4人寄っても
僕らの提案は即座に実行に移されたのだが、一番すぐに動いたのはエレナの代の女性たちだ。 彼女たちは紙と筆記具があれば、他に用意しなければならない事柄が殆どない。 つまり準備に時間が要らないからだ。
彼女たちは、一応移動時だとかの安全を考えて、バラバラではなく揃って動くことにした。 護衛役は、それぞれの夫となった騎士見習いだ。
町は人口が多いので後に回して、まずは各村を回るところから始めることにしたみたいだ。 村に行って、そこに住む人全てをしっかりと把握して記載するだけでなく、今後の人の増減や動きの変化を継続して記録し、それを領政府に報告する仕組みを構築するのだ。
こう書くと難しいことのようだけど、そんなに大した事ではない。 尋ねた場所に居住する人を記録して、その後の報告を村長などにしてもらえるように要請するだけだ。
それでも彼女たちは自分たちが主になって、領主様から依頼された仕事をするということで、少し緊張もしていたので、最初の目的地は自分たちの出身地である東の村にした。
東の村なら、馴染みの場所ではあるし、村長はフランソワちゃんの父親だから、何か仕事上の問題が出ても、優しく対処してくれるだろうから、と。
初めて行うことで、実際の場ではいくらかの問題はもちろん出たみたいだ。
ま、その最たる事は、宿泊の問題を忘れていたことだったらしいけど。 他は、護衛として行った夫の騎士見習いたちが、どういう態度で周りと接すれば良いのか分からなかったりとか。
なんであれ、大きな問題は起こらず、彼女たちは仕事を進めている。
本来の仕事だけでなく、彼女たちは各地の細かい実情も知って、それらも報告として提出して来た。 これは予定外の大きな成果だった。
エレナの代の領民の名簿作りは、すぐに仕事が始まったけど、僕たちの提案の第一である関所の拡充の方は、そう簡単には始まらない。 何故ならば、そちらの作業の主な労働力として、この春新しく孤児院を卒院してきた者たちを使う計画だからだ。
彼らはこの城下村にやって来て、当然だけど最初は畑仕事の手伝いから生活をスタートさせている。 ただし、孤児院にいる時にしていた農作業、それも今は前とは違っているのだけど、この村では農作業でも徹底的に魔力を消費させられるのだ。
この村に来て、最初は村の中に、特に田畑では糸クモさんを良く見かけるので、いちいちビクビクしていたのだが、すぐに彼らはそれどころでは無くなった。 畑を少し耕すのでも、その作業を肉体的に行う前に、必ず土魔法の一つであるソフテンを掛けさせられるのだ。 その作業が無くて、魔法を使わないで済むかと思うと、今度は水遣りに魔法を使えと強制される。 毎日の労働の後の風呂は、最初は珍しくて嬉しくて、それから毎日のこととなると面倒に思うようになりかけたのだけど、今では一日の楽しみになった。 そのお湯を作る事をまだやらされないのは、彼らの魔力量が農作業だけで簡単に枯渇してしまうからだ。
「ナリート、お前も何日かに一日は、関所の方に来るのだろ」
「うん、そのつもり。 最初はともかく、溝に少し水が溜まれば、すぐにスライムは出てくると思うから。 スライムの罠作りに、何日かおきには行こうと思っている。
僕たちはもう、スライムの罠を作ってスライムを狩っても、そのくらいの経験値ではあまり意味がないけど、この春来た新人たちならば、大きな意味があるだろうから」
ウィリーの言葉に僕は答えた。
「そうだなぁ、城下村の周りはもう広く開発されているし、近くで見つけたスライムや一角兎は、今では的当ての的扱いで、すぐに退治されてしまって、前のようにスライムの罠を仕掛けていうことになってないからなぁ」
