橋の準備
僕が割と川に橋を架けることに楽観的なのは、たぶん橋を架ける場所の川の様子が、普段は流れが穏やかで、水深もあまりない場所だと思うからだ。
僕らの城下村の近くの川は、少し先で流れがはっきりしない沼地というか湿地帯になり、その後また集まって最終的にこの領内で一番大きい川に流れ込んでいる。 そういう地形だったからこそ、僕たちは一番最初の頃、町までの道作りに苦労はしたけど簡単な土魔法だけで対処出来た。 また、そういう沼とか湿地帯が町との間にあって、そこを通るにはスライムに対処できる必要があったので、僕らの城下村の場所がこれまで開拓されていなかったのだと思う。
つまり、城下村から川の方向に直接向かうと、その湿地帯や沼から少し離れただけの場所になる可能性が高い。 湿地帯や沼になっている場所は、傾斜がないということだから、その近くを流れる川も、きっとゆったりと流れているのではないかと思うのだ。
とにかく城下村から砦になるべく真っ直ぐに向かうと、予想通りと言うよりは、エレナたちの報告にもあった通り、川まではほとんどが緩い傾斜の平原だった。 エレナたちは狩りのために僕よりも城下村の周りの地形には詳しいからね。
僕たち測量班は川までの測量を大急ぎで進めた。
単純に測量だけなら、もっと素早く進めることも出来るだろうけど、荷車を引いて通れる最低限の道は作っていかないとならないし、本格的な道作りのための道標となる杭もきちんと設置していかなくてはならない。 それからもちろん、その杭の場所を地図にしていかなければならない。 そうそう素早く進めるという訳にはいかない。
とはいえ、作業自体は毎回同じことの繰り返しだし、地形もほとんど今のところは一定しているから、測量班は作業にも慣れて、杭一本の設置作業に掛かる時間も少なくなり、順調に進んで行った。 ま、進むほどその場と城下村との往復に時間が掛かるようになるのだけど、今はまだ、それが問題になる距離ではないことも大きい。
そうして突き当たった川は、そうだったら良いなと願ってもいた予想通りの、河原も広く浅瀬となっている場所だった。
「よし、これだったら考えていた橋作りが、そのままに出来る」
と、僕は喜んだのだが、僕以外の測量班のメンバーは、僕と行動を共にする気のルーミエ以外は、「えええっ」という顔をしている。 川の反対岸の少し先には、此方と違い、ちょっとした段差が見えていたからだ。
なるべく直線で繋ぐとは言っても、段差を越えるには、適度な傾斜の坂道を作らなければならない。 そのルートを向こう側の周りの様子から決めて、簡単な道を作るのは測量班の仕事となる。 今までは平原をほとんど苦労なく、簡単に道にする作業しかしていなかったけど、その段差を越えるには、ちょっと本格的に土木作業をしなければならないことが、班のメンバーの誰の目にも明らかだった。
「向こう岸に機材や道具を運ぶのは浅瀬を渡れば大丈夫だろうけど、天気が悪くなったら、さっさと切り上げて戻って来いよ。 急に水嵩が増したりするだろうから、そうしたら渡れなくなるかも知れないし、もっと酷いと流されてしまう可能性だってあるからな。
向こう側の段差に、どういう道を付けるかはエレナに任せるよ。 段差の先の様子でも違ってくるだろうし。 僕は少し測量班から離れて、橋作りの方の作業をするから」
「サボる訳じゃないわよね」
エレナは大変な作業を押し付けられたんじゃないかと疑っているみたいだな。
「そんな訳ないだろ。 まずは橋を作る材料というか部材作りの実験をしなければならない。
本格的に橋を作るのは、ウォルフやウィリーたちが本格的な道を川の所まで伸ばしてからになるだろうけど、それまでに実験を終えて、部材を作らないとならない。
僕とルーミエとジャンはそっちだな」
僕が考えている橋は、そんなに難しい物ではない。 鉄の生産を始めたと言っても鉄骨で作れるような生産量がまだある訳じゃないし、そもそも木材が不足していて、木で作るとしたら木を他領から買わねばならない程なのだ。
