製鉄を何とかする
領主様の結婚お披露目会が終わっても、僕は鉄作りに集中している。
本当のことを言えば、そのお披露目会でとても気疲れしてしまったので、何か他のことをさせられない為に、忙しくしている姿を見せていたのだ。
良い服を着せられたって、美味しい料理を食べることが出来たって、ああいうのはご免だ。
煉瓦作りだけをしていると、やはり飽きて来る。 途中抜けた僕でさえ飽きてきているのだから、他のみんなは尚更だ。
だから、みんな竹炭作りも並行して行っている。 竹炭は、乾いた竹を窯に入れて、中の温度を上げるだけなのだが、煉瓦を作るよりも低い温度で用が足りるから、こちらの方がずっと気楽に出来る。
今のこの世界では魔法で温度を上げられるので、炭を作るのに本当に火を着けて蒸し焼きにする必要はなく、排気用の煙道が以外は密閉して中の温度を上げるだけだ。 燃えてしまうロスがほとんど無い分、用意した竹が炭になった時の量も多いのではないかと思う。 炭としての質はどうなんだろうかとも思うけど、今求めているのは炭というよりは炭素だから、質にこだわる必要もないから作るのに繊細さみたいなのはも要求されたりもしない。
つまりは気が抜けていても出来る楽な作業なのだ。 気をつけるのは排気の様子が変わるのを見逃さないようにする事だけだ。 ちなみに排気を冷やして作る竹酢液は、普通に出来るし、重要な副産物だ。
僕らが鉄作りというか製鉄のために作ろうとしている新しい炉は、高炉という形の炉だ。
僕の頭の中には、高さが100m近くにもなる巨大で複雑な構造の炉もあるが、もちろん今の僕らにそんな物を作る力はない。 それにそもそもそんな大きさの炉で鉄を作るほど原料となる鉄鉱石、石灰はともかく、炭を集めることが出来ない。 もしかしたら、どこかに石炭なんて物もあるのかも知れないけど、今のところは発見出来ていないから、炭を使うしかないのだけど、その炭を作るための木材さえ全く不足していて、成長速度の早い竹を集めて使わねばならない状況なのだ。
という事で、僕たちは今回は高さ10mの高炉を作ろうと計画している。
高さ10mの高炉といっても、今の僕たちにとっては、とんでもなく巨大な建造物だ。 今まで僕たちが作った建造物では、最初に作った水路が最も高さのある建造物だけど、それはアーチ状の橋なのだが、高さはそこまでない。 ま、最初は竹で組んだ橋だったのだから当然かも。
今度の高炉は、それよりも高さがあり、尚且つ全体の重量が違う。 ずっと巨大な建造物と言えると思う。
炉の内壁の部分は耐火煉瓦で作り、それ以外の部分は今までと同じように簡単に出来る日干し煉瓦を積む。
今まで作っていた住宅などの建物は、崩れにくくするために竹の棒を芯材として組み込んで、それを覆う様に煉瓦を積んだのだが、高炉の場合は全体が高温になるだろうから、竹芯では役に立たない。 その為、一番外側の部分となる場所だけ、温度も低いだろうから崩れにくくするために、竹を組んで補強材として入れたけど、ほとんどは煉瓦だけが積まれている形だ。 そのため崩れないように形を保つために、分厚い壁にしなければならない。
炉自体の内部の幅は、高さに比べればずっと狭いのだけど、その壁の厚さもあって、作った高炉は高さだけではなくて、前後左右の幅も大きくなって、より巨大な建造物となってしまった。
それに作ったのは高炉だけじゃない。
高炉のすぐ脇にもう二つ、高炉の半分くらいの高さの建造物を作る。 その内部は管が一本通っていて、その周りを格子状に隙間を作って並べた煉瓦が詰まっている。
高炉から出た排気を、その建造物の内部を通して、格子状の煉瓦を温める。 もう一方は反対方向に空気を流して、そこを通った空気を炉の内部に送風する事になる。 この排気と送風を交互に順番に取り換えて、高炉の中に送り込む空気の温度を上げるための仕組みだ。
森林資源が少なくて、炭を作るのに苦労するこの地では、僕の頭の中にあったこの知識は、高炉と共に絶対に作りたい施設だった。 少しでも使う炭の量を減らしたいからね。
その他にも、鉄鉱石、石灰、炭という原料を貯蔵しておく建物やら、そこで働く時に休んだり食事をしたりする為の建物やら何やらを建てたので、、鉄作りの為に城下村から離して作った場所は、元々何も無い、ちょっとだけ丘になっているだけの場所だったので、周りからも凄く目立つ場所になってしまった。
