初めての討伐は
7歳になって、神父様に職業を見てもらったって、何かが変わる訳ではない。
こんな小さくて痩せっぽっちの男の子が任される仕事は、そんなに種類がある訳ない。
僕はいつものとおり、紐と小さな背負子を持って、自分たちが住んでいる村からちょっとだけ離れた林に入って行く。
落ちている枝だとかの、燃える物を拾うためだ。
僕たちの住んでいる村は、その周りをぐるっと石の塀で区切られている。
僕たちが出入りする部分には門が作られていて、朝、日が出て周りが見えるようになると開けられて、夕方、周りが見えなくなる前に閉められてしまう。
そしてその塀の周りは少しの距離だけど、その距離の中は何もない。
わざと土と石しかない土地を作っているのだ。
僕たち村の子どもたちが、大人たちから最初に教わる仕事は、その塀の周りにどうしても生えてくる草を、本当に小さいうちに抜いて捨てることだった。
それは子どもだけに限らず、大人でもそこに草を見つけたら、必ず即座に抜いて捨てるのが決まりになっている。
なぜそんな何もない土地を作っているかというと、それは最強最悪のモンスターであるスライムを防ぐためである。
スライムは何でも食べてしまう、とても厄介なモンスターだ。
そのスライムは討伐しても、プルプルした半透明の体が消滅するだけで、何も残すことがない。
それだからスライムを討伐しても、その討伐を証明することができないから、スライムの討伐に賞金が出ることはない。
もし賞金が出ることとなったら、いくらでも嘘の申告が出来てしまうからだ。
実際には、時々増えすぎたスライムを討伐するということもあるらしいのだが、その時は討伐を見届けて、しっかりと確認する正式な係がついての討伐となり、おいそれとあることではないらしい。
そしてスライムの討伐は、冒険者から嫌われるらしい。
それは何故かというと、スライムの体に突き刺すと、剣や槍などがあっという間に劣化してダメになり、全く割りが合わないからだという。
スライムが何でも食べると言っても、そこにはやはり好き嫌いはあるらしい。
動物や、食べれるなら他のモンスターなんていうのは、それこそ集まって喜んで食べる。
その次に好むのは草で、木、そして土や岩ということになる。
流石にスライムでも他に食べ物があるのに、土や岩を食べようとは思わないらしいのだ。
それだから、土や岩などしかないある程度の広さの境を作れば、その境をスライムは他に何か理由がない限り、超えて移動することはないのだ。
スライムがまあ一言で言って肉類の次に好む物に、人間の作る作物というものがある。
スライムにしてみれば、柔らかく均一な食べ物がかたまってある訳だから、それを見つければ集まって大いに食べに来るのは当然なのかもしれない。
しかし作っている人間にとっては、たまったものじゃない。
せっかく丹精込めて作った作物を収穫前に何もかもあっという間に食べ尽くされたのでは、生きて行くことが出来なくなる。
そこで村は石を積んだ塀を作って、村を守り、境界としてその周りに何もない地帯を作っているのだ。
石を積んだ塀というのは、もう一つのありふれたモンスター、一角兎への備えの意味の方が強いのだけどね。
何しろスライムは隙間があれば、入ってきてしまうから、石を簡単に積んだだけでは防げないから。
だから村は家も畑も何もかも全てが、その塀の内側にある。
そして内側は隅々まで利用されている。
そうすると、もちろん境界の内側に林なんてある訳がなくて、日々使う燃料はその境界の外にある林まで取りに行かねばならないこととなる。
それが僕たちの仕事なのだ。
境界の外に出ての仕事だから、大きな危険があるかというと、そんなことはない。
いくら親がいない孤児院の子どもだとはいえ、子どもに大きな危険があることをさせるはずもない。
スライムは最強最悪のモンスターだとは言っても、個々のスライムは動きも遅く、子どもの足でも容易に逃げることが出来るのだ。
それに普通は、こちらからちょっかいを出さなければ、襲ってくることもない。
