ルーミエのスライム討伐
ルーミエにヒールをかけた為に、僕がスライムを倒したことでレベルが上がった話をする羽目になってしまって、そこからルーミエは黙ってしまった。
ちょっとどうしようかと思ったのだけど、その日はもう急いで孤児院に戻らなければいけない時間になっていた。
今度は休みの日に来た訳じゃないから、柴刈りをしていたりもあったので、この前ほどの時間はない。
僕がまた手を繋いで、ルーミエが大丈夫な範囲で帰り道を急いでいると、黙っていたルーミエが急に口を開いた。
「あ、今日は傷薬が作れる草を採って来なかった。 シスター、がっかりして次は許してくれないかな」
「それは大丈夫だよ。 シスターだって、毎回都合よくその草があるとは思っていないだろうし、今日は柴刈りもしなければならないことも知っているから、そんな期待はしてないと思うな。
それに一度許可したことを、一回でやっぱり駄目なんて言わないよ」
「そうかな、それなら良いけど」
「あ、そうだ。 次の時までに、ルーミエが使いやすいように、石のナイフに本当のナイフみたいに持ち手を付けておくよ。
そうすれば、今日みたいに簡単に怪我はしないと思うから」
「うん、それで、えーと、やっぱりいい」
またルーミエは少し黙ってしまったのだが、何だか何か言い出そうかどうか迷っている感じだ。
「何だよ、途中でやめるなよ、気になるだろ」
「それじゃあ、言うけど。
ナリートはスライムを倒して、強くなったら、魔法が使えるようになったのでしょ。
それなら、あたしにもスライム倒せないかな。
あたしも強くなって、魔法が使えるようになりたい。
もしあたしがヒールを使えるようになったら、ナリートより強力なヒールが使えるようになるのでしょ」
ルーミエは、僕がさっき、僕より強力なヒールが使えるようになる、と言ったのを逆手にとるという感じで言った。
ルーミエ、間違っているよ。
僕はルーミエを誤魔化そうとか思って適当なことを言ったんじゃない。
ルーミエの[職業]なら、絶対にそうなると思って言ったんだよ。
「いや、あのね、ルーミエ。
僕が初めてレベルが上がった時は、本当に偶然スライムを倒すことが出来たんだ。
でもその時は、倒す前に足をスライムに溶かされて、本当に死にそうに痛い目にあったんだ。
ルーミエだって、そんな痛い目に遭いたくはないだろ」
「そりゃ、痛いのは嫌だけど、でもそうしないと魔法が使えないなら我慢する」
いやルーミエ、我慢するって言ったって、今のルーミエだと我慢する前にそんな風に怪我したら、それで死んじゃうよ。
僕は中洲から戻るときに、またルーミエを負ぶったのだけど、その時もう一度ルーミエのことを見てみた。
治しはしたけど怪我をしたから心配だからね。
そうしたら、[体力]の説明文が元に戻ってしまっていた。
現在とても危険な状態
怪我をして血を流したからだろうか、中洲に渡った時には「とても」は取れていたのに、それが復活してしまっていたのだ。
この状態で、今度はスライムにどこか溶かされたりなんてしたら、絶対に死んでしまうと僕は思った。
あれ、でも、ちょっと待てよ。
もしルーミエがレベル2になって、[体力]や[健康]の数字が2になれば、その数字が1の時よりも簡単に状態が良くなるというか、それこそ強くなるんじゃないだろうか。
ルーミエを死なないようにするには、僕は今のところ、何かを少しでも食べさせることしかないと思っていたけど、レベルを上げるというのも1つの方法なんじゃないだろうか。
今度は僕の方が考えに夢中になって黙りこんでしまった。
村の端が見えるところまで来て、僕は急にそのことに気がついた。
結構長い間、黙って歩いていたと思う。
僕は他の人に見られるかもしれないと思って、慌ててルーミエと繋いでいた手を離そうとした。
でも、ルーミエは僕の手を離さないで、すごく心配そうな顔で言った。
「ナリート、あたしのこと怒っているの?