そういった施設が徐々に出来上がると、キイロさんはどんどん落ち着きがなくなっていった。
原料となる鉄鉱石や石灰、そして炭の準備も、施設が出来上がるよりも早く、キイロさんの指揮で完了した。 キイロさんは少しでも手の空いた若い子たちを使うだけではなくて、壁の外に住む移住して来た男たちや、馬の繁殖のために移住して来た人たちなども、どう話を付けたのか知らないが巻き込んで、そういった物の採掘から、搬送までをどんどん進めたのだ。 もちろんメインの作業の耐火煉瓦作りも率先して行っている。
キイロさんが、後輩の孤児院出身の子たちだけでなく、壁の外に住む人も多く巻き込んで、製鉄の準備を勧められるのは、文官の人たちの後押しもあるかららしい。 鉄を領内で大量にまでいかなくても、今までよりずっと多く作ることが出来たら、それは領としては嬉しいことだろうからね。 後押ししても全然おかしなことじゃない。
でも絶対にキイロさんは働き過ぎになっている。 家にも夜になって寝に帰るだけで、小さい子どももいるのに、ほとんどいない様子だ。
「ま、仕方がないわ。
鍛冶屋にとっては夢の様な話が、自分も中心人物の一人として進んでいるのだもの。 あんな調子になってしまうのも仕方ないわ。
とりあえず高炉だったっけ、それを使って、一度試してみるまでは止まらないと思うのよ」
奥さんのタイラさんは、そう言って諦めているようだ。 それだけじゃないか、キイロさんの夢が叶うのを喜んでもいるのかも知れない。
という訳で、1人何だか別の世界で半分浮き上がった様な調子にまだなっている領主様を除いて、城下村は壁の内側も外側も作った高炉で鉄を作ってみることに向けて、期待が高まっていた。
「よし、高炉に石や炭を投入する」
高炉の建築が終わり、上から原料を投入する為のスロープの設置も終わると、それが待ちきれなかったという調子で、キイロさんは即座に作業の開始を宣言した。 炭と鉄鉱石と石灰を混ぜた物を交互に上から投入し、それぞれがある程度の厚みで交互に積み重なっていく様に原料を投入するのだ。
その後で、魔法を使って温度を上げるのだが、炭は不完全燃焼させて一酸化炭素を出して、鉄鉱石にある酸化鉄を還元して鉄と二酸化炭素にするのと、鉄の中に少し溶け込んで合金にする為の物だ。 魔法のない世界では、炭が燃焼して出す熱で炉を高温にする必要があって、そのエネルギーとしての炭が大量に必要になるのだが、魔法のあるこの世界では、高熱にするのには魔法を使うので、熱を出すエネルギーとしての炭は必要ではない。 でも一酸化炭素というガスが必要ではあるので、不完全燃焼させる必要はある。 その為には炉の内部に空気を送り込む必要もあるのだが、その空気を送り込むのにも魔法を使う。
これらの魔法の利用によって、僕の頭の中にあった高炉よりも、作った高炉はずっと簡単というか単純な作りになっているのだけど、炉の中を熱するメルトダウンの魔法が上手く作用するか、どのくらいの割合で原料を投入すれば良いかなんてのは、実際問題として分かっていない。 これから試行錯誤していくしかないのだ。
僕は[職業]鍛治職人であって、町の鍛冶屋でちゃんと修行したキイロさんならば、そういった知識を持っているのではと期待したのだけど、キイロさんもその知識は持っていなかった。
それじゃあこの世界の鉄はどうやって作っているのだろうと思ったのだけど、どうやらこの世界ではかなり砂鉄がたくさん取れる地方があり、また魔法によって高温にして溶かすことが出来るので、僕らが砂鉄でしていた方法や、小さな坩堝に毛の生えた程度の施設で、ある程度の鉄の量を確保出来ているようだ。 つまり魔法があったお陰もあって、逆に技術が進まなかったようだ。
大量に鉄を作るとなると、メルトダウンの魔法を掛け続ける必要があるはずだが、それだけ魔法を掛けられる人数を確保できないことが第一の問題だったのではないかと、僕は推察する。
この村では魔法を使うことを常に前提としていて、みんな魔法の使用に慣れているのだけど、それが何故かとても特別な状況なのだ。
