一応理解してもらえた
シスターは椅子から立ち上がったまま、頭の中で色々と考えているようだ。
何も言わず動かず、瞬きだけが忙しなく繰り返されている。
ルーミエは、なんだかぼうっとした感じで、こちらも何か考えているようだ。
僕は声をかけることも出来ずに、とにかくシスターの考えがまとまるのを待った。
「ふうっ」
シスターは、そう大きく息を吐き出すと、椅子に座り直した。
「ナリートくんが嘘を言っていないことは、私には分かるけど、私にはルーミエちゃんの職業がなんなのかは分からない。
だから、ルーミエちゃんの職業が本当は聖女なのか、それともナリートくんがそう思っているだけで、やっぱり村人なのかも分からない。
だけど、村人と神父様が言ったナリートくんが、ヒールを使えるのは確かなのだから、ナリートくんは村人ではないことは確実だから、ルーミエちゃんがナリートくんが言うように、村人ではなくて聖女である可能性は高いと、私も思うわ。
ちなみに、聞きそびれてしまっていたけど、ナリートくんが自分で見た、自分の職業はなんなの?」
「僕は、罠師になっています」
シスターはちょっとだけ眉を顰めて考えてから言った。
「なるほど、もしかしたらそういうことか」
「何がそういうことなんですか?」
「神父様がナリートくんのことを、村人って言ったことについてよ」
「えーと、どういうことですか?」
「あのね、もしかすると神父様は、ナリートくんを見て、罠師というのを見て、その上でわざと村人って言ったのかもしれないわ。
罠師というのは、たぶん罠を仕掛けて獲物を獲る猟師さんなんかのことだと思うけど、罠師とだけ聞いたら、他のことを想像する人もいるかもしれないでしょ。
もしかしたら、罠を仕掛けて、人を陥れることを職業としていると思われるかもしれないじゃない。
職業の中には、実は危ない職業を持っている人も、数は少ないけどいるのだと、私も習ったわ。
罠師というのは、そういう危ない職業だとは私は思わないけど、そういう危ない職業の一つだと思われてもおかしくない名前の職業ではあると思うの。
それだから、それが多くの人に知られると、ナリートくんはもしかしたら危ない職業の人かも知れないっていう目で、周りの人から見られてしまうようになるかもしれない。
それだったら、本当の職業を知らせず、無難な村人とか、農民とかと告げておいた方が良いと考えたのかも知れないわ。
神父様がナリートくんを見た時、ちょっと考える仕草をして、ナリートくんの職業を言うまでに間があったわ。
私はそれが、ナリートくんは実は家名持ちで、名前もナリートではなくてナルヒトが本当だったからだと思っていた。
それも確かにあったのだけど、もしかしたらナリートくんの職業を見て、何て言おうか考えていたのかもしれないわ」
なるほど、確かにそういう可能性もあると僕も思った。
罠師って、猟師の一種だろうと漠然と思っていたけど、悪く考えてみると、確かに他人を陥れたり、蹴落としたりする悪どい人っていう感じでもあるものなぁ。
そういう見方もあるんだと気がついたら、僕は神父様は何故違うことを言うんだと心の中で怒っていた気分は無くなって、感謝する気分になった。
でも、それならルーミエの場合はどうなのだろう、聖女はそんな悪く取れるような職業じゃない。
「でも、ルーミエは?」
「ルーミエちゃんがもし本当に聖女だったら、答えはもっと簡単でしょ。
聖女なんて、私も驚いて椅子から落ちそうになるような職業よ。
もしそんなことが多くの人に広まったら、ルーミエちゃんは誰からも特別扱いされてしまうようになるわ。
もっと大きくなってからならば、聖女という特別な職業の力を使って、人の為になることをして欲しいって私も思うけど、今現在のルーミエちゃんが特別扱いされることが、ルーミエちゃんに取って良いことだとは私は思わないわ。
そう考えれば、ルーミエちゃんの職業を偽って、村人と言うのは、ナリートくんよりももっと当然のことじゃない」
うん、確かにその通りだ。
「神父様に確かめたいけど、きっと神父様は答えてくれないだろうなぁ」
シスターは自分の頭の中の考えにちょっと没頭しちゃっているようだ。
僕らに聞かせる必要もないことまで口にしてしまっている。
「おっと、話を戻すわ。
ナリートくんは、ルーミエちゃんは職業が聖女だから、絶対にヒールが使えるようになると考えて、ルーミエちゃんにスライムを討伐させたのね」
「はい、シスター、私がナリートに頼みました。
レベルを上げるために、スライムを倒したいって」
シスターはちょっとやれやれという顔で僕の方を見た。
「でも、ナリートくん、危ないということが分かっていて、今することではないでしょ」
「シスター、確かに僕は、ルーミエのレベルが上がればルーミエは絶対にヒールが使える、それも僕なんかよりずっと強力なヒールが使えるようになると思っているけど、今回ルーミエにスライムを倒させたのは、別にヒールを使えるようにしたかったからじゃないです」
