やはり噂はすぐに駆け巡る
空気を熱すると体積が増えて圧力が増す力が強いのは確かだけど、水が気化して体積が増える方が大きいから、シリンダーの中で熱して圧力を上げるなら、そっちの方が効率が良いかな。
フランソワちゃんの改善案で、僕らが作った高炉は改造が決定したのだけど、改造した方法で、もっと楽にならないかと考えてみたりする。
あれっ、高炉に吹き込むために空気を高温化するなら、排気を利用して温めた塔を交互に使って、吹き込む空気を温めるという工程は必要ないんじゃないだろうか。 いや、やはりあった方が良いのかな、実験しないと分からないな。
えーと、そもそもは木が足りないから、鉱石の温度を上げるのに魔法を使うことになり、それでも一酸化炭素で還元するために、炭素を燃やす必要があって、そのために炉の内部に空気を吹き込む必要があって、その方法も木材があまりないから魔法ですることになったのだけど、やっぱり魔法万能という訳にはいかなかったんだよな。
ま、とにかく空気を熱して体積を増やすことで圧力を上げて、炉の内部に吹き込むためのシリンダーの部分、フランソワちゃんの言う箱をどう作るかという問題だ。 今までの施設を作っていた時にも感じたのだけど、頭の中にある知識と現実には隔たりがあるから、どうするかを考えねばならない。
「せめてコンクリートが自由に使えればなぁ。 鉄筋コンクリートで作れれば、簡単なのに」
無意識にそう呟いている自分に気が付いて、自分でちょっと愕然とした。
そうだった、鉄が欲しいと僕が思ったのは、武器や農具を作るだけじゃなくて、他の鉄製品、鋳物なんかも欲しいけど、建材としての鉄も欲しいからだった。 そしてそれはコンクリート、つまりセメントも作らなければならないということだ。
セメント作りは、僕は努力しているのだけど、あまり上手くいってなくて、それに今現在の状況では、セメントでなくても漆喰で用が足りてしまっているので、僕のすることを何でも好意的に手伝ってくれるジャンでさえ、他が忙しいこともあるのだろうけど、手伝ってくれなくて、ルーミエだけが手伝ってくれている状況だ。 そのセメント作りを進歩させるというか、画期的に使いやすくするために必要な原材料で足りていないのが石膏だ。 その石膏は鉄作りの副産物として得られる予定だった。
石膏を得るためには、鉄作りの時に出る高炉からの排気を、石灰を溶かした水の中を通せば良い。 そうすれば排気に含まれる硫黄酸化物が石灰水と反応して石膏として沈澱するのだ。
鉄作りで出る排気による周辺への害を防ぐ意味もあるから、一石二鳥なのだ。 鉄鉱石を前処理として一度高温にしているのだが、その時の排気からも硫黄酸化物が出る。 そっちもやらないといけなかった。
頭の中の知識では、排気による公害を防ぐための処理の副産物として石膏は大量に出来て、その利用に困るほどだったりしているのだ。
溶けた鉄の上面に浮く不純物は、城下村と高炉の設置場所との道の路盤材として使うことを決めていたりして、廃物処理を考えていたのに、それよりも今後に重要なことを、鉄作りが出来るかどうかばかりに注意がいってて、すっかり忘れてしまっていたのに気が付いた。 うーん、ダメダメだ。
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俺がこの仕事のリーダーということで行った鉄作りは、俺の想像を超えた大きさの高炉だったり、俺の知らない付属の施設だったりを作った様に、俺がリーダーなんていうのは名ばかりで、実際にはナリートをリーダーとして、鉄作りの施設が作られ、準備がされていった。
ナリートだけでなく、それらの施設を作ったり、鉄作りの準備の作業を進めたりは、この城下村を作り始めた時からの男たち、つまりウォルフ、ウィリー、ジャンたちもがそれぞれの作業の中心となって進められて行く。 あいつらは、もう阿吽の呼吸という感じで、それぞれに作業を分担したり、打ち合わせたりして、あれよあれよという感じで進めて行く。
