レベルが2に上がったら
僕は孤児院にたどり着いて、ほとんどすぐに気を失ってしまったから、その時のことなどは後から知った。
その後からというのも、誕生日の時と同じで、またしても三日後にシスターに教わったのだ。
実は今回は誕生日の時とは違って、次の日の朝にはもう、一度完全に目覚めていた。
グルグルはまだ全く止まらずに、頭の中で渦を巻いていたけれど、その前と同じ様に一部だけグルグルしていない部分もあって、そこだけでその時は起き出そうと思えば起き出せると一瞬は思ったのだった。
だがその時、頭の中で、グルグルの渦の中から大きな声が聞こえてきた気がした。
何だろうと思うと、何故かはっきりとその声が言おうとしたことが分かっていた。
その声はこう言っていた。
「初めてレベル上がった時の、最初の任意のポイントは、絶対に知力を上げることに使え。 そうしないと何も解らないぞ」
グルグルの渦の中から現れてきた言葉は分かったけど、それが何を意味しているのかは、僕には全く解らない。
ただ、何だか知らないけど、とても大事なことのような気がした。
さてどうしたらそのグルグルから出てきた言葉の言うとおりのことが出来るのだろうか、と僕は考えたのだけど、全く見当がつかない。
とりあえず小さな声で、「ポイントを知力を上げるのに使う」と言った。
それを言った途端、頭の中で渦を巻いているグルグルから、本当に小さなグルグルが、グルグルしていないところに近付いてきて、なんていうかその小さなグルグルが、その近付いてきた場所で広がり、グルグルしていない部分が広がった感じがした。
それと共に、一つの言葉というか、グルグルから声が聞こえてきた気がした。
「知力が1上がっただけでは、自分のことが最低限解るようになるだけだろう。
それでも得られることは大きいだろう。
これからも最初のうちは、任意のポイントは知力上げに使うのが良いだろう」
何なんだろう、これは。
僕はまたしても熱が出て、その熱のせいで変な夢を見ているのだと思った。
訳が分からないまま僕は、やっぱり何だか疲れてしまっていて、一度は起きることが出来ると思ったのに、またそのまま意識を失ったのか、眠ってしまったのかしてしまったらしい。
どっちだかも僕には分からない。
次に意識が少しはっきりした時は、僕はまたしてもシスターに水を飲ませてもらっていた。
「ナリート君、目が覚めた?
あなたを連れて来てくれた冒険者によると、大丈夫だから寝かせておけば良いということだけど、どう大丈夫?
スライムに溶かされた所とか、痛かったりはしない?」
「はい、どこも痛かったりするところはないです。
ただ、前の時と同じで、何だか頭の中がグルグルしちゃって」
「ナリート君、前と同じじゃないよ。
前は熱のせいで、そうなったのだろうけど、今回は冒険者さんが言うには、小さいのに初めてスライムを倒したからだって。
初めてモンスターを倒すと、時々今のナリート君みたいな症状を示す人がいるのだけど、ナリート君はまだ小さいのにモンスターを倒したから、その症状が強く出てしまったのだろう、ていう話だよ。
その冒険者さんも、ナリート君がスライムを倒すことが出来たのは偶然だけど、ナリート君の年齢でスライムとはいえモンスターを倒したのは凄いことなんだって」
僕は自分が凄いことをしたとは全く思っていなかったけど、シスターは褒めてくれているみたいなので、何となく喜んでいる風に言った。
「そうなんですか、僕、夢中だったので、よく分からない。
でも、シスターが褒めてくれるなら嬉しい」
「うん、スライムをやっつけたのは凄いね。
でも、スライムと戦わなければならなくなったことについては、後でナリート君がちゃんと良くなったら、お説教だよ」
僕はそのシスターの言葉にひえっと思ったのだけど、そこでまた眠ってしまった。
今度は気を失ったではなくて、眠ってしまったのだと、何となく分かっている。
その次に目が覚めた時に、またシスターにご飯を食べさせてもらった。
ご飯を食べさせてもらったからだろうか、それ以降は変な感じで意識が途切れてしまうことはなくて、何だか前よりも元気になったというか、強くなったような気がした。
でも僕はシスターに、シスターの部屋の中にまた置かれている、補助のベッドから出ることを厳しく禁止させられてしまった。
前回のことがあって、またすぐの今回だったので、シスターも慎重になったというか、厳しかった。
僕自身は前より元気になった気分だったので、ベッドの中にいなければならないのが、それもシスターの部屋のベッドにいなければならないのが、とても嫌だったのだけど、どうにもならない。
何しろ本当に足繁くシスターは、僕がちゃんとベッドで静かにしているかを確かめるために、この自分の部屋に何度も戻ってくるのだ。
何かすると、もっとシスターの部屋のベッドにいる時間を長くされそうなので、僕は仕方がないから、おとなしくベッドの中にいることにした。
ベッドの中で何もしないでいると、最初は眠ってしまっていたのだけど、眠りが足りてしまったのか、スライムにやられた傷が完全に治って良くなったからなのか、昼間は全然眠くならなくなってしまった。
それでもシスターからはベッドから出ることを禁止されていたので、暇でしょうがない。
僕はグルグルから出て来た言葉を思い出した。
「確か自分のことは、最低限分かる様になったって言ってたよな。