それで、今現在のこの領で作れる手段として、開発することは出来たけど、まだほとんど活用されていないセメントを使って、コンクリートの板を作って、それを並べるだけの橋を考えた。 もちろん鉄筋コンクリートではなくて、竹筋コンクリートだ。
竹筋で板状の物を作るのは、家作りの壁から始まり、僕らは慣れているから、同じ手法でコンクリートの板を作ろうと考えたのだ。 ただし、鉄筋ではなく竹筋なので、強度的には不安があるので、そんなに長い板にするつもりはない。 ま、まずはその実験だけど。
長い板は出来ないだろう、それにその場で型枠で桁を作るのも無理だから、橋脚の数を増やさないとならない。 そうなると高い橋脚を作るのは大変だろうから、低い橋脚をいくつも作ることになる。 そこで潜水橋にしようと考えた。
潜水橋とは、普段は橋として使えているけど、雨天などで水位が上がると、流れの中に埋もれてしまうという橋だ。 どうせ雨が降っていて水嵩が増しているような時に、無理して行き来する人はいないだろうから、そんな時に橋が使えなくても問題ないだろう。
天候が悪い時の外出は、単純に気候が悪いと外出が大変になるだけじゃなく、気配察知が難しいので、モンスターに襲われるまで気付かない可能性も大いに高まることもあって、余程の理由がない限りはしないからね。
コンクリートの板は、強度の問題もあるけど、固まってから動かす必要があるから、そんなに大きな物は作れない。 板で型枠が作れれば良いのだけど、その板の入手が難しいから、地面を土魔法を使って掘って固めて、型枠にする。 そこに適当な竹の骨組みを組んで、その後で隙間が出来ないように、砂と小石とセメントを混ぜて水で練ったものを満たしていく。 あとは固まるのを待つだけだ。
竹の骨組みをどの様に組むと強度が増すかとか、その骨組みの竹の太さはどの位が良いのか、竹をそのまま使う方が良いのか、割った竹の方が良いのか。 そしてどの位の厚み、どの位の大きさのコンクリートの板が最適かなんていう実験は、村の近くでした。
実験の為だけに移動時間が掛かるのは馬鹿馬鹿しいからね。 エレナが文句を言いたそうな顔をしていたけど。
コンクリートの板はやはり重くて、荷物を積んだ馬車が上を通っても大丈夫だろうと思える厚みの板となると、やはりかなりの重量になってしまう。 実際に量産するのは、使う場所の近くでと考えてはいるけど、移動させなければならないという条件は変わらない。
丸いままの竹を縦方向に多く入れて作れば重量を軽減できるのでは、なんていう風に考えもしたのだけど、それだとすぐにダメになりそうだ。 それにそもそも丸いままでは竹は使えない。 空洞のままでは温度変化で影響が出るだろう。
やはり重量軽減は難しい。 それに考えてみれば、基本的には橋脚にコンクリートの板を渡すだけの構造で考えているから、水嵩が増して速くなった流れが横から板に当たった時、重量がなければすぐに壊れてしまいそうだ。
コンクリートの板を作ってみて、僕たちはすぐに大きな問題に気がついた。
数人掛かりなら何とか持ち上げられる大きさの板だったとしても、まず一番最初に作った時の枠組みから持ち上げるのが、とても困難だった。 枠の外縁部を掘り下げて、板の下になっている部分に、その数人掛かりで手を入れないと持ち上がらない。 大変過ぎるので、枠から外して片側を持ち上げるのは、ロープと滑車を使うことをすぐに考えた。
次にすぐに気がついたのは、数人掛かりで持ち上げられる程度の大きさの板でも、高く掲げるのは人の力ではとても困難だということだ。 平地で試してみても、落としたりしたらとても危険なのに、川の中でなんて無理に決まっている。
結局僕たちは、太い竹を組んで、ロープと滑車でコンクリートの板を持ち上げて移動する、かなり大型の装置を作ることになった。 人力の重機という感じだ。
尺取り虫の様に、1箇所にその板を設置したら、次の設置場所に装置を動かし、作った板は、前回設置された場所までは、設置済みの板という道を竹のコロを使って移動して、次の板を設置するという方法だ。
