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この世界には築城士という職業は無かった  作者: 並矢 美樹


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西の村

 フランソワちゃんの紙作り用の樹木栽培の方法調べは、意外な方向から簡単に済んだ。 フランソワちゃんが元の村の中で、ミツマタの木を見たことがあったことを思い出したのがきっかけだった。

 ミツマタは春の一番最初の頃に、黄色の小さな丸い花を咲かせるのだが、その花が可愛いし、春を告げるような気がすると、観賞用に家の近くに植えていた人がいたのだ。

 この地方で観賞用の樹木や草を植えている人なんてほとんど居ない。 そんなものを植える余裕があるならば、少しでも食べられる物を育てたいというのが普通の感覚だ。

 きっと僕が城作りの一番最初に引き抜いた灌木が、ミツマタの木だったと気づかなかったのは、食べられない物に興味がなかったからだと思う。 だから引き抜いた木がどういった木なのかなんて、全く考えもしなかった。 ルーミエは女の子だからか、あの黄色い花が咲く木だと気づいたらしい。 そしてその木は枝がどこでも3本に分かれて出ているという特徴があるから、確認も簡単だし、名前も覚えていたらしい。


 「フランソワ様、この木ですか。 私は咲く花が好きなので、切らずに植えているのですが、邪魔だと言うなら惜しい物でもないので、即座に伐りますが」


 「違うの。 邪魔だから伐りなさいと言いたいんじゃないの、逆よ、逆。

  私はこの木の育て方とか、増やし方を教えて欲しいの」


 「えっ、この木の育て方ですか。 別に何もしなくても育つのですが」


 「じゃ、最初はどうしたの? 種から大きくしたの? それともどこかから苗を仕入れて来たとか」


 「あ、そういうことですか。

  この木は、柴刈りに行った時に、まだ生え始めのを見つけて、それを引き抜いてきて植えた物です。

  でも、そのことでも分かるかも知れませんが、花はその後、実をつけるのですが、その種でも簡単に増えますよ。 ここでも落ちた実で、春にはよく芽が出ていますけど、そんなに何本も必要ないので、みんな抜いて処理してしまいますが」


 「そうなの?」


 「ええ、そのくらい簡単なんですよ。 この木を育てるのは。

  ただまあ、ある程度大きく、そうですね3年目くらいにならないと花が咲かないですから、森にでも行って、小さいのを探して移植すると、すぐに花を見れると思いますよ」


 「そうなの、ありがとう」


 ミツマタはそんな感じで分かって、コウゾについては調べるまでもなかった。

 マイアに呼ばれたのはルーミエとフランソワちゃんの2人だったのだが、僕らの家にももう1人女性がいる。 そう、糸クモさんと布作りを担当しているアリーだ。 アリーがコウゾについては知っていたのだ。


 「コウゾって、あれだよ。 ジャンやナリートだって知っていると思うよ。

  糸クモさんにあげる葉の木に似た木があるじゃん、あの不味い実がなる方だよ」


 そうアリーに言われて、僕もジャンも即座に理解した。 食べられる実がなる木はすぐに分かるのだ。

 糸クモさんが食べる葉の木、つまり桑の木は美味しい実をつけるので、僕らは当然糸クモさんが食べる葉だと知る前から知っていた。 でもその木だと思って、期待していても実をつけないのや、つけた実が甘いけど舌の上に棘みたいなのが残る、別の種類らしい木がある。 アリーによると、それらがコウゾの木だとのことだ。

 栽培も桑の木と変わらないらしい。 挿木で簡単に増えるらしい。


 「でもさ、なんでわざわざコウゾを増やそうとするの。

  それは確かに最高の紙を作ろうとするなら、コウゾの木の皮を使うのが一番良いと聞いたことがあるけど、今から栽培して大きくして、それからって時間がかかるじゃない。

  まあ、それも良いと思うけど、糸クモさんのために増やした桑の木の剪定したりした枝とか、今は燃料として燃やすだけになっているけど、あれらの適当な太さの枝を使えば、品質は少し劣るけど同じように紙が作れたと思うよ、確か」


