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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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秘密

 食事作りのおばさんの事件は、僕だけじゃなくて、ルーミエも含めた狩りにいくメンバーにとっては色々と考えさせられる事件だった。


 僕たちは自分たちが孤児院に引き取られている孤児であることを、十分以上に認識していた。

 それだから色々と普通の子たちよりも恵まれていないことも理解していて、その差を少しでも埋めようとシスターたちが努力してくれているのも分かっていた。

 だから基本、シスターや神父様の言うことはしっかりと聞くし、言われたことも守るし、努力できることは努力しようと思う。


 ま、それだからみんな、僕とルーミエそしてフランソワちゃんなんかが教えることでも、みんな一生懸命に覚えるし、新たに始めたことにも協力してくれる。

 つまり自分たちは恵まれていないから、何とか少しでも今よりも良い状態になりたいと努力している。

 もっと、ぶっちゃけるとシスターや神父様たちに良く思われないと、見捨てられてしまったらどうしよう、という恐怖感みたいなものが、そんなことをシスターたちはしないと理解していても、どうしても心の根底にはあるのだ。


 今回のことで、僕たちは全く自分たちでは考えていなかったことがあったことを理解した。

 僕たちは自分たちで角ウサギを狩るようになって、今までとても不足していた栄養素であるタンパク質をやっと十分に取れるようになったと喜んでいた。

 タンパク質の不足が補えた効果は大きくて、僕たちは他の村の子たちより、それまではずっと小柄というか体格が同い年でも劣っていたのだが、最近はどんどん成長して、変わらないまでに追いついたのだ。

 いや、元が酷かった反動なのだろうか、僕たちの方が体格が良く体力があるのではと思えるようになった。

 まあそこはスライムの罠によってみんなのレベルが少し上がったことも、年長のグループの子たちにはあるからかもしれない。


 とにかく僕らは自分たちで肉を入手することが出来るようになって、ただ単純に食生活が豊かになったと喜んでいたのだ。

 まさか、その豊かさが、普通の村人である食事作りのおばさんが、逆に羨むレベルにまで上がっていたとは考えてもみなかったのだ。


 今回の事件の根本的な問題は、食事の豊かさのレベルが普通の村人の家庭と孤児院で、僕たちは考えてもみなかったのだが、逆転してしまっていたことにある。

 


 食事作りのおばさんが抜けた穴を、一時的にはシスターが埋めていたけど、それでは他の仕事が滞ってしまうので、結局違う人を前と同じ条件で孤児院は雇うことになった。

 しかし、こんな孤児院の仕事に応募してきてくれる人の生活レベルは、問題を起こしたおばさんとそんなに変わる訳はなく、今までと同じことをしていては、また同じことを繰り返すのではないかと、シスターと神父様も考えたようだ。

 そこで、時々その食事作りに来てくれた人に、きちんと別に家に持って帰る分の肉を給与とは別にあげることにした。

 分けてあげるのだから、変な気は起こすなよ、ということである。


 この新たに加えられた特典のおかげか、それとも事件をもちろん知っていたからか、新たに食事作りをしてくれる人は問題を起こすことはないようだ。



 この騒ぎで僕は少しの間レベル10になった時の夢のことを忘れていたのだが、一通りこの騒ぎが収まると、その夢を思い出した。

 そして意識してみると、何だか雑多な色々な知識(?)が頭の中にある。

 最近はあまり意識することがなくなっていた、頭の中の霧、これも最初はもっとグルグルしていたのだけど、それが治って霧になったのだけど、それが大分薄まって視界が開けた感じがする。

 そういった感じはするのだけど、これといって何か自分に目立った変化がある訳ではない。

 ふと、何かを考えた時に、今までの自分の経験で得たものとは違う知識というか考え方というか何かしらそんなモノが頭の中に思い浮かぶだけだ。


 そんな中の一つとして、僕たち孤児の年長の男の子が一番の仕事にしている柴刈りで集めた柴のことが気に掛かった。

 僕たちが集めた柴は、もちろん孤児院の中でも使われるのだけどそれは一部で、多くはそれを引き取ってくれるお店に渡され、孤児院の貴重な現金収入になる。

 僕はその引き取り価格が何となく気になったのだ。


 引き取り価格が気になったのは、一つには引き取った店はそれを町で売るという商売をしていることを、自分が町に行くようになって知り、その売られている価格を知ったからだ。

