしてくれているじゃん。
今では僕たちの村の孤児院の子だけじゃなくて、町や他の村の孤児院の子にも経験値をもたらしてくれて、その子たちのレベルを上げている。
スライムの罠を作った辺りのスライムは別に絶滅していないけど、数が減って色々な影響は出しているけど、絶滅していないことは問題になってないじゃん」
「なんとなく、ナリートが悶々と考えていることが分かったわ。
つまりナリートは大蟻もスライムと同じように、自動的に経験値が入るようなモンスターになるような罠を作りたいのね。
それなのにそろそろ大蟻の巣の討伐依頼が無くなってしまいそうな感じになってきたから、気が焦って悶々としていたのね」
ルーミエにそう言われて、僕は自分でも何故鬱屈とした気分になっていたのかの理由が分かった気がした。