板を持ち上げて設置する大型の装置は、竹製だけどかなり工夫して強度を出す必要があった。 この装置を作っている途中で、これだけの工夫をするのだったら、コンクリートの板を使わずとも、竹で橋を作ることが出来たんじゃないかと思った。 冷静に考えると、竹で作ったのでは経年劣化ですぐに強度が落ちて、常に作り直す必要があるだろうな、と思い直したのだけど、かなり本気で考えてしまった。
まあ人力で持ち上げることを早々に諦めたから、少しコンクリート板の大きさを大きくすることが出来たのが救いだった。
動かすことは大変になるけれど、大きくなると作る橋脚の数は減らすことが出来るからだ。
自分で予定していたよりも、コンクリートの板を作ったり、それを移動するための装置を作ったりに時間を取られて、何とか目処が立った時には、もうすぐ工事の本体組が川にまで到達するという時だった。 コンクリートの板を移動して橋脚に設置するための装置が、(うーん、もう重機でいいや、)ある程度のパーツに分割出来るように考えてはいたけど、それでもそれぞれが大きくなってしまったので、その重機を川に運ぶためにも、広くて整備された道が続いていることは好都合であったので、結果的には上手いタイミングと言えるかも知れない。
この間苦労していたのは僕たち3人だけではなくて、測量班もかなり苦戦していた。
川の対岸側は狭い河原があるだけで、すぐに段差というか、少し崖の様になっていたのは僕も見たのだけど、そこに馬車が登れる道を作ることに苦戦したのだ。
段差となっている部分は、そこが少し盛り上がっていて、その先はまた下がって元のこちら側の平原と同じ高さになるという訳ではなく、盛り上がった上の高さからまた始まる平地となっていたのだ。
これはちょっと予想外で、町や城下村のあるこちら側の方が、川を渡った先の南の村や砦よりも位置的には高いのは明らかだったので、向こう岸の先が崖の様になっていても、僕は川で土砂が溜まって、少し丘の様になっているだけなのだろうと思っていた。 僕がそう思っていたからなのか、測量班のみんなもそんな風に考えていて、簡単な切り通しの道でも作れば良いと軽く考えていた。 ただ土砂が溜まっただけならば、この辺の川にはそんなに大きな石は無いから、切り通しを作るために崩して行くのは、あまり大変じゃ無いだろうと楽観していたのだ。
先行して崖の上まで登ったエレナの子分の1人は、上に出て周りを見回して、大急ぎでエレナを呼んだ。
「エレナさん、早く上に来て、見てみてください。 予定外ですよ。 これ、どうしたら良いのだろう」
エレナは僕よりも先に測量班のやり方の失敗を自覚していた。 城下村から川までは、エレナたちには土地勘のある場所だったのもあり、目指す方向にただ進んで来た。 川の対岸を見た時に、エレナはすぐに
「しまった。 向こう岸で都合の良い場所を先に見つけて置いて、そこに続き易いようにこっち側の道を考えるべきだったかも」
と思いはしたのだけど、ナリートも気にしていないようなので、あっさりと流していたのだ。
呼ばれて自分も崖の上に登って、エレナは「結局同じだったな」と、ちょっと諦めた。 崖の上に登ってみると、崖の上はその位置の高さで土地が広がっていたからだ。
結局、その崖上になっている川との段差を馬車が楽に通過出来るようにするには、エレナたち測量班が使うための道を作るだけで、かなりの労力を必要とすることは明らかだった。 崖を一部切り崩して、坂道を作らなければどうにもならない。 測量班は対岸に渡るのは、浅瀬を選んで渡ったのだが、それより先に行くには、先行して何人かが崖の上に出ることは難しくないけど、測量と簡単な道を作るための機材を運ぶには、荷車が通れる道が必要で、その道を作らなければならないのだ。
測量班が、測量班という名前だけど、対岸の坂道作りに苦戦している間に、本体組が川にまで迫って来ることになった。 本体組はまだ大変な作業はなく、徐々に作業に慣れてきたり、魔法の使い方に習熟したり、経験が増えて少し魔力も増えたりすると、一日で伸ばせる道の距離も少しずつ長くなってきたからでもある。
本体組も川に迫った頃に、僕らもなんとかコンクリートの板を使った橋作りの目処が立ったので、僕は本音ではホッとした。 道が川に辿り着いたのに、橋の作り方も決まってないとなると、ちょっと格好がつかないからね。
