とうとうやって来た
「もう随分長くこっちに居るし、シスターも心配しているんじゃないかな。 そろそろもう城下村に戻ろうよ」
「あっ、まだだめよ。 やらねばならない事が残っているの」
「うん、エレナに頼まれちゃっているから、まだ戻れないよ」
ルーミエとフランソワちゃんの2人が、この新西の村開拓地でしなければならない仕事は、もうとっくに終わったはずなのに、なかなか城下村に戻ろうとしない。 そのお陰で僕も戻ななくてはいけないという必要が低下して、一緒にこっちにいるから、ここでも僕の仕事も捗って、ほぼ終わった。 池もまだ完成していないし、水路もこれからなので、これからも時々来なければならないけど、その辺の仕事はロベルトが担当だから、僕やキイロさんが必要とされることは少ないだろうからね。
そんな訳で、僕は2人に城下村に戻ることを提案したのだけど、実は少し恐る恐るだ。
2人ともこっちに来てから生き生きと活動していて、何だか戻ろうと言い出しにくい雰囲気なのだ。 城下村ではもう、2人が主導して何かをしなくても、色々なことが回っていく体制が出来ているので、2人が自分の力を十分に発揮する場が少ないからかも知れない。 逆に、諸々のことの調整をしたり、事務的なことを引き受けているマイアは今は大忙しで、ウォルフとウィリーがこことの間の荷物運びで不在になるのにも文句を付けてくる状況だ。
僕の「戻ろう」という提案は、フランソワちゃんにあっさりと拒否され、ルーミエが理由らしきものを僕に告げた。 まだ内容が分からない。
「エレナに頼まれたって、何を頼まれたの?」
「エレナは先輩たちに平原狼の狩り方を教えるというか、経験させるために、数日子分たちと共にここを離れるんだって。
だからその間、柴刈りに行く年長の子たちの護衛をしなければならないの」
「大猪はともかく、狼までは狩れないと、自分たちはここを離れられないからだって。 エレナもちゃんと考えているのね」
フランソワちゃんがエレナのことを評価したのかな、少し酷い言われような気がするけど、確かにエレナはあまり考えているという印象がないからな。
「で、良い機会だから、私とフランソワちゃんで、卒院生の冒険者になった子にヒールの魔法を覚えさせようと思うのよ。
先輩たちが護衛してる時には、ヒールの魔法を教えたりはしないと思うから」
ま、確かにそれはそうだ。 そういえば、先輩たちってヒールは使えたかな、どうだったろう覚えていない。
「あまり無茶な覚え方をさせるなよ。 わざとスライムの酸を受けさせたりとかしないようにな」
「しないわよ、そんなこと。 それにスライムは連れて行く全員の石投げの標的よ。 卒院生たちもまだ木級だから、一角兎が出てきたら、基本は私とフランソワちゃんで対処するつもり。
ま、兎は少しは卒院生にやらしても良いし。 スライムも、石でだけじゃなくて、竹槍での討伐もやりたい子がいたら、安全に出来そうなら少しはやっても良いかな」
「やっぱり危ない方向に行こうとしているじゃないか」
「そうよ、ルーミエ、もっと基本の索敵を全員にしっかりと教え込まなくちゃ。 その基本をしっかりと植え込まないと危険でしょ」
うん、その通りだ、フランソワちゃん。 フランソワちゃんも一緒なら、ルーミエの暴走を抑えてくれるだろう。 あれっ、僕は一つ気になった。
「あれっ、今、ルーミエが一角兎はルーミエとフランソワちゃんの2人で対処すると言ったけど、フランソワちゃんて冒険者登録してないよね」
僕たちが冒険者登録した時に、フランソワちゃんだけは領主様に止められて、冒険者登録をしていないのだ。 その時にもらったナイフがフランソワちゃんだけ実用的ではない装飾がされた物だったのを、フランソワちゃんは逆に嫌がっていたっけ。
「ナリート、いつの話をしているのよ」
「私だって、親元を離れて活動するようになった時に、すぐに登録したわ。
遅れて登録したから、みんなのように銀級にはなれてないけど、私だって鉄級の冒険者よ」
そりゃあね、フランソワちゃんのレベルなら、僕らと同じ銀級でもおかしくないからね。 大蟻退治も一緒にしているから、レベルは爆上がりしたから。 でも冒険者としての経験値は僕らより低いはず。 僕らは色々やらされているからね。