「うん、それはスライムや一角兎の危険とか害とかが、ほぼ無くなったということで、良いことだとは思うのだけど、新人たちのレベル上げがなかなか出来ないっていうことにもなっているよね」
ウォルフとジャンも話に加わった。
「それにしても、その少ない魔力の奴らを使っての、壁作りと溝掘りか。
なかなか工事が進まないのが目に見えているな。
やはり今からでも、新人じゃなくて、まともな魔力のある者たちを集めての工事にしないか。 新人はまだまだ村の中で、やることを覚えること、たくさんあるだろう」
「いや、俺たちだけじゃなく、村でもう古株になって来ているような者たちは、結構それぞれに仕事を任されているぞ。 そいつらを工事に引き抜いたら、村の中のことが回らなくなってしまうよ。
俺たちが抜けて、キイロさんは鍛治が捗らないと嘆いている。 これで、俺たちの代わりに手伝っているのを引き抜いたらキイロさん怒るぜ。 他もそんな感じだよ」
ウォルフに反論されて、ウィリーはため息をつくだけだった。 ウィリーだって、ウォルフに言われるまでもなく分かっていたのだ。 ちょっとぼやいてみただけなのだ。
「そのことなんだけど、僕は新人たちで行うんで構わないというか、かえって良かったのではないかと思っているんだ」
「えっ、どういうこと。 工事に時間がより掛かるのは当然だと思うけど」
僕の言葉にジャンが即座に反論してきた。
「いや、それは当然そうなんだろうけど。 僕は今度の工事は魔法を使う部分よりも、普通に肉体をというか、普通に力を使ってする作業が多くなると思っているんだ。
というのはね、今回の壁作りは今までの単なる土壁作りとは違うと思うから。 ほら、村を乗っ取ろうとした悪党を殲滅する前に、準備したような感じの壁を、もっと強化した物にしないといけないと思うからなんだけど」
それから僕は3人に詳しく説明した。
僕たちが土壁と言って普段作っている壁は、強度がたいして高くない。
それは作り方からして、外側の溝にする部分をソフテンで柔らかくして、その土を単純に積み上げただけのことだからだ。
壁の部分を整形して、ハーデンを掛けるのは、スライムが登りにくくする為と、そのままで放置してしまうと、雨が降ると簡単に崩れてしまうからだ。
ハーデンを掛けたといっても、一番安価なハーデンで固めただけの食器がすぐに壊れてしまうように、それでそんなに強度が上がる訳でもない。 それで簡単に強度が上がるなら、煉瓦作りなんてしていない。
それに今まで城下村で作られていた土壁のほとんどは、後に壊される事を前提に作っている。 城下村を広げていくと、その一番外側になった新たな土壁以外の、その内部となった土壁のほとんどは無用の物となり、逆に邪魔になるからだ。 他の村の以前の石壁も、その辺の事情は同じなので、外側に新たに壁が出来ると以前の壁は撤去されて、石は再利用されるのだけど、土台の部分なんかは撤去が面倒なので放置されることも多い。 ま、それが土地区分の目安になっていたりもする。 僕らの城下村の土壁は、石壁と違って、その材料を再利用する訳ではないので、単純に邪魔なだけとなるので、ほとんどが壊されてしまう。 牧場の柵がわりだとかの例外は、時々補修したりハーデンを掛け直して、崩れてしまうのを防いでいるのだ。
今現在の城下村の住人は、いや違うな、城下村もどんどん大きくなって色々な人が増えて、住人というとそういう人も含まれるから、住人という言い方だと間違いだ。 城下村で暮らす孤児院出身の者たちは、スライムや一角兎は投石器の的代わりにしているので、土壁はその本来の役割を殆ど果たしていない。 土壁の外部、投石器で投げた石が届く、結構な距離までの範囲のスライムと一角兎はほぼ駆逐されているからだ。 そのせいもあって、土壁の作りは、本当に簡易的で脆いのだ。