自分のことが分かるって、何が分かるっていうのだろう?」
そうして暇に任せて、自分のことを知りたいと思ったら、頭の中に自分のことらしい事柄が浮かんできた。
[名前] ナルヒト
[家名] クロキ
[種族] 人間
[年齢] 7歳
[性別] 男
[全体レベル] 2
[残ポイント] 0
[職業] 罠師
最初にそれだけのことが浮かんできたけど、僕って名前はナリートだと思っていたのだけど、本当はナルヒトって言うのだなと知った。
きっとナルヒトが訛って、ナリートになっちゃったんだな。
思い返してみると、何となくこの孤児院に来たときに、自分で自分の名前を言ったような気がするのだけど、小さかったからナルヒトとちゃんと言えなくて、ナリートになってしまって、それで定着してしまったのかもしれない。
そうか神父様が、僕の職業を見た時に、ちょっと変な顔をしたのは、名前が違っていたからなんだな。
あれっ、僕には[家名]なんていうのもあるんだ。
家名があるのは、少し偉い人だけなのかと思っていたけど、そうじゃなかったんだな、僕にもあるのだから。
[年齢]・[性別]は当然分かっている通りで問題なし。
[全体レベル]というのがどういうモノなのか僕には分からないけど、それが2になっている。
確か、最初にレベルが上がった時のポイントは知力に使え、とグルグルが言ってきたのだから、きっとレベルが1だったのが、2に上がったということなのだろうと思う。
それから[残ポイント]というのが0になっているのは、きっと言われたとおりに知力に使ったということなのだろう。
僕は何となく、グルグルが言ってきた内容が少し分かったような気がして、とても嬉しい気分になった。
そして[職業]。
えっ、これってきっと、魂に刻み込まれている職業ってやつだよね。
僕の職業は神父様が見てくれて、村人だったはず。
罠師って何?
何故、神父様が見てくれた職業と違っているの?
この職業と神父様が見てくれた職業は別のモノなの?
僕は色々考えたのだけど、分かる訳がない。
分からないことを考えていると、頭の中のグルグルがより一層グルグルして、また熱が出そうなので、分からないことは分からないと諦めることにした。
自分のことが分かるって、こういうことなんだ、と納得しかけたのだけど、もっと続きの分かることがあることに気がついた。
何だか大きく能力と括られている中に、[知力]、[体力]、[健康]の三つの数字が2になっていた。
他に、[採取]、[索敵]、[槍術]、[酸攻撃耐性]、そして[魔力]が数字が1で存在している。
知力の数字が2になっているのは、知力を上げろと言われて、その通りにした結果だと思うのだけど、体力・健康というのが何故2になっているのか分からない。
そもそも何でそんなモノがあるのかも分からないのだ。
でもやっぱり、何となく分かる気もするんだよな。
体力とか健康って、僕はここのところ熱が出たり、スライムの騒ぎでまた倒れたり、とても気になっていた部分だ。
そして採取、索敵、槍術、酸攻撃耐性というのは、今回のスライム騒ぎの時に僕がしていたことだ。
落ちた枝を採っていたのだし、林に入る前にはモンスターが近くにいないか、真剣に気配を探っていた。
槍術というのは、きっとスライムに枝を突き刺したのを、槍を突き刺したと思われたんじゃないかと思う。
単なる枝、言い方を良い方向に変えても単なる棒だけど、突き刺したから槍なのかな。
酸攻撃耐性というのは、きっとスライムの体液で足を溶かされて、その痛みに耐えたからじゃないかな。
うん、きっとそうに決まっている。
だとしたら、魔力というのは何なんだろうか、僕は魔力なんて知らない、と思ったら確かに魔法を見たというか、実感したのを思い出した。
スライムにやられた足を、助けてもらった冒険者さんにヒールという魔法で直してもらったんだった。
きっとその魔法をかけてもらったから、魔力というのがあるのだろう。
うん、僕は納得できた。
これだけかな、と思ったら、もう一つあった。
もう一つの括りとして、特別スキルというのがあって、そこに[空間認識]というのがあって、数字は1だった。
この[空間認識]というのは何が何だか全く分からない。
そもそも特別スキルっていう括りがあることも良く分からない、それ何?
とは言ってもこれらは全部頭の中に何となく浮かんできて、分かることで、実際のことを言えば、誰かに説明できることなんて一つもない。
だけどこのことは、僕にとっては格好の暇つぶしで、暇なベッドでの時間、僕はその頭に浮かんでくることを眺めたり、それについて色々と考えて過ごした。
考えたって何か分かるかというと、何も分からないのだけど、考えることが何だか楽しかったのだ。
僕はシスターの部屋で過ごしていたから、夜、寝る前に少しシスターとおしゃべりしたりした。
「ねえシスター、あのね、僕本当はナリートじゃなくて、ナルヒトっていうんだよ」
「そうね、神父様も、君の名前を『聞き間違えてしまっていた』と仰っていたわ。
神父様は、きっと職業を見たときに名前も見えたのでしょうけど、君は今回色々と短期間にあって、そのショックで思い出したのかしらね」
僕は神父様もやはり見えたんだと、そのことにちょっと興奮した。
「うん、何となく、僕の本当の名前はナリートじゃないというのが、分かったんだ。
シスターも自分のことはわかるのかな?
