2度目の一緒の外出
さあ、2度目のルーミエとの村の外への外出だ。
ルーミエはもちろん僕と村の外に行くことを心待ちにしていたようだけど、僕もちょっと待っていた。
でも僕が待っていた訳は、ルーミエには言えないけど。
2度目だから、僕は今回は村から見えない場所まで行くと、すぐにルーミエと手を繋いで、ゆっくりと歩いて林に向かった。
今回は休みの日ではないから、僕たち以外の孤児院の子、つまりリーダーをはじめとする僕の友達たちも林には来ているのだけど、彼らが行くであろう場所は分かっているから、そっち方向だけ気をつけていれば、手を繋いでいても大丈夫だ。
僕がルーミエと一緒に林に行くのは、シスターがルーミエを薬になる草を取りに行かせるのに1人だと危ないから、1人で林に行く僕に付き添わせると、みんなに言ってくれたので、その点はリーダーを除けば揶揄われることはないと思う。
でもリーダーはそんな話を聞いても僕のことを揶揄ってきて、それに対して僕が怒ったり反論したりすれば、きっとまた殴ってくるだろうと思った。
それは面倒なので、なるべく彼には近づかないことにしようと思っている。
「ルーミエ、大急ぎで僕は柴刈りをしてしまうから、ルーミエはここを動かないで。
この辺はスライムはいないみたいだから、ここの周りだけなら何かの草とかがあるかどうか探しても構わないけど。
どっちにしろ、僕もこの近くで柴刈りして、見えないところには行かないから」
森に入ってすぐに、僕は辺りの気配を伺って、スライムが近くにいないことを確認してから、そう言ってルーミエから離れた。
「ナリート、本当にスライムはいない? 大丈夫?
見えないところに行かないでよ」
ルーミエは自分ではスライムのいるかいないかが全く分からないので、ちょっと不安そうに僕にそう言った。
「大丈夫、本当にスライムは近くにはいないから。
僕だけじゃなく、男はみんな毎日のように林に来るから、スライムの気配にはとても敏感になるんだ。
それに今はルーミエもいるから、念入りに辺りの気配を探りながらここに来たから、スライムはいないよ、絶対に。
いや、絶対とは言い切れないけど」
「なんでちょっとだけ、意地悪するの?」
「だって絶対というのはあり得ないし、それに絶対と思ってルーミエが安心しきって辺りの警戒を怠ったらダメだろう。
とにかく、これは絶対だけど僕も遠くには行かないから、ルーミエもここから離れないで、近くで何か探して」
僕はそう言って、すぐに本当に大急ぎで柴を集めた。
以前よりも何となく把握できる範囲が広くなったせいで、今までも他の子に比べたら柴刈りが速かったのだけど、もっと速くなった気がする。
ルーミエをあまり待たせたくないと思ったから、いつも以上に僕は急いだ。
すごい勢いで動き回って柴を集める僕を、ルーミエはびっくりして眺めていたようだ。
僕が柴を普通に持って帰る分と、今日これから火を焚くのに使う分を集め終わると、ルーミエは言った。
「ナリートって、あんなに素早く動けるんだね。
すごい勢いで動いて柴を集めていて、私、びっくりしてそれを眺めちゃって、何も見つけたり出来なかったよ」
「うん、僕は前にスライムにやられたことがあるから、だから素早く動いたり、力をつけたりの練習をずっとしているから、きっとそのせいだよ。
だから、今ならルーミエをおんぶしても、スライムから逃げれるよ」
「私だって、逃げるくらいできるよ」
最後の一言は余計だったようだ。
川に近づき、僕は集めた柴を背中から下ろすと、今度はルーミエを負ぶった。
ルーミエも、スライムが途切れているところを自分で突っ切って、川の中洲に行くのに見栄を張る余裕はないらしくて、素直に僕に負ぶさった。
ルーミエは中洲まで行くと、僕の背からすぐに降りて、蔓を沈めてある場所に向かった。
「そんなに急がなくても、ちゃんと蔓はあるし、良い具合に柔らかくなっているよ」と、僕は声を掛けかけて、慌てて口をつぐんだ。
そりゃさすがに心配だから、僕はルーミエが来れなかったこの2日も、その蔓を点検している。
「良かったぁ、流されないでちゃんとあったし、ちゃんと周りの皮が捲れて柔らかい感じになっている」
「うん、少しまた叩いて、そうして川で洗うみたいにすれば、外側の皮は全部取れちゃうと思うよ。
そうしてまた浸しとけば、この次にはルーミエ念願の袋作りが本格的に始められるよ」
僕はルーミエの言葉に、反射的にそう応えてしまったのだけど、ルーミエが川の中から取り出した蔦を見に行かずに遠目だったのにそう応えたので、ルーミエは少し変に思ったみたいだ。