「関所を真ん中にして両翼のように作る壁はさ、そんな脆い壁だと役に立たないと思うんだ。 結構な長さで作ることもあるし、崩れないようにハーデンを常に掛け続けるなんてのも大変だろうし。
それにさ、高さも人間が簡単には越えられない高さで考えないといけないから、溝を壁の前に作るとはいっても、やはりそれなりの高さも必要となる」
「ナリートの今度作る壁の具体的なイメージって、いったいどんな物なのさ」
何だかジャンが焦れた感じで聞いてきた。
「うん、具体的には、ほら城下村のまだ丘の下に少しだけ広げただけの頃、無法者が襲って来て返り討ちにしたことがあったじゃん。 あの時の堀と壁のイメージかな。 それから上から攻撃するために区画も作ったけど、その時の壁の高さと厚みを、今回の壁でもイメージしている」
「あれって、かなり大変だったよな。 あの時は俺たちみんなの生死が掛かっていたから、すげぇ無理して壁とか色々作って。 それで鍬だとかスコップだとかの農機具をボロボロにしちゃって、後でキイロさんとすごく苦労したんだ。
その時並の壁を作ろうというのか?」
ウォルフが何だか凄く嫌そうな顔をして言った。 いや、あの時僕ら、特にウォルフとウィリーが苦労したのは、その壁作りの時じゃなくて、その後の農機具なんかの修理と新造の手伝いをキイロさんに強制的にさせられた方だからね。 壁作り自体は、村人総出で凄い勢いでしたから、僕ら、もちろんウォルフとウィリーもだけど、周りに比べて苦労した訳じゃないじゃん。
「それ以上だよ。 あの壁は今も残っているけど、もうかなり崩れてしまっている」
「もう必要がないから手入れしてもないからね。
本当は邪魔だから、ない方が良いと思うのだけど、誰も無くそうって言わないで、何となく残っているよね、あれ」
うん、ジャンの言うとおりだ。
無法者を殲滅するために作って、目的を果たしたあの壁は、今では城の入り口部分で、人や物の流通の動線の邪魔になっていると思うのだけど、誰からも崩して撤去して、道を真っ直ぐに繋げて便利にしようという声は上がらない。
ま、なんて言うか、あれは城下村が独り立ちを周りに完全に認めさせた最初の象徴みたいな、少なくとも僕らにとっては、とても意味のあった建築物だからな。
「そうなんだけど、あれはもう形が崩れてしまっても、まあ、問題はないのだけど、今度作る壁は、高さとか上の面の幅とかは同じ感じにしたいと思うのだけど、この位の期間で崩れてしまっちゃダメだと思うんだ。
それで、あの時はただ土を積み重ねて、足で踏んで固めたくらいで作ったのだけど、今度はもっとしっかりと、土や小石を少し積み上げたら、それを突き固めて、そしてまた積み上げて突き固めて、と繰り返す事で、もっと強固な壁にするべきだと思うんだ」
版築という工法だ。 枠を作って突き固めるという方法は、枠を作る材料の確保が難しいので出来ないから、上からだけでなく側面も叩く必要がある。
「踏み固めるじゃなくて、突き固めるというのか。 突き固めるって、どういう風にやるんだ?」
ウィリーが具体的な方法を聞いてきた。 突き固めるというのが、どうもピンとこないらしい。
「底が平らな2人で持ち上げる程度の石に、竹の持ち手を結えつけて、それを2人で持ち上げては落とすという事を繰り返す、という感じかな。 木がたくさんあるなら、適当な丸太に持ち手を付けて、という方が簡単だと思うけど、ここではそれは望めないから」
僕は地面に簡単な絵を描いて、突き固める道具の説明をした。 3人ともすぐに理解してくれた。
「なるほど、確かにその作業をするとなると、あまり魔法は使えなくても構わないな。 純粋な肉体労働の方が大変そうだ。
ま、それでも少しでも掘った場所に水が溜まれば、そこにはスライムが発生して集まるだろうから、そのスライムを狩って、新入りのレベル上げをしつつ、作業の効率化も進めようという考えか。
