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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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緊急依頼

 「ナリート、ジャン、ルーミエ、エレナ、お前たち3人は以前の様にウォルフとウィリーと組んで討伐に当たってくれ。

  悪いが新人2人は休みだ。

  ウォルフとウィリーは鍛えたから、今では鉄級くらいの実力はあるだろう。

  ナリートはまだウォルフとウィリーよりレベルが上ということだし、ルーミエは治療を主に考えて動いてくれ。

  ジャン、エレナ、お前たち2人は実力的にはちょっと厳しいだろうから無理はするな。

  安全第一だからな」


 領主様の言葉は、今回は生死に関わるかも知れないので、全く気持ちを考慮しないでシビアな評価に基づいているようだ。

 僕たちは今、重大な危機の為に緊急のモンスター討伐を依頼されている。

 今回の依頼は鉄級以上の冒険者全員に対するモノなのだが、それでは人数が足りず、僕たちは青銅級だけれども、鉄級の実力はあると領主様に判断されて、その人数に加えられているのだ。


 討伐対象のモンスターは、大蟻である。

 大蟻は巣を中心とした行動範囲があり、その行動範囲に入らなければ良いだけなので、普通はあまり脅威にならないモンスターだ。

 その巣穴に生息する大蟻の数も、行動範囲内の餌で用が足りる数にしかならないから、そんなに増えはしない。

 何故なら行動範囲内の餌を食べ尽くしてしまえば、その巣は餌不足で滅亡するしかないからだ。


 そんな大蟻だが、時々、大問題になることがある。

 一つは稀に餌が豊富な場合、巣がとても広範囲に及び、大蟻の行動範囲が広くなり、問題となることがある。

 そしてもう一つが、たまたま作られた巣が人間の居住区に近い場合だ。

 人間も、大蟻にとっては餌でしかないのだ。 この場合は徹底して駆除するしかない。


 今回は残念ながら、この2つの条件が揃ってしまった。

 兎という餌が豊富で、巣が大きくなり、またその巣の位置が町から近かったのだ。


 「お前たちは知らないだろうが、大蟻によって村を移転しなければならなくなった、なんて事は昔は良くあったんだ。

  今はそうなる前に、まだ巣が大きくならないうちに冒険者が駆除するのだが、今回は餌が豊富だったことで、巣の成長が早く、また、この町に近いという状況だ。

  小さな村の様に移転するという訳にはいかん」



 大蟻がとても強いモンスターかというと、1匹1匹がそこまで強いモンスターではない。

 動くスピードは平原狼よりずっと遅く、攻撃して来た時の破壊力は大猪から大きく劣る。

 しかし、それでも大蟻は平原狼や大猪よりも上位のモンスターなのだ。

 その理由は、大蟻の装甲と集団行動にある。


 大蟻は昆虫系のモンスターだから、当然のことだけど外骨格で表面が硬い。

 冒険者が放つ矢は、目に角度良く刺さらなければ効果が無く弾かれてしまうし、剣や槍、ナイフなどの刃物による攻撃も関節部分以外は通らない。

 ということで普通の冒険者の攻撃手段は、大蟻に対して効果的とは言えないのだ。

 その上、スライムと同じように酸を吐いて攻撃もしてくるのだ。


 だけれども、1匹に対処するなら攻撃方法はある。

 ひっくり返して、腹側ならば硬い訳ではないので攻撃は通るし、大蟻用に特化した攻撃武器もある。

 それはどんな武器かというと、片側を少し尖らせたハンマーだ。

 大蟻の外殻を切るのではなく、叩き潰してしまう武器だ。

 特に頭を狙うと簡単に潰せるらしい。


 それでも大蟻を攻撃するのはなかなか難しい。

 大蟻の正面に立つと酸の攻撃があるので、ハンマーで一対一で立ち向かうとすれば、不意打ち以外では、酸の攻撃を避けながらハンマーを振るわねばならない。

 そこで普通は一対一の攻撃は避けて複数で向かい、1人が大蟻の注意を引きつけ、もう1人が攻撃することとなる。


