僕らからの提案
僕たちは4人で考えたことを、文官さんのところに持って行った。
今まで僕たちは自分たちで何かを考えて、それを実行する時に、わざわざ領主様や文官さんに相談したりすることは、ほとんど無かった。 城を作る場所を決めた時に、その地を勝手に使って構わないのかを、確かめたくらいだ。
ま、実際のところは領主様や文官さんたちに色々心配されて、事あるごとに話を聞かれたりしてたから、相談していたこととあまり変わらないのかも知れない。 それが元で結構振られていた仕事もあったような気もするが、それもなければ金銭的にももっと大変だっただろうから、きっとそういうことも考えてくれていたのだろう、と今になっては思うけど。
けど、自分たちがしようと考えたことを、事前に正式に文官さんたちに相談するのは、初めてのことだ。 今回のことは、自分たちだけに関わることではなくて、この男爵領に関わることだから、さすがに僕たちが勝手に進める訳にはいかない。
「つまりナリートくんたちは、この領内に出入りする人を、もっとしっかりと管理する必要があると考えている訳ですね。 そしてそのためには関所をもっと強化しなければならないし、領の境をしっかりとしないといけない、と」
「はい、僕たちはその必要があると考えました」
ウォルフが僕らを代表する形で、文官さんの問いに答えた。
「実のところ、この領内への人の出入りの管理をもっと厳しくしようという意見は、この城下村のお陰で商人の出入りが増えた時から、議題としては上がっていました。 領境の警備をしっかりとするのは、他領でも普通にしていることですしね。
今まで、それをしてこなかったのは、この男爵領は辺境で何も無さ過ぎて、それを行う必要があるほどの人の往来が無かったからです。
ただ、議題として上がっていたのに今まで何もされていないのは、現実的な話として関所を強化しても、少し道を外れて移動すれば、関所を通らずにこちらの領に出入りするのは簡単なことだからです。 もちろん重い荷馬車と共に移動することとなれば、整備されている道を通らずというのは困難ですが、人や人が担げる荷物程度を持っての移動なら、道を通らずとも簡単ですからね。
こちらの領に出入りするには、関所付近の丘を越えたり、丘が切れて、そこから山際までの荒地を通るルートが考えられますが、距離が増えたり、モンスターに襲われる可能性が上がることはありますが、出来ないことではありません。 現実的にモンスターに襲われるリスクを考えると、丘越えが最もあり得そうですけど。
君たちの案は、その丘越えを簡単な土塀と、スライムとデーモンスパイダーで遮断するという訳ですね。
うーん、なかなか面白い案ですね。 土塀を作って、木を植えて、スライムとデーモンスパイダーで侵入者を防ぐなんて、君たちでないと考えつかない方法ですし、実行もできません。
領主様も含めて検討してみましょう。 詳細はもう少し詰めないとダメでしょうけど、実行することになると思いますよ」
文官さんは僕らの案に乗り気になってくれたようだ。
僕はもう一つのことも相談する。
「それともう一つなんですが、その工事と並行して、この領内に住んでいる人のきちんとした名簿作りをしないといけないと思うんです。
関所を今より充実させても、それを逃れて入って来たりする者は出てくると思うんです。 水の問題をどうにかすれば、関所から離れた山際から入って来ることが出来ますし、川を使えば、川からも入って来ることが出来ます。
入り込んでしまえば、今はこの領内の人か違うかは分からなくなってしまうので、自由に移動したり、活動したりが出来てしまいます。
それを防ぐためです。 ま、完全には防げないとは思いますけど、住民はきちんと記録されているという事になれば、入り込もうとする者にとってはやりにくく感じるのではないでしょうか」
僕の頭の中の知識では、川を使った交通は、舟を使えば多くの物をより楽に運ぶことが出来るから、盛んに行われるというイメージがある。 しかし、現実はそんなことはない。
