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西の村の騒動

 「村長、これからどうするのですか。

  このままだと暖を取るどころじゃなく、煮炊きにも困ることになりますよ。 普通に使っていたら2-3日、思いっきり節約しても1週間は持ちませんぜ」


 「そんな事は、分かっている。 つべこべ言うな。

  村に戻ったら、とりあえず村中に薪や柴を節約して使えと、儂の命令だと強く言っておけ。

  まったく忌々しいこと限りないわい。 あの小僧は領主様の息子だか何だか知らないが、儂の事を脅してきおった。 あのシスターも、村の神父に従う事はないと最初に宣言しおった。 村の神父からも聞いていたが、それではこちらの言うことをきかせることも出来んし、下手に出るしかない。

  という事は、村から出ていった者や、それらと共にあそこに居た者たちを使うことは出来んか」


 「そうですね、でもまだ村長、村から出て行った鍛冶屋もいますよ。 あいつの伝で集めてもらうというのはどうですかねぇ」


 「馬鹿を言うな。 あいつは儂と意見が対立して、結局出て行ったんだ。 そんな者に、儂に頭を下げろと言うのか」


 村長の護衛として一緒に来た男は、それは仕方ないんじゃないかと思ったが、大人しくそれ以上の言葉は出さなかった。


 「仕方がないな。 村の者たちで、柴刈りに出るしかあるまい」


 「それじゃあ、護衛の者を頼まないと」


 「だから、そんな金はないと言っておろう。

  孤児院の子どもたちが出来ていた仕事なのだ。 大人の村民が自分たちで出来ないことではないだろう。 単に楽をしてきただけだ。

  ちょっと前の先祖たちは自分でしていたのだと儂も聞いたことがある。 少しだけ昔に戻るだけのことだ」

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 西の村で騒動が起こったのは、僕たちが城下村に戻ったほんの2日後のことだ。 つまり西の村の村長が開拓地を訪ねてきた3日後だ。 西の村ではもうそれだけ切羽づまっていたということなのだろう。

 騒動の最初は、ミランダさんもキイロさんも、ここまでの大きな事とは思っていなかったらしい。


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 「ミランダ様、助けて下さい」


 その日のもうすぐ昼になろうかとする時間に、息を切らして村のシスターが1人孤児院に駆け込んで来て、ミランダさんとの面会を申し込んだ。 最初に対応に出たというか、たまたま駆け込んで来た時に一番近くにいた見習いシスターは、その勢いに驚いて大急ぎでミランダさんを呼びに近くの孤児を行かせた。 そして何事なのかと、不審そうな顔をして現たミランダさんに、即座にそう言ったのだ。


 ミランダさんは、まず最初に「様」付けで自分が呼ばれたことに驚いた。

 ミランダさんはこの地に来た最初に、一応西の村の教会に挨拶に行った。 孤児院をこちらに移すということなどは、先に伝えられていたから、主目的は挨拶で、孤児の移動などの具体的な話はマーガレット以下がするので、儀礼的な意味合いが強い。

 西の村にいたシスターは、シスターの位としては初級シスターなので中級のミランダさんからすれば下なのだが、年齢は上であり、初級であった頃のミランダさんとの面識もあった。 神父も自分の下になる訳でなく、ミランダさんに対する上位者としての命令権もないという教会上部の決定、もっと率直に言えば老院長先生の意向なので、言葉や顔には出さないようにしているが不快感は見え見えなので、西の村のシスターたちも、尚のことミランダさんに対して冷ややかな態度だった。 ミランダさんを呼ぶ時も、同じ初級であった時は呼び捨てだったからだろうか、「ミランダどの」と、取って付けたような呼び方だった。 それが急に「様」付けで呼んできたのだ。


