この人、誰?
僕たちが町の孤児院に着くと、マーガレットがもう建物の外に出て、僕たちを待ち構えていた。
「マーガレット、待った?
私たち遅くなったかしら」
その姿を見たら、一番最初にフランソワちゃんが話しかけた。
今回の町の孤児院の訪問では、フランソワちゃんは後から勝手に自分も行くと押しかけただけなので、代表の様な感じでマーガレットに声をかけるのは違うのではないかと僕は思ったのだけど、それは僕だけではなくマーガレットも同じように思ったみたいだ。
マーガレットはちょっと苦笑気味に言った。
「んーん、別に遅くなってないよ。 私がちょっとワクワクして、先に外に出ていただけだから。
みんな、わざわざ町にまで来てくれて、ありがとう。
ところで、それは?」
僕たちが槍にぶら下げている戦果を見て、マーガレットは聞いてきた。
「ああ、ここまで来る途中に、お土産にしようとついでに狩りをして来たんだ。
フランソワちゃんが『自分もやってみたい』と言って、予定より多く狩りをすることになったから、獲物の数が増えちゃったんだ」
村の孤児院にマーガレットは来たことがあるから顔見知りになっていたので、ウォルフがその問いに答えた。
「えっ、それじゃあ、その兎、私たちが貰えるの?」
「ああ、土産として獲ってきたんだから、当然だよ」
嬉しそうな声で、確認してきたマーガレットに、今度はウィリーが答えた。
この場ではウォルフとウィリーが年長者だから、自分たちがきちんと答える必要があると考えたみたいだ。
「ちょっと待ってて、今シスターたちを呼んで来る。
これだけ兎があったら、みんな、お肉が十分に食べられるよ」
町の孤児院は僕たちの村の孤児院よりさすがに規模が大きくて、そこに暮らす僕たちのような孤児の数も多いのだけど、9匹の兎があればみんなに肉がちゃんと行き渡るだろう。
僕たちは普段は獲った獲物を川に持って行って、皮を剥いだり、肉を身取ったりして、不要となった部分をスライムの罠の餌にしてから、孤児院に持って行く。
町の孤児院に着くより前に、そういった作業をする場所がなかったので、特にエレナなんかは今からどこかでそういった作業をしなければと思っていたようだったが、その必要はなかった。
「ありがとう、でも大丈夫、任せな。
あなたたちも一緒に食事を取るのだろ。
今日は豪勢な食事になるから期待しときな」
マーガレットが連れて来たシスターと一緒に来たおばさんが、そういった作業は自分がやるから任せなさいと言って、町の孤児院の子何人かに指示して、兎を持って行った。
それから僕たちはというと、マーガレットに案内されて、あらかじめ御者のおじさんが運んでおいてくれた切った竹を置いてある場所に行った。
そこには先にもう数人の町の孤児院の子が待っていた。
「何人もいても邪魔になるだけだから、手伝いというか、教えてもらうのに、私と仲が良い仲間を選んで来てもらっておいたの」
「えーと、よろしくお願いします。
何をしたら良いか、全く分からないから、なんでも指示してくれ、言われたとおりに動くから」
マーガレットに続いて、その場のリーダー格なのかなと思う男の子が僕たちにそう挨拶して、他の子も頭を下げてきた。
さっきまで、年長だからと率先して受け答えをしていたウォルフとウィリーなのだが、そんな風に立てられて挨拶をされたら、ちょっと勝手が違ったのか、ドギマギした感じで黙ってしまい、僕に視線を送ってきた。
えっ、僕が受け答えするの、と思ったのだけど、ちゃんと挨拶されたのに僕らが何も言わないのはダメだと思って、仕方なしに僕が答えた。
「そんな大したことをする訳じゃないから、これからすることを一緒にしてくれたら大丈夫だよ。
こちらこそ、よろしくお願いします」
「そう、ナリートの言うとおりにしていれば大丈夫よ」
フランソワちゃんがそう雰囲気を全く気にしないで後押しをしてくれたら、なんとなく場の空気が緩んだ。
でも、マーガレットの町の孤児院の仲の良い仲間は、年下に見える僕が挨拶を返したので、ちょっと驚いたみたいだ。
目ざとくそれに気がついたウィリーが言った。
「確かにナリートはこの中ではルーミエと一緒で歳は一番下だけど、本当のリーダーはナリートなんだ。
ちょっと意外だろ」
マーガレットの仲間たちは、疑問という顔をしてマーガレットの方を見た。
彼らはシスターと一緒に来ていた僕を見たことがあるらしいけど、シスターと一緒の時は、ルーミエよりもどうやら何もしていないように見えていたらしい。
「うん、本当だよ。
これから教えてもらうことも、一番最初に始めたのはナリートなんだって聞いたよ。
ルーミエ、フランソワちゃん、そうだよね。
それから、たぶんこの中でナリートが一番の物知りだよ。
学校でも、ナリートは読み書きや計算の授業は、教わっていること以上に出来るから免除されているくらいなんだよ」
僕は自分のことを言われて、なんだか恥ずかしかったし、これからする事には関係ない話なので、早く作業を始めようと提案した。
