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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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植林事業

 西の村の騒動は、結局領主様までがやって来て、事態の収拾を図らねばならないことになった。

 西の村の財政状況は、領主様と一緒にやって来た文官たちによって徹底的に調べ上げられた。 結果として、領に納められた分の税に関しては正しく納められていることが判った。 逆に言えば、そこはしっかりと納められていたので、同じだけの村の収入に関しては、領の文官たちは関心を持たず、どのように使われているかを全く把握しようともしていなかった。 そこが盲点になった。

 それぞれの村から上がって来る税に、なんらかの疑問点が見つかっていれば、村の動向に注意も向く。 例えば僕らの孤児院があった東の村は、税収ではないが他の問題を抱えていたので、常に領主様たち領中央の監視が付いていたらしい。

 ところが、西の村は村の規模も長く同じだし、畑の収穫量も年によっての気候での変動はあれどほぼ一定で、注意を促すようなことはなかった。


 もう一つ西の村が中央の関心を引かなかったのは、良い悪いは別として、もう一つの監視にも何も引っ掛かることがなかったこともある。

 何のことはない、教会にも西の村に何らかの問題が出ているという話が一切なかったのだ。

 教会の神父は、その立場から村の有力者の相談を受けたりすることが多いし、シスターも含めて村人からの色々な声を聞くことも多い。 多くの場合、村に何らかの問題があれば、それが表面化する前に、教会はその徴候に気付くのだ。 それらは領内の教会を束ねる町の教会に報告されて、問題と思える事柄は領主館にも伝わることになる。

 今回のことに至るまで、西の村に何らかの問題の徴候があるなんて話は一切なかったのだ。


 新西の村開拓計画が出てきたのは、たまたま鍛治たちが植林を始めたということがあり、西の村がその計画に非協力的だったからだ。

 鍛治たちの計画に、領政府が便乗して、植林計画を進めようとしたから、開拓計画なんてことも出てきた。

 それだって、半ばは次世代育成計画の一貫というか、キイロさんや僕たちに経験を積ませるという目的が大きいのが見え見えでもあったのだ。 ただ、その計画が始まる時に西の村の孤児院が問題を抱えていることに気が付いたのが、最初の問題発覚と言えば言えるのかもしれない。

 でも、孤児院が問題を抱えているなんてのは良く有る話だし、ほんの少し以前なら、どこも似たり寄ったりの状態だったので、ミランダさんが憤ったりしていたけど、そんなに大きな問題になるとは誰も思っていなかったのだ。


 文官さんが村の財政を厳しく調べると、それはもう酷いものだった。 村の税収のほとんどを村長とその取り巻きが私物化しているという状況だったのだ。

 何とも呆れた状況であったのだが、この調査の過程で、村長たちがどうしてそんな暴挙に至ったかの理由も判明した。

 それは村長が一手に握っていた村の水源の井戸が、その水量が以前よりも少なくなっていて、先細りの傾向にあったことだ。


 つまり西の村は、現状の維持さえもう難しく、そう遅くない未来に廃村になることを、村長は予想していて、自分たちだけでも有利な状況で逃げ出そうという算段をしていたのだ。


 西の村の教会の神父は、西の村の村長と長く関係が続いていて、まあズブズブの関係となってしまっていたことと、変化の無い西の村の現状を「そんなものだ」と安易に捉えていて、何も問題視していなかった。

 水の問題で村人が色々と騒ぐことは、西の村では良くある事と、そこにも問題を感じていなかったらしい。 さすがに村長も、水源が枯渇しかけていることは、誰にも漏らさず秘密にしていたようだ。


 西の村の村長と、その取り巻きの財産は、家族の物も含めて、僅かな身の回りの物を除いて全て没収となった。 その上で領内追放処分となった。


 僕は犯した罪に対して、処罰が生やさしいと感じた。 家族はともかく、本人たちは少なくとも奴隷落ちはするべき事柄ではないかと思ったからだ。

 しかし、そんなこともないらしい。 奴隷落ちでは本人たちはもちろんだが、家族も領内に留まることになるのだが、そうなるとそれらの者たちの安全確保が問題になる。 そんなことに人員は避けないので、領内から外に出すということらしい。 死罪に出来ないと、そういう問題も出てくるのだ。 死罪には出来ないけど、殺されてもおかしくない恨みを買っているような場合、追放処分は良くあるらしい。 一面としては、他の者に殺人の罪を犯させない為の配慮でもあるとのことだ。


 追放と単純に言っても、モンスターと戦う術も、避ける術も持たない西の村の元村長たちは、自分たちだけで移動させたら、領外に出る前にスライムや一角兎と遭遇しただけで全滅してしまう。 それはそれで良いのではという考え方もあるのだけど、少しだけを温情が掛けられた。

