どうしたら良いかを考える
僕はルーミエをおぶって歩きながら、これからどうしたら良いかを考えていた。
僕が見てしまったルーミエは、どう考えても今にも死にそうな状態なのだ。
このままだとルーミエは絶対に死んでしまう、と僕は一目見て思ってしまった。
一番良いのは、シスターに今のルーミエの状態を言って、ルーミエを療養させてもらう事だと僕は思った。
でも僕がそんなことを言っても、全く説得力がない。
シスターに、僕がルーミエの今の状態を見ることが出来たから、お願いしていると言っても、全く信じてもらえないと思う。
それに僕は考えた。
ルーミエが死にそうなことになっている1番の問題は、体力がないことだけど、何故体力がないかというと、極端に栄養が足りていないからだ。
栄養が足りていないのは、何もルーミエに限った話ではなくて、僕自身もそうだ。
だから、川で魚が獲れて、それを焼いて食べることが出来ると分かった時はすごく嬉しかったのだ。
そしてもう一つ、僕の[健康]でも問題として表示されていたけど、寄生虫に犯されているということだ。
寄生虫に犯されていると、寄生虫に栄養を盗られてしまうので、より栄養が足りなくなってしまうのだ。
ルーミエの場合は僕以上に問題だ。
僕は「寄生虫に犯されている」だけど、ルーミエは「寄生虫に極度に犯されている」なのだ。
寄生虫を排除出来る方法があれば良いのだけど、僕はそれを知らない。
「知ってたら、自分にもいるのだから、即座に排除しているけどね」
つい独り言を声に出して言ってしまい、ルーミエを起こしてしまわないかと、ちょっと焦った。
とにかく寄生虫の排除の仕方を知りたいと思ったのだけど、どうして良いのか全く分からない。
寄生虫の問題は、僕には今のところどうにもならないから、今出来るのはルーミエにきちんと栄養を取らせることだけど、それは今の孤児院では無理だな。
僕は冷静にそう考えた。
孤児院でとっている食事では栄養が足りていないから、僕自身も含めて痩せていて小さい子どもばかりなのだ。
僕自身が栄養が足りていないと表示されるのだから、孤児院の食事で栄養を取らせようとするのは無理があると思う。
よし、ルーミエとなるべく一緒に林に来て、その度に魚を食べさせよう。
今一番栄養が摂れるのは、きっと魚を食べさせることだと思う。
他には、あっ、そうだ薬を作る草があったのだから、食べられる草もあるかもしれない。
そうしたら、それも採って食べれば、もっと栄養がとれる。
あ、そうか、そういうのを採るのって理由になるかな。
僕は村が近くに見える位置になるまで、とても色々考えていたのだ。
村が近くなって、ルーミエを下ろしてからは、今度はゆっくりと歩いて僕たちは孤児院へと戻った。
ルーミエは僕の背中で寝たからだろうか、何だか少し元気になった気がする。
「ナリート、お腹が減ってないのって良いね。
何だかお腹が減ってないと、楽しい気分になっちゃう」
なんだそういうことか、と僕は思った。
でも確かにそうだよな、とも思った。
僕たちは一番最初に体を洗う水場へと向かった。
今日は別に汚れたり、汗をたくさんかいたりするようなことはしていないから、体を洗う必要はなかったのだけど、なんとなく林から戻った時は僕はいつもそこに行っていたので、癖になっているのかもしれない。
足は洗った方が良いかもしれないから、無駄じゃない。
僕たちが足を洗っていると、シスターがやって来た。
もしかするとシスターは、僕たちが2人で林に行ったから、少し心配して気にしてくれていたのかもしれない。
「ナリート君、ルーミエちゃん、お帰り。
ルーミエちゃん、少しは作業が出来た?」
「うん、シスター。
木に絡まっている蔓を採って、それを石で叩いてから、川の中に浸けておくところまでやったよ」
「川って、スライムがいたんじゃない。 危なくなかったの?」
ルーミエは、「あ、しまった」という顔をしたが、僕はシスターの非難の視線を受けていた。
ルーミエに、魚を獲って、焼いて食べたことは絶対に言わないようにと強く言っておいたのだけど、川に行ったことはあまり強く言わなかったから、つい忘れてシスターに喋ってしまったのだ。
僕は仕方がないので弁解した。
「シスター、ちゃんと安全を確認してから川に行きました。
スライムがいないところを通って川に入り、スライムが絶対に来ない川の中洲のところで作業したんです。
