関所の強化のはずだったのに
マイアに罵倒されて、僕たちは計画を練り直すことになった。 マイアから話を聞いたのだろう、何だかルーミエ・フランソワちゃん・アリーの視線も、僕らのことを呆れているような気がする。 気の所為だろうけど。
「私たちも計画の相談に加わろうか。 きっとその方が変なポカはなくなると思うよ」
気の所為じゃ無かった。 ルーミエにそう言われてしまった。
何だか悔しくなった僕たちは、マイアを筆頭にした女性陣に、「これならどうだ」と胸を張って提示できる計画案を4人だけで作ることを固く決意した。
工事のための宿舎を関所近くに最初に建築することはハードルが高い。 建物を建てるには、いくら土壁、または日干し煉瓦を主にした構造物にするとしても、それでも柱・梁・屋根など、多くの木材が必要になる。 それ以外にも建築用の資材は色々と必要となる。 そういった資材を輸送する必要が出てくる。 その資材を運ぶだけで多大な労力が必要になってしまうだろう。 そもそもその木材を調達することもなかなか大変だ。
「要するに、ここから関所までの交通の便が悪いことが問題なんだな」
ウォルフが、そう結論付けたけど、それは納得できる意見だ。
僕たちの城下村から関所に行くには、まずは町に行き、そこから南の村に向かって、南の村を通り越して、関所へと向かうという道程となる。
なんでそんなことになるかというと、この男爵領は大体の方位として北東から南西に向かって川が流れていて、その川が領内を1/3と2/3に分けている。 町と東の村、西の村、北の村はその2/3側にあって、南の町だけが1/3側だ。 そして橋は町と南の村を結ぶ道にしか架けられていない。 その為、東・西・北の村から南の町や関所に向かうには、どうしても町に一度向かう必要があるのだ。
川はそんなに谷が深かったり、まあ南西の端の方に行くと谷が深くなるけど、それ以外の場所は水深もそんなにないし、川幅も大してある訳じゃない。 雨が少ない季節は簡単にどこでも渡れるし、そうでない季節でも腰くらいまで濡れることを覚悟して浅瀬を選べは、多くの場所で渡ることが出来なくはない。
しかし川近くはスライムの住処になっているし、そんなでは多くの荷物を運ぶことなんて出来ない。 それに川から少し離れても、きちんとした道がないから他のモンスターに襲われる危険も大きい。
となると現実的には、橋が架かっていることで、スライムに攻撃されることがまず無く、街道となっている事から、左右に低いけど石垣があって守られているし、限定されているからある程度の往来があって、騎士や兵の行き来もあるからスライムや一角兎以外の、もう少し強いモンスターもあまり近づかない、その一本道しか交通手段がないのだ。
「もういっそ、ここから関所まで直通の道を新たに通すか。
今回の工事の為だけじゃなくて、そうすれば城下村と王都の間でやり取りしている商人たちも、随分と楽になるんじゃないかな。
道を作るのに大変なのは、川に橋を架けることだけだろう」
ウィリーが何だか簡単そうに提案してきたけど、そんなに簡単だろうか。 確かに城下村と関所を直線的に結んだら、川を除けば他は草原というより荒地と言った方が良い土地が続いている。 でも良く調べた訳じゃないから、どんな障害があるか分からない。 それに当然だけど一角兎以外のモンスターも出るだろう。
ただ、確かに直通の道を作れば、そのメリットは大きい気がする。 町に一度出て、それから関所に向かう今の道筋は、きちんとした地図がないからはっきりとは言えないけど、かなり遠回りをしている気がするのだ。 その道が出来たら、今までは歩きだとほぼ一日係の行程が半分になるのではないだろうか。 馬を使えば、道を行き交う人も両方の道にバラけて数が減り、今の道を行くより速度を上げて通行出来て、もっと素早く移動できるかもしれない。