この男爵領に限ればなのかも知れないが、そもそもにおいて大量に物を運ぶということが無かったのが一番の理由なのだろうが、それ以上に水がある川近くはスライムが多く生息する。 川を使うには、常にスライムをどうにかしなければならないという問題が付きまとう。 たぶん、それが現実的には問題なのだろう。
それとここの川は、西の村近くの支流ほど本流の方は極端ではないけど、水量がすぐに変わる。 流れる水の量が、多くなったり、少なくなったりの差が激しい。 雨が降れば、急に水量が増え、好天が続けば、一気に減ってしまう。 それもあるのかな。
そういった理由から、この地方に他所から入るルートにはなっていないけど、でも絶対に無理という訳ではない。
でも、関所から離れたそんな場所を、常に監視出来る訳がない。
「なるほど、今現在は知らない人が来ても、その人がこの領内の他の場所から来た人だか、他領から来た人なのかもはっきりしない。 何しろ領内のどこにどれだけの人が住んでいるかも、しっかりと分かっていないのですから。
名簿作りをしっかりとして、それをきちんと把握しているという事になれば、他から入って来た人もすぐに把握できるという訳ですね。
これは良い案ですね、是非ともすぐにでも進めましょう」
あれっ、住人の名簿作りなんて、かなりの手間が掛かる作業だから反対されるかと思っていたのだけど、あっさりと賛成してもらえた。
「ナリートくん、住人の名簿作りは、領内への人の出入りの管理のためだけじゃないでしょ。 別のことも考えているでしょ」
どうやら文官さんには僕の考えていることは、お見通しのようだ。
「はい、この男爵領のことを考えるには、そういった基礎的なこともきちんと把握しておく必要があると思っていたのです」
「そうですね。 それは領主様も含めた私たちの間でも以前から話題に上がってはいました。 機会を待っていたというところでしょうか。
君たちから、そういう意見が出て来たということは、きっと今がその機会なんでしょう。
他にも何かありますか?」
「あ、それじゃあ、もう一つ。 これは、みんなと話した中には入ってないのですけど。僕はこの男爵領のもう少しきちんとした地図を作るべきじゃないかと思うんです。
今、ある地図は、なんとなく経験的に描かれただけの物ですから。 距離とか、方向とか、高低差とか、そんなことがしっかりと判る地図があれば、色々と便利だと思うんです」
今ある地図は、僕の頭の中に知識としてある地図と比べると、地図とは呼べないくらいの物でしかない。 頭の中の知識としてある物ほどではなくても、もう少し地図らしい地図が僕は欲しいと前から思っていたのだ。 今すぐに技術的に出来る物でも、ずっとマシな物が出来るはずだと思う。
「地図ですか?」
こっちは文官さんもピンとは来ないみたいだ。
僕らの提案は、その後領主様やシスターも交えての話し合いの後、全て実行された。
シスターが話し合いに加わったからという訳でもないのだろうけど、僕らは考えていなかったのだが、関所には薬作りを主な業務にしている[職業]シスターの人たちも、順番に関所に詰めることになった。 [職業]シスターの人の人の特殊技能『真実の耳』を使うためだ。
現実的には関所を通る人全てを一々尋問する訳じゃないのだけど、答えた内容が嘘か本当かが判る人物が常に居るとなれば、邪な思いを持って関所を通ろうとする者は激減するだろう。 どちらかといえば、そういう効果を狙っているのだ。 [職業]シスターの人の人の特殊技能『真実の耳』は、誰もが知っている特殊技能という訳ではないけど、[職業]による特殊技能としては最も広く知られている技能だ。 潜入してなんてことを考えるような人ならば、まず確実に知っているだろう技能だ。
とは言っても、[職業]シスターの人が関所に順番に派遣されるようになるのは、まだ先の話で、まずは関所自体をもっと設備的に充実させてからの話だ。
関所周りの施設の建設、壁の構築、植林などに関しては、順当にウォルフ、ウィリー、そしてジャンが担当者となり、城下村から人を出すことになった。 それに加えて、この春の各地の孤児院卒院者が、その工事に加わることになった。
