スライムとの乱戦
ルーミエに言われたことが、すごく気になったけど、それは後で確認するしか方法がない訳で、僕はいつものように柴刈りに行かねばならない。
でも僕はルーミエに言われたことに気を取られて、周囲の状況の確認にまで意識が回っていなかった。
久しぶりに、林に行く時にみんなと一緒になってしまった。
いつもは大急ぎで準備をして、みんなが出掛けるよりほんのちょっとだけ早く出て、みんなが出かけるのとは一緒にならないようにしていたのだ。
もちろんリーダーと顔を合わせないようにである。
「ナリート、お前、まだそんな竹の槍なんて持ち歩いているのかよ。
そんなもの振り回して、何が出来るって言うんだ」
リーダーは僕の姿を見ると、即座にそうちょっかいをかけて来た。
「僕はスライムが怖いから」
そう答えながら、僕はちょっと考えてしまった。
あれっ、今の僕はスライムを怖いと思っているかな。
どちらかというと今は、今日は何匹掛かって、いくつ経験値が入るかな、って考えてしまっているし、川原のスライムの数が減っていないのを嬉しいと思っている。
それに罠に掛かるスライムを観察するために、かなり近寄って見てたりするけど、別に怖くもなくなっている。
あ、でもそれは灰で区切って、スライムが入ってこないようにしている場所だからかな。
リーダーに答えた言葉を、自分でちょっと考え込んでしまったら、何だか分からないけど、リーダーの気勢を逸らしてしまったようだ。
「ふん、相変わらず弱虫め」
リーダーはそう言い捨てて、みんなを連れて先に林に入って行った。
みんなもそんなリーダーが嫌でたまらないという感じなのだが、あと数日と我慢しているみたいだ。 リーダーの孤児院卒業はもう間近に迫っている。
なんていうか、僕が少し見ているだけでも、みんなとリーダーの間の感じが険悪な雰囲気なのが感じられる。
僕はちょっとちょっかいをかけられたけど、みんなから離れて1人で行動して良いことになっていることを、あらためて嬉しいと思ってしまった。
みんな、あと数日頑張れよ。
嫌な奴に出会ってしまったために、僕はルーミエのことを忘れていたのだけど、いつものように急いで芝刈りを終えて、中洲に行けば、否が応でもルーミエの朝の言葉を思い出して考えてしまう。
レベルが上がった気がするって、ルーミエが次のレベルになるには3の経験値が必要になるのだけど、別にルーミエは今度はスライムの討伐もしていない。
本当にレベルが上がったのだとしたら、[職業] 聖女 ということで、何か特別な経験値が入る仕組みがあるのかも知れない。
僕が知っている経験値が入る仕組みは、一つはスライムのようなモンスターを倒すと入る経験値、そしてもう一つは僕の[職業] 罠師 の特別な経験値の入り方だ。
罠師に特別な経験値の入り方があるのだから、もっとずっと特別だと思う聖女には、違う経験値の入り方があっても全然おかしくない、と僕は思った。
いったい、どんなことでルーミエは経験値を得ているのだろう、僕はルーミエがしていることを考えて、聖女という職業も考えて、あれこれ想像を膨らましてしまった。
でもそんな上の空の気分の時はやっぱりダメなもので、魚の罠にはルーミエのにはちゃんと2匹の魚が掛かっていたけど、僕の罠には1匹しか入っていなかった。
同じ場所に同じ罠を仕掛けているのに、なんで教えた僕のの方が少ないんだと、ちょっと腹立たしく思ったのだけど、原因はすぐに分かった。
僕はスライムの罠作りの方に気を取られていて、魚の罠を気をつけて見ていなかったので、僕の魚の罠に傷んでだめになっている部分があることに気づいていなかったからだった。
罠が少し壊れていたのに、1匹入っていたのは良かったと思うべきなのだろうけど、僕はどうしようかと考えた。
スライムの罠2つに、魚1匹の内臓の餌ではちょっと足りないからだ。
僕は池に放しておいた昨日の魚を1匹獲って2匹にして、やっぱりスライムの罠の餌の量をいつも通りにした。
池に放しておいたのも、ルーミエの罠で獲れた魚だから、ちょっと躊躇ったのだけど、ルーミエも僕が食べても良いと言ってくれてたから。
やっぱり罠が1ヶ所よりも2ヶ所分の経験値が入ってくるのは、その躊躇いを越えさせるだけの魅力があるんだよなぁ。
いつもなら、もう少し余っている時間をギリギリまで使って何かするのだけど、ルーミエに朝言われたことが気になるので、僕は少し早めに戻ろうとした。
もしかするといつもより早めに、ルーミエも水場で僕を待っているかも知れない。
そんな風に考えてた僕は、またしてもみんなと帰りの時間をずらしていたことを、忘れてしまっていた。
それも林の中の道で、みんなと出くわしてしまったのだ。
正確には、リーダーがみんなに荷物を一度下ろさして、もう少し追加の柴刈りをさせようとしている現場にぶつかってしまったのだ。
「もう持って帰る量は取っているよ。
今日はもうこれ以上取る必要はないよ」
「見えているのに取っていかないのは馬鹿じゃないか。
明日になれば、誰かが取ってしまった後になるかも知れない。
多く取っていって、悪いことは何もないだろ。
つべこべ言わずに言われたとおりに動け」
リーダーとみんなは、何だか揉めていて、双方とも僕の存在に気がついていなかった。
みんなは文句をぶちぶち言いながらも、リーダーの言葉に仕方なく従って、道から林の中の指示されたところに入って行った。
僕は、「なんだ、リーダーは先頭で取りに林の中に入るんじゃなくて、道の方で後ろから指示するだけなのかよ」と、その時の様子を見ながら、口の中で悪態をついた。
その時に僕は見た、リーダーが何だか嫌な感じでニヤッと笑ったのを。
僕はすごく嫌な予感がして、みんなの方を注意して見てみた。
次の瞬間、僕は荷物を放り出して、2本の竹の槍だけ持って、みんなの方に大声を上げながら、懸命に走った。
「みんな、そっちに行っちゃダメだ!