いや、それならいっそ、最初から車道と歩道を分けた広い道を作ってしまえば良いのではないだろうか。 そんな道を作ったら、どれほどを色々なことに影響が出るか分からないぞ。 僕はそんなことを空想してしまっていた。
「でもだよ、そんな道を作っていたら、砦の強化はずっと先のことになってしまわない。 それで構わないの?」
ジャンが凄く現実的な問題を指摘してきた。 確かにその通りだ。
僕たちは本題の計画である砦の強化をどうすれば最も素早く行えるかを第一に考えることにした。 でもやはり、広いしっかりとした道を作るのはともかくとして、城下村から関所まで直通の道を作ってしまった方が、早いような気がしてしまうんだよな。
道を作ることは、橋の部分を除けば、特別な資材は必要としないから、城下村から関所に向かって着々と進めていけば用が済む。 そして近場の作業をしているうちに、新人たちを徐々に鍛えることが出来る。 最初から砦近くに連れて行って作業させるよりも、その方が良い気もするんだよな。
道を新たに作ることは、僕らが勝手に進めて良い事業ではない。 僕らは文官さんたち、そして領主様とも意見を交わした。
「砦の強化を図るのに、何もこの城下村から人を派遣しなくても良いのではないですか。 南の村、町から人を募っても、ここから人を移動するよりはかなり楽ですよ。 そうすれば移動の距離の問題はかなり解決するのでは」
文官さんの意見に僕は、「あ、なるほど確かに」と思ってしまったのだけど、ウォルフが反論した。
「それは僕も考えないこともなかったのだけど、今回の工事の前提として、ソフテンという魔法を使って工事を進めるということがあります。 ここから連れて行く主力となる新人たちも、それらの魔法が最初から上手く使える訳でもないし、どんどん使えるだけの魔力がある訳でもない。 だけども、魔法をほとんど使わない暮らしに慣れてしまっている南の村や町の人たちから比べれば、教えたり経験させたりすれば、これからの伸び率はこの村から連れて行く新人の方がずっと高いと思うんだ。 それは工事が上手く進められるかどうかに、とても重要なことだと考えました」
文官さんはウォルフの反論に納得した。 孤児院出身のこの村の住人の、多くの魔法を使っての生活と、彼らの魔力量の豊富さには、文官さんたちも今では慣れたとはいえ、最初は驚きでしかなかったからだ。 そして真似ようとして、それが難しいことも良く解っている。
「僕ももう少し若い時からここでの生活をしていたら、君たちと同じように魔法が使えていたのでしょうかねぇ」
「いや、魔法使えるじゃないですか」
「いやいや、とても君たちのようには使えませんよ。 ここで生活するようになって、お湯を出したりとかも覚えて、前よりは魔力量が増えている自覚はあるのですけどね」
この村の孤児院出身の村人中心に砦とその周りの工事をすることを前提とすると、やはり城下村から砦への直通の道を新たに通す方が、諸々都合が良いという結論になった。 砦の改築だけならともかく、砦を挟んでの両側に壁と堀を作り、植樹も進めるということになれば、かなりの時間が掛かるのは仕方のないことなので、その期間の人や物の動きを考えると、その方が良いと思われるのだ。 それにその後の、この城下村と王都をはじめとした他領との流通がより楽になるだろう効果も、もちろん無視できない。
別の側近さんが、全く違う視点で問題を指摘した。
「しかしです、今ではこの城下村こそが、この男爵領の最重要地点になっています。 現時点でさえ領主様と聖女様がこちらに居られることを抜きで考えても、この領の行政関係の者さえ、半数近くが町からこちらに来てしまっています。
砦からこの城下村に直通の道を作れば、もしもの時は敵は最短距離で素早くこの城下村にやって来ることが出来るという事です。 防衛上問題じゃないでしょうか」
なるほど、確かにそういう視点は僕らには無かった。 それにしても、そんな防衛上のことを考えねばならないくらい、この世界の状況というのは危険なのだろうか。 僕は王都に行ったり、そこで人と会談する領主様に同席したり、果ては陛下にもお会いしたけど、そういう視点では全く考えていなかったことに気が付いた。