孤児院の年長組が行う仕事は、今は池作りを手伝うことが優先されている。 池や水路が出来ないと、田畑を作ることが出来ないから当然のことなのだが、彼らにもソフテンの魔法は教えて、基本的な魔法だから当然だけど、みんな出来るようになったが、こっちも当然だけどレベルが低く魔力量が少ないので、土を柔らかくすることに関してはあまり戦力にはなっていない。
だけど、まだ小さいとはいえ、生活が今までより向上し、きちんと食べて体力が上がってきた彼らは、石や土を運ぶという手伝いではとても役に立った。 掘った土は真ん中に盛り上げているのだが、当然運ばなければならない。 その移動を、風呂作りのために石を運んだ時と同じ方法でやっているのだ。 城下村から来た連中が掘って、掘った土を子どもたちが運んで積み上げる分業となって、工事は今までよりも早く進むことになった。
子どもたちにとっては、良い運動というか、体力づくりのトレーニングにもなったようで、ヒョロヒョロしていた体が何だか筋肉も付き、逞しくなった気がする。 単純に痩せっぽっちで小さかったのが、標準に戻っているだけかも知れない。
柴刈りはその日常の一種の娯楽にもなっている。 単純にいつもと違う少し遠い場所まで行くだけでなく、最近はその道中は、周りに気を配って、スライムが居れば一斉に石で攻撃して退治するのだ。 今までは発見したら、そおっと逃げるだけだったのに、攻撃して退治するようになったのだ。 ワクワクするに決まっている。
それに柴刈りは前よりも重視されている。 前は本当に煮炊きのための燃料として集めるだけだったのだけど、今はその樹皮を削って、トイレに投入する資材にするのだ。 それはとても重要だ。 それに網に載せて運ぶことで、前よりも一度に多く取ってくる事ができるようにもなった。
「さあ、行くよ。 今日は私とフランソワちゃんが一緒だからね。
安心してて、良いよ。 少しくらいなら怪我しても、私とフランソワちゃんがすぐに治してあげるからね。 そしたらついでに、みんなもヒールを覚えちゃおう」
何だかルーミエが不穏なことを言っているけど、大丈夫か? フランソワちゃんがいるから・・・。
「ルーミエの言うとおり、私とルーミエが居ればスライムの酸なんて、全然大丈夫。 ヒールも覚えて、ついでに酸攻撃耐性も付けちゃおう」
げっ、もっと過激だった。
とりあえず卒院生と年長組は意気軒昂だから良いか。 ちょっと心配。 3日ぶりの芝刈りだけど、池作りの方の土運びに、みんな飽きていたのかな。
ルーミエとフランソワちゃんが芝刈り隊として出かけると、大騒ぎしながら出て行ったせいか、何だか開拓地がとても静かになった感じだ。
エレナたちも先輩たちと一緒に出かけているし、キイロさんもちょうど城下村に戻っている。 僕らが戻らない分、キイロさんには今までよりも多く戻ってもらっているのだけど、実際はそうでないとタイラさんと後で顔を合わせにくいからね。
そんな訳で今、開拓村にいるのは、ミランダさん以下のシスター組と年少者だけだ。 さすがにシスターたちは芝刈りには行かない。 彼女たちも実は十分スライムや一角兎程度は対峙できるのだけど、今の柴刈りはそれらを途中で退治することも前提なので、行かないのだ。
マーガレットだけは、ルーミエとフランソワちゃんが行くので、自分も一緒に行きたそうだったけど、言い出せなかったみたい。 ミランダさんは、口に出せば許してくれたんじゃないかと思うんだけどね。
ほんの少しだけ離れた池作りの現場では、いつものようにロベルト以下の城下村から来た者たちが働いているのだけど、人数が減って少し静かな開拓地に、池とは反対の現在の西の村から2人の人がやって来た。 そんなに距離も離れていないし、見通しも良いので、別に普通の村人でも、しようと思えば簡単に行き来が出来る。 それでも2人で来たのは安全を考えてのことじゃないかと思う。
いつか来るだろうことは、もちろん予想していた。 そう、やって来たのは西の村の村長とそのお供らしい男の人だった。
僕は[索敵]の能力なのか、それとも[空間認識]の能力なのか、そこら辺ははっきりしないのだけど、誰よりも早くその2人がこちらに向かって来ていることに気がついた。
僕は2人が開拓村に到着する前に、その時点では西の村の村長であるかの確認は取れていなかったけど、ミランダさんと、冒険者組合の担当者に、「たぶん西の村の村長さんだと思うけど、西の村から2人の人がこちらに向かっている」と連絡しておいた。 きっと予想している問題を持ち込んで来るだろうと思ったからだ。