僕が色々と配慮を忘れてしまっていたのは、ルーミエを負ぶった時に、ルーミエのことを見て、ちょっと考えてしまっていたからだ。
歩いて手を繋いでいる時にも、見ることは出来ると思ったのだけど、歩いている時はまだ誰かに見られるかもという気持ちもあって、ルーミエのことを見てみる余裕がなかった。
川まで来れば、まず誰もいない。
それで負ぶった時に見てみたのだ。
それに川で負ぶっている時は、僕は本当は余裕があるのだけど、ルーミエはスライムに緊張しているので、無言になっても不自然じゃないので都合が良いのだ。
僕は本当のことを言うと、今回見ると前の時よりも少しは良いことが見えるのではないかと、かなり期待してた。
僕が初めて獲った魚を焼いて食べた日、僕はなんて言うか足りていないところに物が足されるような感じだった。
きっとルーミエだって、この前魚を食べた時には、そんな感じを味わったと思う。
そうしたら、ルーミエの[体力]と[健康]だって少しは良くなっているんじゃないかと思ったのだ。
そう期待して見てみた結果は、[体力]の 現在とても危険な状態 というのが、現在危険な状態 に変わっただけだった。
「とても」が取れただけでは、ほとんど状態は変わらない。
[健康]の記述が、寄生虫に関しては当然変わらないだろうと思ったけど、他の部分も全く変わらず、
栄養失調。 極端に栄養が足りていません。
のままだったのはがっかりした。
ま、1回魚を食べたくらいじゃ変わらないよ、とも思ったけど、魚食べたら夕食は小さい子に分けていたし、それより何より寄生虫に酷く犯されているというのが大問題なのかも知れないと考えたりしていたのだ。
ルーミエが何だか不審そうな目を向けられて、ちょっと何か言われそうで嫌だなと、ちょっと自分の頭の中での考え事から離れたのだけど、僕は今度はどう誤魔化そうかと考えていた。
そんな調子で僕は魚の罠を川の中から持ち上げたのだが、その成果を見た瞬間、とってもがっかりしてしまった。
「ちぇ、今日は1匹しか獲れなかった。
でもまあ、0じゃなかったから良かったかな。
ルーミエは、ここで蔓を洗ったり叩いたりしていてくれる。
僕はこの前と同じように、あそこで魚を焼いてくるから」
「うん、分かった」
魚が1匹だけだと聞いて、ルーミエもがっかりしたみたいで、僕の様子を見ていて何か言おうとしていたことは忘れたみたいだ。
僕はいつもの場所で、魚を焼いて戻って来て、その魚をルーミエに食べさせようと思って渡そうとしたら、ルーミエに拒絶された。
「ナリート、1匹しか獲れなかったんでしょ。
だとしたら、この魚は獲ったナリートが食べるなくちゃ。
2匹あったら1匹もらっても良いかなと思うけど、1匹じゃもらえない」
「何言ってんだよ。
僕は昨日も一昨日もここに来て食べてる。
ルーミエはシスターに許してもらえたとは言っても、3日に1度しか来れないだろ。
だから来れた日くらいは食べろよ」
「でもそれじゃあ、ナリートの食べる分がなくなるじゃん」
「僕はまた明日獲れたら食べるから構わない」
「じゃ、半分こにしよう」
「半分こにするほど、大きな魚じゃないよ。 良いから食べろよ。
そうでないと明日とか獲れてても、何だか僕が食べにくいじゃないか」
僕はもうほとんど無理矢理に、ルーミエに魚を食べさせた。
僕はちょっとルーミエの気分を変えたいと思って、話を振った。
「そういえば、スライムは水の中にも入って来ないけど、火を燃やしたところには何だか近づかないみたいなんだ。
いつも火を使っている場所には、僕らがいない時もスライムは近づいていない感じがするんだ」
「うん、きっとね、スライムは水の中に入れないのと同じに、いやもっとかも知れないけど火には近づけないのかも知れないよ。
それにね、大人の人はね、台所から出る灰を、モンスターよけの石壁のところに撒くんだよ。
そうするとスライムが寄って来なくなると言ってた」
「えっ、そうなの?」
「うん、私、灰を撒くのを手伝ったことあるもん。
その時に聞いた話だよ」
「すごく良い話を聞いた。
うん、ルーミエ、この話は魚1匹よりもっと価値がある。
魚1匹でこれを教えてもらえたなら、すごく安かったな」
「そう、それなら良かった。
でも、やっぱり私だけ食べるのは嫌だな」
しまった。 話を魚から離そうと思っていたのに、戻っちゃった。
ルーミエは、ちょっと何か考えている顔をしていたが、僕が竹を細く割った棒を使って作った罠に、壊れているところがないかを点検しているのを見て、言った。
「ナリート、私にもその罠作れるかな?