 「一体、何事でしょうか? 『助けて』だけでは何も分かりません。 もう少し詳しく説明してください」


 ミランダさんは驚いたことを顔に出さないように気をつけながら、殊更冷静な感じで言葉を返した。


 「西の村に怪我人が出ているのです。 その対応をお願いしたいのです」


 「怪我人が出たのなら、西の村の教会で対応すれば良いだけのことではありませんか。

  西の村は領内では珍しく、初級シスターが2人も在住しています。 神父様と合わせると3人もいらっしゃるのですから、十分な人数だと思いますが」


 ミランダさんが辛辣だった訳ではない。 僕らのいた村、つまり東の村は、僕らがいた頃、西の村より少し村の規模が小さかったとはいえ、偽神父さんと見習いだったシスターだけだったのだ。 つまり実質的にはシスター1人で対処しなければならない状況だった。 それに比べると西の村は神父さんと初級シスター2人だ。 きっと他の村と比べても有利な条件なのだろうと思う。


 「いえ、私たち3人は、もう既に魔力を使い果たしてしまいました」


 これにはミランダさんは少し驚いた。 つい自分たちを基準にして考えて、どれ程の人数にヒールをかけたのか、それとも余程酷い怪我で、魔力を使い果たしたのか、と思ったのだ。


 「そんなに何人もの治療をしたのですか。 それとも余程酷い怪我の治療を何人かしたのですか?」


 「いえ、怪我はスライムの酸を浴びたというモノで、私たちが治療したのは村長と、その周りにいた3人ほどだけで、多くの者がまだ何もされずに苦しんでいます」


 「なんで3人がかりで、たった4人の治療しか出来ないの? スライムの酸での負傷だよね。 水で洗い流して、軽くヒールするだけじゃん。 そんなに魔力も必要としないでしょ」


 「そうなんですか。 私たちは完全に癒えて痛みが無くなるまでヒールをかけたのですが」

 「馬鹿なの、スライムの酸で受けた傷の治療の仕方も知らないの。

  理解出来たわ。 孤児院の子たちの傷痕が酷くて、私たちは治療のしなおしをさんざしたのだけど、あなたたちは治療をしていなかったのね」


 ミランダさんの口調が、完全に変わってしまっていた。


 「いえ、西の村では水が本当に貴重なので、水で洗い流すなんてこと出来ませんから」


 「本当に馬鹿なの、あなたたちは。 傷口を洗い流すくらい、ウォーターの魔法で出せる水で十分じゃない」


 「私はウォーターの魔法なんて使えません」


 「あのねぇ、ウォーターの魔法なんて生活魔法よ。 使おうと思えば誰でも使える魔法よ。 シスターのあなたが使えないって、一体どういうことよ。 傷口を洗い流すなんて、スライムの傷に限らず、外傷治療の基礎でしょ。 シスターの学校でも教えていることだわ。

  イクストラクトで寄生虫を除去するのは、カトリーヌ様がそれを始めてまだ間が無いから、出来ないシスターが多いのは理解出来る。 でもそれだって、今は王都から研修に来た見習いのシスターでも習得出来ている。 それなのに初級シスターのあなたが、学校で教える基礎もきちんと出来ないってどういうことよ。

  でも、苦しんでいる人がいるなら仕方ないわ」


 ミランダさんは、西の村から来たシスターにそう言うと、そのシスターを無視するような感じで大きな声を出した。


 「マーガレット、小さい子の世話に2人くらい残して、あとは全員集合させて、西の村の怪我人の治療に行くわよ」


 「あの、ミランダ様」


 「何、まだ何かあるの?」


 「それが、西の村の中にまでスライムが入り込んでしまって、今、危なくて、戸外には出れない状況なのです。

  私がここに派遣されたのは、シスターである私は町や他の村に行くこともあり、索敵が出来るので、スライムを避けてここに来ることが出来るということで選ばれました。

  ですから、単純に助けに行くという訳にはいかないかと」


 「全く、西の村は何をやっているのよ。

  マーガレット、キイロ君を大至急呼んで来て」


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 「ロベルト、すまないな。 お前たちは池作りや水路作りのためにこっちに来ているのに、急にこんなことを頼んでしまって」