 そんな簡単な方法があるのか。

 アリーはこの地方に来る前に居たところでは、そんな風に桑の剪定した枝も利用していたらしい。 まだ幼い、いや孤児になった時に孤児院に入れるには年齢が上だったのだから、家業に関係することだから覚えていても当然なのだろうか。


 「でもさ、紙を作るなら、それらの樹皮も必要だけど、もう一つ混ぜるネバネバの元が必要だと思うのだけど、そっちは大丈夫なの?」


 僕は頭の中の知識をひっくり返してみて考えた。 ネバネバの元、トロロアオイのことだな。 トロロアオイの根を叩き潰すと、粘り気のある汁が出て、その汁を紙作りの時に繊維を入れた水槽に入れると、なんと言うか滑らかに繊維が水と混ざりあって、上手く紙が漉けるらしい。 でもその粘り気に接着性は無いんだったかな。 

 確かに言われてみれば、僕はトロロアオイなんて見たことないぞ。 もしかすると、ああいった草の類はスライムが好んですぐに食べてしまうのかも知れない。 トロロアオイはオクラの親戚なんだから、葉だとか茎はスライムや一角ウサギにとっては美味しいのかも知れない。


 トロロアオイに関しては、フランソワちゃんもルーミエも知らないらしかったし、他にもシスターをはじめとしていろんな人に聞いてみたが、少なくともこの地方では見たことがないらしい。 他の土地では、そんな感じの草を見たことがある人はいたのだけど。

 僕はこの地方で紙があまり作られていなかったのは、コウゾやミツマタの樹皮を柔らかくして繊維状にするには、樹皮を剥いたり解したりするのに、蒸したり煮たりということが必要で、そのための燃料が足りないからなのかとちょっと思っていたのだけど、どうやらそれだけが原因という訳でもないようだ。 もしかすると麻で作る紙の質も良くないのも、そのせいなのかも知れない。


 トロロアオイに関しては、結局王都の商店に種を見つけてもらうことになった。 そんなに難しいことではないらしい。 一年草で、大きな綺麗な花が咲くのも、それで実が出来てその中に種がたくさん入っているのも、オクラと変わらないらしい。 ついでに商店で聞いたら、オクラも栽培されているらしくて、その種はもっと簡単に手に入った。 頭の中の知識では美味しいとあるのだから、そっちも入手したくなったのだ。

 僕は種を入手して、この地方では栽培していない食物を作ることなんて、今まではしたことがなかったなと思ったのだが、それはみんなも同じみたいだった。 ま、今までは、飢えないように食物を十分な量を採ることが目標だった訳で、そんなことまで頭が回っていなかった。



 そんなこんなしていると、とうとうキイロさんから声がかかった。


 「それじゃあ、ナリート、俺と一緒にまずは打ち合わせのために出かけてくれ。 まずは西の村からだ。

  なんだか本当にすまないなぁ。 親方が言い始めたことが何だか大事になってきて、それに完全にナリートを巻き込むことになっちゃって」


 あれ、キイロさん、この話が決まった文官さんがいた時と、雰囲気が違うなぁ。


 「いやそれはキイロさんのせいじゃなくて、色々と決めたというか大事にしたのは、領主様の側近の文官さんたちですから。 キイロさんが謝ることじゃないですよ。

  それに町に行く前は、『これは始まりだ。 これからだぞ』ってはっぱをを掛けられたような気がするけど。 どうしたんですか?」


 「いやな、俺はお前たちよりも孤児院の先輩だろ。 だから他の人の目がある所では、どうも先輩風を吹かしてしてしまうんだよ。 何となくそうじゃないと、示しがつかないような気がしてな。

  でもな、今回のこと、領主様や文官さんたちの目を引いてしまったり、親方の計画を漏らしたのも俺だし、そう考えるとナリートには一方的に迷惑をかけた気がするしな。 そこはきちんと謝っておかないといけないと、機会を狙っていたんだ。

  それにしてもお前、今でも領主様のことは領主様なんだな」


 「そりゃそうですよ。 僕だけじゃなくて、ルーミエもフランソワちゃんも、領主様は領主様だし、シスターはシスターですよ。 変えられる訳がない」


 「そりゃそうか。 そうだよな」


 僕とキイロさんは西の村まで馬車で向かう。 馬車の御者はまだ練習を兼ねてキイロさんがしている。 でもキイロさんも、もう町への往復でも馬車を何回か使うまでになっているので、馬を使うのなら騎乗の方が多い僕には教えることなんてない。 ま、ちょっとしたキイロさんの詫びの気持ちだろう。


