一角兎
町の孤児院に行った帰り道、シスターとルーミエはその日の出来事の話で盛り上がっている。
「シスター、やっぱり寄生虫だったね」
「そうね、ルーミエちゃん、予想通りだったね。
今回は予想通りかどうか確かめるのが主で、対策するのは次からね。
私は来週も来なければならないのだけど、ルーミエちゃんとナリートくんも悪いけど来週も私に付き合ってね。
その後は2回に1回くらい手伝ってくれると嬉しいのだけど」
「私たちが一緒する必要があるのは、最初の方だけだよね」
「そうね、とりあえず一度、少なくとも小さい子は魔法で寄生虫を駆逐したいから。
ルーミエちゃんもイクストラクト使えるようになったわよね。
次の時は私と一緒にできるだけイクストラクトを使って、見るのはナリートくんに任せることにして」
「うん、分かった」
「そうして、町の孤児院のシスターにも、しっかりとイクストラクトと駆虫薬の製薬を教えれば、私がわざわざ町に行かなくても、子どもたちの寄生虫の問題に対処できるはずだから」
大まかな今後の方針の話が終わったら、2人は何だかもっと色々なおしゃべりに移行していった。
僕はそれには加わらずに、2人の後ろを少しだけ離れてついて行く。
僕は2人の会話を聞いていない訳ではないけど、僕の注意力のほとんどは、僕たちが歩いている道の近くの、隠れているからまともには姿を見せてはいないけど、僕にはその存在が感じられる一角兎に集中していた。
僕が探しているのは、道の近くに、1匹だけ孤立している一角兎だ。
僕は一角兎を狩りたいと、ワクワクしていたし、準備をして、この日を待っていたのだ。
今なら、シスターはルーミエとのおしゃべりで僕の方に注意が向いていないから、僕がちょっと一角兎にちょっかいを掛けて誘き出しても、その行為に気付かず、怒られることはないだろう。
僕がわざわざ、一角兎を誘き出したと知ったら、シスターはきっと怒るだろうから。
「居た!!」
僕は声に出してしまいそうになったのを危うく抑えた。
道に近い位置に居るけれど、他とは離れている一角兎を見つけた。
僕は小石を拾い、その一角兎が自分の斜め後ろくらいの位置になるまで、気づかない振りをして歩いて行った。
その間に、シスターとルーミエから少し離れた。
都合の良い場所になった時、僕は拾っておいた石をその一角兎に向かって投げた。
冒険者が一角兎を狩る時には、弓で射て、当たれば良し、当たらなかった場合は向かって来るので、それを盾で叩き落として仕留める、という2段構えなのだと聞いた。
それだから、石を投げればきっと怒って向かって来ると考えたのだが、その考えは間違ってなかったみたいだ。 一角兎が凄い勢いで僕に向かって走ってきた。
「そして最後にかなり離れた場所からジャンプして、頭の角を突き刺そうとするのが習性だから、きちんと見ていれば、盾で対応するのは少しも難しいことではない。
慌てて逃げたりせず、怖がらないでしっかりと見ていれば、初心者にも対応できるモンスターだ」
御者さんに教わったことを僕は頭の中で復習しながら、向かって来る一角兎をしっかりと見ていた。
僕は一角兎が近づいて来るのを一生懸命見ていたのだが、かなり遠いところから一角兎は僕に角を突き刺そうと大きくジャンプして、突進してきた。
なるほど、かなり遠くからジャンプして来るから、途中で方向が変わる訳じゃない、落ち着いていれば盾で防ぐのは簡単だな。 僕は自分でも驚くくらい落ち着いていて、一角兎が飛んで来る最中に、そんなことを考えられるほど余裕があった。
僕はもう構えていた盾を、慎重に飛んで来る一角兎に打ち当てた。
そして盾に当たって、落ちた一角兎を、打つかった衝撃で少し動きが鈍っている一角兎を、その隙に槍で突き刺せば良い、と思ったのだが、予想外のことが起こった。
「痛っ!!」
一角兎の角が、僕の竹製の盾を突き破って、僕の左手を少し傷つけた。
予定と違う事態に僕は少し慌てたのだが、慌てたのは一角兎も同じことだった。
一角兎は、その角が僕の盾に挟まり、角を盾から外すことが出来なくて、ツノが縦に突き刺さって身動きが取れない状況なのだ。
僕は慌てて、左手で一角兎を盾と一緒に地面に押し付けて、右手の槍で一角兎にとどめを刺した。
「ああ、びっくりした」
僕は大きく息を吐いて、ちょっと地面に座り込んだ。
「ナリートくん、大丈夫。
ごめんね、私がルーミエちゃんとの話に夢中になって、辺りへの警戒が疎かになったからだわ。
私が対処すれば、一角兎を叩き落とすだけで済んで、ナリートくんに怪我をさせるようなことはなかったのに」
「あ、シスター、大丈夫です。
ちょっと予定外のことが起きたので、びっくりしたけど、怪我も僕は[物理攻撃耐性]という項目も持っているからか、ほんのかすり傷です」