僕たちは先にマーガレットが決めて、町の孤児院のシスターたちにも了承されている場所に、まずは素材になる竹を運んだ。
竹を運んで、まず最初に僕たちはいつもの様に地面を掘るために、まずはその竹を使おうと、みんなそれぞれに持っている石のナイフを取り出して竹を切り始めた。
町の孤児院のみんなは、その作業を始めた僕たちを、何だか不思議そうな顔をして見ていた。
「えーと、一体何をしているの?」
マーガレットが疑問を口に出して聞いてきた。
「何をしているって、竹の先を尖らせて、それを使ってまず穴を掘ろうと準備しているのだけど」
「竹を切るなら、ちゃんとした大きなナイフがあるよ。
穴を掘るなら、ちゃんとしたスコップや鍬もあるし。
持って来ようか? 石のナイフだと大変でしょ」
「えっ、ここにはそんなちゃんとした道具があるの?」
エレナが驚いて大きな声で聞いた。
僕たちの村の孤児院では、ちゃんとした鉄の道具はお金が無くて買えず、普段の農作業に使う鍬も木や竹で作った手作りの物だ。
マーガレットは、エレナが驚いて聞いたことで、事態を把握したようだ。
他の子たちはエレナが驚きの声を上げた理由が理解出来なかったようだが、マーガレットは学校に通っているからか、孤児院がどこも財政的に苦しいことを理解していたらしい。
「この町は村とは違って村長さんがいる訳じゃなくて、この地方を治めている領主の男爵様がいらっしゃるの。
その男爵様が、私たちの孤児院にそういった物を寄付してくれるの。
それだから、ここにはそういった物が、孤児院だけどちゃんとあるの」
町の孤児院の子たちには、それが普通になっていてピンとこないようだけど、これはかなり恵まれた状況だと思う。
村の農民でも、貧しい者はきちんとした鍬や鎌を持っていない者も多いのだ。
それでも彼らは時にはナイフを使って作業をするけれど、村の孤児院では僕たち孤児に調理その他に使うナイフをほとんど使わせてはくれない。
僕たちは使える物は使おうと、いや嘘です、自分たちは使ったことのないちゃんとした鉄製の道具を積極的に使わせてもらって作業を進めた。
ウォルフ、ウィリー、ジャンはあからさまにその道具を使うことを喜んでいたし、エレナとルーミエも恥ずかしいのか態度には出さないようにしていたみたいだけど、喜んで使っていた、僕もだけど。
さすがにフランソワちゃんは、鉄製のちゃんとした道具も珍しい物ではないから、その道具自体に興味を示さなかったのだけど、何だか少し考え込んで、沈んだ調子になってしまった。
「フランソワちゃん、何か気になることでもあった?」
僕はその様子が気になって、小さな声で聞いてみた。
「領主さまは、町の孤児院のことを気にされて、こういった道具をわざわざ孤児院に差し入れしたんだわ。
私は、私だけじゃなくてお父さまもだけど、そんなことは全く気がついてもいなかったわ。
特に私なんて、あなたたちの孤児院に通い詰めていたのに、それでもこういった道具を寄付するなんて考えてもみなかった。
[職業]貴族の私にとっては、あるまじき失態よ」
えーと、そもそもフランソワちゃんの[職業]は、本当は貴族ではなくて農民だし、領主さまと村長では比べることに無理があると思う。
「それはやっぱり領主さまと村長さんでは違っていて当然だよ。
フランソワちゃんが、『あるまじき失態』だなんて思うことはないよ」
「そうかな、でも家に戻ったら、お父さまに話はしてみるわ」
ま、これで僕たちが使える鍬でもスコップでも一つでも手に入ったら嬉しいな、なんて僕は思ってしまった。
作業はちゃんとした道具のおかげもあって、考えていたよりも随分と早いスピードで進んでいった。
僕らがちゃんとした道具でハイテンションになって、どんどん作業を進めるのを、マーガレットの仲間は最初は呆れた感じで見ていたのだけど、そのうち自分たちが何もしていないことに気がついて、「自分たちにもやらせて欲しい」と言ってきた。
彼らが手伝うようになって、作業スピードは逆にゆっくりになったのだけど、それでも僕は昼食の時間までに小屋が形になれば良いなと思っていたのに、予定の時間を余らせてしまうことになった。
次は、まずは堆肥にする草を刈ってくる必要があるので、時間的にはやはりそれは昼食後の作業にした方が良くて、なんだか手が空いてしまって、どうしようかと考えていたのだが、その時に町の孤児院の一番偉いシスターさんと一緒に、身なりは良い物を着ている感じなのだが、とてもがっしりとした体格の男の人がやって来た。
それを見たマーガレットたちが、一斉にパッと立ち上がって、しっかりと整列した。
僕たちは何なんだと思ったのだが、フランソワちゃんが僕らも並べと命令してきた。
僕らはみんな、「どういう事?」とフランソワちゃんに目で訊ねた。
「あの人、領主さま。 私、会ったことがある」
僕たちもびっくりして、マーガレットたちに倣い整列した。
「今日はわざわざ領主さまが、あなたたちのしていることを見学に来てくださいました。
領主さまは直々に色々と訊ねたいことがあるそうですから、あなたたちも答えられることはきちんと答えるのですよ」
