次のレベルを目指すぞ
僕はまた、今度はすぐに元気になったと自分では思うのに、結局シスターの部屋に1週間寝かされていることになった。
前とは違い、担ぎ込まれた翌日に目が覚めてからは、自分的には元気だった。
シスターに言わせると、その翌日はまだフラフラしていたし、二日目も言動が怪しく、三日目になってやっとまともになった、ということだけど、これは実際には僕が自分のことが分かるということに夢中になってしまって、他のことが目に入らなくなってしまったのと、分かるようになって、色々考えてしまったからである。
ちょっとだけ冷静になってから、シスターと話をしたら、何だか僕が自分のことが分かるということに、自信を持てなくなってきてしまった。
もしかしたら、本当にスライムと戦うことになってしまって、偶然討伐することが出来たけど、大怪我を負ってしまい、それも偶然通りかかった、それもこの孤児院出身だという冒険者に治してもらうという、ありえないような幸運があって、もう色々あり過ぎて、ただでさえ頭の中がグルグルしている部分が多いのに、余計グルグルしてしまうようなことになって、それでそんな風になったのかもしれないと思った。
うん、何だか自分でも良く分からないや。
まあ、自分のことが分かったって、分からなくったって、今の自分がしなければならないことは変わらないのだから、別にどっちでもいいや、と考えようとしたのだけど、やっぱり自分のことが分かるというのは、いつでも意識して分かろうと思うと、同じことが頭の中に浮かんで来る感じがするから、自分ではやっぱり分かるようになった気がする。
シスターが言うように、色々あったショックのおかげで本当の名前を思い出すことが出来て、あとは寝ている時に、混乱していたので夢がそれにくっ付いただけとは、やっぱり思えない。
僕はどうしたら、僕が自分のことを分かるようになったことが、本当だと確信できるだろうかと考えた。
そして考えついたのは、もう一回レベルが上がれば良いと言うことだ。
僕はスライムを偶然討伐したら、レベルが一つ上がったらしい。
そしてレベルが上がるとポイントというものももらえて、どうやら自分で選んで、そのポイントを何かに足すことが出来るらしい。
今回は[知力]に足したはずだ。 それで[知力]は2になっていた。
でも他にも2になっていたのも、あったんだよな。
それでも、もしまたレベルを上げることが出来たら、何となくだけど確実に[全体レベル]というやつは、2から3に上がるんじゃないかと思う。
グルグルが言っていた「レベルが上がった時」のレベルっていうのは、きっとそれじゃないかと思うからだ。
だとしたら、レベルが上がったらば、自分のことをわかろうとした時に、そこの数字が違っているはずだと思うのだ。
よし、レベルを上げよう、と僕は考えたのだけど、レベルを上げるって、一体どうしたら上げられるのだろうか?
それを考えて僕は、ちょっと絶望した。
そんなことを僕は、シスターの部屋を出て自分の寝床に戻ってもずっと考えていたのだけど、シスターの部屋から解放されると、そうすると当然だけど、自分に割り振られる仕事をしなければならない。
「おい、今度は遅くても1人での行動はダメだからな。
俺がシスターに怒られちゃうからな。
ちゃんとみんなと一緒について来い」
柴刈りに行くときに、あと少しで10歳になって、この孤児院を卒業するリーダーは、ちょっと嫌そうに僕に言った。
きっと、前のように僕がついていけなくて、柴刈りを終わらす時間が遅くなってしまうことを心配しているのだろう。
ま、そうするとただでさえ少ない遊ぶ時間が、僕のせいでどんどん減ってしまうのだから、そういった気持ちになるのは分かる気がする。
僕は柴刈りに行くのに、自分の背負子と紐を持って、今度はちゃんとみんなの速度に合わせて行くことが出来た。
というか、余裕だった。
「何だよ、今度は前の時と違って、ちゃんと付いて来れるじゃないか。
枝を集めるのも、ちゃんとみんなと同じようにやれよ」
リーダーは僕が同じ速度で移動出来たことを喜ぶかと思ったら、何だか悔しそうにそう言ってきた。
その時は僕はそんなに気にしなかった。
僕は落ちている枝を集めている時も、周りのちょっとした登り降りを繰り返しても、前よりも何だか疲れないので、どんどん動いて、他の人よりも素早く背負子に括りつける分を集めることが出来た。
なんと、その時は僕が一番早かった。
僕は今までそんなことはなかったので、嬉しくてリーダーに報告した。
「僕、もう集め終わっちゃった」
その時、リーダーもまだ自分の分を集め終わっていなかった。
僕がそう報告した瞬間、リーダーの顔は険しくなり、僕は失敗を自分で悟った。
次の瞬間、僕はリーダーに殴られた。
「調子に乗ってんじゃねえぞ。
たまたま早く集められたからって、良い気になってんじゃねえ。
この前、お前が1人で問題を起こした前の日には、お前があまりに遅いから、お前の分まで他の奴が拾ってやったじゃねえか。
覚えてねぇとは言わせねえぞ。