そっちにはスライムの群れがいるぞ!
こっちに大急ぎで戻って来い!」
僕の大急ぎで掛けた危険を知らせる声は、残念だけど少し遅かったようだ。
リーダーとの言い争いで、注意が少しそっちに向いていて、周りの警戒をしていなかったのだろう、それにスライムがいるところに入って行けと指示されたとは思っていなかったのだろう、僕の声が届いた時には、もう何人かがスライムの群れの中に足を踏み込んでいた。
僕の大声の警告に、みんなはびっくりして即座にこっちに逃げてこようとしていたが、自分たちの群れの中に踏み込んでこられて、スライムは怒ったようで、スライムは逃げるみんなを攻撃してきたようだ。
攻撃を受けてしまったのだろう、誰かが大きな悲鳴をあげた。
僕はリーダーのすぐ横を駆け抜けて、みんなを助けに行った。
襲って来ているスライムをどうにかしなければと、考える前に体が動いた。
一瞬だけ、僕は酸攻撃耐性が3だから、前と違って、今はもうスライムの攻撃にある程度は耐えられるはずだと考えた。
僕は逃げて来るみんなとは逆にスライムに近づいて行った。
よしスライムの核を狙ってと、槍を構えようとして、2本持っていても仕方がないことに気がついて、1本は捨てた。
僕は迫ってきたスライムを立て続けに3匹槍で刺して討伐したのだけど、それでもみんなを追いかけているスライムがいて、間に合わなくて、突き刺すのではなくて上から叩いたりもした。
叩いてスライムが死ぬ訳はなく、そのスライムの攻撃目標を、僕の方に変えさせる為だ。
僕は敏捷性も鍛えたし、レベルも2になっているから、最初のうちはスライムの攻撃をしっかり避けたのだけど、さすがに攻撃目標を自分に変えさせたりしたから、複数のスライムに攻撃されることになると、全部を避けるということは出来なくなってきた。
どうやらみんなは逃げられて、もうみんなを追っているスライムはいなくなったみたいだ。
スライムの攻撃をどうしても受けてしまうけど、今回はやっぱり[酸攻撃耐性]を 3 にあげておいたからだろうか、受けても痛みはあるけれど、受けた場所の皮膚が赤くなる程度のことだ。
僕は慎重に、スライムの数を減らしていけば大丈夫だと思った。
「ナリート、どうしたらスライムをやっつけられるんだ?」
僕が苦戦してスライムの攻撃を受けるのを見て、隣の寝床のジャンが加勢に来てしまった。 手には僕が捨てた竹の槍を持っている。
「ジャン、バカ、逃げろ!
僕はスライムの攻撃に耐性があるから、大丈夫だから」
「大丈夫じゃないだろ。 1人で何匹もは無理だよ。
僕も手伝うよ」
ジャンは真っ青な顔をしている。
凄く怖いのを我慢して、僕の加勢に来てくれたのだと思う。
「スライムは、体の中で核が動いている。 その核を突き刺せば死ぬ」
「解った!」
僕はスライムをジャンの方に行かせたくなくて、懸命にスライムを牽制した。
もう竹の槍が傷んできていて、なかなか上手くスライムを突き刺すことができない。
「ぐっ!!」
ジャンの押し殺した悲鳴が聞こえた。 きっとスライムの攻撃を受けてしまったのだろう。 でも確認している暇も今はない。
僕はまたスライムを1匹討伐した。
「やった、倒したぞ!」
ジャンも1匹倒したようだ。
2匹減って、ほんの少し僕はジャンの方も気にする余裕ができたのだが、ジャンの様子がみるみるおかしくなっている。
あ、そうだった。 初めてモンスターを倒した時って、気持ち悪くなったり、急に熱が出て倒れてしまうんだった。
僕は逃げた仲間に向かって叫んだ。
「誰か来て! ジャンが倒れてしまうから、ジャンを連れて行って」
きっとスライムと戦っている僕とジャンを見ていて、何をしたら良いのかもわからずにただ見ているだけになっていたのだろう、僕とジャンより年上の2人が倒れそうになっているジャンを助けに来た。
1人がジャンを抱えて逃げて行って、もう1人がジャンの代わりに戦ってくれた。
「中で動く核を狙って刺せば良いのだったな」
「うん、そうだけど、ジャンみたいになっちゃうから逃げて」
「そうなったら、また誰か呼んでくれ」
ジャンの代わりをした年上の1人もやはり1匹倒したけど、攻撃も受けてしまった。
僕はその後2匹倒したのだけど、最後の1匹は槍がもうなかなか上手く刺さらなくて、とても苦労してスライムに突き刺した。
そうして何とか攻撃して来たスライムを撃退することが出来た。
