うん、予想通り
キイロさんは城下村から戻ると、行く前に宣言した通り、すぐに西の村の鍛冶屋さんの為の炉を作り始めた。 もちろん僕はその手伝いをさせられている。
炉作りは、作業としては単純な気もするのだけど、実はそんなことはなくて面倒な作業だ。 城下村のキイロさんの炉は、基本的には素材の金属を熱くしたり、もっと温度を上げて溶かしてしまうことでも、全て魔法で行うことが前提だ。 今ではキイロさんも魔力量が上がり、一人でもかなりのことが出来るけど、魔力が豊富な僕らが相方として手伝うことを元々は前提としている。
この領内であまり鍛治が盛んではないのは、そもそも木材がとても不足しているからで、炭を使って金属を熱くして鍛治をしようとすると無理があるからだ。 それを魔法で補って、やっと鍛治という仕事が成り立つのだけど、魔力だけでしようとすると、普通は小さなナイフくらいしか一人では1日に作れないらしい。 それで数人掛かりで作るとか、何日も掛けるとかの工夫が必要になるとのことだ。
「城下村なら、魔力の豊富な奴が何人もいるから、何時でも魔法でやれば出来る。 だけどここではそういう訳には行かない。
そこでここに作る炉は、本来の鍛治のやり方というか、炭を燃やして鉄を熱するという方法でも、ちゃんと使えるモノにしておきたいんだ。 今は無理だが、将来ここの周りに広く林が出来れば、炭も作れるようになる。 その時の為にだ」
「いや、キイロさん。 木は草や竹じゃないんだから、そんなに素早く成長しませんよ。 だから炭を作れるほど木材が取れるようになるのは、まだ先の話ですから、そうなったら炉を作り直せば良いじゃないですか」
「いや、それは面倒くさいだろう。 作るなら最初から作っておいた方が良い」
西の村の鍛冶屋さんも加わって、その方が良いと、結局押し切られてしまったのだけど、本当に面倒なんだから。
魔法だけでほとんどのことをするのが前提なら、単純に土をフォームの魔法で整形して、水分を抜いて、表面を固めて、その上である程度温度を上げて壊れないかを確かめるだけだ。 ま、これだけでも結構な手間なのだけど。 ところが、炭を燃やして使う炉にする場合、まず土台となる床下から作らなければならなくなる。 下から水分が上がって来ると、炉の温度が上がりにくくなって効率も悪くなるので、完全に湿気を遮断するような工夫が必要となる。 具体的には炉を作る場所をかなり深く掘り下げて、その穴の側面と底は固めた後に、耐火煉瓦は作るのが大変だからやめて、タイルだか瓦だか分からないような物を作って、それ敷き詰めたり貼り付けたりして、漆喰で隙間をしっかりと埋めて、水分の侵入を防ぎ、それから乾いた小石、砂、フランソワちゃんに文句を言われながら灰で穴を埋めて固めて、それでやっと土台の部分が出来て、その上に炉を作って、足踏み式の吹子も設置して、ああもう、とにかく手間が凄くかかることになってしまった。
これらの土台なんかの作り方は、頭の中にある「たたら製鉄」の為のたたら炉の作り方を参考にして、適当にというか出来る限り近づけたものだ。 本来なら湿気を吸収させるために炭の層なんかも作るのだけど、そこまでのことは出来ない。
「いや、ナリート、お前、凄いな。
なんだって、炉の土台作りにこんなに手間ひま掛けたんだ?」
「えっ、炭も使うことを前提とした炉ですよね。 下から湿気が上がってきたら、炉の温度が上がりにくくなるし、炭も余計に必要になるじゃないですか。
土台をしっかりと作るのは基本ですよね、キイロさん」
「なるほど、そういうことなのか。 俺は全く知らなかったぜ」
「ええっ、キイロさん、それじゃあどんな風に作ろうと思っていたんですか?」
「いや、俺は、城下村に最初の頃に作ったのと同じ感じで、横に吹子だけ付けておけば良いかな、と思っていたんだが」
「そうなら、最初からそう言ってくださいよ。 凄い苦労したじゃないですか?」
「いや、お前が穴を掘り出したりしたから、何をするのだろうと思ったのだけど、西の村の鍛冶屋もいたから、色々聞いてもいけないかなと思って口出し出来なかった」
