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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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少し軌道に乗る

 僕とキイロさんが領主様たちへの報告を終えて、また新西の村開拓地に行くと、池作りが始まっていた。


 池の計画はこうだ。

 池はドーナツ状に掘られていく、何故ドーナツ状かというと、掘った土で堤防を作る訳ではないからだ。 池周りに掘った土を堤防状に積み上げると、池が満水になった時に、もし堤防が決壊すると、それによって大きな被害を引き起こす可能性があるからだ。

 僕らが求めているのは、川が枯れている時に必要な水を溜めておくことだけど、ダムを作りたい訳じゃない。 池の水面の高さが、最高でも周りの地面と同じならば、取水口を閉じて川からの水の流入を止めれば、雨が多くて池が満水となっても、溢れて大きな被害となることはない。 周りを盛って、池の水面が周りより高くなってしまうと、もし溢れるようなことがあると、どうしても一部の弱いところや、ほんの少し低くなっていたところなんかに流れが集中して、盛った土が崩れたりする。 そうなると周りの地面より高い分の水が一気に流れて、被害を生んでしまう。

 そういうことがないように、池周りに土を盛る訳にはいかない。 そうなると掘った土を遠くまで運ぶのは面倒だから、真ん中に土を集めて高く盛るという、ドーナツの形に池を作るのが、最も作業が楽なのだ。


 「ええっ、池作りがやっとまともに始まったばかりなのに、ちょっと中断して、場所を広げて家作り?」


 池と水路作りを主な仕事として担当しているロベルトは、ちょっと不満そうにそう言った。


 「ロベルト、すまねぇな。 西の村の鍛冶屋が、もうどうにも西の村に居づらくなっちまったみたいなんだ。 それでもうこっちに引っ越すしかないということになって、大急ぎで西の村の鍛冶屋一家の住む場所が必要になってしまったんだ」


 キイロさんがロベルトが率いるグループに協力してもらうために、事情を説明する。 僕ももう一つの理由を説明する。


 「それと、そろそろ西の村から何か言って来そうだから、その前に冒険者組合をここに作っておきたいんだ。 そのために簡単な組合の建物と、組合の職員さんが暮らす住居も必要なんだ」


 「そういう事か。 それじゃあ、仕方ないな。

  でもキイロさんも手伝ってくださいよ。 ナリートはもちろんだ」


 うん、これはキイロさんも僕も断れない。 ロベルトに従って働くしかないな。


 エレナに頼んだ冒険者になる予定の子たちは、順調に経験値稼ぎをさせて、もうレベルが何回か上がっているらしい。 ま、最初の頃は、特に西の村の孤児院の子たちはレベルが低かったから、最初はすぐにレベルが上がる。

 レベルも低いし体力もない、それに今までしていない生活魔法を使うことや、読み書きなどの勉強もしっかりしなければならないから、1日おき、レベルが上がって熱を出したりした時は2日おきに、どうやら一角兎狩りに同行させているみたいだ。 同行させても、やらせているのは盾で押さえつけた兎の止めを刺すだけで、あとは索敵の訓練とのことだ。

 エレナは慣れているから、僕やキイロさんが何か言う必要はないな。


 「ナリートさん、ちょっと良いですか?」


 西の村の鍛冶屋さんの家作りをしていると、休憩中にロベルトの配下の1人に声を掛けられた。


 「あの、たぶんなんですけど、西の村の孤児院を卒院して、孤児院の寮で暮らしている奴らがいると思うんです。 そいつらは今、とても大変なんじゃないかと思って。 どうにかなりませんか?」


 「私、孤児院の子たちみたいに、ここに引き取ってやるのが良いと思うんです。 寝る場所とか、私たちの部屋の床でも構いませんから、お願いできませんか」


 きっと、寮で暮らしている中には女の子もいるのだろう、声を掛けてきた男だけでなく、女の子もそれに加えて訴えてきた。

 どちらも西の村の出身で、今回は自分で志願して、新村作りに同行して来たらしい。


 うわぁ、完全に忘れていたよ。 最初に計画していた時には、孤児院の子たちと一緒に寮に住む卒院生たちも連れてくるはずだったのに、孤児院の子たちの状況の悪さに、僕もだけどミランダさんたちも気を取られて、卒院生たちのことを忘れてしまっていた。