僕は一応左手の傷に、用意していた水を掛けて洗い流してから、自分でヒールを掛けた。 なんの問題もなく、すぐに傷は無くなった。
僕はその後に、一角兎から槍を引き抜き、水筒と共に持っていた道具を入れた袋から石のナイフを出して、一角兎の首の血管のありそうな所を切って、それから逆さにして血抜きをした。
槍を引き抜いた時に、僕はもう一つ考えていなかったことに気がついた。
一角兎に突き刺した竹槍は、尖らせた竹の先が割れてバラけてしまい、もう槍としての役目は果たせないであろうことに気がついたのだ。
きちんとした道具を持っていない僕は、ちょっと困った事態だなと思った。
金属のナイフを持っているのならば、竹槍の先を少し切って整えれば、長さが少し短くはなるけど、一角兎を狩るには問題ない槍がすぐできると思うのだけど、石のナイフしか持たない僕は、そんなに簡単に竹の槍の先を直すことはできない。
僕が竹槍を作っている時は、適当な石に先を擦り付けて、時間を掛けて竹槍の先を形作っているのだけど、この場ではそんなことは出来ないからだ。
僕が何というか、そんなことを割とテキパキとしていたら、シスターに感づかれてしまった。
「ナリートくん、もしかして最初から一角兎を狩ろうと思っていたのかな?」
シスターに嘘をついても仕方ないというか、シスターが本気なら嘘か本当か分かってしまうから、僕は正直に答えた。
「えーと、チャンスがあれば、と考えてはいましたし、準備はしていました。
だって、魚だと持ち帰る訳にはいかないけど、兎なら持ち帰れば、スープの具かなんかにして、全員に食べさせることができるじゃないですか」
シスターは僕のことを怒ろうとしていたみたいだけど、僕の言葉にちょっと考え込んでしまったみたいだ。
シスターが今一番苦慮しているのは、孤児院の食事が貧しくて栄養が足りていないことだからだ。
「確かに、兎の肉はなかなか孤児院では買えないから、自分たちで狩ることが出来たら、すごく助かるとは思うけど、でもやっぱり危険が伴うでしょ。
私は一角兎を追い払うことは出来るけど、余程の幸運でもなければ、狩ることは出来ないわ。
ナリートくんは[職業]が狩人の一種である罠師だから、狩ることが出来ると判断した訳ね。
一角兎の危険性には、ナリートくんは十分に対処できると思ったのね」
「はい、元冒険者の御者さんから、一角兎の生態については十分教わりましたから、今の僕の[全体レベル]なら、十分に対処できると考えました」
最近のシスターは、何となく自分のレベルが上がった時は自覚できるようで、それを確かめるためにレベルが上がったなど、定期的にというか、ちょくちょく僕に自分のことを見せている。
今までは僕より先にシスターの方がレベルが上がったので、僕には見えなくなったり、自分が追いついて見えるようになったりしていたのだけど、それによって自分の[全体レベル]などをしっかりと把握しているようになっただけでなく、僕の[全体レベル]も知っていることとなった。
そして自分と同じに僕も、今の[全体レベル]は 8 であることを知っている。
「うーん、一角兎はなったばっかりの初心者の冒険者も狙う、一番狩りやすいモンスターだから、今のナリートくんならば、[職業]からも[全体レベル]からも十分に狩ることが出来る対象では、確かにあるかも知れないわね。
つまりナリートくんは、一角兎を狩るつもりで、わざわざ突進してきたら、抜けなくなる罠になっている盾を作ってきて、一角兎を狩った訳ね」
「いえ、この盾は罠として作ったんじゃなくて、材料として竹を使うしかなかったから、こういう盾になっただけで・・・」
あれっ、シスターに言われてみるまで気がつかなかったけど、確かにこの竹の盾は、一角兎の角が突き刺さると抜けなくなる罠になっていると言えなくもない。
盾から一角兎を外すのにも、かなり苦労した。
僕は考えてみて、自分の[次のレベルになるのに必要な経験値]の項目を意識して見てみた。
歩き始めた時に、一角兎の経験値ポイントはたぶん 2 だと思うのだけど、本当にそうかどうか確かめようと思って、その時の[次のレベルになるのに必要な経験値]をみておいたのだ。
もしかしたら、歩いているうちにスライムが罠にかかって経験値になっている可能性もない訳じゃないけど、とにかく[次のレベルになるのに必要な経験値]はさっきと比べると 3 減っている。
一角兎の経験値が3の可能性もあるし、予想通り 2 で、それに罠師の罠で狩った時の特別分の 1 が加わった数かもしれない。
「えーと、もしかするとこの竹の盾、シスターの言うとおり、罠になっているかも知れません。
シスター、確かめたいので、もう1匹、一角兎を狩らしてください」