前の年は各地で卒院者の囲い込みが起きたのだけど、少し強引な部分もあってそれが問題となり、この春からは卒院者自身の希望が一番重視されるように変更されたのだ。 そしたら全員が城下村への移住を望んだという訳だ。 城下村開拓の当初の理由には、そういう卒院者の受け皿を目指すということもあった訳だし、城下村では色々なことをしていてまだまだ人手不足ではあるから、受け入れを拒むことはないのだけど、全員がというのは全く予想していなくて、住居の準備などがとても大変なことになってしまった。
だけどまあ、その苦労をしたのは僕ではなくてマイアだった。
少し前までは、僕の公式な肩書は、城下村代官だったのだけど、今はその地位は正式にマイアに移っているからだ。
マイアは嫌がったけど、僕は領主様と王都に行ったりする事もあって不在になる時期もあるし、それ以前に実質はマイアが差配していたのだから、事務仕事が2度手間になる負担を減らすためにも、現実に即してマイアがその地位になっている方が良いのだ。
ああ、良かった、僕はその地位を外れることが出来て。
僕が正式に城下村代官をマイアに渡せたのは、僕が地図作りの担当になったからと言うのもある。
地図作りは、具体的な地図のイメージを持っていて、測量技術の知識がある僕以外では出来ないからだ。 地図作りの担当者は僕以外は出来ないからという理由があるから、マイアも渋々、正式に城下村代官の役を引き受けたのだ。 ウィリーとウォルフが先に関所の方の担当になってしまっていた事もあるな。
僕の地図作りに加わるのは、エレナとその子分たちだ。 これは領内の様々な場所に足を運ぶ必要があり、その道中だったり行く場所が安全とは限らないからだ。 エレナももちろん含まれるが最初からのメンバーを除くと、エレナの子分たちが最もモンスター、特にスライムと一角兎以外のモンスターとの戦闘経験があり、安心して連れ歩けるからである。
それに加えて、エレナを頂点として統率が取れているので、実際の測量作業の動きもすぐに上手くこなしてくれるのではないかと期待している。 現時点で使える測量機器なんて簡単な物でしかないから、それらの運用はすぐに覚えてくれると思うけど、測量は出来てもその後のデータをきちんと保存管理して、それらを元に地図にしていくなんていう頭をとても使う作業になると、今まで体を動かして何かすることに特化していた彼らはかなり苦労するんじゃないかな。
何にしろ、地図作りなんて一気に出来ることではないから、とても大まかな物を作るところから始めて、地道に細かくて正確な物にしていくしかない。 長期スパンで考えてやっていくしかないだろう。
もう一つの領内の住人の名簿作りは、エレナの代の女性たちが担当することになった。 正式には、エレナの代の女性とそのパートナーになった騎士見習いが、地域を分けてそれぞれに担当して、個々を回って、詳しくきちんと作ることになったのだ。
僕ら孤児院出の者たちは、孤児院を出る時にはもうパートナーが決まっていることが多いのだけど、僕らの代は3人でジャンがあぶれてしまったように、上手くみんな決まっているという訳にはいかない。 でもまあ、大体は上下の代も含めて、まあそれなりにパートナーが決まっていることが多いのだけど、エレナの代は一番初期の城下村開拓に男性が参加しなかった、というか男性も含まれるようにしようとエレナが考えが回らなかったからか、女性だけの参加だったので、今までパートナーがいなかった。
ここにきて、領主様がほとんど城下村で過ごすようになったのだが、元々の領の役所は当然町にある訳で、文官の人も城下村に住む人もいれば、行ったり来たりしている人もいる。 そんな訳で伝令みたいな人がかなりの頻度で町と城下村の間を行き来している。 その伝令役が騎士見習いの僕らとあまり年齢の違わない男性だったので、いつの間にか彼らをパートナーにしていたのだ。
そこでそれを利用して、彼らに任務として与えられることになったのだ。