その後、僕は大急ぎでジャンのところにまず行って、腰から水筒を外し、ジャンがスライムの攻撃を受けた場所を水で洗って、ヒールをかけた。
同じように助けに来てくれたもう1人も水で洗ってヒールをかけた。
この2人の傷を洗うだけで僕の水筒は空になってしまったのだけど、まだ他にも何人もスライムの攻撃を受けてしまった者がいる。
そうだ、と思い出しジャンの腰を見ると、ジャンも水筒を持っていた。
ジャンの水筒の水を使ってもう2人ヒールをかけて、もう1人、自ら水筒を自分も持って来ていると言って、僕に渡してきたのがいて、その水筒の水で攻撃を受けた最後の1人の傷を洗ってヒールをかけた。
ちょっとみんなの傷にヒールをかけて治療することが出来て安心したら、やっぱり自分も痛いことに気がついた。
それで自分の傷にもヒールをかけようとしたら、どうやらそこで僕は気を失ってしまったようだ。
「シスター、ナリートが目を覚ましたよ」
ルーミエの声で完全に意識が戻った僕は、自分の寝床に寝かされていることに気がついた。
自分の寝床にいるのに、なんでルーミエが居るんだと思ったのだけど、シスターが近づいて来たので、体を起こして周りを見て、理由が解った。
隣のジャンをはじめ、何人もが寝床に寝かされていて、人数が多いので、シスターの部屋に連れて行けはしないし、シスター1人では看病の手が足りないので、きっとルーミエは特別なのだろうが、年長の女の子も看病を手伝っているのだ。
「ナリートくん、もう大丈夫? 痛いところない?」
「シスター、僕は大丈夫です。 僕はスライムの酸攻撃の耐性のレベルは上げてありますから、今ではもう大丈夫なんです」
「やっぱり肌が赤くなっていたのは、ナリートくんもスライムの攻撃を受けたのね。
それで、みんなにヒールをかけまくったんだって?」
僕はその時になって、シスターからヒールが使えることを隠すように言われていたのに何も考えずに、みんなの前でかけまくっていたことに問題があることに気がついた。
「ごめんなさい。 とにかくスライムの攻撃を受けた人を治さないとって、それしか考えられませんでした」
「それは仕方ないわ。 そのことを責めている訳じゃないの。
ナリートくんがこうして倒れてしまった訳は、ヒールをかけまくり過ぎて、ナリートくん自身の体力が尽きてしまったからじゃないかと思ったことを、ナリートくんに教えたかっただけよ」
あ、そうか、僕は今までごく軽い簡単なヒールは何度も小さい子に気付かれないようにかけていたけど、今日みたいに、自分としては全力で何度もヒールをかけたなんてことはないから、よく分からなかった。
そうか、ルーミエが初めてヒールを小さい子にかけた時に体力が尽きていたけど、僕はもっと完全に体力が尽きちゃったんだ。
「ナリートくん、食べられるなら、食堂に行けば食事が取っておいてあるはずよ」
シスターのその言葉に、僕はなんだかとてもお腹が減っているのに気がついた。
僕は普通に立ち上がり、食事をしに食堂に入って行った。
食堂に入っていくと、寝床の方ではまだ看病でバタバタしているからだろうか、そこにリーダーが居た。
僕は一気に腹が立って、リーダーに詰め寄った。
「リーダーからはスライムの群れがいるの見えてたよね。
なんでそんなところに、みんなに入っていくように言ったんだよ」
「ナリートか、何言ってんだ?
俺はそんなことは知らなかったさ」
「嘘だね。 僕はあの時、みんなが林に入って行ったら、リーダーがニヤッて笑ったのを見たもの」
僕が大声で怒鳴るようにリーダーに言っていたからだろうか、他にも食堂にいた人も、リーダーに詰め寄ってきた。
「やっぱりそうなのかよ。 俺も怪しいと思っていたぜ」
「それにリーダー、僕らがスライムから逃げて道まで来た時には、もう自分だけ逃げちゃって、あそこからいなくなっていたよね」
僕はリーダーがいなくなっていたのは知らなかった。
「ナリート、お前が変なことを言い出すからだぞ」
リーダーが殴りかかってきた。
僕はとても腹が立っていたので、今回は我慢しないで、リーダーを殴り返した。
僕から反撃されるなんて考えていなかったのだろう、リーダーは僕のパンチをまともに食らって吹っ飛ぶと完全に伸びてしまった。
「どうしたの? 何をしているの?」
騒ぎを聞きつけて、慌てた感じでシスターがやってきた。
これは怒られると、僕は覚悟した。




