ルーミエ、ヒールを覚える
その日はいつものように柴刈りをしたり、小さな子の体を洗うのを手伝ったりの仕事をする必要はないから、魚を焼いて食べた後も時間がある。
ルーミエは、「さあ次はヒールを教えてもらうぞ」と意気込んだ感じで僕のことを見ている。
ま、そうだよね、ルーミエはヒールを使えるようになりたいが為に、怖いのを我慢してスライム討伐をしたのだから。
僕が仕方ないから教えるにはどうしたら良いのだろうか、と考え始めたら、その雰囲気をルーミエは察したのか、自分から僕に訊いてきた。
「ねえ、ナリートはどうやってヒールが使えるようになったの?
シスターに教わった訳ではないのでしょ」
そう、僕はヒールが使えるようになるのに、誰から教わって使えるようになった訳ではない。
自分がヒールしてもらった時の感じを、再現できないかと試したらヒールを使えるようになったのだ。
それだから、いざルーミエにヒールを教えようと思ったら、どういう風に教えたら良いか分からなくて、考え込んでしまっていたのだ。
「うん、僕は教わった訳じゃない。
だからルーミエにどう教えれば良いのか分からなくて、今、考えてた」
「それでナリートはどうしたら使えるようになったのよ」
「僕は最初は冒険者に、その後もシスターにヒールをかけてもらったことがあるから、その時の感じを自分でもできないかと試していたら、出来るようになった。
特に、シスターにかけてもらった時は、もう自分にも魔力の項目があることが分かっていたから、かけてもらっている最中も、どういうことなのか興味があって、すごぐ集中してヒールをかけられている感じを、なんて言うのかな、すごく注意深く観察した?」
「つまり、魔力があると分かっていて、ヒールをかけてもらうと、それがどういうものかしっかりと観察することが出来て、それを再現するようにすればヒールが使えるようになるということなのね」
「なのかな?」
ルーミエにそう念を押されても、正直「そうかもしれない」としか言えない。
「ナリート、なんだか頼りない、私は絶対にヒールが使えるようになるって言ってたのに。
とにかく、私、前にナリートにヒールしてもらった時は、まだ魔力があるって知らない時だったから、凄い傷が治ったと思っただけで、どんな風だったかよく観察なんてしてない。
だから、もう一回、私にヒールを使って。
今度は注意して、どんな感じ何だかを観察して覚えるから」
ルーミエは怒ったように、そう言ったけど、そう言われても教え方なんて分からないのだから仕方ないじゃんか。
「ルーミエ、ヒールを使ってと言うけど、ヒールを使うには傷がないと使えないだろ」
「大丈夫、さっき足を打つけて、擦り傷作ったから、そこにヒールをかけて」
「馬鹿、ルーミエ、何をやっているんだ?
だから言っただろ、はしゃぎ過ぎるなって。
さっき僕がルーミエを見て分かったこと、ちゃんと教えただろ。
ルーミエは今は体力や、健康の状態が悪いから、少しのことでも死んじゃうんだぞ。
だから自分でも自覚がなくても、自覚がないのが本来はおかしいのだと思うのだけど、しっかり気をつけていないとダメじゃないか」
僕が急に本気で怒り出したから、ルーミエは驚いて、意気消沈してしまった。
「ごめんなさい。
でも、あたし、ヒールが使えるようになると思ったら、嬉しくて、飛び跳ねずにはいられなかったの」
僕はあまりに急激にルーミエが大人しくなってしまったので、ちょっと可哀想な気がしてしまって、少し気を使って言った。
「解ればいいよ。
まあ、確かに、今は傷があるなら、ちゃんと治さないと問題だし、ちょうどいいや。
傷を見せて見ろよ、ヒールをかけるから、ちゃんと注意深く観察しろよ」
僕がルーミエの擦り傷を見てみると、ちょっとした傷で、傷口が汚くなってもいなかった。
それでも川の水で傷口を洗ってから、ヒールをかけてやった。 小さな傷だ、僕のヒールでも簡単に完全に治った。
「うん、今度はヒールをかけてもらっている時、注意深く観察していたというか感じていたから、なんとなく分かったような気がする。
これを自分で再現するようにすれば良いのね。
自分が受けたのを、逆に与えるようにすれば良いのよね」
なんだかルーミエの言う言葉は、ちょっと不吉なモノを含んでいるような気がしたのだけど、間違ってはいない気もしたので、僕は曖昧に答えた。