とりあえず本体組が川に迫ったので、僕は本体組に参加して、道が川に突き当たる場所付近に、新人さんと共に先にスライムの罠をかなりの数設置した。
測量班のメンバーたちにとっては、今ではもうスライムは脅威ではなくて、近寄ってくれば簡単に駆除してしまうけど、新人たちにとってはそうではない。
今までは平原に道を作ってきたのだけど、道の両側には土壁を作ってきたので、基本は道作りの先端部のみスライムや一角兎などのモンスターに気を付ければ良かった。 まあ、平原で水場ではないから、一角兎に軽く気をつける程度だ。 ウィリーとウォルフが指揮しているのだから、作った道に入り込んできた一角兎がいたら気付かない訳がなく、実際問題としたら、新人たちの安全は守られていたのだ。
川の周辺は、そういう訳にはいかない。 まず第一に水辺なので、平原にはほとんどいなかったスライムがウヨウヨいる。 そして橋を作るのに、色々な作業をしてもらうから、その作業をする場所全てが壁に囲まれている訳ではなくなるだろうからだ。 一角兎は、そんな風に人の多い場所にわざわざ近付いて来て襲ったりはして来ないが、スライムはそうではない。 そんなことは気にすることなく、自分たちの好きに行動をする。
スライムは最も弱いモンスターだけど、新人たちにとっての脅威度は上なのだ。
その脅威に対抗するためと、新人たちにとってはレベル上げになるので、僕はせっせと新人たちとスライムの罠を作った。 餌の設置なんかも、毎日することになるから、嫌でもスライムに慣れることにもなる。 罠だけじゃなく、竹槍や投石器の扱いも覚えてもらうことになる。 きっとある程度の人数は[酸攻撃耐性]を獲得することになるだろうけど、そのくらいは仕方ない。
僕とルーミエは、本体組が完全に川に到達する前から、半分くらいの人数を率いて、川の近くにコンクリートの板を作る為の型枠だとか、資材置き場、それに作った板を運搬するための通路などを作ったりの指揮をした。 だけどそれにジャンは加わっていない。
ジャンは何をしているのかというと、対岸側のとりあえずの坂道を作っている測量班の方の指揮に出向いている。 そういった土木作業の指揮は、本当はロベルトが一番慣れているのだけど、ロベルトは西の村から帰って来ないので、その次となるとウォルフ・ウィリーにジャンとなる。 測量班は基本的には狩り担当だったエレナの子分たちを中心に構成されているから、そのままエレナが指揮を執っていたのだけど、川の位置で測量班と本体の行動位置がすぐ近くになったら、エレナが測量班の指揮をジャンに押し付けて、本人はウォルフと一緒に作業をしているのだ。
僕とルーミエは本当に良く一緒に行動するし、フランソワちゃんも一緒することもかなり多い。 ジャンも機織り機を作る中心でもあったから、糸クモさん関連全ての中心であるアリーと一緒することも多かった。 ウィリーとマイアは、僕がマイアに押し付けてしまった事務仕事を、文句を言いながらもウィリーが手伝うことも多くて、こちらも結構一緒にいる時間がある。
エレナは狩りのために子分を連れて、城下村から離れて活動することが多かったので、ウォルフと一緒に何かするということが少なくて、それが羨ましかったらしい。
それと、エレナの同期が今は夫となった騎士見習いと一緒に、他の村などを回ったりしているし、その結果の報告作りなどの仕事をしているのもあると思う。
でも、それ以上のきっかけになっていることがある。
それは、とうとうと言うか、ま、予定通りではあるのだけど、マイアが妊娠したのだ。 孤児院出身の僕らにとっては、それはとっても大きな出来事だ。
キイロさんのところには、もう子どもがいるけれど、やはりキイロさんとタイラさんは歳の少し離れた先輩だから、僕らの元からの仲間であるマイアが妊娠したというのは、ちょっと違うのだ。
「次はあたしとウォルフの番だ」という気持ちにエレナがなってしまうのも、僕ら孤児院出身者は仕方ないと思ってしまうのだ。 それだから、ジャンもエレナがたまにはウォルフと一緒にいる時間を長くするために、測量班の指揮を文句も言わずにしているのだ。