何となく、僕は自分のことが分かるんだ」
「あら、それは凄いわね。 私は自分のことは分からないわ。
きっと神父様に聞けば、見てくださるとは思うけど」
えっ、僕は本当にびっくりしてしまった。
僕はスライムを倒してレベルが上がったのだけど、きっと僕よりずっと年上のシスターは、僕よりずっとレベルが上がっているのだろうから、僕がレベルが一つ上がっただけで自分のことが分かるようになったのだから、シスターも自分のことは当然分かるのだと思っていたのだ。
「シスター、大人の人も自分のことが分からないの?」
「ナリート君の言う、自分のことが分かるというのがどういうことなのかが、分からないのだけど、神父様がナリート君の本当の名前を見ることができたみたいに、自分のことが分かるかというと、それは分からないわ。
きっとナリート君は、自分の本当の名前を思い出したのと、今回のことで倒れて頭が少し混乱したのとが、一緒に混ざってしまったのね。
神父様なら、御自身のことも見ることが出来て、自分のことが分かるのかも知れないけど、きっと他の人はそういう意味では自分のことは分からないと思うわ。
だから神父様に見てもらうのよ。
そうでなかったら、みんな自分で自分の職業も分かるってことでしょ」
なるほど確かにそれはそうだ。
僕は自分のことが分かるということに自信を持てなくなった。
「ところでナリート君、あなた自分が強くなったような気がしない?」
「うーん、強くなったという気はあまりしないけど、何となく前より元気になったような気がする。
分かってます。 調子が悪いからシスターの部屋に寝かしてもらっているのだから、元気な訳ないって」
シスターは微笑んで、僕に言った。
「うん、それなら良いのよ。
君を助けてくれた冒険者の人が注意してくれたのだけど、ナリート君みたいになった人は、その後、自分は強くなったと思ってしまう人がかなりいるみたいなのね。
でも、ほとんどはそういう気がするだけで、変わらないんだって。
だけど、そう思い込んでしまって、周りの人とトラブルを起こすことがあるから、注意して見守ってあげてください、って私はお願いされたわ」
うーん、そうなのか、僕自身前より元気な気になっていたのだけど、それは気のせいなのかと、ちょっとがっかりした。
そのがっかりした気分がわかってしまったのだろうか、シスターは言った。
「ナリート君、良い人に助けられたね。
わざわざそんな注意まで、助けた孤児のためにする人っていないよ。
彼はこの孤児院の卒業生なんだって、だから他人事じゃないですからって言っていたよ」
「えっ、それじゃあシスターはあの冒険者さんを知っていたのですか?」
「私はここに他から来たから、彼を知らなかったけど、彼はちゃんと神父様に挨拶して行ったわよ。
ここに立ち寄ったのは、たまたま冒険者としての依頼先に行く途中だったらしいわ。
他の人を依頼先に待たせることになるからと、すぐに立ち去ってしまったけど」
僕は冒険者さんがもういないと聞いて、何だかとてもがっかりした。
もっと色々な話を聞いてみたかったと思ったのだ。
「僕、助けてもらったお礼もちゃんと言ってないのに」
「大丈夫よ。 きっとまだこれから会う機会があるんじゃないかしら。
会ったらちゃんとお礼を言おうね」
「はい」
僕は一つ恐れていたことがあったのだが、そんな話をした次の日にそれは訪れた。
僕はシスターに体を拭かれたのだ。
僕はスライムにやられて、表面が溶けた自分の足を、冒険者さんに魔法で治してもらって、確かに治った感覚はあるのだけど、怖くてまともに見てないのだ。
スライムを倒した後、あまりの痛みに溶けていない上の部分を掴んで転げ回ったのだけど、その時にチラッと見てしまった自分の足は、とても悲惨なことになっていた。
その時見た自分の足と、その時の痛みを思い出すと、今は痛くはなくて以前と変わらない感じはするのだけど、僕はその時以来全く自分の足を見てないのだ。
怖くて見ることが出来ないでいたのだ。
裸になっても、僕は自分の足を見ることが出来ないでいたのだが、シスターが言った。
「左足の皮膚が全部溶けていたと聞いたけど、全然そんな痕は残っていないわね。
私にはこんな治癒魔法は使えないわ。
冒険者という危険な職業をしているからかしら、素晴らしい治癒魔法の腕ね。
ナリート君、大丈夫だから、自分の足を見てみなさい」
僕は恐る恐る自分の足を、一大決心をして見た。
良かった、前と同じ自分の足だった。