 僕はすぐにミランダさん、マーガレットとも話して、卒院生もこっちに引き取ることにした。 どうせ彼らも寄生虫にやられているだろうから、ミランダさんやマーガレットたちに最初は対処してもらわないとならないだろうから。


 「ロベルト、悪い、もう一つ家作りが増えてしまった」


 ロベルトは嫌な顔をしたけど、自分の配下になっている西の村出身者が理由を話して頼むと、

 「お前らの後輩の為なら仕方ないな。 こっちに来たら、お前たちが世話をして、ちゃんと働かせるんだぞ。 無理をさせることはないけどな」

と、僕が何か頼むよりもあっさりと受け入れていた。 ちょっとだけ、なんだよ、と思わなくもない。


 まだ家が出来上がらないうちに、キイロさんは西の村の鍛冶屋さんを迎えに行った。 「出来上がったら、声をかけるから」と先に伝えるために行ったのだけど、西の村で暮らすことが、もう針の筵の上だったようで、西の村の鍛冶屋さんは、

「自分たちが住むことになる家なのですから、作るところから自分も当然手伝いますよ。 全てお任せでは申し訳ないですから」

と言って、結局すぐに一家で移住して来ることになったので、結果的には迎えに行ったことになったのだ。


 もっと軽身で動くことが出来る、というより自分たちの持ち物がほとんどない卒院生は、それこそまだ家が何も出来ていないうちに、話を聞くと即座にこちらにやって来た。 孤児院の子たちが移った時点で、自分たちも即座に動こうと思っていたのに、そのままになっていて凄く不安だったらしい。

 大急ぎで彼らのための家を作ることになったけど、結局は女の子が話していたように、最初の数日間はロベルトの配下の部屋の床で寝るようなことになったのだけど、どちらからも文句は出なかった。


 ミランダさんたちにイクストラクトで除去してもらったり、薬を飲むのは当然だったのだけど、問題は彼らの扱いだ。

 孤児院の卒院生は、卒院後は基本自由なのだが、西の村の寮にいたのに急にこちらに移ったので、西の村から何か言ってきそうな感じが余計にする。

 西の村の教会関係者は、それに対して何か言う事は、力関係から出来ないだろうけど、何しろこっちのミランダさんは中級シスターだし、老シスターの後ろ楯がある。

 何か言って来るとしたら、西の村の村長かな。 孤児院の子たちがいなくなってしまったから、西の村では孤児院の子たちが請け負っていた仕事も、卒院生が請け負うことになっていたみたいだから。


 「エレナ、すまないけど西の村の卒院生も、冒険者にするために、スライム討伐者の称号取りとレベル上げをお願い出来るかな。 ちょっとこれは予定外だったんだけど、たぶんそうしておいた方が良さそうなんだ」


 エレナとその子分たちは、ずっとこっちで仕事していて、城下村には戻っていない。 城下村に戻っていないことについては、ロベルトたちやミランダさんたちシスターグループも同じだけど、ロベルトたちは池と水路が出来るまでと最初から分かっていたし、シスターグループは孤児院を運営するし、こっちにも薬草畑を作って収穫したりする気だから、最初から長期滞在を予定していた。 エレナたちは、周りの危険なモンスターを駆逐することだけを目的に考えていたので、予定外の長期滞在になっているのだ。


 「まあ仕方ないわね。 私の代わりにナリートがやる余裕もないでしょうし、かといってウォルフやウィリーにそれをさせると物の運搬が滞ってしまうだろうから。

  ルーミエとフランソワちゃんにやらせるというのも無しでしょ」


 ゆっくりと夜を過ごせはしないけど、ウォルフも物の運搬で毎日のようにここに顔を出すからか、エレナはあまり不平を言わずに引き受けてくれた。 子分たちの意見は、聞かなくても構わないのか。