だいたいにおいて、林の中やその周りなんて、草もたくさん生えている訳で、スライムにしても、まあ僕ら子どもを危険な存在と見るとは思わないけど、わざわざ襲う必要もないのだ。
他に美味しい食べ物が簡単に手に入らない状況ではないのだし、きっと腹も空いてはいないのだろうと思う。 透明なプルプルだから、よく分からないけど。
そんな訳で、僕たちは林に行くと、よく周りを確認して、1匹や2匹のスライムならば、その居る位置からある程度距離をおくことだけに気を付ければ、危険もなく仕事が出来るのである。
1人で仕事に行っても、そんなものだし、数人で行けば、順番に誰かが周りを見張るようにすれば、もっとずっと安全になる。
その方法は僕たちがこの仕事を任されるようになる時に、大人から教えられて、なるべく1人ではなく数人で一緒に仕事をするように言われたのだ。
「ナリート、そろそろ行くぞ、早くしろ」
2歳年上の今のリーダーが僕に、急げと言う。
僕はちょっとだけ困ったように、答える。
「今日は1人で仕事する。 昨日みたいに、みんなにまだ迷惑掛けちゃうから」
僕は昨日で懲りてしまったのだ。
やはり三日間高熱でうなされて、それからまた三日間もシスターの部屋に閉じこもっていることを強要されたからか、元から体力のなかった僕は今は本当にヨレヨレで、みんなの動きに全くついていけなかったのだ。
みんななるべく早く、柴刈りの仕事を終えてしまいたいと頑張っているのに、僕1人がノロノロしているから、事情が分かっていて、シスターから注意も受けているから、直接には何も言われはしないけど、僕に対してイライラしている気持ちを痛いほど感じてしまったのだ。
一緒に行けば早く終わらせるには僕の分の仕事もしなければならないし、行き帰りもゆっくりになってしまう。
早く終わらせて一分でも遊ぶ時間が欲しいみんなに、そんな僕はとても嫌がられているのは当然だと思う。
当然そのみんなの気持ちもわかっているリーダーは、ちょっと考える顔をしたけど、すぐに
「分かった。 1人だと、周りにいつもより注意しろよ。
油断したら危ないからな」
と僕に注意だけを言って、他のみんなを率いて駆けて行ってしまった。
きっと自分も本音では急ぎたかったのだろう。
僕はみんなから少し遅れて、自分の背負子と紐を持って林に行った。
落ちている小枝を探す場所は、毎日少しづつ変えて、そしてまた最初に戻るのが当たり前だけど基本だ。
でも僕はみんなと一緒のところで、それで一人離れて仕事をするというのも嫌なので、
ちょっとだけ離れた場所に入って行った。
とは言っても、一人で林に入るのだから、完全に人目につかないところは不安なので、
みんなが居るところから程近く、なおかつ道からも見えそうなところで拾うことにした。
前の前の夜、つまり僕がみんなと同じ部屋に戻って、塀の外に出ることを許される前の夜は、少し風が強かったのを僕は知っていた。
それはシスターの部屋で大人しく寝ていなければならない時間を過ごした後だったし、中の仕事しかしてないからか、あまり眠くなくて、夜中も時々目が覚めてしまったからだ。
普段だったら、毎日夜は疲れていて、少しくらい風が強かろうが何だろうが寝床に入れば、僕もみんなと同じでほとんど目を覚ますことなんてないので、よく判らないのだけど。
僕の思ったとおり、何日か前にみんなが拾ったであろう場所なのだけど、そんなに苦労しないで、僕は落ちている枝なんかを、背負子に紐でくくりつけられる分を集めることが出来そうだった。
正直まだ、元々あまりない体力が戻ってないから、落ちている枝がなくて場所を変えたり、広い範囲を探し回る必要がなくて、僕はほっとした。
背負子に括れるほぼ限界まで集められなければ、夕方暗くなる寸前まで、探し回らねばならないから、そうなるとすごく大変なのだ。
その安心感が油断を生んでしまった。
僕は枝が落ちていることばかりに気を取られて、モンスターに対する警戒をつい忘れてしまった。
もちろん道から林の中に入って行く時には、一人だから普段以上に十分警戒して、慎重に辺りの気配をうかがってから入ってきたのだけど、思っていたとおりというか、狙い通りに枝が落ちていることに安心して、それを喜んでいて、枝を拾うことだけに注意が集中してしまい、モンスターへの警戒を忘れてしまっていた。