 ひっくり返すのはもっと大変で、1人が注意を引きつけているうちに2人がかりで大蟻の横から棒を差し入れて一気に体勢を変えるのだ。

 ひっくり返して仕舞えば、大蟻に攻撃方法はほとんどなくて、簡単に討伐することが出来る訳だ。

 大蟻の酸は、前方斜め上に発射されるから、逆さまでは酸の攻撃は使えないのだ。

 そうすれば気をつけるのは強い顎の鋏だけで、わざわざそれに挟まれに行く奴はいない。

 大蟻が体勢を戻そうとジタバタするうちに余裕で討伐できる。


 大蟻は動きにそんなにスピードがある訳ではないから、こんな風に1匹ならばそれほど対処が難しい訳ではない。

 だけれども、大蟻は基本集団行動なのだ。

 斥候なのだろうか、離れて行動する大蟻もいる事はいて、それらは問題にならないのだけど、ほとんどの大蟻は完全な集団行動なのだ。

 スライムの次に弱いとされていて、ほとんどの冒険者の生活の基本となっている一角兎だって、甘く見て集団で襲われると冒険者の方が殺られる。

 一角兎の場合は、注意して1匹の注意を引きつければ、その1匹のみがこちらに向かって来るので対処には困らない。

 だが大蟻の場合は1匹の注意を引きつけたとしても、1匹で向かって来る事はなくて、集団で向かって来るのだ。

 同じ集団で向かって来るのでも、平原狼の場合はまずは矢の攻撃が有効だから、近づいて来るまでに攻撃ができる。

 平原狼が登りにくい高い地に自分たちが位置取れば、弓矢の攻撃だけで片が付いてしまう可能性もある。

 もちろん剣や槍でも攻撃出来る。


 つまり大蟻は1匹1匹は特別強くないのだが、その集団となると何とも攻撃がしにくいモンスターなのだ。


 そこで大蟻への対処の仕方がどうなるかというと、冒険者も数を集めて、一気に大蟻のある程度の集団を討伐することになる。

 少人数で大蟻の討伐に当たると、逆に大蟻の集団に囲まれて全滅する恐れが高いからだ。

 大蟻の集団を偵察して、その数より多くの冒険者が、その偵察した集団を討伐するのが定石だ。

 大蟻の移動速度は前述のとおりに速くはないので、ある程度の索敵が出来る者ならば危険なく偵察が出来る。

 そして集められた冒険者の数で討伐可能な数で、討伐に適した地形にいる大蟻の集団を討伐する。

 大蟻の巣の規模が大きく全体数が多い場合は、それを何度も繰り返して、徐々に数を減らして行き最後まで討伐することになる。


 討伐に当たる冒険者は基本的には鉄級以上の冒険者となる。


 冒険者として組合に登録される時に渡される冒険者証は木札であって、木級とも呼ばれはするが、普通は単なる見習いで雑務や薬草などの採取をするだけで、モンスターの討伐を依頼される事はない。

 それはそんな登録されたばかりの初心者は、[全体レベル]5 にもならない若い子たちが多いからだ。

 それでは当然のことだけど体力値も低く、スライムや一角兎の攻撃でも簡単に命を落としてしまうことが多いからだ。

 モンスターの討伐が許されるのは、次の青銅級からで冒険者証は銅製となる。

 ここでモンスター討伐を許されるのだが、実は今まではこの時点で命を落とす冒険者が多かったらしい。

 それは木級の見習いを終えても[全体レベル]は、やっと 5 、そこまでいかない者も多くて、力も弱く、まだ敏捷性にも欠けていて、武器を扱うことにも慣れない。 そして2、3度スライムやモンスターの攻撃を受けてしまうと、致命傷に至ってしまうのだ。

 最近は、僕たちの考案した竹の盾を使った一角兎の討伐方法が広く知られるようになって、比較的安全に一角兎を狩ることが出来るようになったので、この時点で命を落とす冒険者の数が大きく減ったということだ。


 冒険者の多くはこの青銅級で暮らしている。

 それは青銅級で一角兎を狩っていれば生活は成り立ち、それ以上の危険を冒さなくても良いからというだけでなく、それより上のモンスターを狩るには、装備や武器なんかをきちんとした物で揃える必要が出てくることにもよる。

 安定した生活を得ようとする冒険者にとってだけでなく、日々の暮らしを楽しむことに主眼を置いている冒険者にとっても、兎を狩って得たお金を使うのを我慢して、価格の高い防具や武器を購入するということはハードルが高いのだ。