僕は城作りかしたいと思っていたけど、それは頭の中にある城というモノに何だかとても憧れていて、それを自分の手で再現したいような気持ちがあったからだ。 その気持ちと自分たちの拠点、そんな大それたことでなくても自分たちの暮らしていける家が欲しい気持ちが混ざり合った結果だ。 城というモノが単なる家とか館とかというモノではなくて、そのある土地一体の行政府だったりする以上に、軍事的な拠点であることは理解していたけど、僕はあまりそこは考えていなかった。 最初はモンスターからの防衛は考えていたけど。
「そこは今更だな。
何処かが軍を送って攻めてきたなら、砦からこっちは基本平原だからな、道がなくとも軍なら真っ直ぐ向かって来るさ。
それに儂は、敵をこの領内に入れて戦いをするつもりなぞ無いぞ。 それこそ最終段階だ。
この儂たちの領の外、そこまでいかなくとも、砦より外で迎え撃ってやることを考えたら、この村と砦の間に立派な道が通っていたら、素早く兵力を送り込めると、有利になると考える方が良いのではないか。 商人の荷馬車が楽に行き来出来る道があるということは、いざという時は、兵や物資を素早く移動できるということだ」
軍事的な反対意見は、領主様自らが反論して潰した。 僕は領主様が僕らの案に賛成してくれて、反対意見を封じてくれたことは嬉しかったけど、敵が軍で攻めてきてという仮定に対して、即座にそういう場合の対処をどうするかの方針をスラスラと語ったことが少しショックだった。 きっと常に念頭にあって考えていることだから、即座に言葉が淀みなく出ているのだろうと。
うーん、新たな道作りの提案だったのだけど、何だか僕は色々考えさせられる話し合いになっている気がする。 僕自身が、領主様の息子だという立場を少し自覚してきているのかな。
「ま、とは言っても、最初から立派な道を作って、作ってみたけど上手く行きませんでしたとなってしまっても仕方ないから、ウォルフ、まずは簡単な道を作ってみろ。
実際にここから砦まで直通の道を作ってみて、どれだけ時間が短縮できるかや、楽に移動できるかを実際に体験してみて、それで新たな道が有効であると判断できたら、立派な道に拡張・充実させて行くことにしよう」
領主様の最終的な判断がなされた。
最初にしたことは、僕とエレナの隊による城下村と砦の正確な位置関係の把握だ。 僕らが実際に移動して感じている位置関係では、城下村と砦をなるべく直線で結ぶと、現在使っている道筋よりもかなり短距離で済むと思うのだが、今ある地図では、そこのところがはっきりしない。 まあ、短くなることを誰も疑ってなくて、この計画が立てられたのだけど、そこをはっきりしないと始まらない。
僕は長さをしっかりと測ったロープと、簡単な三角測量で距離と高低とそれぞれの位置関係をはっきりさせて、地図を作ろうとしている。 まあ測量に用いる道具の精度がそれほど高い物ではないので、誤差はかなり大きいと思うけど、それでも今ある単なる感覚に頼っただけの、目安にしかならないような地図に比べれば、それでもずっと正確な地図を作ることが出来るはずだ。
とは言っても最初からきちんとした地図が作れるはずもなく、道具の使い方を測量班全員がきちんと覚えるのが最初の一歩で、今回のその練習にもするつもりだ。 ま、道具と言っても、錘が付いた紐をぶら下げて地面に対して垂直をしっかりととり、それを元に一定の高さで水平と垂直になるようにした分度器、そしてその場所からどっち方向に何度の角度で見えるかをはっきりさせるための筒、ある程度の長さの一眼もり毎に色を塗り分けた棒、そんな感じだ。 ぶら下げた錘を基準にして、水平と垂直に分度器がなるように工夫した3本足の台が少し工夫した物というところだろうか。