リーダーは俺ということになっているし、俺は年上というだけでなく、奴らの孤児院の先輩でもあるからか、顔を立ててくれているのか、それらの作業に関して全て相談してくるし、いちいち確認の声を掛けてくれる。 俺もそれに対して、解ったような顔をして、確認したり指示したりしているけど、実際は彼らのすることを了承して、あとは驚きながら施設が出来上がるのを見たり、原料が準備されて行くのを眺めているだけだった。
それだから実際に出来た高炉を稼働させた時には、リーダーとして誰よりも頑張ったつもりだ。
俺には、この村で初めて産まれた子どもがいるから、ま、あいつらにもタイラに対する配慮というか遠慮もあるのか、高炉の稼働中に、「たまには家に戻って休んで来てください」なんてことを言われたが、俺にそんな余裕は無かった。 名ばかりで、実質は何もしていなかった俺は、出来上がった大きな炉と、準備された原料を使って、何としても多量の鉄を作り出す使命があったのだ。 そのためにはリーダーとして休んでなんていられない。 家に戻っている暇なんてなかった。 作った炉が、上手く行く保証なんてどこにもなかったのだ。 そもそも今回は試しという意味が強く、ナリートたちも上手く行かない可能性も結構あると考えていたようだ。 だが俺はリーダーとして、なんとしても上手く行かせたい。 そのためには一瞬たりとも油断できない。 家に帰る暇なんて、ある訳が無い。
そんな俺の思いをタイラは理解していたようで、俺が家に戻らずとも何の文句を言わなかったのだけど、炉を稼働し終わって、家に倒れ込むように戻って、目が覚めたら、盛大に怒られた。 どうやら俺は、家に辿り着いて、靴を脱ぐために座った瞬間に意識を手放してそのまま眠ってしまったらしい。 そこから寝床に移動させるのに、タイラはとても苦労したらしい。 いや、起きたら居間の隅だったから、寝床まで移動させるのは諦めたのだろう。
「それより何より、汚いし臭いし、そんなので寝床になんて入れられないわよ。
とにかくお腹は減っているでしょうから、それを食べたら、まず一番最初に体を洗って来て」
俺は子供に触ることも禁止されて、風呂へと追い出されたのだった。
当然だけど、ちょっと肩身の狭い一日を過ごしている最中も、やはりまだ気持ちは高炉から産出された鉄に向かっているのは仕方ないと思う。
本当はもう一日くらいは家族と過ごすべきなのかも知れないと思いながらも、その次の日には俺は朝から高炉へと向かった。 タイラも「仕方ないなぁ」という顔をしていたから、許してはくれたのだろう。 落ち着いたら埋め合わせをしないとやばいな。
俺が体を休めるという名目の、家族サービスの一日を過ごした間に、高炉の周りは初めてで慣れていないせいで散らかった諸々や、俺と同じように高炉の周りにずっとゴロゴロしていた者たちの跡なんかは、綺麗に掃除されていた。 作業場の整理整頓や清潔に保つことは、俺が親方に耳にタコが出来るほど言われたことだ。 それが安全に作業を行うための最初のことなのだ。
俺は初めてのことで混乱もあったし、みんな興奮していたこともあって、作業中は少しその辺が甘かったなと、綺麗になっている現場を見て、今更ながら反省した。
しかし、まずは出来た鉄だ。
高炉で作られた鉄は、まだ延べ棒の形になる型に流し込まれただけで、放置されている。 鉄は型に流し込むと、表面的にはすぐに固まって見えるのだが、実際にはそんなにすぐに冷める訳ではないから、流し込んだ型をそのままに、邪魔にならない場所に移動させただけで冷却のために放置してあるのだ。
俺は若い奴らと共に、最初の方に出来た鉄の延べ棒を、型枠から外してみる。 単純な形だから、取り外して、表面に残る型土を払うだけの簡単な作業だ。
ナリート、ウォルフ、ウィリー、ジャンも来ていて、俺の作業を見守っている。 俺は出来た延べ棒の重さを確かめたり、ハンマーで軽く叩いてみたりして、その出来を確かめる。