高炉は一度火を点けたら、次々と原料を上から投下して、火を絶やさずに長く使い続けるのが、僕の頭の中の知識では常識である。
だけど今の僕たちには、とてもそんなことは出来ない。 使い続けるだけの原料を集め続けることも出来ないし、ずっと魔法を使い続ける人員を確保することも絶対に無理だからだ。
だから原料の投入が終わったら、一番上の原料投入口は閉じて、作業を進めることにした。 投入口が開いていると、そこから排気が漏れてしまうからね。 排気の熱は利用するから、漏らしてしまってはもったいない。
こうして僕としては考えられる限り、頭の中の知識を魔法がある現実と合わして、簡単に効率良く原料の鉄鉱石から鉄を作る工程を整えた。 あとはもうやってみるしかない。
キイロさん指揮の下、城下村の壁の中の男全員で、鉄作りに臨む。
これまで村の現金収入は初期はともかくとして現時点では、布や糸、薬などといった女性陣が実質的には主に行う作業で得られたもので、男性陣がしてきた、している作業はほとんどがその下準備となる様な作業や補助的な作業だ。 まあ最近では少しは壁の外の後から来た住人たちや、商店なんかから入る税もあるけど。 そういった税は全てを領に収めるのではなく、一部はこの地というか城下村の収入となる。
鉄作りはそれだから男性陣が胸を張って、自分たちが主に行うことにしたいという気持ちと、危険な作業ともなるので、男たちだけで行おうと意気込んだのだ。
まずは魔力量が豊富でメルトダウンの使用に慣れている、キイロさん、ウォルフ、ウィリー、そして僕が炉の下部から熱を加えるために魔法を掛ける。 今まで使ったことがあるどの炉よりも大きく、熱を加える部分が煉瓦の壁で遠いので、今までと同じ様にちゃんと魔法で熱くなるかが心配だったのだが、炉の構造がしっかりと解っているからか、どうやらきちんと魔法が掛かっているようだ。
炉の上部から出た排気が完全に温まるの待って、送風装置から空気を中に吹き込む。 こっちは最初はジャンとロベルトが担当した。 こっちも魔力量があるのと魔法に慣れているからだ。
これらの作業を、疲れたらどんどん交代しながら、昼夜を問わずに続けて、早ければ3日くらい、長く掛かれば1週間くらいで、今回炉に詰め込んだ原料が全て処理できるんじゃないかというのが、キイロさんのとてもアバウトな予想だ。 材料の混合比率から始まって、作業時間も何も全て初めてのことなので、全くの勘で、やってみないことにはどうなるか判らないのが本当のところだ。 キイロさんだって、鉄鉱石から鉄を取り出す炉なんて、もっとずっと小さな炉しか経験がないのだ。
厚い壁越しにメルトダウンの魔法がちゃんと掛かるかが最初の問題だったのだけど、そこは掛かることが分かって僕たちは安心した。
最初の僕たちは2時間ほどで次の人に交代した。
僕たちは他から比べるとレベルが高いこともあり、魔力量が豊富なので、疲れ切って交代という訳では無かったが、魔法を使い続けるというのに集中力がそのくらいの時間が限界だったのだ。
壁の中の村の男たち、つまり孤児院出身の男たちが総出でも40人に足りない。 何故か、壁の中は男性より女性の方が数が多い。 最後に増えたのが元シスターと元見習いシスターだからなんだけど。
という訳で1グループが6人必要だから、全部で6グループしか出来ない。 つまり1グループが一回二時間としてね一日に2回担当すれば、炉の状態を維持できることになる。 半日に一回なら長くて1週間程度、回復しながら出来るのだから余裕で回せるな、と思ったのだけど、すぐに無理だと判りました。
僕ら最初からのグループはロベルトを除くと余裕で一回の二時間を魔法を掛け続けられるのだけど、他の人はなかなかそうは行かなかったのだ。
僕らにしてもロベルトまでが、一回の二時間で疲労困憊してしまうとは思わなかった。
ジャンがその理由の一つにすぐに気が付いた。 炉を熱くするメルトダウンの魔法は魔力消費が大きいから、魔力量が少ないロベルトを優先的に送風の方に回したのだが、2度目にジャンはキイロさんと部署を替わってみたら、使い慣れているメルトダウンの方が、風を作って炉に吹き込む慣れない魔法の使い方よりも楽だったのだ。 うーん、僕らは風魔法なんて普段使わないからね。