 「いや、キイロさん、仕方ないですよ。

  それにまあ、冒険者組合が、西の村からの緊急依頼、という形にしてくれるそうですから、タダ働きにならなかったですからね。

  職員さんは、『きちんと依頼料は払ってもらうから、任せてくれ』なんて言ってましたからね」


 「それはともかく、どう思う?」


 「スライム退治ですけど、竹槍は数がないし、近付いて酸で怪我するのも嫌ですから、いつも通り投石で集中攻撃ですね。 戸外に人はいないということですから、それで大丈夫じゃないですか。 一応、竹槍もあるだけ持って行って、接近された時に備えないといけないですけど。 当然ですけど、鍬とかスコップは武器にはしませんよ」


 「ああ、それは当然だな。 スライムにそれらを溶かされたら、割りに会わないからな」


 エレナたちは、まだ戻っていなかったので、スライム退治はキイロさんとロベルトが指揮を執ることになった。

 スライム退治に卒院生組が同行を申し出てくるのは、まあ当然だと思ったが、孤児院の年長組までが一緒に行きたいと言ってきた。 これはミランダさんが止めようとしたのだが、年長組はどうしても一緒に行きたいと言い張った。 何だろう、ルーミエとフランソワが引率して柴刈りをした時に、自分たちもスライム狩りの経験をしたから、自分たちも出来るんだということを西の村の住人に見せたい、いや見せつけたかったのかも知れない。

 そんな気持ちが理解出来るロベルトが折れた。


 「キイロさん、年長組の子たちも連れて行ってやろう。

  俺たちの後ろで見学させる分には、危険は無いだろうし。 スライムの数が少なくなって安全になってきたら、少しは石を投げさせやったら喜ぶかも」


 「ま、確かに危険はないか。

  あれ程一緒に行きたがっているのだから、置いていくのも可哀そうか。

  ミランダさん、大丈夫です。 連れて行きましょう。

  おい、お前たち、ちゃんと俺たちの言うことを聞くんだぞ。 勝手なことは許さない。 それで良ければ、連れて行ってやる。

  いいか、約束を破った奴は、後でミランダさんにこってりと叱ってもらうからな」


 キイロさんは、ミランダさんに睨まれた。


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 スライムの西の村からの掃討は簡単な作業だった。

 ロベルトの配下となり、今まで城下村の壁作りや水路作りをして来た者たちにとっては、スライムや一角兎を索敵で発見するのは簡単なことになっているし、投石の命中精度が全く違う。 1匹のスライムに何人もが投石する必要もない。 ほぼ一投一殺のペースだ。

 年長組だけでなく、卒院生組も呆気にとられている。 自分たちも投石器を使っての投石は教えられて覚えたのだが、その実力のあまりの違いに声も出ない。

 まあ、当然なんだよなぁ。 [全体レベル]も[筋力]も、そして[投石]のレベルも全く違うのだから、当然の結果だ。

 ま、この後、開拓村の孤児院の年長組では、投石器を使った的当て遊びが熱狂的に流行ったのは仕方ないだろう。


 ミランダさんの、「もう安全だから、出て来てください」との呼び掛けで、出てくる住人たちの様子は色々だった。

 怪我人の治療をしてもらうために、転がるようにして焦って出てくる家族もいれば、何だかバツが悪そうにスゴスゴと下を向いて出て来る者もいる。

 村長たちは、なかなか姿を見せなかった。


 ミランダさんは、自分の直接の下になっているマーガレットたち見習いシスターたちを治療には使わず、彼女たちには、村のそこら中にクリーンを掛けることを命じた。 寄生虫などがまた開拓地に入り込む危険を、可能な限り抑えることを一番重要視したみたいだ。

 それだけじゃなく、シスター組が治療に当たらなくても、他も者のヒールとウォーターで十分に間に合うと判断したこともあるみたいだ。

 治療には、孤児院の年長組も加わった。 単純に手伝うだけでなく、孤児たちはウォーターで水を出して傷口を洗う者や、中にはヒールを使って治癒する者もいた。 ルーミエとフランソワちゃんに指揮されて行った柴刈りの時の成果だ。