なんで早く終わったんだったら、今度はお前が周りの奴を手伝わねえんだ。
それにお前は、ここのところずっとシスターの部屋で寝てばかりだったから、その分俺たちは頑張らなければならなかったんだぞ。
それが分かっていて、その態度なのか」
幼いながら僕にも、今回のことについては、リーダーの言い分が正しいと思った。
何となく前よりも自分が動けたのが嬉しくて、それまで周りに迷惑をかけたことなんて何も考えずにはしゃいだ自分が悪いと、その時は思った。
だがしかし、それ以来僕は完全にリーダーに目を付けられたみたいで、何をしても怒られ、殴られた。
しばらくすると、僕はなるべくリーダーから離れていようとしたのだけど、リーダーの方でわざわざやって来て、僕を殴るようになった。
ある時、僕はシスターに呼ばれた。
「ナリート君、殴られているんだって?」
僕は何を言って良いか分からない気がして、仕方ないから黙っていた。
シスターは僕の殴られてアザになっている痕を見ると、
「ヒール」と言って、治癒魔法をかけてくれた。
僕の殴られた痕はみるみる治った。
「うわぁ、シスターも治癒魔法が使えるんですね!!」
「うん、一応ね、でも前にナリート君を治してくれた冒険者さんほどは使えないわ」
「でも凄いです」
今回僕は、前回冒険者さんが掛けてくれた時と違って、治癒魔法をかけてもらっての感じをじっくりと味わうことが出来た感じだった。
前の時は、ただ痛くなくなったのが嬉しかっただけだけど、今回は魔法が発動している感じが分かった。
もしかしたら、僕の自分を見た中に[魔力]というのがあるのを知っているからかもしれない、とその時に僕は思った。
僕の賞賛にシスターは、ちょっと喜んだ顔をしたが、すぐに真剣な顔になって言った。
「他の子がわざわざ私に、ナリート君が殴られていると教えにきてくれたのよ。
困ったわね、どうしてそんなことになっちゃったの?」
僕は殴られるようになったきっかけから、仕方がないのでシスターに正直に話した。
そして、確かに最初は自分が悪かったと思っているとも言った。
「最初自分が悪かったと思っているから、私にも相談にこなかったの?
それに、これはちょっと問題発言なんだけど、我慢してやられるだけでやり返そうとしていないの?」
僕はシスターは何を言っているのかと、ちょっと思った。
「シスターに相談に行かなかったのは、最初は悪かったと思っているのもあるけど、やっぱり告げ口するようで、ちょっと出来なかった」
「あら、2番目の質問にも関連するのだけど、リーダーが余計に怒ると思って、怖くて出来なかった訳ではないのね。
もしかして、ナリート君、やり返したら、リーダーに勝てちゃうって考えてない?」
僕はすごくびっくりした。
確かに僕はそう感じている。 だからリーダーに殴られても我慢できている。
それでも最初のは自分が悪いから仕方ないと思ったけど、それ以降に受けた暴力には腹が立っていた、当然だけど。
僕の方が小さいけど、やられっぱなしは嫌なのでやり返そうかと思ったのだが、その時に、やったら勝てると考えている自分に気がついてしまったのだ。
まず最初に棒があれば絶対に勝てると思ってしまった。
次は、最初は言葉で怒らせて、僕を追いかけさせて疲れさせれば勝てると思った。
そして次に思ってしまったんだ。
それって[槍術]と[体力2]があるからじゃないのか、と。
そうしたら、やり返して良いのか、分からなくなってしまったのだ。
シスターは僕の驚いた顔を見て言った。
「やっぱりね、きっとそうじゃないかと思ったわ」
「シスター、何で分かったんですか?」
「あのね、ナリート君、実は君を助けてくれた冒険者さんは、前に君に話したよりもっと沢山、私に色々話してくれたのよ。
それだから、今、ナリート君が置かれている状況が分かるのよ」
僕はどういうことなのか、全く分からなかった。
「あのね、前に初めてモンスターを倒すと、ナリート君みたいになっちゃう人は結構いるっていう話聞いたよね。
それから、気持ちが悪いのが終わると、自分が強くなったと思っちゃう人がいるけど、それは単なる勘違いだって教えたよね」
「はい、覚えています」
「でも本当はね、実際にも少し強くなるんだって。
ただ、大人になっているとね、元々の強さに違いがあるから、弱いというか、喧嘩とかが苦手な人が急にいくらか強くなったとしても、自分が思うほどではなくて、元から強い人には敵わないということらしいわ。
でも子供の場合、そこまで元々の強さに違いがないから、モンスターを倒して強くなると、他の子供と比べると本当に少し強くなっちゃうらしいの。
だけど、1人だけ他より強いとなると、それが知られるとちょっと問題でしょ。
大人も含めてで考えると、どうということもないけど、子供の中だけで考えると1人だけ違うのは、やっぱりナリート君もみんなも嫌でしょ。
だから、勘違いという風に教えておいたのよ」
シスターはそういうと、ちょっと考える仕草を見せて続けた。
「どうしたら良いかしら、困っちゃったわね」
「シスター、やっぱり僕、1人で柴刈りに行くことにしてはダメですか?