 だからこそ、そこを乗り越え鉄級となる冒険者は数が限られるし、その個々の[全体レベル]は青銅級を大きく超えている。

 単純に使っている武器や防具が鉄製になっているから鉄級という訳ではないのだ。


 僕たちが鉄級並みの実力があると認められたのは、年齢の割には[全体レベル]が高いだけでなく、ウォルフとウィリーが鉄級になっての討伐対象である大猪と平原狼の討伐経験があること、そして全員がヒールを使えることがある。

 特にルーミエのヒールの腕前は、[職業]が聖女だからだろうか、それともシスターと共に同じ治癒魔法であるイクストラクトを使いまくっているからか、その辺の他のシスターと比べてもずっと高い。

 いや、イクストラクトだけじゃなくて、ヒールもルーミエは内緒で使いまくっているけどね。

 ヒールが使えない冒険者は、モンスターの攻撃を受けると後が続かないで撤退にも困難が伴うが、僕らの場合は少しくらいの攻撃の怪我ならばすぐにヒールで回復出来る。

 それはとても大きなアドバンテージだ。


 とは言っても、僕たちの主任務は戦うことではなく偵察だ。

 領主様は日頃のお喋りから僕の索敵能力の高さ、実際には僕の場合は[索敵]のレベルが他より高いのではなくて、僕だけの項目かも知れない[空間認識]のレベルの高さが有利に働いているのではないかと思っているのだが。