 もう一つは僕の頭の中に、こうした場合その店が不当に利益を得ている可能性があるという知識が、パッと出てきたからである。

 僕はそれとなく、引き取り価格を調べると思ったとおりだった。


 僕たちは領主様のお陰で冒険者として働くことが出来るようになったので、冒険者組合で狩った兎を買い取ってもらえる。

 そこで自分たちが孤児院で食べる以上の兎を狩って、それを換金し、今までは手に入れられなかった物を手に入れようと考え、実行しようとしていた。

 農機具は領主様とフランソワちゃんの訴えで村長さんが手配してくれたので、まず最初に何を手に入れようか考えていたのだが、先ずはナイフが欲しいというのがみんなの意見だった。

 町に行った僕らがナイフを領主様から貰ったのを、みんながとても羨ましがったからだ。

 まあそれだけではなく、ナイフがあれば色々なことの作業効率がずっと上がるのも確かなことだからだ、石のナイフとはもちろん比べ物にならない。


 僕はそのナイフをまず一番に買うという計画を、ちょっと強引かなと思ったけど、みんなに訴えて変更してもらった。

 どうしたかというと、最初に手に入れる物を荷物を運ぶための台車に変えてもらったのだ。

 できれば荷馬車が良いのだけど、僕らに馬まで買える訳はなく、自分たちで引いたり押したりで運ぶことが出来る台車だ。


 僕はこの台車に変更してもらう時に、町の孤児院に柴を運んであげるためという理由を使った。

 町の孤児院でも、もちろん柴刈りはしているのだが、町の側のスライムの罠を仕掛けた水源のある林は小さくて、孤児院で使う量を集めるのも難しく、孤児院でも柴を買う必要があり、その代金が町の孤児院では大きな問題となっていることを、僕はマーガレットから聞いて知っていたからだ。

 町の孤児院の仲間を助けるためという大義名分で、みんなはナイフより先に台車を買うことに賛成した。


 町の孤児院に、僕らが集めた柴を渡すといっても、もちろん只で渡す訳ではない。

 それでは僕らの孤児院の大事な収入が減ってしまうからだ。

 それで最初は、村の店で引き取って貰う値段で、町の孤児院に渡すことにした。

 その値段は、町の孤児院が町の店で柴を買う値段から比べるとずっと安く、町の孤児院ではかなり助かることとなる。

 僕たちは町の孤児院まで台車を使って柴を運ばなければならないのだけど、そのことは町の孤児院を助けることになるからと、僕とルーミエを除いた狩りをするメンバーが護衛することで、シスターに許してもらった。


 これは僕の計略の一つで、柴を僕たちが村の店に引き取ってもらう値段と、町で売られている時の値段の差を、町の孤児院に柴を運ぶみんなと、町の孤児院のみんなに知ってもらう目的もあった。

 その差にみんなが驚いている間に僕は、町の孤児院で村の孤児院で集めた柴を売ったらどうだろうかと、自分たちで柴を直接商売することを提案した。

 自分たちが得る金額と、町で売られている金額との差に憤慨していた村の僕の仲間はもちろん大賛成だし、売った金額の1/3を取り分とすることにしようと提案されたマーガレットを中心として町の孤児たちも大乗り気だった。

