町の孤児院
「ナリートくん、ルーミエちゃん、悪いのだけど次の仕事休みの日は、私に付き合ってね」
村長の娘のフランソワ様と町の学校に行き始めて、最初は戸惑ったけど2週間が過ぎたら、何となく慣れてきた。
それでも僕たちの生活は以前とは大きく違っている。
以前からの5日働いて1日休みという孤児院の日常は変わらないのだけど、その5日の内の3日、学校に一日おきに行くことになったので、僕がみんなと一緒に柴刈りに行ったりするのはたった2日だけになっている。
それでも天気が悪くなければ、休みの日も林に行くので、僕は半分の日は林に行って、スライムの罠を見たり、その補修をしたり、その他色々以前と同じようなことをしている。
それよりも残念なのがルーミエで、ルーミエは元々5日の内の真ん中の日と、休みの日に林に行くことになっていたのだが、その真ん中の日は学校に行くことになったので、村の区域から出て林に行けるのは休みの日だけになってしまっている。
糞尿を直接畑に入れず、堆肥にするようになってからは、男の子たちも柴刈りに取られる時間が少なくなったのもあり、畑仕事も手伝うようになり、ルーミエに倣って年長の女の子も真ん中の日と休みの日は村の外に出て林に来るようになっていたのだが、今ではルーミエよりも多くの薬草を集めたりするようになっていた。
僕が柴刈りに参加する時は、柴刈りの効率が良いのはまあ当然なのだけど、男の子たちのレベルがみんな上がったら、僕が居なくても前から比べればかなり速く作業が出来るようになったのは、嬉しい誤算というか、ちょっとびっくりだ。
同じように女の子たちもスライムの罠を作ったおかげで、次々とレベルが上がり、その女の子たちが皆そろって[採取]という項目を持っていた。
まあ、みんな同じことをしているのだから、同じ項目を持っていてもおかしくはないのだけど、中にはルーミエと同じに[採取]のレベルが 2 だったりする子も出てきているので、薬草などの採取がどんどん進むのも当然なのだろう。
それもあるからなのだろうけど、ルーミエがシスターの言葉にちょっと逆らった。
「シスター、私、そうすると10日以上も林に行かないことになって、ただでさえ、みんなと比べると2回に1回しか行けないのに、もっと差をつけられちゃう」
「ルーミエちゃん、ごめんね。
確かにそうなっちゃうけど、ルーミエちゃんとナリートくんにしか頼めないことなんだよ」
「えーと、シスター、具体的に何を付き合えば良いのですか?」
僕は付き合わされる内容が気になったので、聞いてみた。
「あのね、次の休みの日、私は学校のある町の教会に行くのね。
それに付き合って欲しいの。
もっと具体的に言うとね、町の孤児院の子たちをあなたたちに見てもらいたいのよ」
なんでも、この孤児院ではシスターの治癒魔法と薬、そして堆肥を作るようになって、ある程度寄生虫の問題を克服することが出来たのだが、それによって明らかに、孤児院に暮らす子ども達の健康状態が良くなった。
このことが教会関係者の中でちょっと話題になり、シスターが隣の孤児院から、「こちらの様子も見て、改善点を教えて欲しい」と頼まれたらしい。
シスターは自分の経験上、町の孤児院でも寄生虫の問題があるのではないか、と考えたのだが、シスター自身は他人のことが見える訳ではないので確実なことが言えない。
それで見える僕とルーミエに、それを確かめさせたいらしい。
今現在のシスターのレベルは一気に上がって[全体レベル]がレベル8だ。
レベル6の時に僕はシスターのことを初めて見たのだけど、その後すぐにまた見えなくなって、その後スライムの罠が増えたことで僕のレベルも上がり、また見えるようになった。
つまり僕も今はレベル8だ。
僕の経験値はスライムを罠で多く狩っているからだと分かっているのだけど、シスターが経験値を大量に獲得した理由は、寄生虫を孤児院から駆逐するのに治癒魔法を数多く使ったこと、それから寄生虫の駆逐剤をはじめとする薬をたくさん作ったことによるのではないかと僕は考えている。
さすがに次のレベル9に必要な経験値は2187と大量に必要だし、孤児院の子たちからほぼ寄生虫が駆逐出来たので、治癒魔法の使用回数が減ったからだろう、経験値獲得スピードが遅くなって、ちょっと今は停滞中みたいだけど。
僕の経験値獲得スピードはそのままだから、もう少し経つと僕の方がシスターのレベルに追いつくではなく、上になると思う。
ちなみにルーミエのレベルは 6 になっている。
ルーミエもスライムの罠の恩恵は受けているのだけど、僕がそれで得られる経験値の量と比べれば全然少ないはずだ。
レベル6までは次のレベルになるまでに必要な経験値が、そんなに多くはないとはいっても、レベル3からレベル6になるまでには117の経験値が必要だし、ルーミエももうすぐレベル7になる所まで迫っている。