 少なくとも領外に出るまでは、西の村の神父、シスターとの同行が義務付けられたのだ。


 処分を受けるのは村長たちだけでなく、西の村の教会の神父とシスターにも下ったのだ。

 町の教会には、当然だけどミランダさんの激怒している報告書がもたらされたし、その後の調査報告も入った。 結果として、神父とシスターの2人はその資格を失い、王都に強制送還となることになったのだ。 王都では、今後は王都の教会の下働きを長くさせられることになるらしい。

 その3人との同行が、少なくとも領の境を越えるまでは、双方に強制されたのだ。

 神父とシスターが居れば、少なくともスライムと一角兎程度なら避けられることだろう。

 領政府や教会にしても、この措置は神父とシスターを人手を掛けずに逃がさないという利点がある。 村長たちは自分たちの安全のために、少なくとも領を出て、次の人里までは彼らを逃すはずがないからだ。 次の人里からは、その地の者の責任だ。 その地の責任者にとっては良い迷惑だけど、少なくとも神父とシスターを逃がす訳にはいかないだろう。



 ま、こんなことはまだ後日のつまらない話なのだけど、僕はそれよりも、その発端になった水源の井戸水の減少の方がとても気になった。

 僕は側にいた西の村の鍛冶屋さんに、ふと気が付いたことを尋ねてみた。


 「この西の村で柴刈りをする、山の方の林って、前からあんな風だったのですか?」


 「あんな風って、どういうことですか? 木のある林って、大体どこでもあんなものだと思うのだけど」


 「あ、いえ、広さというか大きさというか場所とか、それとか林の色の濃さとか」


 「そういうことか。 そう言われてみれば、以前と比べると林が狭くなって、山の方だけになったな。 それに林の緑色も薄くなったというか、木の数自体が減っているので、まだらになっていると思うな。

  柴や薪にするために仕方のないことではあるとは思うけど、昔はもっと木を大事にしていて、なるべく伐らずに済ませるようにしていたが、今の村長は自分の生活の快適さの方を優先して、家を大きくしたりのために伐らせたりもしたからな。

  それにここは見て分かるように、周りに木が少ないから、前は不足の柴や薪を他から買ったりもしていたんだが、村として金が無くなって、それも出来なくなって、余計に木が減ってしまったな」


 「やっぱりそうですか」


 僕は少し自分の想像が当たっていることの自信が深まった。 喜べることではないけどね。


 「ナリート、何がやっぱりなんだ」


 僕の言葉を聞いて、何か疑問に思ったのか、領主様が聞いてきた。


 「えーと、村長さんが管理していた井戸の水量が減ったと聞いて、それから僕が前に見た水量が時によって大きく変動する近くの川の様子を考えて、ちょっと気が付いたことが、たぶん当たっているんじゃないかと思ったんです」


 領主様だけじゃなくて、シスターやキイロさんも僕の言葉に注目してしまった。 みんなの目に促されて、もう少しきちんと説明する。


 「ここの近くの川は、水がある時は結構な流れがあるのですけど、少なくなって水がなくなってしまうこともあるそうです。 まあ、それで溜池を作っているのですけど、その川の上流というか源流は、この村の柴とか薪とか全ての木材の供給元になっている林がある山なんですよ。

  結局、山の周りの木は無くなってしまって、山の木もその数を以前よりずっと減らしてしまっている。 それで、山とかその周りとかの保水力がずっと減ってしまって、雨が降った時には一気に水が流れてしまって、その力が川を荒らし、逆に地面の中の水分は少ししか保持されなくて、井戸の水は少なくなるということになったんだな、と」


 「待て待て、ナリート。 木が有る事と、川や井戸は関係があるのか」


 「そんなのあるに決まっているじゃないですか。 木が無くなったら落ち葉も落ちませんから、土に栄養がだんだん無くなるし、斜面では雨で土が流れやすくなって、岩ばかりになって草も減ってしまいます。 そうすれば余計に雨はすぐに表面を流れてしまって、水分が深く浸透する暇が無くなります。 草も水が無くなれば、生えにくくなってしまって、どんどん少なくなって、やがて生えなくなります。

  水は雨の時だけ一気に流れるから、川はその時だけ水量が多くなり、山の土やら、石やらをその力で押し流す。 だから石がゴロゴロしているような川になってしまい、余計にすぐに水が無くなってしまうような川になる。

  地面の深いところまで届く水が少なくなるので、井戸の水の量も減っていく。

  簡単にはこんな感じでしょうか」


 「ん、そうなのか。 カトリーヌ、お前はこんな木と水の関係は知っていたか? 俺は学がないからな。 知識はお前の方が豊富だろう」


 「無理言わないでください。 私はシスターの学校に通ったことがあるだけです。 そんな知識がある訳ないじゃないですか。

  それに、これは例のナリートの何だか分からないけど知っているという知識じゃないかと思います。 ナリート、これは何かの本で読んだの、たぶん違うんじゃないかと思うのだけど」