 孤児院の収入が少しでも増えるならと、シスターと町のシスターもその計画を認めてくれた。

 僕たちは柴刈りで、今までよりずっと多くの収入を得られることになったし、町の孤児院でも新たな収入源が出来た。


 僕たちにとっては双方にとって良いことであったのだが、僕らから柴を買い取っていた店にとっては当然面白くない話であった訳で、それだけでなく店自体が傾いてしまった。

 どれだけ今まで甘い汁を吸ってきたのか、と僕は思ったのだが少し逆恨みされないかと警戒した。

 僕だけでなく、狩りに行く仲間はレベルが上がっているので、少しくらい暴力的なことに訴えられても、まずは大丈夫だと思う。

 僕らが小さくても冒険者登録されたということは知られているので、手を出すのを躊躇うとも思うからだ。

 冒険者が単なる村人や農民より強いのは当然だからだ。

 でも、他の孤児院のみんなはレベルがいくらか上がったといっても、周りの人を凌駕するはずはなく、手を出されたら防げない。

 僕はみんなに集団行動から外れないようにと注意したのだけど、それはシスターも考えた様で、シスターからも注意があった。

 まあ、現実としては誰かが襲われるというようなことは起こらなかった。


 この件はそういった問題はあったけど、シスター以下の僕たちは孤児院の収入が増えたので喜んだ。

 色々と直したり、新たに新調しなければならないことはたくさんあったので、増えた収入はすぐに消えてしまうようだけど、前よりも孤児院が少し豊かになったのは確かなことだ。

 神父様だけはこの現状に複雑な顔をしていたけど。


 店に引き取られていた僕らが集めた柴は、町で売られていただけでなく、その一部は集める手間を掛けられない、または金銭的な余裕がある村の人にも売られていた。

 店が傾いて、結局経営が立ち行かなくなり閉店してしまったので、そういった柴を買っていた村人に対して、村でも直接孤児院で柴を売ることになった。

 こちらは運送する手間がかからないので、町で売る金額より少しだけ低い金額で売ることにしたら、何だか分からないが今までは買っていなかった村人まで柴を買うようになった。

 今までは町で売られている値段と、村で売られている値段は同じだったということだ。

 僕たちは店に引き取ってもらうだけで、そんなことも知らなかったのだ。



 僕とルーミエが領主様の館に行くことは、まだ続いていたのだけど、領主様とゆっくりおしゃべりが出来る時は、やっぱり限られていた。

 久しぶりに領主様がゆっくりと時間が取れた時、僕は領主様に言われてしまった。


 「俺がこんなに忙しかったのは、お前らのせいでもあるんだぜ。

  お前らが薪売りが不当に孤児院から安く仕入れて儲けているのに気がついて、自分たちで売ることにしたので、まあ俺もその悪さを知ったという訳よ。

  それで調べてみたら、お前らの村だけじゃなくて、そこら中の村の店が同じことをしてやがった。

  そいつらに灸を据えるので、ただでさえ忙しい時期だったのに、余計に忙しくなっちまったのさ。

  まあ、お前たちのところと違って、他じゃあ自分たちでこの町まで売りに来ることはできないから、他の村の店は灸を据えて、買取価格を適正にして、存続させたけどな」


 「ああ、すみません。 僕たちはそこまで考えていませんでした。

  確かに他の村も同じ可能性は考えないといけなかったと思います」


 領主様を忙しくさせてしまったのは悪かったと思うけど、僕はやっぱり領主様はさすがだなと思った。

 僕たちのしていることには注意しているようだから、やったことは知っているとは思っていたけど、そこから他の村のことまで考えてくれたのだ。


 「変な嫌がらせも受けなかっただろ。

  どこの村の店も俺が脅しておいたから、その話はお前の村の潰れた店の連中も聞いているだろうからな」


 どうやら僕たちに何の嫌がらせもなかったのは、領主様のお陰だったらしい。

 僕たちはいつまで警戒していれば良いのだろうかと、ちょっと嫌気が差していたから、正直この領主様の言葉でホッとした。

 領主様が今回一番僕とルーミエに伝えたかったのは、どうやらそこだったらしい。

 ニコニコ、いやニヤニヤした顔で言ってきたから間違いない。


 良い機会なので、僕は今回の騒ぎの時に気付いてしまったことを、領主様に質問してみることにした。


 「えーと、村の教会の神父様って、領主様に任命権があるんですよね」


 「まあ、名目上はそうなっているけど、実際は教会が推薦してきた者を、俺は承認するだけだがな」


 「それじゃあ、領主様には、教会が推薦してきた者を拒否する権利はないのですか?」


 「そうだな、余程何かしらの正当な理由がない限りは、拒否はできないかな。

  こっちの都合で簡単に拒否したら、やはり大きな問題になるな。

  でもまあ、名目的にはそれぞれの土地の領主が任命することになっているから、一応は任命する前に俺というか、領政を預かっている俺たちは任命する者と接見したりはするけどな」