スライムは水のあるところに寄ってくるけど、水の中には絶対に入らないんですよ。
僕はスライムは怖いから、一生懸命観察して、そのことは確かめています」
「そうなの、安全なら良いのだけど、でも転んだりしたら、寄ってきて囲まれちゃうことだってあるんじゃないかしら」
「それは考えて、川の中に入る時はルーミエを僕がおんぶして、そうして川の中洲まで行きました」
シスターは僕がレベルが上がっていて、年齢よりも強くなっていることを知っている。
それだからだろうか、「うーん、それなら大丈夫なのかな」と納得してくれた。
「それでシスター、次にルーミエをいつ一緒に連れて行くかなんだけど、いつにしたら良いのかな?」
僕はちょっとドキドキしながら、シスターに次の予定をどうするかの相談をした。
「また、休みの日だね。 やっぱり他の子と違うことをさせる特別あつかいは出来ないからね」
たぶんそう言われるだろうと思っていたけど、やっぱりあっさりとシスターはそう答えた。
僕はそれではダメだと思っていた、もっと頻繁に少なくとも魚を食べさせて、栄養を取らせないとルーミエはこのままだと死んでしまうと僕は思っている。
「でも、それじゃあ、袋が出来るまでにとても時間がかかってしまう。
もっと素早く袋が出来るように、もう少し沢山の日に一緒に行けるように出来ないのかな」
「そんなに急いで袋を作らなくても良いでしょ。
それに材料を取ったのなら、それを持って帰ってきて作っても良いのだから」
うん、まあ、シスターの言っていることは正論なんだよな。
「シスター、シスターにお土産が有るんだ。
ナリート、袋から出して」
ルーミエの言葉に僕は、沢山採ってきた傷薬が作れる草を、袋の中から取り出した。
「あら、ずいぶん沢山採ってきたのね。
ルーミエちゃんが見つけたのね、良く覚えていたわね。
これだけあれば、売ることも出来るわね」
何だか良いことを聞いた気がするぞ。
でもとりあえずは、ルーミエが僕と一緒に村から出れるように、シスターに思い直してもらわないと。
「シスター、これなんです。
僕だけだと、傷薬が作れる草を採ってくるなんて考えたこともなかったけど、ルーミエが一緒だったから、採ってくることが出来た。
それで僕思ったのだけど、傷薬になる草以外にも、外で取れるモノってあるんじゃないかなって。
でも僕だけだと、気が付かないことも沢山ある気がしたんです。
だから、袋を作るのもあるし、ルーミエに一緒に行って欲しいなと思って。
それに、今回こうやって採ってきたのはルーミエのおかげなのに、これからは僕だけがまた採ってきたりしたら、ルーミエに僕は絶対に文句を言われてしまう」
「ナリート、あたしは文句なんて・・・」
「ルーミエ、絶対言わない?」
ルーミエは僕の言葉に黙ってしまった。
もしそうなったらと想像すると、自分でも言わないと断言できる自信がなかったのだろう。
シスターはそんな僕らを少し楽しそうに見ていたが言った。
「そうね、傷薬になる草とか採ってきてくれたら、私も嬉しいけど、確かにナリートくんだけがそれが出来たら、最初のきっかけを作ったルーミエちゃんは怒りたくなるよね」
そうしてシスターは少し考えてから言った。
「それじゃあルーミエちゃんは、畑の仕事がある日の休みの真ん中の日は、ナリートくんと一緒に林に行っても良いことにするわ。
でも、時間は遅くなっちゃダメ。
ちゃんといつもと同じように、小さい子を洗ってあげる時間には戻ってくること。
それでどう? ナリートくんも、ちゃんとルーミエちゃんを守ってあげられる?」
「シスターありがとう」「ありがとうございます、嬉しい」
僕とルーミエはシスターに同時に言った。
シスターはニコッと笑った。
「シスター、それから、林で採れるかもしれない、他のモノとかも教えて」
「ナリートくん、私もそんなに詳しい訳じゃないのよ。
それに、それでも私は他にいくつかは知っているけど、いちいち教えるために林に一緒に行くことは出来ないわ。
でもいいわ、薬になったり食べることの出来る草なんかが書いてある本があるから、それをナリートくんとルーミエちゃんに貸してあげる。
それを参考にして探してみて。
最初は本当にそうかどうか分からないだろうから、試しに採ってきて、それを私に見せてね。
私が見て、確かめてから、本格的に採るようにしてね」
「うん、分かった」
僕は簡単な物語以外の本も貸してもらえることになって、すごく嬉しかった。