 僕はシスターやルーミエ、そしてフランソワちゃんのように、この地方の色々な場所を巡ったことはない。

 シスターとルーミエは、シスターが聖女様と言われるきっかけになった、寄生虫撲滅騒ぎの時に、領主様からの要請もあって、領内隈なく歩き回っている。

 フランソワちゃんはフランソワちゃんで、それに付随することなのだけど、新農法を普及させるために、こちらも方々から請われる形で、多くの場所で農業指導をしている。

 それに比べると僕は、少しはシスターとルーミエと共に回ったりはしたけど、すぐにそっちではなくて書類仕事に戻されてしまったので、寄生虫の時にもそんなに回ってはいない。 人の数が少なければ、シスターとルーミエ、それに護衛がいれば用は済んでしまうからね。

 僕はどこに城を作るか考えている時には、色々と歩き回ったけど、それは元居た孤児院から日帰り出来る範囲だから高が知れている。 そして城作りが始まってからは、王都に行った以外はほとんど城の周辺にしか行っていない。

 そんな僕でも、西の町は行ったことがある。 ちょっと懐かしい気がした。


 「ナリートも西の町は来たことがあるのか?」


 「はい、僕も寄生虫撲滅をやった時に、各村にはシスターとルーミエと共に行ったんですよ。 それより小さい部落なんかは、僕はお役御免だったのですけど。

  キイロさんは?」


 「俺は親方の使いとして、鍛冶屋が店を構えている場所なら、大体は行っている。

  だから村はみんな行ったことがある。 それより小さい部落は、ほんの幾つかだな」


 「他は部落でも鍛冶屋がいるところがあったのに、なんで僕らの孤児院の村には鍛冶屋が居なかったんでしょう」


 僕は急に疑問を感じた。


 「そりゃ、あの村は、やっと村という名前になる程度の人しかいなかったし、他領からは一番遠いだろ。 わざわざ重い鉄の塊を遠くまで持っていって形にしなくても、近くで済ます方が楽じゃないか。 その製品になっている物さえ、なかなか買えない状況だったのだから、それは仕方ない。

  それに孤児院の子どもらには関係ないから、見る機会がなかったのだろうけど、年に数度、鍛冶屋が出向いて村にある道具の修理なんかはしていたんだ。 それで用が済んでしまう程度だったんだな。

  今はあの村は主にフランソワちゃんのお陰でかなり豊かになったから、もうすぐ1人鍛冶屋が移住するという話が出ているぞ」


 「そうなんですか。 それじゃ、あの村も便利になりますね」


 僕らが南の村に着くと、村の入り口で村に住む鍛冶屋さんが待っていてくれた。 行く日は連絡してあったから、馬車が見えるとすぐに誰かが鍛冶屋さんに伝えてくれたらしい。

 僕らの元いた村でもそうだったけど、村長さんの馬車以外、ここだと他にも持っている人がいるのかも知れないけど、村人以外の馬車がやって来ることなんて少ないから、きっとすぐに目を引くのだろう。


 「キイロ、ご苦労様だ。

  とりあえず今日は俺の所で休んで、明日、村長と話をするか? それとも話は通してあるから、このまますぐに村長との顔合わせだけでもしておくか?」


 この言葉にキイロさんは僕に「どうする?」と、視線で聞いてきた。


 「そうですね、話が通っているなら、村長さんの所にも僕たちが来た連絡は入っていると思うので、村長さんも気になっているでしょうから、挨拶だけは先に済ませておいた方が良いかも知れないですね」


 「そうか、ナリートがそう言うなら、そうしておこうか。

  それじゃあ、まず西の村の村長さんの所に案内してください」


 キイロさんがそう言うと、鍛冶屋さんはちょっとだけ意外そうな顔をした。 きっと明らかに年少に見える僕がキイロさんに意見して、これからの行動が決まったからだろう。



 西の町の村長さんの家は、フランソワちゃんの家を少し大きくしたような感じの家だった。 通された部屋も、フランソワちゃんの家の応接間に似た作りだったけど、少し装飾がケバケバしいというか、物がごちゃごちゃと置いてある。