僕が少し斜面の上にある落ちた枝を取ろうとして、上の方に踏み出した足を、少し後ろに下がろうと、何気なく足を置く場所を確認せずに後ろに引いた時だった。
僕は何かグニャっという感触を感じて、瞬時に「しまった!!」と思ったのだが、思った時にはもう遅かった。
後ろに戻した足に、その次の瞬間僕は激痛を感じた。
僕は全く不用意に、後ろに下げた足で、1匹のスライムを踏みつけてしまったのだ。
スライムを踏みつけてしまえば、プルプルしたスライムだから、容易にそのスライムを踏み抜いてしまう。
だけど、そのくらいのことでスライムは死なないし、スライムの体液は剣や槍さえダメにするのだ、僕の靴や足なんて簡単に溶かしてしまう。
激痛は、きっと靴だけでは済まず、僕の足の表面までスライムの体液が溶かしたからだろうと、まだ幼い僕でも一瞬で理解できた。
僕は体を横に投げ出して、スライムから逃げた。
というか左足が激痛で、それ以外の動きが僕には出来なかったのだ。
スライムからほんの少しだけ距離ができたろうと思ったのだけど、実際は手を伸ばせば届く位の距離しか離れていない。
僕は、僕が踏みつけたスライムがそのまま逃げてくれるのを願ったのだけど、踏みつけられたスライムは怒っていて、逃げる気など全くなく、それよりも僕を襲って、踏みつけられた復讐として、僕のことをエサにする道を選んだらしい、僕が体を投げ出して離れたと思ったら次の瞬間にはもう僕に向かってスライムは飛びかかって来た。
普段の動きの遅いスライムでも、戦いの時には飛びかかる程度のことはするのだなと、ほんの僅かに思ったのだけど、僕は何もまともに考えることはできずに、咄嗟に拾った枝の尖った方を飛びかかってくるスライムに突き出した。
スライムはその枝に突き刺さったかと思ったら、急にプルプルした形が完全に崩れて、枝の先から下に水が溢れたようになって落ちていって、何となく落ちて行ったところの草が濡れた感じになっている以外、何もなくなってしまった。
僕はスライムを踏みつけて、一瞬激痛を感じた時から後は、その痛みを意識している暇がなくて、痛みを忘れていたのだけど、とりあえずスライムのエサに自分がなる恐怖から脱することが出来たと思ったら、次の瞬間には忘れていた激痛が襲ってきた。
あまりの痛みに、動くことも声を出すこともできない。 左足の痛い部分の上を、両手でギュッと掴んで、ただ痛みに耐えて転がってじっと我慢していることしかできない。
僕はかなり長い時間、そうやって我慢していたような気がしたのだけど、本当はごく短い間だったようだ。
僕は知らない大人の男の人から声を掛けられた。
「おい、坊主、どうした? 大丈夫か?」
そんなこと聞かれたって、激痛を我慢している僕がまともに答えられるはずがない。
僕は唸り声しか出せない。
僕の様子を見た、その知らない男は言った。
「大丈夫だ。 今、痛くないようにしてやるからな」
そういうとその男は、皮の手袋を着けると、僕の半ば溶けてしまった靴を脱がしてくれて、半分爛れて剥け落ちてしまった僕の足に、腰に付けていた水筒の水を掛けて流してくれた。
それだけでかなり痛みが減ったのだが、その後で男は
「俺はあまり治癒魔法は得意じゃないのだけど、スライムに少し溶かされた程度の傷なら俺にも治すことが出来るだろう。
もうちょっとだけ我慢してろ、坊主、すぐに完全に痛くなくなるからな」
そう言って、男は僕の痛い左足に両手を翳すと、「ヒール!」と唱えた。
そうすると僕は初めて魔法が使われるのを見たのだが、みるみる僕の足は治っていって、元の足に戻った。
痛くなくなった僕は、その男の人にお礼を言った。
「おじさん、ありがとう。 もう痛くなくなったよ」
「おじさん? まあ、この年頃の子どもから見たら仕方ないか。
それよりも、これはスライムにやられたんだな、坊主。
そのスライムは何処に行った?」
その男の人は、口調を急に変えると真剣な調子で言った。