「えっ、それじゃあ、あたし、なんのために怖い思いしたの?」
あ、ちょっとルーミエ黙っていて。
シスターも少し険しい顔になっちゃったじゃないか。
「それじゃあナリートくん、何の為にルーミエちゃんにスライム討伐をさせたの?」
「僕、見えてしまっていたんです。
ルーミエのことが僕、見えたのですけど、その中に[体力]とか[健康]という項目もあって、それが見えたら、ルーミエが今にも死にそうなのが分かっちゃって、それでレベルを上げれば、少しは良くなるかと思って、大急ぎでレベルを上げるためにスライムを討伐させたんです」
僕はなんでか分からないけど、別に泣きたいと思っていた訳じゃないのだけど、胸の中の気持ちが溢れて来ちゃって、そうシスターに言った途端大泣きしてしまった。
その僕の様子に、シスターとルーミエは驚いていた。
僕は自分でもそんなつもりではなかったのだけど、大泣きを止められずにいるとシスターが抱きしめて頭を撫でてくれた。
少しそうしていると、だんだん僕は落ち着いてきた。
僕が落ち着くとシスターはコップに水を入れて来てくれて、僕に飲ませてくれた。
そんな僕を、何だか驚いたような、心配するような感じで見ていたルーミエが言った。
「別に私、いつもと同じで、死にそうじゃないよ」
「それがもうおかしいんだよ。
そこまで体が弱っていたら、自分でも問題に感じて当然なのに、ルーミエは今の調子が普通だと思っちゃっている。
だから、ほんのちょっとでも調子が良いと感じると、勝手に小さい子に自分の食べ物を分けたりする。
最初に魚を食べた時がそうだった。
だから、ちっとも状態が良くならなくて、この前指を切ったら、たったそれだけで[健康]が、とても危険な状態に戻っちゃうんだ。 やっと、『とても』が取れたと思ったのに」
「もう今は約束して、魚を食べた後も、他の子にあげることはしないで、ちゃんと自分で食べてる。
ナリート、前のことを言うのはずるい。
それに、私はそんなこと分からないもの」
「今はシスターの質問にちゃんと答えただけだよ。
ルーミエは自分のことが見えないみたいだけど、自分の健康状態なんて見えなくても分かるはずなのに、調子が悪いのが普通だと思い込んでしまっているんだよ。
それが問題なんだよ」
僕とルーミエがなんとなく口喧嘩みたいになっているのを、聞いていたシスターが言った。
「えーと、ナリートくんには、ルーミエちゃんのことが自分のことのように見えているのね。
その見えていることの中には[体力]とか[健康]という項目があって、そこに見えている内容が、とても悪いということなのね。
具体的にはどんな風に見えているの」
「ちゃんと教えると、こんな風に見えます」
僕はきちんと見えている内容をシスターに教える
[体力] 1
幼児の体力
現在とても危険な状態。 ちょっとした病気・怪我でも、すぐに死んでしまう状態。 このままでは確実に死亡する。
[健康] 1
栄養失調。 極端に栄養が足りていません。
警告・寄生虫に酷く犯されています。
シスターはこの内容を聞いて、
「なるほど、ナリートくんが焦って色々した理由は理解できたわ」
と言って、また考え込んで黙ってしまった。
ルーミエも自分の状態を聞いて、その状態の悪さに、驚いたけど、ちょっと納得していない感じだ。
「確かにルーミエちゃんの状態は、そんな感じかも知れないと、色々振り返って考えてみると納得できるわ。
つまり大問題はルーミエちゃんは極端に体力がなくて、その原因は栄養が足りてないことと、寄生虫に酷く犯されているということなのね。
さっき魚がどうこう言っていたのは、それでの話なのね」
あっ、魚を川で獲って食べていることも、シスターには教えていないことだった。
「あの、僕、自分で罠師という職業だと知ったら、罠を作って何か獲ってみたいなと思っちゃって、危なくなくて獲れる獲物ってないかなと考えて、川の魚なら獲れるかなと試してみたら、上手くいったんです。
それでせっかく獲れたんだからと思って、焼いて自分で食べていたので、その魚を何回かルーミエに食べさせたんです」
「ルーミエちゃんの栄養不足を少しでも補おうと考えたのね、それは分かるわ。
ナリートくんが魚を獲って食べていたことは驚いたけど、納得できることでもあるわ。
ナリートくん、自分では気づいていないかも知れないけど、ここのところ急に体が少し大きくなって、逞しくなってきたもの。
でもね、魚は生で食べると危ないこともあるのよ。
毒のある魚はこの辺の川にはいないと思うから、大丈夫だと思うけど」
「いえ、生では食べてません。
さっきも言ったけど、ちゃんと焼いて食べているから、大丈夫」
「シスター、ナリートは自分で魔法も使わずに火を点けられるんです。
そうして焚き火で焼いてくれるんです。
その前に、魚の内臓を取り出したりもしているけど」
「あら、焼いて食べていたの、よく火を点けることが出来たわね。
それに火を使って煙が出たら、何事かと思われてしまうわよね、大丈夫だったの?