「うん、ちゃんとした鉄が出来たな。 なかなか良い出来だと思うぞ」
俺がそう言うと、見守っていた中心人物たちだけでなく、この作業場に来ていた全員が歓声を上げた。 俺は、歓声を上げるみんなに、「良くやった、褒めてやるぞ」という感じの態度を一生懸命見せていたつもりだけど、内心では一番歓声を上げていた。
危険がないように、温度を確認しながら、徐々に後から出来た延べ棒を確認していく。最初の方と後の方とで、品質にばらつきがないかが少し心配だったのだが、どうやら叩いてみた音の感じからはほとんど違いがないようだ。
確認していった延べ棒に俺は満足していたのだけど、次々に渡される延べ棒を見て、ナリートだけは少しがっかりしていた。
「みんな普通の銑鉄だよ。 魔法を使って溶かしたんだから、少し期待していたのだけど、結局普通だった」
なんて訳の分からないことを言って、少しがっかりしていた。 何をがっかりしているのか理解できない。
型枠から外した延べ棒は、流し込んだ時に不要な所にも溶けた鉄が流れたりして、互いが繋がっていたりするのだが、そういった部分を適当に叩き折ったりして、ある程度整形した。
その後で、とりあえずは作業場に作った簡単な倉庫に、きちんと並べて保管することにした。 盗む奴はいないだろうけど、雨に濡らして錆させる必要もない。
俺は高炉に投入した原料の量から分かっていたことではあるのだが、それでも出来た鉄の量に驚いた。 高炉の大きさが大きいのだから、それは当然なんだけど、それでも今まで俺が見たことのない量の鉄の延べ棒が倉庫に積み上げられた。 俺は嬉しいような、誇らしいような、笑いたくなるような気分だった。
良し、これで不足しているけど作れなかった農具なんかをどんどん作れるし、剣やナイフも作れるし、包丁も新しく出来る。
そんな風に思っても、さすがにすぐにその仕事が始められる訳じゃない。 炉の運用でみんな疲れているし、他の仕事も滞っているから、そっちも俺以外の奴らはしなければならない。 俺は鍛治優先が許されているけど、それは俺だけだ。
何はともあれ、馬と若い子何人かを使って、作った地金の一部をこっちに運んで来なければならない。
そうして、まだ俺が作った地金を使っていないうちに、元居た町の親方が、わざわざ城下村の俺のところを訪ねて来た。
「親方、わざわざ来て頂かなくても、俺に用があるなら、知らせを貰えたら、俺の方から親方の所に向かいますのに」
「いや、キイロ、いいんだ。 俺が来てみたかったんだ。
弟子が一本立ちして、ちゃんとやっているかどうかは、やはり気になるもんだ」
タイラも子供を連れて出て来ると、親方は子供を見て少しあやして、タイラに町に一度来るようにと話していた。 親方の奥さんも、俺とタイラの子を見たがっているし、何か買ってある物があるらしい。
親方はその後すぐに、俺の仕事場を見た。
「炉や仕事場の様子からすると、ちゃんとさぼらずに仕事していたみたいだな。 いや、それ以上か。 こっちに来てからの日数から考えると、えらく炉が使い込まれている感じだ。
鍛治が出来るのがいないから、お前が呼ばれて来たというのに、他にも鍛治を出来るのが何人もいたのか?」
「いえ、親方。
ここには鍛冶屋と呼べるのは俺しかいないのですが、魔法は俺より使える奴が沢山いて、そいつらにメルトやメルトダウンの魔法を教えたんですよ。 そうしたら、熱したり、溶かしたりに何人にも魔法を使わせることが出来るようになって、炉を親方の所にいる時よりも頻繁に使えていたんです」
「ああ、そうか、そんな話も聞いていたな。 それで鉄作りに、大きな高炉を作れることになったという話だったな」
あれっ、そんなことまで俺は親方に報告したかな。
「おい、その作った大きい高炉というのも見せてくれ。 ついでに初めてそれを稼働させて出来た鉄も見せてくれ」
えっ、高炉は初めて稼働させたばっかなのに、なんでそこまで親方は知っているの?