だから正式には騎士見習いの人の任務なのだけど、何故か領主様はエレナの代の女性陣の方に期待しているようで、文官の人がその任務の説明を詳しくしたのも彼女たちの方だった。 騎士見習いの男性陣だって、騎士見習いになっているのだから、それなりの教育もきちんと受けているはずだから、僕、ルーミエ、フランソワちゃん、それにシスターからの教育しか受けていない彼女たちの方に期待が大きいのは、ちょっと間違っている気がしないでもない。
そうそう、それで思い出したけど、ウォルフ、ウィリー、ジャンは領主様から正式に騎士に任命された。
ウォルフとウィリーはエレナと共に元衛士であって騎士見習いじゃないし、ジャンは全くそういう前はない。 でも領主様はとても簡単に、3人に「お前たちの正式な身分は騎士とするからな」と任命してしまった。
まあ3人は今ではちゃんと馬にも乗れるから、騎士となっておかしくもないか。 レベル的なことを言えば、他の正式な騎士より、大蟻の討伐をたくさんしているせいもあって上になってしまっているから、きっと戦闘力でも引けを取らないとも思う。
あと、キイロさんはもう役目を終えて、城下村での仕事に完全に戻っている。 まあ、奥さんのタイラさんと子どもいるし、そうそう他所に出歩いてはいられないだろう。
だけど元西の村孤児院出身者を多く含む、新西の村開拓団を率いていたロベルトは、まだ城下村に戻って来ない。
あの騒動の後、西の村は逆に新西の村に吸収されるような形になってしまったので、今ではもう新西の村こそが西の村の中心だ。
ミランダさんも西の村の孤児院の院長になってしまっている。 西の村は教会の神父さんが前村長と癒着してしまっていたので更迭されてしまい、ミランダさんが西の村の教会関係者の最高位になっている。
西の村の騒動の直後には、領政府から代官を派遣する形になっていたのだが、今ではもう引き揚げてしまっていて、新旧合わせた西の村のことは、今現在はミランダさんとロベルト、それに西の村の騒動の最初のきっかけとなってしまった鍛冶屋さんを加えた3人で運営されている。 鍛冶屋さんは、まあ元の西の村住人の嫌々ながらの半分代表みたいな感じで、実質的にはロベルトとミランダさんで運営している感じだな。
もうロベルトが西の村の代官、または村長になってしまえば、それで良いのではないかと思う。
ミランダさんは、西の村の孤児院の院長としてやっていくことを、決めているみたいだから、良いのだけど、ロベルトが城下村を出て、西の村でやって行くという決心をしているかどうかは分からない。 だから勝手に押し付ける訳にはいかないのだけど、そろそろどうしたいかを本人に直接尋ねないといけない時になっているのかもしれない。
布作りは、問題となっていた機織り機の不足が、ロベルトが新西の村開拓の責任者になってしまい、ジャン1人の負担になっていたのが、逆に功を奏す形になった。
ジャン1人では、今まで2人でやっていたことを到底1人で出来る訳はなく、仕方なく若い子たち数人に手伝わせることになった。 そのうちに若い子たちでも、一番繊細な糸クモさんの糸を使う機は作れないけど、他の機は自分たちで作れるだけの腕になった。
それで作成する人数が増える事になり、以前よりも機を多く作れるようになり、ようやく城下村内の機の数は必要数を満たすようになったのだ。
機織り機の需要は高く、作れはすぐに売れるだろうけど、それは出来たら売りに出せば良いだけで緊急性かある訳じゃない。 それにそういった機織り機は、難しくない機織り機で用は済むから、今ではかなりの人数が作ることが出来るのだ。 問題となるのは材料となる木材だけだ。 その分の木材は他所から運び込むと商店が提案しているけど、まだこれからのことだ。
今現在は城下村の布の産出量がかなり増加しているという状況なのは確かだ。 とはいってもスパイダー・シルクを使った布の産出量が劇的に増える訳はなく、最も増えたのは領内から委託された糸で織った布の量だ。
その為なのだろうか。 領内の人々の着ている服が、以前よりも何だか小綺麗になっている気がする。 もしかすると僕がそういった事も目に入るだけの余裕が出来たからかもしれない。 そんなことを気にすることも今まではほとんどなかったから。