ま、一応それでもなんとなく新村開拓地は回り出したので、僕とキイロさんはここ何回かは予定通りに、3日開拓地で過ごしては戻って2日過ごすというサイクルを守っている。 池と水路が出来ないと畑が作れないから、それまでは自分の出番がないと諦めているフランソワちゃんは良いのだけど、そろそろ2回目の寄生虫駆除の時期になるので、ルーミエが私も行きたいと騒ぐのが面倒になって来ている。


 「とりあえず、今回はダメ。 今回は町に寄って、冒険者組合の職員さんを一緒に連れて行くことになっているから、無理なんだよ」


 「それじゃあ次は絶対行くからね。 ミランダさんやマーガレットに、そう言っておいて」


 はいはい、次回ルーミエも行くことは決定かな。



 町の冒険者組合に寄ると、もう派遣される職員さんが2人荷物と共に待っていた。 その2人の近くに、見たことのある気がする人が3人いた。


 「あれ、ロンさん、フロドさん、トレドさんじゃないですか。 今は元の東の村で冒険者をしていると聞いていたのですけど」


 キイロさんがすぐに誰だか分かったようで、すぐに声を掛けた。 僕もそれで思い出した。 前にキイロさんが城下村に来てそんなに経たない頃、一度勝手にやって来た先輩たちだ。 その後は僕らの元居た東の村に行って、冒険者として信頼を得て上手くやっていると聞いたのだけど。 確か、フランソワちゃんは何度か会っているらしかったけど。


 「ああ、東の村で、しっかり冒険者をしてたぞ。 村長からも信頼されるくらいだ」


 「俺たちも、東の村では頑張って、やっと鉄級の冒険者になったんだ」


 「頑張って、と言っているけど、実際は青銅級の獲物の一角兎は孤児院の連中でもやろうと思えば狩れるだろ、特例で許されてもいるし。 それだから孤児院のかなり年下の後輩たちに大きい顔をするには、それ以外のモノを狩る必要があったのさ。 他の冒険者は兎を狩るだけで暮らして行けるから、積極的に他の獲物を狩ろうとはしないから、結局東の村では俺たちが狩ることになって、それで信頼されるようにもなったし、鉄級に上がりもしたんだ」


 「頑張ったんですね。 それで今はなんでここに居るのですか?」


 「もうすぐ新たな卒院生が出る時期だろ。 卒院生の中には知っているだろうが、冒険者として登録されている者もいる。

  今のところは年齢の関係で特例での登録だから木級だけど、実力的には青銅級にすぐになるだろう」


 「そうしたら、あいつらが卒院したら、まずはただでさえ多い兎を狙う冒険者になる訳だ。 そこに俺たちがいたら邪魔だろ」


 「まあ、それ以上のモンスターが出たら、その時はまた行っても良いけど、それまでは後輩連中で十分だろうからな。 俺たちはその間に、もう少しレベル上げしようということさ。

  それに新しい所なら、俺たちの力でも必要じゃないかと思ってな」


 3人の先輩は、東の村で一角兎以上のモンスターを率先して狩っていたらしいけど、当然それらが近くにいない時には、一角兎狩が基本になる。 そうすると卒院して、冒険者としてやっていきたい後輩と同じ獲物を狙うことになってしまう。 その事態をなるべくなら避けたいということなのだろう。 東の村近くで、平原狼や大猪が出るのは稀だから、普段は一角兎だよなぁ。


 「ええと、職員さんが声を掛けてくださったんですか。 新しい所には新人しかいないだろうからと」


 僕は冒険者組合の職員さんが気を利かせてくれたのかと、ちょっと考えてしまった。


 「いえ違いますよ。 この3人は新たな村に、冒険者組合があるかどうかの確認に来たのですよ。

  それでまあ、私たちが向かうところだと教えた訳です」


 「そりゃ、冒険者組合があるかどうかの確認はするだろ、当然。

  無かったら仕事にならないじゃないか。 兎を獲っても買い取ってくれるところが無かったら金にならない。 そしたら俺たちは食っていけないじゃないか」


 それはそうだ。 僕たちの城下村は、ほぼ自給自足で足りてしまうようなことになっていて、生活に必要な物はほぼ足りてしまう。 その上金銭は他のことで得られるから、兎やモンスターを狩って、それを金銭に変える必要がない。 ほぼ全部食べたり、素材として使ってしまっている。 これはやっぱり特殊だよなぁ。

 冒険者に頼む必要がなくて、自分たちで危険なモンスターまで退治してしまうから、そもそもに置いて冒険者組合が城下村にはない。


 キイロさんが僕の耳に口を寄せて、コソッと聞いてきた。


 「おい、ナリート、どうする?