「もう1匹と言っても、ナリートくんの槍は駄目になっちゃているでしょ」
「確かにそうなんですけど、この石のナイフでもとどめを刺せないことはないと思うし、それに今度はとどめはルーミエに刺してもらおうかと思っているんです。
そうすれば、この竹の盾が本当にシスターの言うように、罠として役に立っているか確かめられるので」
シスターは、もう1匹狩りたいという僕の言葉に迷っているようだ。
確かに危険は感じられないけど、少しでも危険があることを許しても良いのか、でももう1匹一角兎が狩れれば、今晩の食事の時にみんなに届く肉の量が増える。
「シスター、あたしも一角兎を狩ってみたい。
ナリートが盾で押さえてくれるのだから、私でも安全に狩れると思う」
ちょっと話に加われないでいたルーミエが、俄然やる気を見せて、もう1匹一角兎を狩ることを賛成した。
「そうねぇ、それじゃあ、ちょっとでも危険だと思ったら、私が杖で追い払ってしまうけど、それでも良かったら、チャンスがあったらもう1匹狩ってもいいわ」
「シスター、ありがとう。
そうしたら、都合の良い一角兎を僕が探して、誘き出します。
ルーミエは、僕の後ろにいて、僕が盾で押さえつけたら合図するから、そうしたらとどめを刺してくれ。
危ないから、僕より前には出るなよ」
僕はそうルーミエに注意してから、今度は先頭で道を進んだ。
歩きながら、辺りに都合の良い一角兎がいないかどうか探していたのだが、群れていたりして、なかなか1匹だけで離れているのがいない。
僕はレベルの上がった[空間認識]と[索敵]のおかげで自分を中心にしてかなりの広さで一角兎が居るかどうか分かるのだけど、ルーミエも一角兎を探そうとしているのだろう辺りをキョロキョロと見回している。
シスターも危険があるといけないと思っているようで、辺りに注意を払っている。
でも一角兎は草むらや岩陰に上手く潜んでいて、僕は気付くけど2人はなかなか気づけないようだった。
都合が良いのが居なくて、ちょっと諦めかけそうになったところで、僕は都合良く1匹だけ他と離れている一角兎を見つけた。 さっきのよりはちょっと遠い。
「止まって。 都合良く、1匹だけ他と離れている一角兎を見つけた。
石を投げて挑発して、こっちに突進させるから、2人は僕からちょっと離れて。
ルーミエ、呼んだら、頼むぞ」
2人が少し離れてから、僕は石を投げて、一角兎を挑発した。
普通の兎なら逃げるのだろうけど、一角兎は逆に攻撃して来るんだよな、と僕はさっきより余裕が持てたのか、距離もさっきよりあったこともあって、そんなことを考える余裕もあった。
一角兎の攻撃は本当に直線的だから、目を離さなければ、危険を感じるようなことはない。
今度は盾に突き刺さった一角兎の角で、手を怪我しないように、一角兎の角が突き刺さる盾の場所を加減して、一角兎の突進を盾で受けた。
2度目で余裕があったから、僕はどうして一角兎が盾に角を突き刺して動けなくなるか観察出来た。
普通の冒険者が使う盾だと、角は突き刺さらずに、打つかって落ちる。 一角兎は盾に打つかった衝撃で少しの間まともに動けなくなるので、その隙にとどめを刺すのだが、僕の作ってきた竹の盾だと、角が盾に打つかった時に、竹の表面を角が滑って、竹を並べているつなぎ目に突き刺さってしまうのだ。
竹と竹の隙間を広げるような感じで、角が突き刺さるのだけど、一角兎が角を引き抜こうとすると、一角兎の角は攻撃力を増すためにか、返のようなギザギザが全体にあるのだが、それが逆に災いして、抜こうとするとそれが引っかかって抜けないのだ。
何となく一角兎が盾に刺さって動けなくなる理屈が分かったけど、僕は持ち手の部分はもう少し改良して、刺さった角で最初の時のように怪我をしないようにしようと考えながら、盾ごと一角兎を地面に押さえ込んだ。
「よし、ルーミエ、とどめを刺せ!!」
ルーミエはスライムに槍で攻撃した時は、ほとんどパニックになってたけど、今回は2度目だからか、それともスライムの時よりも攻撃される危険を感じなかったのか、落ち着いてとどめを刺した。
「うん、危なげなかったわね。
ところでナリートくん、ナリートくんはあんなに遠くにいたこの一角兎のことを、
1匹だけ離れて存在している都合の良い個体と認識できたんだね。
私もやっと見つけたんだけど、もっと近くにも一角兎いるよね。
その近いのを石で狙わず、遠いこの1匹を狙ったのは、この一角兎が都合が良かったからだよね。
ナリートくん、最初の1匹も、私が見ていなかっただけで、ナリートくんが都合の良いのを選んで挑発して、ナリートくんに攻撃を仕掛けさせたんじゃない」
1匹目の時にした僕の行為は、しっかりとシスターにばれてしまった。