ミランダさんも、冒険者組合の担当者も、予想していた動きだから、「とうとう来ましたか」と、余裕を見せての臨戦体制という感じで待つことになった。
僕も何となく自分の部屋に戻って、2人がやって来るのを待つ。
さて、西の村の村長さんは最初はどこを目指すのだろうか。 きっと孤児院だろう。
西の村の村長さんは、開拓地に着くと見習いシスターに声を掛けて、ミランダさんのところに連れて行ってもらったようだ。 見習いシスターとは言っても、開拓地にいるミランダさん以下の見習いシスターはシスターの服を着ていないので、子どもたちの近くにいた若い女性がどういう存在なのか分からず、声の掛け方に困ったような調子だった。 結局、用件のみを口にしたみたいだ。
「私は西の村の村長だが、すまないが、この孤児院の責任者のところに案内してくれないだろうか」
見習いシスターたちにも、もう西の村の村長が来ることは伝わっていて、速やかに案内された。 2人は、何の混乱もなく、即座に案内されたことが予想外のようだ。
「私が新しく孤児院の責任者になったミランダといいます。 町の院長先生にここの責任者として指名されましたが、見ての通り中級シスターです。
一つ情報を付け加えさせていただくと、普通は孤児院は教会の神父が1番の責任者となるのですが、この新しい孤児院は西の村の神父の下になる訳ではなく、領主の町にいらしゃる院長先生の直接の下になっていて、西の村の教会とは直接の関係はなく。 西の村の境界の神父の指示を受けることもありません。
それで、今日は西の村の村長さんは、どのような用件で私のところに生出になったのでしょうか?」
「はい、西の村では今まで孤児院の子たちに、煮炊きのための柴刈りをお願いしていました。 もう西の村では貯めてあった柴がなくなりそうなので、柴刈りをまたお願いしようと思って、今日は来ました」
「柴ですか。 今ここでは別の用途もあり、柴を集めています。
柴というか小枝の外皮を削って、中の芯の部分だけになっている煮炊き用の柴でしたら、余裕があるので、すぐにお分けすることが出来ますよ。 それでも構いませんか?」
「ええと、その使い勝手は、普通の柴と変わりませんか?」
「そうですね。 若干火持ちが良いような気がしますが、まあ変わらないですね」
「それなら構いません。 それを西の村にもらいます」
「どれくらいの量が必要なのですか? それによってまずは金額を計算しなければなりませんから」
「えっ、買わねばならないのですか?」
「当然のことでしょう。 柴の束の売値は、以前に孤児院から安値で買い叩く業者がいたので、今は厳しく監視されているのは、村長さんならご承知のことでしょう」
「ああ、確か以前にそういうこともあったと聞いた事があります。
ただ、西の村では、以前から孤児院の子たちに柴刈りをしてもらうことが慣例になっていて。 村として孤児院にはその仕事をしてもらう代わりに、運営の援助をするような形が続いていたのです」
「それはちょっと変ですね。 孤児院の運営費は領政から支給されていたはずで、基本はそれで賄えたはずなのですが。
まあ、領もお金がたくさんある訳ではなく、支給されている運営費ではどこの孤児院も苦しい運営であったのは確かで、それぞれの場所で色々なやり方をしていましたから、西の村ではそのような形だったのかもしれないですね」
西の村の村長は、少し冷や汗を流し掛けたが、ミランダさんの言葉に安堵したみたいだ。
「そういうことなのです。 西の村では、それが見返りという訳ではありませんが、それを理由に、生活の苦しい村民も多い中、孤児院を援助していたのです」
「しかし、今、この孤児院は西の村から何の援助も受けていません。 ですから、只で柴を西の村に融通する理由はありませんね。 きちんと代金を戴かねばなりません」
「いや、代金を払えと言われても、払えないので」
「それではこの孤児院では何も出来ませんね。 柴の値段は厳しく監視されているのはご存知なのですから、その理由も理解できると思います」
「それでは私どもはどうしたら良いのでしょうか?」
「ご自分で柴刈りに行けば良いではないですか。 孤児院の子どもに任せていた仕事なのです。 西の村の村民の方々が出来ないはずないじゃないですか」