で、実際問題、送風の方を担当させるとロベルトとキイロさんだと、二時間がとても辛いようで、そんな具合だから、僕らより後から城下村に来た連中となると、二時間の担当時間を終えると、メルトダウンも魔力を使うこともあって、その後他に何も出来ないくらいに消耗してしまう。 とても日に2回のノルマをこなせそうにない。
やり始めてしまったことを途中で止める訳にはいかないので、男だけでなんていうつまらない見栄は捨てて、女性たちにも魔法を掛けることを手伝ってもらうことにした。
といっても、女性たちは今まで鍛治には関わっていなくて、メルトダウンはおろか、その前段階のメルトも使ったことがない。 それで炉を熱くするのは男性陣が引き受け、風を流し込むのを女性陣が引き受けることになった。
「製薬をする時には、細かくした素材を均質化するのに風で飛ばして選別したり、糸を風を使って解したり、それだけじゃなくて普段の生活でも髪を乾かすのに風を当てたり、洗濯物が天気が悪くて乾かなくて困った時とか、色々使うじゃない。 製薬の時や、糸の時はともかくとして、どうして男は出来ないの。
そもそも風を吹かせる古真語はナリートが見つけたんじゃない」
ルーミエにそう言われて、風を起こす魔法をブロウとしたことを思い出した。 うん、確かにルーミエに相談されて考えて、他の女子にも感謝された覚えがある。 すっかり忘れていた。
ともかく風の魔法は女性陣の方が使い慣れているから、そっちの担当となったのだけど、それでもやはり普段使う風の魔法は、そんなに強い風でなくても良いのだが、炉に吹き込むには強い風にする必要があって苦労している。
女の子たちは自分たちで、ホットブロウという魔法を生み出している。 ホットウォーターからの発想がそのまま使えて、髪を乾かすのに重宝している。
「同じように、強い風っていう古真語があれば、そういう魔法になるんじゃない。
ナリートなら考えつくんじゃない」
今度はマイアにそう振られたのだけど、僕もブロウと唱えて風を楽に吹かしたり、ホットブロウと唱えて暖かい風を吹かすのは出来たのだけど、強い風を吹かす古真語はなかなか上手くいかない。
何々ブロウという言葉を何種類か考えて試してみたのだけど、どうにも思った様な魔法が発動しない。 諦めかけて、強い風が欲しいんだよと思って、ストロングウインドと唱えたら、上手く強い風を吹かせる魔法が使えた。 えー、何とかブロウじゃないのかよ、と思ってしまった。 どうして違ってくるのかが理解できない。
結局グループを10組にして、最初からの僕らが入る2組だけ二時間担当し後の組は一時間担当することとして、日に2回担当して炉を稼働させることに落ち着いた。
担当する時以外は、それ以外の日々の仕事をしたり休んだりなのだけど、キイロさんは付きっきりで炉に張り付いているし、城下村に一々戻るのも面倒だったので、僕ら男の主要メンバーは、炉の近くで野営することにした。
炉は当初のキイロさんの最悪の予想よりは早く終わったけど、ほぼ6日間稼働させることになった。
その間に、下部に溶け落ちた鉄や、不純物を穴から流し出して取り出す危険な作業を3度行った。
炉の内部の鉄鉱石が全て溶けて下に流れ落ちると、溶かすために掛けているメルトダウンの魔法が急に抵抗が変わって、とても分かりやすく変化することが僕らにも理解出来た。
僕たちが担当していた時じゃ無かったけど、「変な感じになった」ということでキイロさんが確かめて、僕らも経験させてもらった。 当たり前だけど熱を加える鉄鉱石などがなくなって空気だけになっている訳だから、魔法の通りというか抵抗感が全く違うので、僕らにもすぐ判断できる。
「思っていたよりもたくさんの鉄を作れたな」
キイロさんは出来上がった鉄を見て、そう喜んでいたけど、僕にはこれだけなのという量だった。 燃料としての炭は、魔法で熱を加えているので必要なくて、一酸化炭素を発生させるための分と鉄に溶け込ます分だけで良いはずで、魔法を使わない方法と比べると炉の中は鉄鉱石と石灰の割合が多かったはずだから、僕はもっと鉄が出来るように思っていた。僕が思っていた以上に、溶けて落ちて下部に溜まった時に上部に浮いている不純物の量が多かった。
この屑も、道の舗装に使う予定ではある。