理解したというか、結構なスパルタだな」
「上から突き固めるのは分かったけど、横はどうするの? その道具の形では壁の横を突き固めることはできないんじゃないかな」
「横は、フォームで形を整えればOKだろ」
「バカかお前は、それを出来るほどの魔力がある訳ないだろ。 盛るための土砂を取るために堀にする部分を柔らかくするので精一杯だろうよ」
「つまりは横も叩かないとダメということだよね」
「スコップで叩いて、スコップをダメにして、キイロさんに怒られたり、作り直しの手伝いをさせられるのは俺は絶対に嫌だぞ」
「こんな感じの道具を作れば、横の方も叩くことが出来るんじゃないかな」
僕が口を出さずにいても、ジャン、ウォルフ、ウィリーの3人でアイデアも出しながら、具体的にどうするかの話がどんどん進んで行く。 前は僕が頭の中の知識を元に案を出して、それに他のみんなが従ってくれるだけだったけど、今では僕の出した原案にどんどん色々な肉付けをしてくれる。
「ま、横の叩き方は試行錯誤も必要だと思うが、なんであれ、俺たちは最後まで少し魔力を温存しとく必要があるな。 出来た部分の最後に表面にハーデンを掛ける必要があるからな」
ウォルフがそう言うと、ジャンとウィリーも「そうだな(ね)」と肯定した。
そう、表面を固めておかないと、雨が降るとすぐに土壁はダメになってしまうから、それは当然の作業だ、普通なら。
「それなんだけど、僕は表面をコンクリートで固めたいと思っているんだ。
ハーデンで固めても、そんなに強くないから、定期的に掛け直さないとダメだろ。 あれって、かなり面倒臭い作業じゃん。 特に関所の両脇に作る壁だから、城下村からは遠いし、壁の長さもかなりになる予定だし、絶対に凄く面倒臭い作業をし続けなければならなくなると思うんだ。
だから、それを避けるために、コンクリートで表面を固めてしまいたいと思うんだ」
僕の提案にウィリーが嫌な顔をした。
「コンクリートって、あれだろ。 ナリート、お前とルーミエで作っていたやつ。 結局あまり上手くいかなくて、家の壁に塗るのだって、単なる漆喰で十分ということになったじゃないか」
「いや、溶鉱炉の排ガスを処理するために、石灰水の中を煙が通るようにした装置で、副産物として石膏がたくさん取れるようになったから、それを利用して、コンクリートが、正確にはセメントが前と比べるとずっと使いやすく、安定した品質になったんだ。 だから、今度こそは大丈夫」
版築に関しては、案を出したあとは僕はほとんど口を出さずにいたのだけど、コンクリートで表面を固めるという案に関しては、懸命に説得しなければならないようなことになってしまった。
とにかく、やってみようということに決まるまで、かなりの時間が掛かったぜ。
そんなこんなで、僕たち4人は関所の建物をどう拡充するかなんて話も含めて、関所周りの工事の実施に関して、とてもしっかりと話し合いが出来たと満足した。
「全くあなたたちときたら何を考えているの。
3人寄れば何とかと言うけど、4人も揃って話をして、誰もそこに慣れにていない新入りの子たちをどうやって連れて行ったり戻ったりするかや、向こうで寝泊まりする方法だとか、食事をどうするかとか、なんで何も考えてないの。
そっちの方が先に考えなければならない問題じゃないの。 揃いも揃って、バカなの、あなたたちは」
僕ら4人はマイアに呆れられてしまった。
そうだった、関所までは城下村から、馬車を使って半日と少し、歩いたら確実に1日を要する距離があったのだ。
僕たちは、作る物をどうするかばかりに気を取られて、そこまでの移動とか、必要となる食事の準備とか、滞在に必要な物とか、完全に忘れてしまっていたのだ。