「さあ、早く行って見せてくれ。 高炉があるのは、今からじゃ時間が足りないほど遠い場所にあるのか?」
「いえ、まだ日は高いので、今からなら行って戻って来ることが出来ると思いますが」
俺は親方に酷く急かされて高炉まで行くことになった。
「こりゃ、お前、俺が想像していたよりもずっと大きいな。
これだけ大きくて、全くどうやって炉の温度を上げたんだ。 そんなに沢山の炭があったのか?」
当然だけど親方は、鉄鉱石からどうやって鉄の地金を作るかを知っている。 だからこその疑問だ。
「いえ、そんな訳はありません。 それでも大量の炭が必要だったのは当然ですけど、
四方から交代でメルトダウンを掛け続けたんです。
6日かかったので、40人以上が交代で行ったのですが、大変でした」
「メルトダウンを使える者がそんなに居るのか。 それでも6日間となると、よく続けられたな」
「俺も親方のところに居た時よりも魔力量が上がりましたが、ここにはその時の俺程度の魔力量の奴らがゴロゴロ居ますし、俺より魔力量が多い奴もいますから。 それでも全員疲労困憊になるほどで、ギリギリという感じでした」
「いや、それでも大したもんだ。
ところで教えてくれ。 炉に付属している設備はなんなんだ。 煙突から続いているようでもあり、炉の下部に向かっているようでもあり、ありゃ何だ」
「あれは炉に空気を送るための設備です。 炉が大きいので、炉の中に空気を送り込まないと、炭がなかなか上手く燃えないかららしいです。
ま、それに関しては俺も良く分かってないのですけど、やってみたら、確かにそんな感じでした。
設備が色々大きくなっているのは、なんでも炉の中に送り込む空気を少しでも温度を上げておくための工夫だということです。 そこはまあ、なるほどなぁという感じなんですけど。 ま、ナリートのやったことですけどね」
「なるほどなぁ、そういうことか。 俺には解らねェが、色々と工夫しているということか。
ナリートというのは、領主様の養子になったという奴だろ。 そんなにすげぇ奴なのか?」
「凄いとかは俺には判らないですけど、なんか特別ですね。
この村を作り始めた連中は、シスター、あ、今度領主様の奥方になった聖女様のことですけど、シスターにみんな孤児院で世話になっていたんですけど、ナリートとルーミエ、それに孤児じゃなかったですけどフランソワちゃんの3人はシスターの弟子みたいな存在ですから。 なんか特別なんですよ」
「ああ、俺もそんな話を聞いたことはあるよ。
ところでキイロ、これだけ鉄が出来たんだ。 少し俺にも売ってくれ」
あ、そういうことか。
鉄の地金をかなりの量作ることが出来たと聞けば、そりゃ鍛冶屋はその鉄を仕入れたいと思うよな。 この地方では今までは木が少なくて鉄に限らず金属の製錬はしていなくて、他所から買わねばならなくて常に不足していた。 製錬が出来て、地金が作れたと聞けば、手に入れたいと考えるのは当然のことだ。
城下村全体で、これだけ大騒ぎをしての製錬作業だったのだ。 その騒ぎの内容を塀の外側の人たちが知ろうとしない訳がない。 別に秘密という訳でもないし。 そうすればその内容はすぐに広く広がるのは仕方ないことだろう。 この地方ではとても珍しい事柄なんだから。
「親方、親方にだから、俺個人が作った物なら、即座に融通したいと考えるのだけど、今回の地金は俺だけじゃなく、村の連中みんなで作った物なんです。
さっきはメルトダウンの話しかしなかったけど、空気を送るのにも魔法を使っていて、そっちは村の女性陣まで動員しての作業だったんで、余計に城下村の全員で作ったという感じの物なんです。
だから、俺が受けた親方からの恩だけで、親方に融通することはできないんです。 それに使用目的ももう決まっていて、余裕もない」
「それなら、この高炉でまた精錬してくれ。
俺が他の鍛冶屋にも声を掛けて、しっかりと代価は払うことにすれば、請け負ってはくれないか。
ちゃんと払うぞ。 この村には領主様もちょくちょくどころか、最近は多く滞在しているんだ。 そんなところで変なことを考える訳はない」
「そんなこと疑ったりしません。
でも親方だって分かるでしょ。 この高炉を稼働させるのに必要な原料、鉄鉱石と石灰は、それでも働けば手に入ります。 だけど炭だけはなかなか集まりません。
この村でも、集めるのにとても苦労しているんです。 竹炭を作ったり、麻の芯を炭にしたりということだけじゃなくて、もっと根本の木を増やすことまでやっているんです。
その苦労もありますから、分けられないというのもあるんですよ」
「なるほど、そうか、そうだよな。 お前の言うことは尤もだ。
しかし、それなら俺たちが炭を集められれば、請け負ってくれるか?」
「俺が即答は出来ないですけど、それなら請け負えるかもしれないです。
でも、俺が言うのもなんですけど、他の所から炭を買っていたんじゃ、とてもじゃないけど無理がありますよ」
「そりゃそうだ。 地金を買うよりはそれでも安いだろうが、それじゃあ作った物が高くなってしまって、なかなか売れないことになる。 それじゃあ商売にはならない。
だから俺もお前らを見習って、自分で炭を作ることを考えるぜ。
まずは木を増やさないとダメなんだろ。 なんとなく、ここに来る時に見た気もするが、俺にもやり方をちゃんと教えろ。
鍛冶屋で鍛治をしたくとも、お前も知ってのとおり、ここではそんなに仕事がない。 なら余分の時間に木を植えて、それが大きくなったら、炭作りに使えるようにすれば、そうすれば地金も作れて、鍛治も出来るということさ」