シスターは僕たちを見回しながら、少しハラハラしているという感じでそう言った。
僕たちは領主さまに会うのなんてもちろん初めてのことだから、シスターの言葉に「はい」と口に出して答えた方が良いのか、うなづくだけで良いのか、それにも迷って何となくもぞもぞと口を動かすだけで声は出さなかった。
「はい、お任せください」
マーガレットはさすがだ。 きちんとシスターに向かって答えた。
領主さまはその様子を見ていて、ほんの少し笑ったみたいだったけど、そこには触れずに言った。
「なるほど、このために竹を運び込んだのか。
スライムの討伐を依頼として出してもいないのに、竹を運び込む者がいるという報告を受けて、それが孤児院に運び込まれたと聞き何かと思い興味を持ったのだが、こういうことか。
ところで、シスターに話を聞いたところ、運び込んだ竹は寄生虫撲滅のためとのことだったが、一体この竹で作った簡単な小屋と寄生虫がどう関わるんだ?」
領主さまの問いかけに誰が答えるのかな、やっぱりマーガレットかなと僕は思ったのだけど、その問いに答える前にシスターが口を挟んだ。
「領主さま、言いたくはありませんが、物事を問うより先に済ませるべきことがありましょう。
子どもたちの前なのです、きちんと順番を守ってください」
このシスターはかなり年配の方なのだが、それでも領主さまに向かっても厳しいのだなと思った。
「いや、確かにその通りだ。 すまなかった。
私はこの地の領主をしている、ま、名前は良いか、どうせ皆、『領主さま』としか呼んでくれんからな。
それに儂も、自分の家名なんて何年経ってもしっくりこないしな。
かといって、元からの名前で呼べるのは上の地位の者だけとなるからな。
ということで、私は一応領主だと覚えてくれれば、それで良い」
何だか一人称も私と儂が混ざるし、ざっくばらんな調子だし、領主さま、確かさっきマーガレットが男爵さまだと言っていたけど、ちょっと変わった領主さまなのかな。
「こちら側に並んでいるのが、ここの孤児院の子たちだな」
「はい、領主さま」
またしてもマーガレットが代表するように答えた。
「ああ、お前は確か[職業]がシスターだったので、学校に通っている子だったな。
お前たちも頑張っているか?」
領主さまは答えたマーガレットだけでなく、他の子にも声を掛け、他の子たちが一斉にその言葉に答える。
「はい、領主さま」
「そしてこっちは、村から来た子たちだな」
そう言って僕たちの方を見た領主さまは、おやっとちょっと考える顔をした。
フランソワちゃんは、その日は町への歩いての初めての移動で、町でするのも作業だと分かっていたので、華美な服装をしていた訳ではない。
それでもやっぱり僕たちと比べたら綺麗な服装をしているので、1人違って見える。
それだから異質なことを感じて、少し考えたのかなと思ったら違った。
「おやっ、村の孤児院の子たちと聞いていたのだが、何だか見知った顔があるな」
「はい、領主さま、村長の娘のフランソワです。
以前に父と共にお目通りしたことがありますが、覚えていていただけたなんて光栄です」
そう言って、フランソワちゃんは僕らが今まで見たことがない優雅な仕草で、領主さまにお辞儀をした。
「えっ、なんで村の村長の娘さんが、村の孤児たちに混ざっているのですか?」
フランソワちゃんが僕らに混ざっていることを知らなかったらしいシスターが、何だか詰問するような調子でマーガレットに問いただした。
マーガレットはそのシスターの調子に慌てて弁解するような感じで答えた。
「フランソワちゃんは、ルーミエ、ナリートと共に、学校では立場を超えて、私を親しい友人にしてくださっているのです。
そしてフランソワちゃんは、村の孤児院にも足繁く通っているので、自分から今回のことに加わってくれました」
シスターにしてみると、村の孤児院の子たちと思っていた集団に、村長の娘がいたことは想定外だったのだろう。
最近僕たち、特にルーミエと僕はフランソワちゃんに慣れ親しんでしまっているから、フランソワちゃんが村長の娘という特別なポジションであることを忘れてしまっている。
でも、さっきの優雅なお辞儀や、シスターが慌てたりするところを見ると、急にそのことを思い出さされた。
領主さまは、そんなシスターとマーガレットのやりとりを見ていたが、思いついたように言った。
「おお、解ったぞ。
村長の娘が村で新しい農法を広め回っているという話を聞いたぞ。
つまりここで行おうとしていることも、それなのだな。
それで、フランソワといったな、お前も一緒に来たということか」
「領主さま、お言葉ですが、誤解があると思います。
私は村で確かに今ここで行おうとしているような農法を広めようと努力しましたが、私はそれをここにいる村のみんなに教わりました。
私は村長の娘ですから、村の農民たちにこのことを広めるのに、それが役にたったというだけのことです」
領主さまは、驚いた顔をしてフランソワちゃんを見た。