もしかするとリーダーは僕が、やり返せば勝てると思っているのを敏感に感じちゃっているのかもしれない。
それだから僕を目の敵にして虐めてくるのだと思う」
「うーん、そんな感じなのか。
それじゃあ、このまま一緒に作業させるというのは無理かなぁ。
仕方ないな、ナリート君、今度はちゃんとスライムを気をつけられる?」
「はい。 もうあんなヘマは絶対しません。
それに今の方がずっとちゃんと逃げられる気がしますから」
「えーとね、それが強くなった気がする部分だと思うのよね。
確かに少しはそうなっているのだと思うけど、大人から見れば少しだけ強くなっているだけなんだよ。
そのことを忘れないでね」
「はい、大丈夫です」
「もう、やっぱり心配だけど、しょうがないわ。
今のリーダーくんが卒業するまで、そんなに長くないから、その間だけよ」
僕はちょっと嬉しくなってしまった。
もうリーダーに殴られないだろうというのもあるけど、それ以上に1人で行動できるから、前から考えていたレベルを上げるということが出来ると思ったのだ。
でも喜んでばかりもいられない。
慎重に考えて行動しないとダメだ。
もう2度と前のように、スライムに足を溶かされるのは嫌だ。
あの痛みは2度と味わいたくない。
そう、僕はレベルを上げるために、今度は狙って、もう一度スライムを討伐しようと考えているのだ。
前にレベルが上がったのはスライムを討伐したからだし、僕はそれ以外のレベルを上げる方法を知らないから。
僕は頭の中で、助けてもらった冒険者さんに教わったスライムについての知識をしっかりとおさらいした。
スライムには核があり、それを突き刺せば討伐できること。
スライムは竹を嫌うので、スライムの討伐には竹の槍が使われること、これは鉄の槍や剣を使うと劣化させてしまうからでもあること。
あれっ、あまり知っていることってないじゃん。
僕は柴刈りを懸命に早く終えると、まずはスライムを探して観察することにした。
草を食べたりしていて、安全そうな1匹だけのやつに、すぐに逃げられるように気をつけながらも、何とか少しづつ近付いて、冒険者さんが言ってたように、本当に核があるのかどうかを確かめようと思ったのだ。
何とか恐々と観察した結果、本当にスライムには核があることが分かった。
スライムを良く見ると、プルプルした体の中に、もう一つ中に丸いのがあることが分かった。
他には何も違うところを見つけられないから、きっとあれが核に違いないと思った。
問題点も見つかった。
核の位置はスライムの中で微妙に動いているのだ。
きっとその動きを上手く予測して、しっかりと核を突かないと、スライムは死なないのではないかと思う。
そうでないなら、足で踏みつけた時に死んでしまっていてもおかしくないと思うからだ。
実際にスライムを討伐しようと考えたら、結構難しいことなんだと分かった。
でも諦めたくなくて、僕はきちんと計画を考えた。
まずは竹の槍を作って、それで正確に物を突く練習だ。
きっと[槍術]というのがあるから、練習すれば上手くなるんじゃないだろうか。
僕は竹の槍をどうやって作ろうかと考えた。
竹を切る道具なんて貸してもらえるわけが無い。
石を割って、尖ったところで竹を少しづつ傷つけて切るしかないな。
無理矢理折ったら、縦に割れちゃって槍として使えなくなっちゃうだろうから。
竹の先を尖らせたりも、ざらざらした石に擦り付ければ、そんなに大変じゃなく、きっと出来る。
僕は竹の槍を作ることを実際に始めて、一つ気がついたことがある。
竹を切るために、石を割って、尖ったところを作らないといけないのだけど、僕は石を手に持つと、その石が硬いか柔らかいか、どっちの方向に叩くと石が割れて、尖ったところが出来るかなんてことが、何となく分かるのだ。
たったそれだけのことだけど、竹の槍を作るには、何だかとても便利な能力だった。
そしてその能力のおかげだろうか、意外に簡単に僕は竹の槍を作ることが出来て、その槍を自分が思った通りのところに突き刺す練習を、それこそ真剣に繰り返した。
何としても絶対に一撃でスライムを仕留めたい。
スライムにまたどこかを溶かされるのは絶対に嫌だから、本当に真剣に、絶対の自信が持てるまで僕は槍の練習をしたつもりだ。