 僕たちは集められた冒険者が討伐するのにちょうど良い大蟻の集団を見つけ、それを報告することが任務だ。


 「討伐できない大きさの集団はどうするのですか?」


 僕は忙しくしている領主様ではなく、作戦参謀のような人にある時訊ねてみた。

 この人もなかなか話すような機会はない。

 ちなみに今回の事態は領主様自らが討伐全体を指揮する事態になっている。


 「大蟻は全体としての数が減ると、大きな集団が別れて、殲滅された集団の仕事をまた別の集団が行う習性があるんだ。

  だから削っていけば、徐々に小さくなっていくという訳さ。

  しかし、逆に大蟻もどんどん新たに数が増えていくから、まあどちらが勝るかの競争だな。

  我々が討伐して減らすのと、大蟻の女王が卵を産んで孵化する数との戦いさ。

  大蟻に獲物が多くて、女王の栄養状態が良くなれば、より多くの卵を産めるようになってしまう。

  それだから冒険者組合に要請して、危険を冒さない範囲で、大蟻の巣に近い所の一角兎を優先して狩ってもらうことにもしている」


 僕はなるほどな、と思った。

 青銅級の冒険者も、この事態に関係なく、普段の生活をしている訳ではないのだ。


 僕たちは大蟻と戦ったことがなかったので、いやそれ以前に僕たちは大蟻を見たこともない、大蟻の巣のある方向に恐る恐る近づいて行った。

 聞いた話では逃げるのは然程困難ではないということなので、とにかく一度大蟻という物を見ておきたいと考えたのだ。

 索敵をするにも、見たこともない物では上手く分からない。

 僕の空間認識は、今では意識すれば最大では30mくらいの範囲で認識できるのだが、実際に見たこともない物では、物がある、生き物がいるとしか分からない。


 「止まって、あっちの方に何かいるのを感じる」


 僕がそう言ってみんなの動きを止めると、ウィリーが背伸びするようにして、僕の指差す方向を注意深く見た。


 「居た。 確かに大きな蟻だな。

  見つけるのは難しくはないな。

  平原狼と違って、体の色が黒いからすぐに見つけられる。

  でも地面に這いつくばっているから、少し背の高い草でも隠れちゃうな」


 ウィリーにそう言われて、みんなウィリーの指差す場所を見た。

 確かに居た。 こいつが大蟻か。

 そう僕が認識すると、空間認識と索敵の能力が大蟻を認識出来るようになった。

 うん、薬草を知らなかった時にはそれを認識できなかったのと同じだな。


 その見つけた大蟻は、僕らと同じように偵察をしている大蟻なのか1匹で、近くに大蟻の集団はいなかった。


 「1匹しか居ないなら、とにかく1回戦ってみないか。

  逃げるのが難しくないなら、周りには他に居ないのなら、どれ位強いのか試してみておいた方が良いと思うんだ」


 ウォルフの言葉に、僕たちはその通りだと思って、見つけた大蟻を攻撃してみることにした。

 なるべく危険を避けるために、まずは遠くから攻撃してみる。


 「僕は普通に頭の真ん中を狙ってみるけど、僕より弓が上手いウォルフとエレナは目を狙ってみて。

  目は角度が良ければ刺さるという話だから」


 3人で大蟻の酸の攻撃が届かないであろう距離から大蟻を射てみた。

 僕の矢は、何の傷も付けず単純に弾かれてしまった。

 エレナの矢はちゃんと大蟻の目に当たったみたいだけど、当たった角度が悪かったのだろうか、やはり弾かれてしまった。

 1人ウォルフの矢だけはちゃんと大蟻の目に刺さった。


 それをチャンスと思ったのか、大蟻の矢が刺さって見えなくなっただろう横方向にジャンは回って、そこから一気に大蟻の首の部分の関節を槍で刺そうとした。

 動きの遅い大蟻だから、その攻撃は良く見えてもいないだろうし、成功するんじゃないかと思った。

 そうしたら大蟻がその場で向きを変えて、迫ってくるジャンに酸を吐いた。

 ジャンはその予想していなかった攻撃を躱し切れず、左膝のあたりに浴びてしまった。

 ジャンの危機にウィリーが飛び出して行って、大蟻に斬りつけて、大蟻の触覚を切り落として注意を引くとすぐにその場から逃げた。

 その間に、ジャンも大蟻から距離を取ることが出来た。


 「大蟻が動きが遅いなんて嘘じゃん。

  今の方向転換なんて凄く素早かったよ」

 ジャンが大きな声で文句を言った。


 ジャンの所にルーミエが水筒を持って走って行った。

 水筒の水で酸を洗い流して、ルーミエがヒールをかければ大蟻の酸の傷は即座に治るだろう。 ジャンは[酸攻撃耐性]を持っているからね。

 女子のエレナとルーミエを除けば、僕らはみんなスライム攻撃を受けた経験があり、[酸攻撃耐性]を持っている。


 「あーあ、これで僕も[酸攻撃耐性]のレベルが上がるかな」


 ジャンはルーミエの治療で痛みから解放されると、そんなことを言った。


 「まあとにかく、大蟻が遅いというのは移動速度のことだけらしいな。

  それに不意打ちじゃないと、なかなか矢を目に刺すのは難しいみたいだ」


 ウォルフがそう言った。

 ジャンが怪我したところで、大蟻からの距離を取ったのだが、その時に牽制でウォルフとエレナはまた矢を射たのだけど、大蟻に有効打は与えられていない。

 だがその大蟻も動きが何だかおかしい。

 もしかするとウィリーが触覚を上手く両方とも切り飛ばしたから、感覚が狂っているのかもしれないと僕は思った。


 「さて、どうする、このまま逃げるか?

  どうも俺たちの装備だと、大蟻を討伐できるだけの攻撃を入れられないみたいだぞ」


 ウィリーが冷静に判断して、撤退を提案した。


 「僕も試してみたいことがある、ちょっとだけ待って。

  これが有効でなかったら逃げよう」


 僕は大蟻に出来るだけ近づくと、ドロップウォーターの魔法を使い、手のひらの上に水玉を出した。

 周りに水がある訳ではないので、大気中の水分を集める感じなのだが、川や井戸のところで行うのとは違いなかなか大変だ。

 僕はその水を意識してプチフレアの魔法を使う。

 そして最後はムーブの魔法でその水を大蟻の頭に打つけた。


 「今だ、大蟻が苦しんでいるうちに、止めを刺して」


 大蟻が苦しんで頭を上下させていたので、その隙にジャンが屈むようにして頭を下から突き刺すと、ジャンの槍は易々と大蟻の頭を貫き、大蟻は絶命した。


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>ナリート、ジャン、ルーミエ、エレナ、お前たち3人は以前の様にウォルフとウィリーと組んで討伐に当たってくれ。 4人の間違いかと。気になったので報告です。
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