「うん、そんな感じかな?」
「それでナリートはどうやって再現を試してみたの?」
「一番最初は、自分の傷にヒールをかけて、試してみた。
それから後は、小さい子を洗うのを手伝っていた時に、ちょっとした怪我をした子がいたら、分からないように治して、練習してた」
「それで、最近は小さい傷が痛いって言う子がいなかったのか。
でもとにかく、最初は自分の傷にヒールをかけて試す」
ルーミエは自分のどこかに傷がないかを探しているような素振りを見せたけど、今傷を治したばかりだ、ある訳が無い。
「今、あたし、どこにも傷がないや。
どこか、ちょっと傷つけて試してみようかな」
「ルーミエ、さっき傷を作るようなことをしてはダメだって怒ったばかりだろ。
自分にわざと傷を作って良い訳ないだろ」
「でも、それだとヒールが使えるようにならないよ」
僕はここで押し問答をしても無駄だと思ったので、左手の甲にナイフでそのままにしておいてもすぐに治るくらいの小さな傷を付けた。
「ほら、僕のこの傷を治してみろよ。
これなら良いだろ」
ルーミエはちょっと困ったような顔をしたけど、なんとなく諦めたようで、僕がルーミエの擦り傷を治してあげた時の真似をして、僕の傷に手を翳して「ヒール」と唱えた。
僕はルーミエが簡単にヒールを習得できるとは考えていなかった。
というより、そんなに簡単に習得されてたまるかというような気分だった。
僕は最初に冒険者さんにヒールをかけてもらった時は、靴が溶けてしまって使い物にならなくなるほどのスライムの酸で足を溶かされて、もの凄い痛みの中でヒールをかけてもらった。
だから最初の時は、魔力は分からなかったけど、ヒールが利いて痛みが引いていく感覚は鮮明に覚えた。
2度目にシスターにヒールをかけてもらった時も、リーダーに殴られた後で、最初のスライムの時から比べればその痛みは全然大したことはなくて我慢出来る範囲だったとは言っても、やっぱり殴られてかなり痛い思いはして、それでヒールをかけてもらったのだ。
そんな僕に比べてルーミエは、最初はちょっと指を切ってしまっただけだし、さっきは少し擦りむいた程度の傷だ。
そのくらいの小さな傷だから、僕のヒールでも全然問題なく治った訳だけど、そんなほとんど痛みもない程度の小さな傷の2回分の経験で、僕がすごい痛い思いを経験して覚えたヒールを簡単に習得されてたまるか、という気分だったのだ。
ところがどっこい、ルーミエのヒールで僕の左手の甲の小さな傷は、あっさりと直ってしまった。
「あ、出来た。
魔力があると分かっていると、ヒールって意外と簡単に出来るんだね」
僕はがっかりしたというか、さすが聖女と言うべきか、なんだか拍子抜けしてしまった。
僕とルーミエはそれから少し、傷薬になる草を採って、孤児院に戻った。
僕は行きと同じに、いやそれ以上に帰りは上機嫌なルーミエが、またはしゃいで転んだりしないかと心配したけど、ルーミエは僕に本気で怒られたからか、行きの時のようにはしゃいで怪我をするようなことはしなかった。
僕はちょっと安心して、傷薬になる草を売る為に綺麗に干す道具を次には作らなくては、と考えたりした。
孤児院に戻った僕たちは、採ってきた傷薬になる草を渡すためにシスターを探した。
草を渡して、僕たちがちゃんと無事に戻っていることをシスターが確認すれば、それで十分だと僕は思っていたのだけど、ルーミエはシスターに言った。
「この草以外の役に立つ草も、もっとちゃんと覚えたいので、また本を見せてください」
僕も意外だったのだけど、シスターもルーミエが積極的にそう自分から言ってくるのは意外だったみたいだけど、それならとルーミエを自分の部屋に招いた。
シスターは僕に対しても視線で「一緒に来なさい」と指示してきたから、僕も仕方なく付いて行った。
シスターの部屋に行くと、ルーミエは自分でシスターの部屋の扉を閉めると、シスターに言った。
「シスター、あたしもナリートが言うとおり、ヒールが使えるようになりました」
そうか、ルーミエはそれをシスターに言いたくて、シスターの部屋に来たかったのだなと僕も理解した。
シスターは驚いた顔をして、僕に「本当?」と視線で訊いてきた。
僕は頷いて、ルーミエの言葉を肯定した。
「一体どうやって覚えたの?