当然スライムの罠で得られる経験値だけでは無理な訳で、ルーミエの場合は一番はシスターを手伝って、孤児院の子の健康状態を見ていたことが一番の経験値になったらしい。
ルーミエだけにしか見ない[救済]と[診断]という項目のレベルが上がっているから、きっとそれらが聖女の特有なことで、経験値になる部分なのだと思う。
ルーミエがシスターの手伝いを僕よりもしているのは、やっぱりルーミエの僕には出来ない、たぶん聖女の能力のためだ。
ルーミエは僕とは違い、[全体レベル][体力][健康]の3項目に限られるけど、レベルが自分より上の人も見ることが出来る。
それにも驚いたのだけど、もっと孤児院の子たちにとって重要なことがあった。
それは逆に7歳以下の、僕には、いや神父さんにも何も見えないレベル1に満たない幼い子の[体力][健康]の項目が見えたのだ。
小さい子に、体に負担がかかる寄生虫の駆逐剤は、とても苦いこともあり飲ませられなかったが、ルーミエが見えたことによって、シスターはイクストラクトという治癒魔法を躊躇いなくかけることが出来て、小さい子の寄生虫も駆逐したのだ。
今回の町の孤児院の訪問も、どちらかというと僕はオマケで手伝いの本命はルーミエの方なのだろう。
僕はきっと、ルーミエと手を触れるのを照れ臭がって嫌がる男の子たちの為の予備的な扱いなのだと思う。
僕は触れなくても見えるから、7歳以上の女の子たちなら、見ようと思えば見えるんだけどね。
ルーミエはシスターが自分に何を期待して、一緒に町の孤児院に行ってほしいかを理解したら、自分が林に行ける日が減ってしまったことに文句を言わなくなった。
僕は一つ疑問に思ったことをシスターに聞いた。
「シスター、町にはどうやって行くのですか?
学校には行きも帰りも、僕たちはフランソワ様と一緒に馬車で移動しているのですけど、シスターと僕たち2人だと、どうするのですか?」
「普通に歩いて行くわよ」
「あの、一角兎とか出るんじゃないですか」
ルーミエがちょっと焦って言った。
馬車の中で、「一角兎が出るかも知れないから中から出ないように」とフランソワ様と一緒に強く注意されていたから、そのせいだろう。
「うん、偶には出るかもね。
大丈夫よ、出たら、私が追い払うから。
やっつけることは無理でも、追い払うくらいのことは出来るから。
シスターはね、そういう訓練もあるのよ。
シスターが村の外を歩いているのを見たことないかな、杖を持っているでしょ。
その杖を使って一角兎くらいなら、簡単に追い払えるわ」
あっ、シスターの項目の中にある[杖術]というのだな、と僕は思った。
僕はルーミエに、一角兎については御者さんに、その生態をしっかりと教えてもらったから、心配することはない。 それにシスターの[杖術]レベル2で大丈夫なら、僕は[槍術]レベル3だし。
そう安心させるような言葉をかけようとして、僕は口から出かかった言葉を出さずに飲み込んだ。
僕はそう言ってしまっては、僕が一角兎と戦うから大丈夫だと言っていると同じことだと気がついたのだ。
もし僕が一角兎と戦うつもりだと、シスターに知られたら、シスターは絶対にそれを禁止するだろう。
僕は、このシスターと一緒に町まで行くのは、一角兎と戦ってみるいいチャンスだと気がついてしまったのだ。
僕はシスターとルーミエとの話を適当に誤魔化すと、シスターと一緒に町に行く日までの間に、大急ぎで竹で盾を作った。
御者さんの話によると冒険者は、少し厚めの木を鉄で補強された盾を使って安全に一角兎と対峙するらしいけど、僕がそんな盾なんて手に入れられるはずがない。
そこで自作したのだ。
冒険者が使う盾も、そんなに大きな物ではなく、動くのに支障がない物とのことだから、それほど頑丈な物ではないと思うので、それなら竹で作った物でも大丈夫だろうと考えたのだ。
それにシスターは杖で対処出来ると言うから、御者さんの話と合わせて考えてみると、そんなに一角兎の攻撃力は高くないのではないかと思う。
僕が作った盾は、竹を半分に割って並べた形の盾だ。
要は、一角兎の角を避けれれば良いだけのことだ。
当日、僕は槍と盾を持って、腰にはちゃんと水筒も着けて、玄関で出発を待っていた。
ルーミエも、盾は持っていなかったけど、手には前に作った槍を持って、水筒も準備していた。
ちょっとだけ後からやってきたシスターは、杖は持っているけど、それ以外は普通の格好だ。
「ナリートくんもルーミエちゃんも、何だか物々しい格好ね。
ちゃんと道伝いに町に行くだけだから、そんなに警戒しなくても大丈夫よ」
「シスター、今日は馬車じゃないから、スライムや一角兎が出たら戦わないといけないかもしれないでしょ。
戦うためには武器がいるし、もしもの時のために洗い清める為の水は絶対必要なのでしょ。
冒険者にそう教わったって、前にナリートが言ってた」
「うん、確かに備えあれば憂いなしだよね」
シスターは、そうちょっと苦笑気味に言うと、僕たちの格好を黙認した。