僕はこの炉を作るために、キイロさんに手伝ってはもらったけど、なんだかんだで10日くらい掛かったんだけど。 この苦労はなんだったんだ。 ルーミエとフランソワちゃんもこっちに居るから、別に問題にはならなかったけどね。
僕が炉作りに奮闘している間、ルーミエとフランソワちゃんもしっかり動いている。 二人はこっちに来た目的は、ルーミエは寄生虫がいる子の選別すること、フランソワちゃんは薬草畑をどうするかを話し合うこと、ということだった気がするのだが、そんなことはすぐに終わって別のことをしている。
二人はまずは孤児院の子たちに、草刈りを教えた。
昔の僕らと同じで、西の村では村の周りは草を根から引き抜いて、なるべく生えないようにしている。 その作業の多くを孤児院の子たちがしていたみたいなのだが、そのため子どもたちは草は抜いてしまうものだと思い込んでいる。 そうではなくて、これからは根本の方は残して、その上で刈り取るのだということを教えるのだ。
刈り取るということを知らないのには、もう一つ理由がある。 そもそもにおいて鉄製品が貴重なこの領では、草を刈る為に刃物を使うということが難しいのだ。
そこは昔、僕らも孤児院で苦労したところでもある。 あの頃は仕方がないから、石で代用していた。 石器時代の人になった気分だった。
そんな風だったから、この地には鎌がなかった。 草を刈るにはナイフよりも鎌の方がずっと効率的なのだけど、草刈りが用途の鉄製品なんてなかったのだ。 城下村ではキイロさんに鎌を作ってもらって、草刈りの効率がグッと上がった。 それに草を刈る時に怪我をする率も当然減る。
草刈りのための鎌は、キイロさんが城下村の在庫をフランソワちゃんに言われて持って来た。 西の村の鍛冶屋さんは、鎌を作ったことがなかったので、最初に使う分は持ってきても問題ないと判断したのだ。
草刈りをするようになると、いやそれだけじゃなくて池作りで掘っている場所に生えていた草も使ってなのだが、本格的に堆肥作りが始まった。 これが始まらないと寄生虫の駆除も実質的には出来ない。
堆肥作りが始まったということは、トイレの改築も始まるということで、僕は炉作りと並行して、トイレの改築もすることになった。 それだから時間も掛かったということもある。
改築したトイレに投入するのは、今のところは建築のための鋸屑が大量に出るわけでもないので、煮炊きに使う柴の一部を、孤児院の子の年少組がせっせと石で削って作った物だ。 一番最初に投入しておく分までその方法で作った物にするのは、さすがに大変過ぎるので、その分だけは城下村から籾殻を持って来た。
柴刈りは、ここでも年長組の男の子の仕事だったが、西の村にいた時よりも移動距離も増えて危険も少し増しているので、柴刈りには先輩たちに護衛してもらうことになった。 先輩たちも、お金になる仕事ではないけど、快く引き受けてくれた。
もう一つ二人がさせているのは石運びだ。
池作りで掘っている時に出てきた、ある程度の大きさの石を城下村から持って来させた網の上に乗せて、それを竹の棒で二人で担いで運ぶのだ。 これはこの後、孤児院の子たちも池作り、水路作りに本格的に関わる前の、練習でもある。 徐々に孤児院の子たちも健康状態が良くなって来たからね。
ちなみに網の材料というか糸は、太くて布には使えなくなってしまった糸クモさんの糸が使われていて、とても丈夫だ。
ルーミエとフランソワちゃんは、石を西の村開拓地のあまり広くない囲いの中の、それでも他の建物からは一番離れた場所に運ばせている。
どうするのかと思ったら、そこに石で風呂を作るということだ。
二人のことだから、大きな湯船を一つ作るのかと思ったら、ちゃんと男女別の湯船を作り、周りは竹塀で囲うのだそうだ。 あ、そうか、ミランダさんをはじめとして、今は彼女以外はシスターの格好をしてないけど、シスターがたくさんいるから、そうでないと困るのか。
そう言えば、二人だって初級シスターとして登録されているんだよな。
風呂作りに関しては、僕は加わらなかった。