「でも、なんでシスターはそんな本を持っているの?」
「うん、だって私はシスターでしょ。
シスターになる人は、シスターになる勉強をするのだけど、その中にはそういう知識もあるんだよ。
だからその為の本は持っているのよ。
物語の本はね、ここの孤児院に来ることになってから、一冊は任命してくれた領主さまが私に下賜してくれて、もう一冊は自分でなんとか買い求めて来たのよ。
本は高いから、なかなか買えないけど」
えっ、そうなんだ。
僕は本が高価な物なのだということを初めて知った。
そんなこと考えたこともなかった。
そういえば、シスターに貸してもらう以外、僕は他に本を見たことがなかったことに初めて気がついた。
「シスター、そんな大事な物を、物語の本もだけど、僕らが貸してもらって良いの?」
「それは勿論良いに決まっているわ。
本だって、誰かに見てもらわなかったら意味がないのだし、ナリートくんもルーミエちゃんも、ちゃんと大事に扱ってくれるでしょ」
「シスター、あたし大事に丁寧にする。
そうして書いてあることを、ちゃんとしっかり覚える」
ルーミエに先に言われてしまった。
シスターはそう言ったルーミエの頭を撫でた。
夕食の時、僕は普段は何かを考えることに夢中で、あまり何も考えずに食事していることが多い。
それはこの孤児院は教会の運営で、食事中にワイワイとおしゃべりしたりすると怒られてしまうからなんだけど、それでも時によっては、小声でだったり、視線と口の形で読んで周りの友だちと、秘密で話していることもあったりする。
その日の晩は、僕は今までは気にしたこともなかったのだけど、気になったのでルーミエがどこにいるか探した。
ルーミエは小さい子たちを世話しながら食事をしているみたいだ。
たぶんそういう係になっているのだろう。
僕ももっと小さい時、年上の女の子に世話してもらった記憶がある。
僕は自分の食事をしながら、チラチラとルーミエの様子を見ていた。
そして僕はルーミエが、極度の栄養不良の理由を見つけてしまった。
ルーミエは自分の分の食べ物を、足りなそうな顔をしている近くの小さな子に分け与えていた。
あんなことしてたら、自分の栄養が足りなくなるじゃないか。
そして僕はルーミエの職業が本当に「聖女」であることを確信した。
僕は自分の分の食べ物を他の人に自分から渡すなんて考えたこともなかった。
だって大体いつだって、僕たち孤児院の子どもたちはお腹がみんな減っているのだ。
ルーミエだって、それは同じはずだ。
それなのに自分の分を分け与えていた。
そんなことをするのは「聖女」だからに決まっている。
僕は何だか分からないけど、そんなルーミエの姿にショックを受けていた。
それから何だか怒りたくもなった。
「自分が極度の栄養不良だっていうのに、他の人に食べ物をあげるなんて、自分の命を粗末にしているのと同じじゃないか」
その日の夜、僕はそんなことをグルグル考えていた。
でも、あっ、そうか、ルーミエは自分のことが見えてないから、自分が極度に栄養が足りてないことなんて知らないんだ。
それにもしかすると、今の自分の体の調子がごく普通の当たり前だと思ってしまっているのかもしれない。
あんな風に体力がないのも、自分ではそれが自分で普通のことだと思っているのかもしれない。
僕がルーミエに、
「ルーミエは栄養が足りていないから、だからそんなに体力がなかったり、小さかったりするんだ」
って言ったって、
「なんでナリートにそんなことがわかるの?」
と言われたら何も言えなくなっちゃうものな。
でも、ルーミエは『[職業] 聖女』だよ、物語の本に出てくるような特別な[職業]だ。
このままにしておいて、栄養が足りなくて、体力がなくて、それで死んでしまって良いような[職業]じゃない。
僕はなんとしてもルーミエを死なせないようにしなければ、と考えた。
それが出来るのは、ルーミエのことが見えている僕だけだ。
眠りに落ちる前の最後に僕は思い出して、自分のことを見てみた。
[次のレベルに必要な残りの経験値] 26
[次のレベルに必要な残りの経験値]の数字が1減っていた。
どうやらやっぱり罠で獲物を獲ると、モンスターじゃなくても経験値が入るんだ。
だけど、5匹獲って1減るって、魚って1匹でどのくらいの経験値になるんだろう。
そこまで考えたところで、僕は眠りに落ちてしまった。