町への道程、行きは一角兎はもちろんスライムにも出会わなかった。
でも普通に見える範囲にはいなかったというだけで、僕は一角兎とスライムを常に意識していたから、目には見えないけど、一角兎が道筋のあちらこちらに近くに潜んでいることに気がついていた。
どうやら町への道筋は一角兎の勢力範囲のようで、一角兎は居たけど、スライムは1匹もいなかった。
僕が見えなくても一角兎が居ることが分かるのは、僕の項目の[空間認識]のレベルが 7 になっているからか、[索敵]が 3 になっているからかのどちらかの能力なのだと思う。
実はここのところのレベルupでは、僕は残ポイントを使ってなくて、貯めてある。
[全体レベル]が上がった時に、勝手に上がる項目は良いとして、今現在上げないといけない項目や、上げたい思う項目がないからだ。
今現在の生活では、今の能力で十分だから、今後項目が増えたり、何か必要になった時のために、残ポイントを残してあるのだ。
シスターの町での教会の用事は、予想した通りだった。
やっぱり町の教会が運営している孤児院でも、以前の僕たちの孤児院と同じように、寄生虫が蔓延しているようだった。
僕とルーミエが町の孤児院の子たちを見てみると、ほとんどの子が寄生虫に冒されていたのだ。
とりあえずルーミエと僕が見た中で、問題が大きいと言うか、体力が少ない子や、小さい子を中心にシスターがイクストラクトをかけて、寄生虫を体内から排除していく。
それだけではすぐにまた冒されてしまうのは、僕たちの孤児院での経験で分かっていたのだけど、当座の対処療法だ。
シスターは少しの間、隔週で町の孤児院に通うことになったようだ。
町のシスターに、僕たちの孤児院で寄生虫を駆逐した経験と、それに必要な技術を教えるらしい。
僕は町の孤児院の子たちを見ていた時に、なんとなく見たことのある顔の女の子がいることに気がついた。
フランソワ様のクラスにいる子ではないから、直接に知っている訳ではないのだけど、なんとなく見覚えがある気がして、それで興味を覚えて離れた所から見てみたら、その子は[職業]がシスターだった。
僕は孤児院の子である僕が学校に通うのは、とてもラッキーで珍しいことだという自覚があったから、学校で見かけた子が町の孤児院にいるとは思ってもいなかったのだ。
それで興味を感じたのだけど、つまり、町の孤児院では、その子の[職業]がシスターであることを、きちんと把握していて、今後のために学校に通わせているのだろうと思う。
でも、それなら、[職業]が聖女のルーミエはなんで最初から学校に通わせてもらえなかったのだろうか。
ルーミエが学校に通うことになったのは、あくまでフランソワ様の付き添いが必要になったという偶然があったからだ。 僕もそうだけど。
この待遇の差はなんでなんだろうな。
僕はともかくとして、ルーミエはこの町の子と同じように扱われて、いやそれ以上に扱われても当然の[職業]だと思うのに。
僕が気が付いたように、相手も僕たちに気が付いたようだ。
「私はマーガレットというのだけど、あなた達2人は一つ下のクラスの子よね。
2人とも孤児院の子だったの?」
「はい、僕はナリートといいます」
「あたしはルーミエ」
「私は[職業]がシスターだったから、学校に通わせてもらっているのだけど、あなたたちはどうして通わせてもらっているの?」
「あたしたちは、そういった理由ではなくて、村長さんの娘のフランソワ様の付き添いとして学校に通うことになったの」
「あ、付き添いだから、学校でしている服装なんかは上等なのね。
今日のあなたたちの格好は、普段の私たちと変わらない孤児院の子の格好だから、最初は別人かと思ったわ」
「学校での格好は、村長さんが用意してくれた格好だから。
私は小さいから、基本フランソワ様のお古をもらっているの」
「なるほどね、それであなたたちの[職業]は?」
「一応公式には普通の村人ということになっているんだ」
僕はまともに答えようとしたルーミエの口を塞いで、そう答えた。
「『公式には』って、どういうこと?」
「神父さんから教えてもらった[職業]はそういうことになっているってこと。
それ以上はちょっと秘密なんだ」
「そこは聞いてはいけないのね。
それじゃあ、今日あなたたちは何をしているの?
私たちのことを1人づつ、それぞれにあなたの孤児院から来たシスターに何か言っているみたいだけど」
「うん、シスターに手伝いに呼ばれたんだ」
またしても、自分のしていることを正直に話そうとしたルーミエを僕は遮った。
「シスターの手伝いで来たのは確かだけど、どんなことをして手伝っているかは、それもちょっと秘密なんだ。
ごめんね」
マーガレットは「秘密」と言われてかなり不満そうだったけど、追求はしないでくれた。
だけど、その日以降、学校でも僕とルーミエのことを気にして観察してくるようになった。
学校でも普通に話しかけてくるようになったから、変な意味ではないのだけど。