二人とも当然だけどソフテンやハーデン、それにフォームなんかの魔法は使えるし、ルーミエは僕と一緒にセメント作りもしていたから、漆喰だけじゃなくてセメントも使える。 困ることはないだろう。
それに風呂作りは援軍もたくさんいた。 シスターのみんなが風呂作りを手伝ったのだ。 彼女たちも実は風呂がないのは、内心ではかなり困っていたみたいだ。
風呂の気持ち良さを知っていたら、お湯で体を洗えても、それだけじゃ満足できないよね、当然。
でも少しだけ僕が二人に教えることがあった。 それは石を平にする方法だ。
ただ掘り出しただけの石は、きっと古い時代の河原石だったのか、割と表面が滑らかなのだが、それでも平な部分は少なく使いにくい。 それに組み合わせた時に隙間を広くなってしまう、そこである程度整形する必要があるのだ。
ま、難しいことではない。 石の上に石を置いて、上下をズリズリと滑らすように動かせば、両方の出っ張っている部分が削れて平になるのだ。 あまりに硬さが違う石だとだめだけど、同じ場所で掘り出された石だから、そんなのは稀だから問題ない。
それで「出来上がったから見に来て」と言われて、行ってみると、湯船は二つではなくて、三つに分かれていた。 一つは小さい。
「この小さい湯船は私たち用。 まあ別に他の人が使っても構わないけど、二つだと完全に男女別で、私たちが一緒に入れないから」
いや、ここにいつもいる訳じゃない、というかある程度新西の村が出来たら、ここにはほとんど来ることは無くなると思うから、わざわざそんなの作る必要ないと思うのだけど。
でも、ここは絶対に喜ばないといけないやつだ。 そうでないと二人の機嫌が絶対に悪くなる。 そのくらいのことは僕ももう学んでいる。
「うん、良く出来ていると思うよ。 二つの湯船は結構大きいから、ちょっとお湯を満たすのが大変かな、と思うけど。 まあ、ミランダさんやマーガレットがいるから、大丈夫だと思うけど」
ルーミエとフランソワちゃんは、僕の言葉に、「あっ、失敗したかも」という顔をした。
僕もなんだけど、周りの多くの人とはレベル差があって、魔力量が違うことを忘れてしまう。 城下村のみんなは今では魔力量が豊富だからお湯を出すのに困らない。 でもここではレベルが高くなっていて、魔力量が豊富なのは、城下村から来た者だけだろうと思う。 シスターのみんなも、そこは忘れちゃっていたんだろうと思う。
まあ、ここでも徐々にレベルが上がって、魔力量も増えるだろうから、少しづつ改善していくだろうし、大丈夫なんじゃないかな。
それでも僕は二人が主になって作った湯船を見ていて、なんとなく違和感を感じていた。 二人を含めて女性たちだけで作ったからだろうか、全体的にはとても綺麗に出来ている。
洗い場や湯船の床の部分だけじゃなくて、湯船の壁の部分まで石の表面が滑らかに削られていて、邪魔な出っ張りや尖った部分なんてない。 さすがの繊細な作りだな。
「あれっ」
僕は湯船に重大な欠陥があることに気がついた。 変な声が出てしまったので、二人も問題があったのだろうと思ったようだ。
「あのさ、湯船に排水口がないよね」
「排水口?」
「湯船に排水口が
ないと、湯船の水を無くすのが、すごく大変な作業になっちゃうよ。 排水できないと、湯船の中を洗うことが出来ないじゃん」
この後、排水施設を付け加えるのにかなり苦労することになった。
湯船は縁に高さがあるだけで、ほとんど地面を掘って作った形になっていたので、湯船の排水をするには、そのための施設を湯船の底以上に掘り下げて作らねばならなかったのだ。
それだけじゃない。
風呂のある位置は高台という訳ではないので、湯船に残っている水を排水するには、その水が貯まるだけの穴を、湯船の底よりも深く掘らなければならなかったのだ。
洗い場で出る排水くらいは周りに溝を掘って外に誘導すれば済むけど、湯船の水はそうはいかないから仕方ない。
「こんな苦労しないで、ウォーターで汲み出しちゃう方が楽なんじゃない」
「ルーミエ、魔力の少ない孤児院の子たちが、そんなこと出来ると思うか?