ナリートくんが使えるようになったというのだって、嘘じゃないと分かってはいるけど、半信半疑な気分だったのに」
「えーと、ナリートにもう一度怪我していたところにヒールを使ってもらって、その時にそれをよーく観察して、それを再現しようとしたら使えました」
「ええっ、そんなに簡単に使えるようになったの?」
シスターは本当に驚いたという声を出したので、逆に僕はシスターはどうやってヒールが使えるようになったのかを訊ねた。
「私の場合は、教会のシスター養成学校に入ってから、まずは魔力が自分に存在していることを感覚的に掴むことから始めて、そのあることを確認した魔力を手に集める練習をして、そうしてから先輩がヒールで治療するのを見学したり、自分にもかけてもらってその感覚を覚えたり、それを再現するのに仲間とかけあって、互いに先輩にかけてもらった時の感じとの違いを確かめ合ったり、自分自身にもかけて確かめたり、そんな風に随分と時間がかかって、やっとまともにヒールを使えるようになったのだけど。
ルーミエちゃんの場合は、かけてもらって感覚を覚えることしかしないで、それで使えるようになっちゃったんだ。
ま、ナリートくんも、きっとそうなのでしょうけど、まだナリートくんの方が納得できるのよ。
とても酷い傷を負って、それで強いヒールをかけてもらっているから、ヒールを感覚的に覚えるというのも、しっかりと覚えられるような気がするのよね。
冒険者でヒールを後から覚えたという人は、そういう人が多いと聞いたことがあるから、それでもまだ納得できるのよ。
でも、ルーミエちゃんの場合は、ごく軽い傷に対してのヒールしか経験してないのでしょ。
それでヒールが使えるようになってしまうのって、やっぱり本当に聖女なのね」
僕はシスターの言葉を聞いていて、自分も最初に試して自分に使ってみた時には、自分の体内の魔力を手に集めるようなことをしていたことを思い出した。
僕はそんなことも、ルーミエに教えようとした時にはすっかり忘れていて、教えるべきことだったと、全く気づかなかった。
うん、よくルーミエはこんなで、ちゃんとヒールが使えるようになったな、と僕はあらためて思った。
やっぱり [職業]聖女 だからなんだろうなぁ、シスターの言うとおり。
ルーミエはシスターのその言葉を聞いて、慌ててなんだか弁解した。
「シスター、でも、あたしが出来たヒールは、シスターのヒールと違って、ずっと弱いと思うの。
ナリートの本当に小さな傷を治すことが出来ただけで、シスターのようにはとても治せないと思う。
だから、ちょっとだけ出来たというだけで、実際には役に立たないかもしれない」
シスターは少し微笑んで言った。
「最初はそんなものよ、使っているうちに段々大きな傷も治せるようになっていくわ」
ここでシスターは姿勢を正して言った。
「これはルーミエちゃんだけじゃなくて、ナリートくんにも言っておくのだけど、ヒールが使えるからと言って、それをみんなにひけらかす様に使ってはダメよ。
2人ともヒールが使えることは、誰にも言わないで秘密にしていること。
私だってヒールを使えることは、あまり周りに見せてはいないでしょ。
シスターでもヒールを使える人と使えない人がいるのよ。
ここでは私がヒールを使えることを、あなたたち以外にはっきりと知っているのは、神父様しかいないわ。
ヒールに限らないけど、魔法を使えるということは、とても便利だし、時にはすごく重大なことなのだけど、逆に危険を招くことも沢山あるの。
だから普通は魔法が使えることを、周りには知らせないようにするのよ。
ちょっと火を付けたりする生活魔法と呼ばれる簡単な魔法くらいね、普通に誰が使えるのかを周りに知られても構わないのは」
「はい、分かりました」
ルーミエは殊勝にそう答えたけど、僕は怪しいと思った。
ルーミエなら誰かがちょっと怪我したりしたら、周りも構わずにきっとどんどんヒールを使うだろう。
僕だけじゃなくて、シスターも怪しいと思ったようだった。
「ルーミエちゃんだけでなく、ナリートくんもだからね。
それからナリートくんには、ルーミエちゃんにヒールを教えた責任をとってもらって、ルーリエちゃんがところ構わずにヒールを使わないように監視する役目も与えるわ。
そうすればルーミエちゃんも、目立ってしまうところでヒールを使えないだろうし、ナリートくんも自分でも使わないわよね」
何だか重要な責任をシスターから押し付けられた気がする。