 村人たちは、孤児院の子たちが魔法を使うのにも驚いていたが、元気で活力があり、自分たちよりも何だか身綺麗なのにも驚いていた。

 水が貴重な西の村では、風呂の習慣はないし、身の回りにクリーンを掛けることもない。

 開拓村では、風呂が作られてからは入浴は日々の生活に根付いているし、魔法が使える年齢になった子は、生活魔法練習の一環として、毎日ウォーター、プチファィアそれが出来るようになればホットウォーターの練習をさせられる。 クリーンもだ。

 クリーンは主に殺菌作用の魔法で、汚れを無くす魔法ではないけど、この魔法を定期的に身の回りに掛けるのと掛けないのでは、周りの清潔度は大きく違う。 もちろん病気になる率は圧倒的に違う。

 そんな生活の違いが、たった数ヶ月で、大きな差を生んでいるのだ。 本当の差は、そこではなくて、それ以上なんだけどね。

 今の孤児の子たちが使っている魔法は、ヒールを除けばみんな生活魔法で、使おうと思って少し練習すれば誰でも使える魔法だ。 ヒールだって、なんだか多くの人は特別な魔法のように思っているみたいだけど、冒険者にも使える人がかなりの数がいることから分かるように、実はきちんと練習すれば誰でも使える魔法だと僕は思っている。 少なくとも城下村では誰もが使える魔法になっている。 元気で活力があったり、身綺麗だったりするのは、きちんとした食事をして、適度に運動して、清潔を心がければ誰だってすぐにそうなる。 だから、今、西の村の村人が孤児院の子たちを見て驚いている変化なんて、少しも大したことではないと僕は思っている。

 孤児の子たちが、本当に以前と大きく違っているのはそんな事ではなくて、マーガレットが中心になって一生懸命に教えている、読み書きだったり、計算だったり、地理だったり歴史だったり、小さい子に読み聞かせているお話だったり、そんな諸々の知識だと僕は思っている。 マーガレットは昔、僕らの孤児院に遊びに来て、僕やルーミエやフランソワちゃんが、学校で得た知識を他の孤児院の子たちに教えていた驚きを、今でも決して忘れず、知識を教わっていない子たちに、必ず知識を得させようと懸命の努力をするのだ。

 そのマーガレットが中心になって見習いシスターたちが与える知識、これから池作りや水路作りをもっと手伝うようになれば、ロベルトたちが教える知識、冒険者登録をした子たちにエレナたちが教える知識、畑や田んぼの作業が始まればフランソワちゃんが喜んで教える知識、そんな諸々の知識を得ることこそが、彼らが以前とは大きく違っていく事なのだと僕は思う。


 スライムの侵入経路は、キイロさんとロベルトとあと数人で塞ぎに行った。

 なんのことはない、村の周りに撒いていた灰は、スライムの酸にやられて焦って踏み荒らしてしまったり、負傷者を引き摺って連れ帰ったりしたので、その効果を失っていた。

 それでも石壁の出入り口の扉をちゃんと閉めていたなら、まだ違ったのかも知れないが、逃げ戻る時に開け放したままで忘れてしまっていた。

 そんなあまりに情けないスライムからの逃走だったので、襲ったスライムは追いかけて来たままに、次々と村の内部に侵入することになったのだった。

 キイロさんたちは応急処置として、これ以上のスライムの侵入を許さないための措置をした。 なんのことはない、今回スライムが侵入してきた出入り口を、土壁で塞いできただけのことだ。 ロベルトの見立てでは、それで十分だったのだ。


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想像以上にお粗末だった。 強力がないことを逆恨みした西野村が襲ってきたのを撃退までは考えていなかったけれど新西の村へ嫌がらせぐらいは想像していたのに 自滅したとは。 コレで村長や鳥巻きを罰すればおとな…
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