一番最初の基準点をどこにしようかと考えて、最初は領主様の家の前にしようかと思ったのたけど、領主様の家は城下村の中の最初の丘の上に作ったので、当然だけど少し周りよりも高い場所にある。 ま、僕らの家とか、城下村の最初期からの施設はみんな丘の上なんだから仕方ない。 それに周りに色々あって見通しも悪いし、ちょっとどうしようか考えた。
単なるシンボル的にそこを基準点にしようかとも思ったけど、そうすると使い勝手の良い場所を別に設けて、そこを使ってということになり、めんどくさいので、城下村からちょっとだけ離れた見通しの良い場所に基準点を定めて、そこの地面に基準点であることを示す印をコンクリートで作った。
その基準点から見える、一番高い山の山頂と、そこからなるべく離れた、両側の目立つ地形の角度を一番最初に記録する。 その角度と、これから測る場所との角度の違いが、それぞれの場所の位置を表すことになるのだ。
最初の測量は、長さが分かっているロープを使っての測量だ。 実際には、ロープをいくら引っ張って位置を決めても、完全には真っ直ぐにはならないし、場所の高低差もあり、水平な正確な距離にはならなかったりするのだが、ロープで測っている距離では、道具の制度もあって大して問題にはならない。 あとは太陽で出来る影によって、南北は正確に分かるから、それを基準にすれば、かなり位置関係ははっきりと分かるはずだ。
地面は球体のはずだからとか、季節があるのだから自転軸は傾いているはずだからとか、頭の中の知識がそれだけでは不正確ではと問題提起するけど、根本的な精度がそれ以前の問題なのだから、無視する。 大地は平面で、とりあえずは構わないじゃないか。
基準点を示す印をコンクリートで作った時、コンクリートの実験はルーミエと一緒にしていたから、当然のようにルーミエが僕を手伝ってくれた。 それ以降、ルーミエが測量班に、しれっと混ざってきた。 どうやらルーミエはそういう機会を、虎視眈々ととまでじゃないかも知れないけど、機会を伺っていたみたいだ。 ま、エレナとエレナの子分たちもルーミエも参加することに文句を言わないから良いのだけど。 僕としては測量した地点の記録をしっかりと整理したり、色々な計算とかをエレナ以下にきちんとさせたり教えたりを、半分以上ルーミエがしてくれるから楽でもある。 ルーミエは測量に関してもことも、簡単に説明すればすぐに理解してくれて、理解したことをエレナ以下に教えるのは確実に僕より上手だから。
一方、ウォルフ・ウィリー・ジャンの3人は新人たちの実地教育を毎日している。 実際としては土塀や道の補修も兼ねていて、一石二鳥なのだけど、新人たちは3人に魔力という点でも、体力的にも、かなりしごかれているようだ。 新人たちは、半分は農作業の方に回されて、一日交代なのだけど、そっちはフランソワちゃんが受け持っている。 そっちも楽という訳では無いのだけど、3人に教わっている作業よりはそれでも楽のようだ。
新人の女性たちは、男性陣より少しだけどちらも作業も短くされていて、その時間に糸に関しての作業も教えられている。
雨の日など、作業が休みになる日には、こっちももう恒例なのだけど、集められて勉強会になる。 僕は日程がハード過ぎるのでないかと思うのだけど、勉強会は新人たちに好評というか、新人たちはやる気に溢れている感じだ。 ま、目の前にという訳じゃないけど、マイアやエレナの代の女性陣とか、同じ元孤児院出身という者が、村長になっていたり、領の仕事を任されていたりするのだ。 男たちは騎士になっていたりもする。 良い目標が目の前にあれば、元孤児たちが頑張るのも当然だとも思える。
レクレーションとしても教えた投石器の練習で、スライムや一角兎に命中させることの出来た新人が、次々と熱を出して寝込むのだけは、3人にとっては計算外だったようだ。
新人たちを連れて、スライムや一角兎が本当にいる場所で練習させるのが問題だと思う。 いや、少しレベル上げをさせようという気持ちもあったのかも。