 出てきた西の村の村長さんは、僕たちの訪問を迷惑だと感じているのを全く隠さない態度をしている。 あ、少し昔のことを思い出した。

 まずは鍛冶屋さんに紹介されてキイロさんが挨拶した。


 「西の村の村長さん、はじめまして。

  今回の件を担当者として任されているキイロといいます。

  しばらくの間ですが、こちらには何度も通って来ることになると考えています。 村長さんご自身とお会いしなければならない機会は、そうそう多くはないと思いますが、これからよろしくお願いします。

  また、今回の件に、協力をお願いします」


 このキイロさんの挨拶が西の村の村長さんは気に入らなかったらしい、少しムッとした顔をしてキイロさんに何か言おうとしたみたいだが、僕はその言葉が出るのを遮って、少し声を大きくして自己紹介をした。


 「続けて私はナリートといいます。

  私はキイロさんとは違い、以前にも村長さんにお会いしたことがあります。

  今回はキイロさんの交渉の補佐として、こちらに参りました」


 村長さんは、「この小僧が交渉の補佐?」と考えたみたいで、また前に会ったことがあるということで記憶を辿っているみたいだ。


 「君とは前に会ったことがあるのかね?」


 「はい、寄生虫の撲滅を領内でしていた時に、シスターと共にその時も挨拶させていただきました」


 「あ、あの時、聖女様と一緒に来た小僧か。 何をしていたのか、さっぱり分からなかったが」


 どうやら村長さんは思い出したようだ。


 「えーと、村長さん、その時寄生虫撲滅に回っていたシスターが聖女様と呼ばれていることは知っておられるみたいですが、その後その聖女様がどうなったかは知っておられますか?」


 「何だね、君は、キイロと言ったか。 無礼じゃないか、そんなことはこの領地に住む者で知らない者などいないだろ。

  聖女様は先頃、領主様の奥方になったじゃないか」


 「はい、その通りです。

  それではその発表がなされた時に、同時に発表があったのも覚えておられると思うのですが。 領主様が3人の養子を得たという話を。 正確には男1人と女1人を養子にして、その2人は結婚し、もう1人東の村の村長の娘、農民から農業の女神様と呼ばれる娘もその男と結婚したので、領主様と聖女様夫妻には3人の子どもがいるということになったのですが」


 「それも知っておる。 その女子というのは聖女様の弟子と言われている娘であろう。

  今思えば、あの時聖女様が連れていたのが、その娘であったのだろう。 この村だけでなく小さな集落にも聖女様は連れて歩いていたということで、その娘も有名だからな。

  もちろん私だって、もう1人の農業の女神様のことも知っている」


 「それでは、領主様の息子になった男はどうですか?」


 「すまないが領主様の息子のことは、私はよく知らない。

  町の学校では聖女様の弟子以上に神童のように扱われた、というような噂を聞いたが、その後王都の学校に進学したという話も聞いたことがない。

  まあ、町の学校に在学していた時から、事務仕事を手伝っていたという話は聞いたことがあるから、その面の才能を買って、これからの領政のために、領主様が養子に向かい入れたのであろう」


 ま、そうだよね。 僕の評価なんてそんなものだと自分でも思うよ。


 「その領主様が養子にした男ですが、名前は発表されていますが覚えていないみたいですね。 その男の名前はナリートといいます」


 キイロさんがそう言うと、村長さんはびっくりして目を見開いて僕を見た。


 「ええ、そうです。 ここにいるのが村長の息子のナリート様です」


 キイロさんに様なんて付けられて呼ばれると、何だか気持ち悪いけど、効果は覿面だった。


 「ナリート様、先ほどは失礼を」


 「村長さん、領主様は今回の件をとても重視しています。 そのために自分の息子を私の補佐に付けてくれました。

  今日は先に挨拶だけと思ってやって来ましたが、明日はすぐに具体的な話に入りたいと思います。 善処していただけると信じています」


 キイロさんは、なんだかしてやったりという顔をしているけど、鍛冶屋さんはアタフタしている。

 もしかして、僕はこの為に連れて来られたのだろうか。


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