ずっと何も喋らなくなって、あたしの方を見てもくれない」
「違う、違う。 ルーミエのことを怒っている訳じゃない。
ルーミエが安全にスライムを倒す方法があるだろうか、って考えていたんだよ」
ルーミエはコロッと明るい声に変わって言った。
「そうなの、あたしが無理なことを言うと怒ったのかと思ったのだけど、そうじゃなかったんだ。
それで、あたしでもスライムを倒すことできるかな」
ルーミエは自分の言ったことを、実現する希望の芽がいくらか出てきたと感じたようだ。
それと共に、僕の手を離してくれた。
「まだ、ちょっと考え中。
でも、もし、出来るとしても、力を付けておかないとダメだ。
ルーミエ、今日は1匹しか食べてないし、この前の時みたいに夕食を他の子に分けてやったりしたらダメだ。
力を付けておかないと、絶対に出来ないから、この前みたいに自分の分の食べ物を他に分けたりしないと約束できるなら、もう少し考えてみるよ。
考えたからといって、絶対出来るようにしてあげられるとは約束できないけど、それが約束出来ないなら、最初から僕は考えない」
ルーミエは少し考えてから、もう村の外れ、完全に塀で囲まれた中ではないけど、村を少し広げようと、石を積んでの塀が作られ始めている場所まで来ているから、誰も周りには見えないけど小さな声で僕に言った。
「絶対にスライムをあたしが倒せるようにしてね。
私は絶対、ナリートとみたいに、ううん、シスターみたいにヒールが使えるようになりたい。
その為には、ナリートとの約束は守るから、絶対に考えて」
僕はその時に決心した、ルーミエにスライムを1匹倒させようと。
でもそれはルーミエがヒールを使えるようになる為じゃない。
ルーミエを死なないようにしたいからだ。
その日の夕食、僕は自分の席から、チラチラとルーミエをずっと観察していた。
ルーミエは僕のその視線に気がついて、チラッと僕の方を見ると、僕に向かって顔を顰めて見せた。
「約束はちゃんと守っているわよ」と怒った様だ。
確かにその日は自分の分を他の子に分けてやったりはしていないみたいだった。
寝床の中で、僕はルーミエのことを考えた。
ルーミエの[体力]の解説文が、前の時初めて見た時は
現在とても危険な状態
だったのが、今日中洲に行く時に見た時は
現在危険な状態
に変わっていて、ちょっとだけどマシになっていると思った。
だけど、手を切ってしまって、すぐにヒールで傷を治したのに、帰りに見た時にはまた
現在とても危険な状態
に戻ってしまっていた。
やっぱりルーミエは今は体力的にはとても危険な状態なんだろうと思う。
うん、ルーミエのレベルを2に上げるのは、良い考えだ、と僕はあらためて感じた。
ルーミエの今のレベルは1だから、スライムを1匹倒せば、簡単にレベル2に上がるはずだ。
そのくらいなら、体力がないルーミエでも、問題なく出来ると僕は思った。
いつものように離れて1匹だけのスライムを見つけて、僕の陰から槍で突き刺せば問題ないと思った。
槍の狙いも僕がつけてやって、ルーミエはただ突き出すことに集中させれば良いだろう。
それでも失敗しても、僕の後ろに居れば、ルーミエがスライムに攻撃されることはない。
今の僕なら、ルーミエが失敗したら、すぐに自分も槍を持っていれば、そのスライムを倒すことが出来ると思う。
それにもし攻撃を受けても、今の僕は[酸攻撃耐性]3 だ。
そして2度もスライムの酸にやられているから、[酸攻撃耐性]が実際に上がるには経験が必要だとしても、少なくとも前の時よりも耐性は上がっているはずだ。
今度はきっと2度目の時よりも軽くて済むだろう。
ま、ルーミエが突き出した槍でも、レベル1のスライムだったら十分に倒せると思う。
問題はたまたまレベル2のスライムだった場合で、それだとルーミエが突き出した槍では、きっと倒せないと思う。
その可能性は低いし、きっと問題ないさ。
僕はルーミエにスライムを1匹倒させることに関しては、そう結論付けた。
そしてもう1つの問題、ナイフの改良をどうすれば良いかを考えていて、そのまま眠ってしまった。
僕はその次の日はナイフの改良、そしてまたその翌日はスライムの罠のための穴を掘ったが苦戦した。
穴を掘るのに、それ用の道具がなく、木の枝や、採ってきた竹で掘ろうとしたのだが、単純に掘ろうとしたら、本当になかなか掘ることが出来なかったのだ。
それから魚の罠は、2匹、1匹と獲れた。
ルーミエと約束した日の晩に自分を見ることを忘れて、次の日に見た時には[次のレベルに必要な残りの経験値]は24になっていた。
12匹獲って、3減っているのだけど、7匹で2減っていたのだから、もう訳が分からない。
やっぱり忘れずに、しっかりと毎日確認しなくちゃダメだな、と僕は思った。
それで次の日は1匹しか獲れなかったけど、しっかり見たのだけど、やはりそのままで、また少しガッカリした。
でも、それはすぐに忘れた。
その翌日は仕事が休みの日で、つまり柴刈りをしないで良くて、ルーミエと林に行く日だからだ。
僕はルーミエになるべく速く、レベルを上げさせるつもりだったのだ。
今のルーミエはちょっと何かのアクシデントがあれば、すぐに死んでしまうかも知れない、と僕は思っていたからだ。
僕はその日は、他のことは考えずに、一目散に中洲に向かった。