僕は何だか悪いことをしたのを咎められたような気がしてしまい、さっきお礼を言った時の調子とは全く違う、怯えた調子で答えた。
「スライムは、飛び掛かって来たのだけど、僕が枝を突き出したら、それにぶつかって、そうしたら急に水になって消えて無くなっちゃった」
「そうか、お前は運良く偶然だけどスライムを1匹討伐したんだな」
急に男は少し張り詰めていた感じを崩して、それでももう一度辺りの気配を探ってから、今度は快活に言った。
「うん、この辺りに他のスライムなどのモンスターの気配はないな。大丈夫だ」
その言葉に安心したからだろうか、僕は何だか熱を出して寝込んでしまった数日前と同じ様に、また頭が何だかグルグルしているのを感じた。
「お前、何歳だ?」
「ほんのちょっと前に7歳になったばかり」
僕は何とかそう答えたのだけど、それが限界だった。
頭がグルグルしていると思ったら、目の前もグルグル回って僕は意識を失ってしまった。
そして目が覚めたら、僕は男に担がれていた。
男は右手に自分の荷物と、僕が集めた枝をくくりつけた背負子を持って、左肩に僕を抱えて歩いている様だ。
「おっ、坊主、目が覚めたか」
「ごめんなさい。 降りて自分で歩く。 背負子も自分で担ぐよ」
男は何でもないという感じて言った。
「靴も片方ないしな。 お前なんて軽いから俺にとってはどうということもないから、このまま村まで運んでやる。
でも、目が覚めたなら俺の頭に手で掴まれば、肩に座ることが出来るだろう、足は支えてやるからな。
どうせまだ頭がクラクラしているのだろ。
初めてモンスターを討伐したりすると、そうなる奴はたくさんいるんだ。
お前は偶然だけど、その歳で初めての討伐をしたんだ。
気持ちが悪くなってしまっても当然だ。 恥ずかしがることはないぞ」
そうなのか、そういうこともあるのか、と僕はまた少し安心した。
でもやっぱりまだグルグルしていて、気をつけて掴まっていないと肩から落ちてしまいそうだ。
「やっぱりまだダメか。 座っているのが辛いなら、意識があるなら担ぐのではなくて、背中におぶってやってもいいぞ」
「大丈夫、でも、少し話をしてもいい?」
「ああ、構わないぞ」
僕は気分を紛らわすためと、さっきから疑問に思っていたことを聞いた。
「僕が偶然スライムを討伐できたのだとは分かったのだけど、どうしてスライムは水になって消えちゃったの?」
「ああ、スライムっていうのはな、あのプルプルした中に、よく見ると小さな丸い核があるんだ。
それを突き刺すと、溶けて水になっちゃうのさ。
お前は偶然、その核を突き刺すことが出来たんだな、それでスライムが水になって消えてしまったんだ」
僕はまだ小さいから、モンスターのことなんてよく知らない。
スライムに核があって、それを突き刺すと水になって消えて討伐できるなんて初めて知った。
「それじゃあ、スライムの討伐って簡単なんだ」
「そうだな、1匹や2匹だったら、簡単だな。
でもそれが何十、何百になったら、討伐する前にこっちがスライムに食われちゃうのさ。
それにスライムを突き刺すと、剣や槍がだめになっちゃうんだよ。
それはお前は今回のことで、実感としてわかるだろ」
うん、確かにそれは自分の足を少し溶かされてしまったから、良く理解できる気がする。
「それだから俺たち冒険者は、スライムをどうしても退治しなければならない時には、竹を切ってきて、それで槍を作って用いるんだ。
自分が一生懸命に金を貯めて買った剣や槍をスライムにダメにされたんじゃ叶わないからな」
「なんで竹なの? 木の棒を尖らせたのじゃダメなの?」
「スライムはどうも竹の表面の緑のツルツルしているところは嫌いみたいなのさ。
木で作った槍よりも、竹の槍の方が持ちが何故か良いのさ」
男は僕の気を紛らわそうとしてくれたのだろう、スライムに付いて色々教えてくれた。
そして孤児院まで僕を連れて行ってくれて、事情説明もしてくれた。
僕はたどり着いた途端に、もう無理で、また半分気を失ってしまった。
僕はそれからまた、今度はもう少し回復の余裕を見るということで、シスターの部屋に逆戻りして、1週間を過ごす羽目になってしまった。