 「だとすると、領主様は何故僕たちの村の神父様を任命したのですか?」


 領主様はちょっと困った顔をして言った。

 「あちゃあ、もしかして見えちゃったか?」


 「はい、僕、ちょっと前に[全体レベル]が一つ上がったのですけど、そうしたら見えてしまいました。

  普段は他人のことを見ないのですけど、この間の騒ぎの時に見ると何か分かるかなと思って、騒ぎを起こしたおばさんを見たのですけど、その時につい近くにいた神父様も見てしまって。

  神父様はもっとずっとレベルが上だと思っていたので、見えるとは思ってなくて」


 「えーと、どういう話?

  ナリートが神父様を見てしまったというのは分かったのだけど。

  そうか、ナリートもレベル10になって、神父様と同じになったから、見えるようになったもんね」


 ルーミエは僕とは違い、自分よりレベルが上の者でも、[全体レベル]と[体力]と[健康]の項目は見ることが出来るから、神父様のレベルは前から知っていたみたいだ。

 見えるようになった最初から知っていたから、ルーミエは神父様の[全体レベル]が低いとは別に疑問に思ってはいなかったようだ。


 僕はルーミエもいるところで話したのは不味かったかなと思ったのだけど、領主様と話す時は常にルーミエも一緒だから仕方ない。


 「ルーミエにも教えて良い話とも思わないが、この状態で仲間外れにはできないな。

  あのな、ルーミエ、驚くなよ、これは秘密なのだが、お前たちのところの神父は実はニセモノなのさ」


 「えっ、どういうことですか?」

 ルーミエは目をまん丸にして、すぐにまた聞いてきた。


 「まあ俺は、[全体レベル]と[称号]しか見えないから、詳しいことは分からないが、俺に見える[称号]の中にお前らのところの神父は『偽神父』という称号があったという訳さ。

  それだから、俺は奴がニセモノだと分かってはいる。

  ナリート、お前は気づいて驚いて、どうせ繁々とよく見たのだろう。

  ところで奴の[職業]は何だったんだ、教えてくれ?」


 「神父様の[職業]は、詐欺師でした」


 「なるほど詐欺師か。

  詐欺師だと、その特殊な才能で、あれだけのことが出来るのか。

  何しろ教会からの推薦状は本物だったからなぁ」


 「それで、そのまま任命したのですか?」


 「いや、もちろんそれだけじゃないぞ。

  顔合わせがあってから、任命式までは一応少し時間を置くのだが、その間に出来る限り調べたが、何もおかしいことは出て来なかった。

  それに称号にも偽神父以外には悪いことを示唆するような称号がなかったからな。

  それでまあ迷ったが、そのまま任命した訳さ。

  もしかすると教会の方でも何か考えていることというか、策謀があるかも知れないしな。

  ま、単純に俺が気付くかどうかをテストしたというのが、一番可能性があるけどな。

  そうだとすれば、無能に思われている方が良いからな」


 なるほど色々な思惑というか、様々な可能性があるから、あえて領主様としてはニセモノと知りつつ任命したという訳か。


 「それに、何かしら問題のある者が分かっていれば、それは泳がしておく方が何かしらボロを出してくれるかも知れないし、良いだろ。

  そういったこともあり、お前らのところは秘密裏に詳細に見張らせてあったのさ。

  そしたらまあ、色々とやらかしてくれるのだが、それが全部悪い方向でなく良い方向だし、それらに神父が関与した形跡は無いし、予想外なことばかりときたもんだ」


 領主様が僕たちのことを最初から詳しく知っていたのには、そういった重大な秘密の理由があったのか。

 ちょっと納得もしたのだけど、何だか少しワクワクもしてしまった。


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