中洲に着いたら、一応ルーミエの最初からの目的である、袋作りをまずは教えた。
といっても、そんなに難しいことではない、もう柔らかくなって、簡単に縦に裂けて紐状になる蔦を縦横に編んでいって、平べったく布状にしていくだけだ。
めんどくさくはあるけど、やること自体は難しいことではない。
ルーミエは教えるとすぐにその作業に熱中した。
僕はそれを横目に、罠を確かめた。
今度は運良く、3匹魚が入っていた。
僕は時間が早いかなとも思ったけど、すぐにその魚を処理して、食べる為に焼いたりした。
ルーミエは、そういう僕の様子をほんのちょっとだけ見たけど、中洲から僕が離れた時も何も言わずに、自分の作業に集中している。
焼いた魚を僕は作業しているルーミエに2本差し出した。
ルーミエは本当に集中して作業していたらしくて、急に魚を差し出されて驚いた顔をした。
それから僕の方を見て言った。
「え、またあたしが2匹で、ナリートが1匹なの?」
「いいから、ちゃんとそれを食べろ。
そうして少しでも力を付けるんだ」
僕がちょっと乱暴な感じで応えると、ルーミエは僕の勢いに押されて、言われた通りにした。
僕は自分の分を急いで食べると、
「ちょっと周りを見て来るから」
とルーミエに言い捨てて、ルーミエの返事を聞かずに、竹の槍を1本持って中洲を離れた。
そしてそんなに時間も掛からずに、近くの林の中に、他と離れて1匹だけのスライムを見つけた。
僕は急いで中洲に戻った。
「ルーミエ、ちゃんと食べた? そしてもうお腹は落ち着いた?」
僕の急いだ様子に、ルーミエは何事かと思ったみたいだけど、聞かれたことに答えた。
「ちゃんと食べたし、もうお腹は落ち着いていると思う」
「良かった。
それじゃあ、もう1本の槍をルーミエは持って。
今からすぐにスライムを倒しに行くから」
「えっ、こないだの話、もう本当にやるの?」
「やるなら早い方がいいだろ。 ほら、槍を持って僕に負ぶさって。
急いでいるから、負ぶったままスライムのところまで行くよ」
ルーミエは展開の速さにまだ頭が追いついていないみたいだけど、とりあえず槍を持たせると持ったので、そのまま負ぶってスライムのところに戻る。
転ばないように気をつけたけど、かなり速く走ったと思う。
僕はルーミエにスライムがどこにいるかを教えた。
「ほら、あそこに1匹だけ他と離れたスライムがいる、見えるだろ。
あのスライムをルーミエが倒すんだ」
「えーと、どうやって?」
ルーミエは青い顔をして、僕に聞いてきた。
自分で本当にスライムを倒すことになって、急に怖さに気がついたようだ。
「大丈夫、ルーミエに危険がないようにするから。
ルーミエはただ僕の後ろから槍を突き出すだけでいい。
僕がルーミエの槍に手を添えて、狙いが外れないようにするから、ルーミエはただ真っ直ぐに槍を突き出すことを考えて。
もし外してしまっても、その時は僕が自分で持っている槍で、そのスライムと闘うから、その間にルーミエはその場を落ち着いて離れればいい。
でも、まずそんなことにはならないし、ルーミエが外したら、すぐに僕も攻撃するから、逃げなくてはならないようなことにはならないと思う。
だから落ち着いてやれば大丈夫。
ただし、僕より前に出てはダメだよ、分かった?」
ルーミエはもう声を出せないくらい緊張しているらしくて、僕の言葉にただ首を縦にコクコクと頷いただけだった。
僕はほんの少し、あれっ、これで大丈夫かな、と心配になった。
とはいえここで迷っていても仕方ない、すぐに目的を果たすために行動に移った。
僕は後ろにルーミエを従えて、スライムに静かに近付いて行った。
スライムは草を食べているのだろうか、僕たちに気付かないのか気にしないのか、その場を動かなかった。
僕は左手に自分の槍を持ち、右手は脇から前に突き出したルーミエの槍に添えて、槍の狙いを定めてやっていた。
「よし、ルーミエ、今だ、思いっきり突いて!!」
ルーミエは勢い余って、僕の背中に体当たりしてくるように、槍を突き出した。
槍はちゃんとスライムの核を突き刺して、スライムは水のようになって消えた。
「やった、ルーミエ、ちゃんとスライムを倒したぞ!」
僕がそう言うと、ルーミエは
「本当? 本当に私が倒したの?」と、聞いてきた。
「うん、本当にルーミエが槍でスライムを倒したんだ」
「そうか、やったぁ」
と、ルーミエは言ったけど、ヘナヘナと膝から地面に倒れ込んでしまった。
「ナリート、スライムを倒せたのは嬉しいけど、あたし、何だかわからないけど、目が回って、立っていられない」
それだけ言うとルーミエは完全に意識を失ってしまった。
そうだった、僕は大きな問題を完全に忘れていた。
初めてモンスターを討伐したりすると、意識を失って、その後熱が出たりするのだった。
2度目からはそんなにひどいことはなくて、3度目は気にならない程度のことだったので、そのことを完全に忘れていたのだった。
どうしよう、と思ったけど、もうどうにもならない。
それにこんな風に完全にルーミエが気を失っていると、大丈夫か心配になってきた。
僕はその場に全部、といってもそこに持ってきていたのは槍だけで他は中洲なのだけど、ほったらかしにして、ルーミエだけをおんぶして、大急ぎで孤児院に戻って、シスターを探した。