あなたたちだけが魚を食べていることを知られたら、騒ぎになるでしょ」
シスターはそこにすぐに気がついたみたいだ。
ルーミエは、「あっ、それでか」という顔をした。
「元々、川の周りはスライムがたくさんいるから、みんなは近寄って来ない場所だし、煙は周りにそれで気が付かれないように、上に木の枝が被さって煙を散らしてくれる場所で、なるべく小さい焚き火で焼くことにしているから。
だから誰にも気が付かれてはいないと思う」
「ちゃんと考えてはいたのね。
うーん、ナリートくんたちだけが魚を獲って食べるというのは、問題があるのでしょうけど、今はとりあえず黙認ということにしておくわ。
そのことはもう少しゆっくり後で考えましょう。
あとルーミエちゃんの問題は、寄生虫ね」
「シスター、それルーミエだけでなくて、僕もなんです。 僕よりルーミエの方が酷いみたいですけど。
でも僕はそれをどうしたら良いのか分からないんです」
「うーん、寄生虫か。
私もどうしたら良いか分からないから、聞いたり調べたりしてみるわ。
でも1番の問題は、たぶん食べ物が足りていないのね。
今よりも食べ物を得るのにはお金が必要だけど、ここにはお金がないからなぁ」
シスターがとても困った顔でそう言ったので、僕はちょっとチャンスだと思って言った。
「この間、話ていたみたいに、僕とルーミエが薬を作る草を採って、きれいに干せたら、本当に売ることが出来ますか?」
「きっと出来ると思うわよ」
「それじゃあ、僕たち、それを頑張ります。
そうしてお金が出来たら、スープに肉を入れられるかも知れないですよね」
「そうね、そうなると良いわね。
私も何かお金を作ることを考えてみるわ。
シスターがお金儲けを考えるのは、ちょっと問題があると思うけど、そんなことは言ってられないから」
この後もう少し話をして、ルーミエはまだシスターの部屋で体を休めることになった。
僕はそれに安心したのだけど、ルーミエはその日はシスターの部屋で静かにしていたのだが、翌日僕が外から戻り、小さい子を洗ってやるために水場に行くと、そこにルーミエは居た。
どうやらルーミエはシスターの部屋に1人で静かにしていることが嫌で、子どもたちが体を洗う手伝いはもう出来ると、それを口実にシスターの部屋から出て来てしまったのだ。
シスターも、ルーミエが気分が悪くなって倒れたり、熱が出たりしたのはレベルが上がったせいだと知っていたから、仕方ないと許してしまったようだ。
「それにしても、ナリートくんは良くなるのに数日かかったのに、ルーミエちゃんは随分と簡単に良くなっちゃったわね」
「シスター、僕も次の日には良くなりました。
でも僕は、最初レベルが上がった時に、自分のことが見えるようになったので、それを見るのに夢中になったり、見えたことの意味を考えたりするのに忙しくて、ちょっと普通じゃないようにシスターには見えたんだと思います。
それでシスターがなかなか僕のことを、みんなのところに返してくれなかっただけです」
「あら、そうだったの。
あの時は私は、ナリートくんが熱を出したことと、スライムに溶かされたりした影響で、色々と頭も混乱しているのだとばかり思っていたのよ。 それだから、少し安静にさせておかなくちゃダメだと思ったのだけど。
そういった訳じゃなくて、必要なかったのね」
ルーミエが急いでシスターの部屋を出たのには、大きな理由があった。
その次の日は、元気ならルーミエは僕と一緒に村の外に出る日になっていたので、ルーミエはなんとしても、その前日にもう自分は元の状態に戻っているとアピールする必要があったのだ。
僕としては、一緒に川に行ければ、ルーミエにきっと魚を食べさせることが出来ると思うので、ルーミエの栄養状態を少しでも良くするために、それは歓迎なのだけど、ルーミエは魚を食べることよりも、袋を完成させたり、罠を作ったり、薬になる草を採るチャンスを一回でも逃すのが嫌だったみたいだ。
ま、川まで往復するだけだって、体力が改善する助けになるかも知れないからね。
レベルが上がっても、何もしなけばそのままで前と変わることはないのだから。
レベルが上がっても、何もしなければ意味がないと分かったことは、僕が自分のことが見えるようになってからの、1番の発見かも知れない。
もし、自分のことが見えてなくて、見えるところの解説も読めなければ、僕はそんなことには気が付かなかっただろうと思う。