完全に拒否された西の村の村長は、かなり腹を立てていたが、責任者として出てきたシスターが、西の村に現在居るシスターよりも等級が上で、西の村の神父の言うことも聞く必要がないとのことなので、どうにもならないと思い、退散した。
「村長さん、どうしますか?」
「孤児院がダメなら、卒院者にやらせれば良いんだ。 卒院者もここに居るのは分かっている。 あいつらは仕事がない筈だ。
それこそ幾らか食い物でも分け与えれば、柴刈り程度すぐにやるだろう」
村長は供の男にプリプリしながらそう言うと、またどういう立場なのか分からない若い女に声を掛けた。
「ここに孤児院を卒院した者もいると思うのだが、どこにいるか知らないかね。 知っていたらその者たちのところに連れて行って欲しいのだが」
「彼らなら、今は外に出ていていませんよ。
彼らについて知りたいなら、彼らは冒険者組合に登録していますから、そこの冒険者組合で話を聞いてみれば良いと思いますよ」
壁で囲まれているのはまだ狭い範囲だから、その若い女が指差した建物はすぐ側だった。 西の村にはなかったが、その建物についている看板を、さすがに西の村の村長は知っていた。 冒険者組合のマークだ。 そして近づいてみると、その名称も書いてあった。
「冒険者組合・新西の村支部」
西の村の村長は苦々しい気分で、その文字を読んだ。
「いや、そんな金額は出せない。
我々が出せるのは、このくらいの食い物だけだ」
「えーと、モンスターからの護衛として雇いたいという依頼ですよね。 それでは無理ですね、依頼は出来ません」
「いや、孤児院を卒院したなりたての冒険者がまともな仕事がある訳ない」
「そう言われても、彼らはその報酬よりも良い条件で、今も働いていますからね。
もし組合を通さずに彼らに話しても彼らがその依頼を受ける訳がありません。 そして、そういうことをされると、組合ではあなた方から、その依頼は2度と受けません」
西の村の村長は、冒険者組合でも何も相手にされない感じで追い出された。
「そうだ、確かここには、キイロといったか、責任者がいた筈だな。 あいつと直談判だ」
また、若い女に居所を聞いた。
「あ、今、キイロさんはいませんよ。 ナリートさんは居ますけど」
ナリート、誰だったかな、そんな名前を聞いた記憶があるが、
「村長、領主様の息子の名前じゃないですか」
おおっ、そうだった。 領主の息子と直談判だ。
「ええと、今までは無料で孤児院の子に柴刈りをさせていたので、これからもそうさせてくれって事ですか、要するに。
あの、間違ってもらうと困るのですけど、僕の立場は決まっていることを守らせる立場であって、誰かを特別に優遇することではありません。
そもそもにおいて、今まで孤児院の子に柴刈りをさせて、きちんと代金を払う形にしていなかったことが問題だと思います。
つけ加えて言っておきますと、この話を領政府の文官には言わない方が良いと思います。 西の村の村長さんとしては、代金の代わりに援助をしていたということですけど、もし文官さんにこの事が伝わると、その援助が正当な代金に匹敵するものであったかを徹底的に調べられることになると思いますよ。 とりあえず僕は今は伝えないでいますけど」
西の村の村長は逆に脅されるようなことになった。
西の村の村長はどうしようもなくて、もう一度孤児院に向かった。
「すみません。 柴を金銭で買うことは出来ないのですが、以前のように西の村で採れた食物を提供するという形で、分けていただけないでしょうか」
最初とは違って、随分と口調も下手に出て丁寧な調子で言った。
しかし、ミランダさんは容赦なかった。
「すみませんが、西の村で栽培された食物は一切要りません。 というより、こちらには持ち込まないでください。
ここでは今、寄生虫の完全撲滅をしようと努力しています。 西の村も一時は寄生虫の撲滅をした筈なのですが、その時の聖女様たちの教えを守らず、また寄生虫を蔓延させてしまったみたいですね。
西の村の食物は寄生虫に汚染されている可能性がとても高いので、ここに持ち込んでもらっては困るのです。 もちろん一切受け取りません。
それから西の村で寄生虫がまた蔓延していることは、他の場所にも伝わっていますので、採れたものをどこかに持ち込んで売ろうとしても、きっとどこでも拒否されてしまうと思いますよ」