きっと孤児院の子たち以外でも、出来ない方が多いと思うぞ」
フランソワちゃんは自分たちの失敗だと、即座に諦めたみたいだけど、ルーミエは不満たらたらだった。
二人でやるのかと思ったら、すぐにマーガレット以下の見習いシスターが排水施設作りも手伝っていた。 きっと彼女たちも排水口がないことに気づいていなかったんだな、と僕は内心思った。
もちろん風呂はロベルトたち工事組も大喜びだ。 工事組の男たちは、少し大きくなっている孤児院の男の子たちに風呂の入り方を教えた。 女風呂はシスターグループがいるから、風呂のお湯を出すくらいは今では困らないだろうけど、男風呂はロベルトたち工事組が城下村に帰ると、困るかもなと思ったけど、ま、まだ先の話だ。
意外というか、忘れていたけど、先輩3人も日常的に風呂に入るのは初めての経験らしかった。 さすがに風呂の入り方、先に汚れを落として湯船に入るなんてことは知っていたみたいだけど、そう言えば東の村には風呂を作ってはいなかった。 先輩たちにホットウォターの魔法を教えて練習してもらえば、お湯を張る問題が回避できるかなぁ。
とにかく風呂を作り終えて、トイレの問題も解決の道筋をつけたのだから、もう二人は城下村に戻るのだろうと思ったのだけど、次に2人は孤児院の子たちに投石器での石投げを教えだした。
「城下村のみんなが、すぐに夢中になった事だもの。 ここでも教えれば、きっとみんな夢中になって覚えるわ」
「それに投石器での石投げは、スライムや一角兎を狩るのはともかくとして、的に当てるのを競うだけなら、小さな子たちでも出来るから、楽しい遊びになるわ」
投石器を作るくらいなら、柴刈りで採ってきて、樹皮をトイレ用に削った物でも、それなりに手頃な材料となる枝はある。 あとは枯れ草を編んだ紐なんかでも、子どもが使うなら十分に役に立つ投石器は出来る。
2人は小さい子は作るのを手伝ってやったりして、孤児院の子たちみんなに投石器を持たせた。 思っていたとおり、投石器を使った石投げによる的当ては、子どもたちに大いに流行って、みんな競って練習するようになった。
そうなると、見ているだけでは済まないのが、城下村から来た連中だ。 孤児院の子たちに投石器を使っての石投げが流行った一つの理由には、彼らか投石器で石を投げて、スライムどころか一角兎まで狩るのを見たこともある。 そんなの見たら子どもたちが真似をしてみたくなるのは当然だ。 真似される方は良い気分になって、暇が出来た時には技術指導をしたりもする。 そのうちに、年長組には、投石器を使って石を投げてのスライム狩りをさせてみようとする者も出て来てしまった。
スライムを退治するくらいならば、群れに向かって攻撃をしない限り、ある程度の人数で石を投げれば、まあ危ないことはない。 城下村の連中が混ざっているなら、危なくなれば自分で石を当てて、スライムが近づくのを阻止することくらいは出来る。
ま、子どもたちがやってみたいと懇願してのことだから、危ないから絶対禁止にするほどのことでもない。 しかしロベルトは安全を考えて、スライム以外を狙わせないこと、群れではないことを確認してから投げさせることを徹底した。 ミランダさん以下のシスター組も、子どもたちに決して自分たちだけでは、開拓地の外に石を投げてはいけないと、厳重に約束をさせた。
さすがにスライムに石を投げるのは、年長組の子たちに限ったのだが、該当する子たちは先を争って、スライムに石を投げてみたがった。 それはそうだ、自分たちの力でモンスターを退治するのだから、思っいっきりワクワクするのは当然だ。 それはまあ良いのだけど、まだ当然レベルの低い孤児院の子たちは、スライムの罠によってレベルが上がって熱を出したりしていたのだけど、スライムへの石投げを始めた当初は次々と寝込む羽目になってしまった。 レベルが見えるルーミエが、レベルが上がった結果であるのを確認するし、城下村から来た者たちは慣れている光景なので平然としていたけど。