間話・ズボンは必要
僕たちはやっと書類仕事から解放されて、今は王都に向かっている。 天気も良いし、何だか清々しい気分だ。
今回はシスターも一緒だからか、それとも他に何かの都合なのだろうか、馬車だけではなく荷馬車も一台、一行に加わっている。 馬車もほとんど使われることのない、それなりに豪華な馬車を町の領主館から引き出してきている。 乗ろうと思えば、領主様とシスター、それに僕ら3人も、その馬車に乗ることが出来るのだが、実際に乗っているのはシスター1人だ。
僕たちは前回の王都行きで、馬車の乗り心地に関してはほとほと辟易しているので、それぞれに騎乗している。 僕たちは、馬に鞍だけでなく鎧も装着していることもあり、3人とも騎乗することが出来るのだ。
「あっ、あそこの花が綺麗だわ。 もっと近付いて見てみようよ」
そう言って、馬をそちらに向けるルーミエに付き合って、僕とフランソワちゃんも後を追う。
僕たち一行が進む速度は、馬車や荷馬車を曳く馬があまり疲れたりしないような速度なので、騎乗している僕らが少し脇に逸れて行っても、別に問題はない。
護衛の騎士たちも、見通しの良い場所では危険もないだろうと、僕らの行動を止めたりはしない。 ま、一応僕は空間認識と索敵で辺りを警戒はしている。 きっとルーミエとフランソワちゃんも索敵はしていると思う。 冒険者もしていた僕たちは、辺りを警戒して常に索敵することは、もう癖のようになっているのだ。 水場から離れているからスライムはいないだろうけど、一角兎や平原狼のようなモンスター、それに普通の獣はどこにいてもおかしくないからね。 攻撃して来るかどうかは別だけど。
前回王都に行った時は、領主様も僕らと共に馬車に乗っていた。
「領主としての威厳もあるからな」などと言い訳をしていたが、実際は領主様は馬に乗るのが下手だったので、馬車に乗っていたのだ。
しかし今回は領主様も騎乗している。
鎧を付けたことで、領主様も問題なく馬に乗ることが出来るようになったからだ。
僕が頭の中にあった、乗馬に鎧を用いるという知識で、鎧を付ける前は、乗馬するのに鞍しかなかったので、乗馬は子どもの時から訓練しないとなかなか出来ない難しい特殊技能だったのだ。 だから乗馬は一部の貴族や騎士の家柄の人しか出来ない事柄で、元は単なる農民出の領主様には、それまではとても難しい技能だったのだ。
自分が馬に乗れるようになったからといって、馬車に乗らないのは「領主の威厳」としては如何なのだろうと思ったのだが、
「お前だって解るだろ。 馬車に乗り続けるのは難行苦行だからなぁ」
とのことだ。
しかし、それをシスターにだけ強いるのは、どうなんだろうと思わなくもない。
「そうは言っても、カトリーヌは馬に乗れないのだから、仕方ない」
まあ、確かにそうなんだけど、それなら領主様はシスターに付き合って馬車に乗った方が良いんじゃないだろうか。
シスターは自分の苦行を紛らわせるのに、他の人に八つ当たりをしたりはしないだろうけど、自分1人だけ馬車の中というのは、その揺れによる苦行だけでなく、1人だけ隔離されているような気分になるのではないだろうか。
「ルーミエとフランソワの2人がズボンを用意していた理由が、とても良く理解出来たわ。 馬に乗るにはズボンが必要よね」
「それにね、シスター、冒険者をするにはやっぱりズボンの方が都合が良いの。 フランソワちゃんは、最初は冒険者している時もスカートだったのだけど、結局私やエレナと同じようにズボンを履くようになっちゃった」
「それは周りを気にしないで走り回るにはズボンの方が適しているから。 でも、それよりも、私とルーミエがシスターにズボンを持って来るように言うべきだったよ。 そうすればシスターも馬に乗れたのに」
「うん、そうだったね。
私は領主様は前の時みたいに馬車に乗るのだと思っていたから、だとしたらシスターも馬車にずっと乗るのだと思っていたから」
そうなんだよね、実は僕もそうだと思っていた。 まさか領主様も馬車に乗らないで、騎乗するとは思っていなかった。
「2人ともありがとう。
私は、みんな馬車に乗って話ながら移動するのだと思っていたのよ。 王都までの道を、私自身は自分で歩いて移動したことしかないから、馬車に乗っているだけがこんなに大変だとは知らなかったわ。
でも、私の場合はズボンを持ってきていたとしても、馬に乗ったことがないから乗れないのよ。 あなたたちが騎乗の練習をしている時に、そこに加わるべきだったわ。
仕方がないから、私は少し自分で歩こうかしら」
いやいや、領主一家が警護の騎士たちに守られて移動している時に、領主夫人だけ自分で歩いているのは、どう考えたって変だろう。 周りに他に人がいない時なら、それでも構わないか。
「それなら、儂が鞍の後ろに座り、カトリーヌは鞍に横座りして、二人乗りをするか。
それだったらスカートでも馬に乗れるだろう」
いかにも仲の良い男女2人という感じで良いかもしれないけど、それだと鞍に跨らずに馬の背に直接座る形になる領主様は、敷き皮があってもそんなに長くは持たないだろう。 馬の背中って、かなり尖った形になっているし、鎧の位置が前の方になってしまうので、上手く体重を足の方に逃せないだろうからだ。 それに大人2人を乗せたら、その馬だけ先に疲れてしまいそうだ。
「横向きに乗るのなら、1人でも乗れるんじゃないかな。 片足だけ鎧にかけてることになるけど、別に馬を走らせたりする訳じゃないから大丈夫じゃないかな。
前の馬とロープで繋げるようにすれば、手綱で操らなくても大丈夫だろうし。
それからシスターが乗る馬は、ルーミエかフランソワちゃんの乗っている馬にして、どっちかは僕と二人乗りにすれば良いと思う。 僕らだと、領主様たちに比べればまだ体が小さいから、2人とも鞍に座れると思うから」
試行錯誤してみて、結局僕の言った方法が取られることになった。
シスターも全く馬に触れたことが無い訳じゃなくて、農耕馬には実家にいた子供の頃には触れていたみたいで、少し教えると自分で手綱を扱えるようになった。 もちろん、ただ周りと同じに馬を歩かせるという単純な動きだけのことだからだけど。
「次の時までには、私もちゃんと騎乗出来るようになるわ」
やっぱり馬車に1人でずっと乗り続けていた時間はかなり辛かったんだろうな。
僕は鉄の生産がもう少し軌道にのって、鋼鉄がちゃんと作れるようになったら、スプリングを作って、馬車の乗り心地の改善をしようと決心した。 まずは板バネからだな。
ところで、領主様は結局シスターが1人て横座りで馬に乗ることになって、がっかりしていた。
領主様としては自分がシスターを前に抱くようにして、馬に二人乗りしたかったらしい。
でも実際にやってみると、シスターに「これは恥ずかしすぎる」と即座に却下されてしまったのだった。
護衛の騎士たちにも爆笑されていたので、これは領主様が悪いと思う。