作れるなら、袋の作り方だけじゃなくて、その罠の作り方も教えてくれないかな。
そうしたら、自分の分の罠も作ってナリートのと一緒に仕掛けておけるじゃん」
うん、確かに罠の数を増やすのは良い案かも知れない。
でもここで魚を獲って食べているのは秘密だから、あまり沢山獲っても仕方ないんだよな。
でもルーミエが自分が作った罠があれば、魚を食べるのに、僕に遠慮することもなくて、確かに良いかも知れないとも考えた。
それにだよ、竹を割ったのを使って、何か作るということをルーミエが覚えたら、傷薬を作る草を売る話に都合が良いじゃないか。
僕はそんなことも考えた。
「うん、分かった。 こんな罠を作るのは、袋を作るよりずっと簡単だよ。
ルーミエにも、まずは竹を割って、細い棒を作ることから教えるよ。
そこに取って来てある竹は、別のことに使うために取ってきた物で細すぎるから、もうちょっとだけ太い竹を今取って来るよ。
ルーミエはもう少しここで蔓を叩いたりして待ってて」
僕はまたルーミエを残して、今度は少し離れた場所に竹を採りに行った。
ルーミエも中洲は安全だということがもう分かっていて、少し慣れたのだろう、僕が離れても文句を言わなかった。
僕が集めていた竹よりも太い竹を持って中洲に戻ると、ルーミエはちゃんと蔓を石で叩く作業をしていた。
うん、あれだけちゃんと叩いておいたら、次の時には確実に袋を編むための紐になるだろう、と僕は思った。
僕はルーミエに石のナイフを使って、竹を割って細くしていく方法を教えた。
竹は横に切るのは大変だけど、縦に割るのは難しくないから、そっちをルーミエにはさせて、適当な長さに切ったりするのは僕が担当することにしたのだ。
「あっ、失敗しちゃった」
ルーミエが自分の指を口に咥えた。 石のナイフで切ってしまったようだ。
僕はちょっと慌てて、
「ルーミエ、切ったところを僕に見せて」
と言って、指を出させると、急いでヒールを掛けた。
幸いルーミエの傷は大したことはなく、僕のヒールでも傷は治った。
僕が慌てたのは、ルーミエを見た時に、
少しの怪我や病気でも死んでしまう
という表示があったからだ。
どの程度が少しの怪我なのか分からないから、ルーミエが怪我をしたことで、死んでしまうかも知れないと思って慌ててしまったのだ。
「うーん、ルーミエが石のナイフを使うには今のままだと怪我しちゃうのか。
本物のナイフみたいに持ち手がないとダメだな」
僕はルーミエに渡した石のナイフを取り上げて、どうしたら改造できるかを考えようとした。
でも、ルーミエは別のことに気を取られていた。
「ナリート、何したの?
というか、私の怪我を治したよね、それって、シスターが使う魔法だよね。
ナリートって、シスターが使う魔法が使えたの?」
あ、焦って忘れていたけど、僕はヒールの魔法を使えることを誰にも教えていなかったんだった、ルーミエにも。
小さい子を洗ってやっている時に、小さな傷を治してあげていたけど、それは本人にも気付かれないように治していたから、ルーミエにも知られていなかったみたいだ。
「うん、僕は冒険者さんに魔法でスライムにやられた怪我を治してもらったり、シスターにも怪我を治してもらったりしたからだと思うけど、少しだけ使えるようになったみたい。
でも、シスターほどは治せないし、冒険者さんはそのシスターよりも凄い威力だったらしいんだ。
僕が治せるのは、ほんのちょっとだけだよ」
「でも凄いよ。 私も、そんな魔法使えるようになるかな」
僕はルーミエにそう言われて、僕が見たルーミエの[職業]を思い出した。
ルーミエは「聖女」だから、きっとルーミエがヒールを使ったら、僕よりずっと威力があるヒールが使えるんじゃないかと思う。
でも、僕が見た今現在のルーミエには、まだ[魔力]という項目がなかった。
[魔力]という項目がないということは、僕はまだルーミエは魔法が使えないのではないかとも考えた。
ルーミエの[職業]は「聖女」なのだから、きっと「聖女」に相応しいことは出来るようになっていくのだろうと思う。
「ルーミエは、今はまだ使えないだろうけど、だんだん使えるようになると思うな。
ルーミエが使えるようになったら、きっと僕より凄い威力で使えるようになると思うよ」
ルーミエは、僕が僕より凄い威力で将来は使えるようになるという言葉を、僕が誤魔化そうとしているか、適当に答えたと思ったようだ。
「ナリートと私は同い年だよ。
それなのにナリートが出来て、私が出来ないのは、私にはそういう力がないからじゃないの?
でも、ナリートも私も同じ村人なのに、何で違うのかな?」
「うーん、それは僕はスライムに襲われた時に、偶然だけどスライム討伐をしちゃって、それでレベルが上がったから」
僕はルーミエのちょっと問い詰めるような調子の言葉に、そう答えてしまった。
「ナリート、レベルが上がるって何? どういうことなの?」
僕はしまった、と思ったのだけど、仕方ないからルーミエに説明した。
「えーと、冒険者さんがシスターに語っていったということによると、初めてモンスターを倒すと、なんていうかそれまでより強くなるらしくって、僕はそれをレベルが上がったって言ったんだ。
僕の場合は、その後魔法がいくらか使えることに気がついた、というかその後にヒールをかけてもらって、その時の感じを自分で再現しようと思ったら、僕もシスターよりもずっと弱いけどヒールが使えることに気がついた、って感じ」
ルーミエはその僕の言葉を聞くと、それから後はずっと黙り込んでしまった。