  このまま先輩たちに来てもらっても困るんじゃないか」


 「いえ、キイロさん、今のままだと、エレナたちが全く城下村に戻れませんから、かえって来てもらうのは都合が良くないですか。

  エレナたちが城下村に戻っている時には、新人の護衛役をしてもらえれば助かりますよ」


 「確かにそれはそうだな。

  だけど、住んでもらう所もないぞ。 俺たちも場所に余裕がないからなぁ」


 僕たちがコソコソと相談しているのに気づかれるのは仕方ない。 ちょっと心配そうな声で聞かれてしまった。


 「やはり今度の場所も俺たちは邪魔になるか?

  そうなら町を拠点に兎狩りで生活することにするしかないのだが」


 「えーと、ナリートだったな、領主様の養子になった。

  正直に言ってくれて良いぜ。 俺たちもキイロを困らせる気はないから」


 前に城下村に来た時は、自分たちの実力が上で、絶対に必要とされると思っていたのに、全く不要で出来ることがなくて、城下村に住むことが出来なかったからだろう。 今回もそんなことがあり得ると思ったようだ。


 「いえ、違いますよ。

  今、開拓し始めた所に来てくれるのは大歓迎なんです」


 「心配しないで下さい、ナリートの言っているのは本当ですから。

  ただ、開拓を始めたばかりで、まだ全然色々足りてなくて、来てもらいたくても住んでもらうところもないな、どうしようって相談していたんです」


 「なんだそういうことか。 それなら心配しなくても大丈夫だ。

  俺たちもあれから練習して、ソフテンとかハーデンとかも使えるようになった。

  それを応用して、狩りで野宿の時にはシェルターのようなモノを作るようになったんだ。 最初は俺たちはそれで用を足せると思う。 それからゆっくりと家を作るぜ。

  と、言いながら悪いが俺たちはまともに家を作ったことがない。 悪いがキイロ、作り方を指導してくれ」


 「ええ、構いませんよ。 そういうことなら僕も手伝いますから、そんなに何日も不自由しないで済むと思います。

  僕とナリートは最初の数日を、どこで寝たりしてもらえるか困っていただけですから」


 こうして冒険者組合の職員さんだけでなく、先輩たち3人も新村開拓地に来てもらったのだが、先輩たちを即座に新人の護衛にするなんて無謀なことは出来ない。 新人を護衛出来る実力があるのかどうかを見極めてからの話だ。 当然その見極めはエレナに頼む。


 「うん、十分大丈夫じゃないかな。

  実力的には銀級の私たち程じゃないけど、私の子分たちとそんなに変わらない実力があると思う。 なんか私にとっては孤児院の大先輩をこんな風に言うのは気が引けるけど。

  それに下の者と一緒に行動することに慣れてるみたい。 孤児院の子たちを連れて狩りをしたりもしてたんじゃないかな」


 良い意味で思っていた以上だ。


 「ナリート君、木級で登録するのはこの人数ですね。 予定より多いと思いますが、大丈夫ですか?」


 「はい、大丈夫です。 ここに集めた子たち、一部卒院生も混じってますけど、全員スライムを竹槍で討伐したことがある経験者ですから、木級冒険者になる資格はクリアしています」


 「はい、わかりました。 領主様からもナリート君の言うことを信頼してくれて大丈夫だと言われていますから、この人数を登録しますね。

  いや、木級の冒険者証を多めに持って来ておいて良かったですよ。 危うく足りなくなるところでした」


 木の冒険者証も、この地方だとちょっとだけ貴重だったりするのだ。


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