 「シスター、そう言われてみれば、どこで読んだ本に書いてあったことか判らないです。 もしかすると、確かにそうかも知れません」


 もう今の僕は、どこまでが本で読んだり、何か現実の世界で知った知識だか、小さい時には勝手に頭の中にあったと感じた知識だか、区別が付かなくなってしまってきている。


 「ええと、ちょっと待て、ナリート。 お前が良く、木を伐ったら、近くにまた木の苗木を植えさせたりしているのは、その為なのか? 木を植えるなんて珍しいことをしているなぁ、とは思っていたけどな。 植林を進めているのも、そういった意味もあるのか」


 「えっ、木を植えるのなんて珍しくもないし、植林は鍛治職人たちが始めたことですよ。 僕が始めたことじゃないのはキイロさんも知っているじゃないですか」


 「いやいや、俺は城下村に行くまでは、苗木を植えて木を増やすなんて、考えたこともなかったぞ。 それに変な切り方で、またそこから木が大きくなるのも知らなかったし。

  城下村の連中が、みんなやっているから、そんな物なのか、俺が知らなかっただけなのかと思って、恥ずかしいから特別に何か言う事はなかったのだけど」


 「苗木を植えるのは、糸クモさんのためにアリーが始めたのが最初で、それを他の足りてない木にも応用しただけだし、何でも僕のせいにしないで下さい」


 「ま、それはどうでもいいか。

  俺が問題にしたいのは、西の村が林の木を伐ってしまって、西の村の周り、特に元々は林がもっと広がっていたり、木が沢山あった山やその周りに木が少なくなったから、川も変動が激しくなり、井戸の水量も減ったという認識であっているかどうかだ」


 「それであっていると僕は思っています」


 「だとすると、今まで考えていた新西の村植林計画じゃあ、全然足りてないということだな。 元々は木が生えて林だった山の周りや、減ってしまった山の木も元に戻さなくてはならないということだな。

  大変なことになってしまったな」


 「そうですね、言われてみれば、その通りです。

  山の木なんかは土が流れてしまう前に植えないと、余計に大変になるかもしれないですね」


 「お前、他人事のように言うな。 大変なことだぞ、その植林をしなければならないということは」


 うん、確かにキイロさんの言う通り、大変な事だな、その植林をするということは。 だけど案外出来るんじゃないかな、とも思う。 最初は大変だと思うけど、少し植林が進むと、今よりも住むための環境が良くなる実感が出るんじゃないかと思うからだ。 そうすれば植林を進める意欲が誰もが増していくと思う。

 それに、山の傾斜地はともかくとして、平地の方の植林地は、木を植えた間をフランソワちゃんがそのままにしておくはずがない。 確か何かを植えることを考えていたはずだ。 木が大きくなる前に、そちらが西の村の村人なんかに変化を促す可能性が高いんじゃないかな。 僕はそんなことを考えていた。


 「ねぇ、ナリートくん。 今、キイロくんと話していた内容なんだけど、もしかして、それはこの西の村だけじゃなくて、他の村や集落でも言えることじゃないの?」


 文官さんが、今までの話を聞いていて聞いてきた。


 「そうですね、言われてみれば、城下村以外はみんな同じですね。 城下村は、今現在もどんどん木を植えているから別ですけど、他は確かに、ここほど急ではなくてもどこも周りの林の面積が徐々に狭くなっているかもしれません。

  キイロさんに指摘されるまで考えたことがなかったですけど、城下村以外では確かに植林はしていないと思うので、そうすると大事にしていても結局は少しづつは、どこも周りの木の数が少なくなっているとは思います。

  あ、そうか、この地方は木が少ないことが大きな根本的な問題だと前から感じていて、その理由は、スライムや一角兎というモンスターが食べてしまうからだと思っていたけど、それだけじゃなくて人間が使ってしまうということもあるんだ」


 僕は文官さんの問いに答えながら、自分でも何だか一つ大きな認識をしたような気がする。

 文官さんには僕の言葉の後ろの方は響かなかったようだ。


 「領主様、これは問題じゃないですか。

  今、領内はフランソワさんの農業改革と、糸の生産によって、前よりも発展しようとしています。 発展するということは、どこも生活が以前より楽になり、子どもの数が増え、どの村も集落も人が増えます。 もちろん町や城下村も増えていくでしょう。 それだけじゃなく、他の地からの流入者も少しづつ増えることでしょう。

  人口が増えれば、それだけ木は必要となり、建物を作る建材の木はとりあえず横に置いておいても、煮炊きに必要な燃料の木はどうしてもより多く必要になります。 つまりこのままにしておくと、どこもかしこも現在のこの西の村のような状況になりかねないということです」


 「確かにそういうことだな」


 「植林計画は鍛治たちの計画に少し便乗しようかと考えていたことですが、そうではなくて領として、最優先の事業として取り組むべき事柄ではないでしょうか。

  そして植林に関して、そのノウハウを持っているのは、圧倒的に城下村の者たちです」


 「つまりは、城下村の者たちを総動員して、領内の植林を進めろということか」


 領主様は、それはどうなんだろうか、と考える顔をしていたが、シスターは最初から反対という顔をしていたように僕は感じた。


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