領主様とシスターの邸
シスターが機嫌が良いことは、とても良いことではあるのだけど、シスターと領主様、本人たちは全く気にしていないのだけど、一つ問題が持ち上がっていた。
「やっぱり直さないとダメだな」
「ああ、あのままにしておくという訳にはいかないだろう」
「何言っているのよ、最優先で対処しなければダメに決まっているじゃない。
ちゃんと希望を聞いて、しっかりしたモノを建てるのよ。
あなたたち、それが終わるまでは他のことに手を出すのは禁止」
ウォルフ、ウィリー、マイアという年上3人の話し合いで方針が決まり、ウォルフとウィリーだけでなく、僕とジャンにまでマイアの命令が下された。 こうなっては僕らの中では誰もその命令には逆らえない。
何が問題になっているかというと、シスターが住まいにしていて、領主様が泊まる家が、ぶっちゃけボロいのだ。
元々は、領主様が村に泊まる時に家がないと困るので建てられた家なのだが、この村の開拓を始めてからのごく初期に建てられたモノだ。 他の建物は、それから色々と改築が進められて、建てられた当時からは別物になっているのだけど、領主様がこの村に泊まることなんてほとんどなかったし、だけど領主様用に建てられたモノだから他に流用することも出来なくて、結局建てられた当時のままにずっと残されていたのだ。
領主様用だから、その当時の他の建物に比べれば、内部は少しは余裕のある作りになっていたけど、開拓が始まってそんなにしない時に建てたモノだから、技術もまだまだだし、資材もあまり大したモノがない中で建てたモノだ。 シスターがそこで暮らす様になって、少し私物を持ち込んだり、内装に棚や物入れなんかを作ったりと手を入れたが、元が元だから質素を通り越している。
「あらっ、何も困ってないわよ。
最近は領主様も良く来ているけど、基本私一人でこんなに広い所を使わせてもらっていて良いのかしらと考えるほどよ」
シスター自身は何の問題も感じていない。 逆に自分だけが使うには広すぎると感じているみたいだ。
きっとシスターもなんだろうけど、僕らは基準が孤児院の生活だから、今の状態でも贅沢とまで言わないけど十分に感じてしまうのだよな。
しかしそれでも、その家の外観なんかは、僕らの家はしっかりと漆喰で綺麗になっているのに、未だに土壁をハーデンで固めただけだったりする。
だからそこを直すだけで良いのかなと思ったら、そんなことは無くて、新たに「きちんとした建物を建てろ」というのがマイアのオーダーだ。
「丘の下に見栄えの良い立派な建物を建てろという命令?」
「領主様とシスターの為の建物が、丘の下で良い訳がないでしょ。 もちろん丘の上に建てるのよ」
「そんなこと言ったって、もう丘の上にはそんな建物を建てられるだけの場所がないよ。 だとしたら、一度シスターにはまた別の所に移ってもらって、今の建物を壊して立て直すしかないかな」
正直面倒臭い、シスターも領主様も困ってないから良いじゃないか、外側だけ綺麗にすればそれで良いじゃん、なんて思っていた僕は、ブツブツという感じでマイアとそんな打ち合わせをしていた。
ズルいことに、そういう打ち合わせにウォルフ、ウィリー、ジャンは口を挟んでこない。 マイアの矛先が自分に向かうのを避ける為だと思う、絶対に。
そんな打ち合わせに横槍が入った。 文官さんが要望を言って来たのだ。
「ここに領主様の邸を建てるのなら、人と会ったりする為の部屋だけはきちんとした部屋を付け加えてください」
「そういうのは町の領主邸でするべきことで、この村に領主様が滞在している時にすることじゃないんじゃないですか」
「それだけでは済まない日数、領主様がこの村に滞在しているということです。
私たちも仕事を持って来る羽目になっていますからね。 領主様の邸を建て終えたら、次は私たちの宿舎の改造も頼みます。 単なる宿舎ではなく、仕事をする場所を建ててもらえると助かります。
ここと町の間を常に誰かが連絡に走っているというのも、なかなか大変なんですよ。道は馬や馬車で傷んで、常に補修している有様です」
僕たちにしてみれば、シスターがこの村に居てくれるのは嬉しいし、心強いのだけど、町に住まないので領主様の方が、この村に滞在することが多くなっている。 それが問題の根本原因だ。
「こればっかりは仕方ないな。 領主様に『仕事が捗らないから、城下村に行くのを減らして、町の領主館で仕事しろ』とは言えないからな。
ずっと女っ気なしでいて、やっと体だけじゃなく心も休めることが出来る所が出来たんだ。 それくらいは大目に見てやらないとな」
ガインさんがそんな風に言った。 ガインさんは文官ではなく、どちらかというと護衛の武官だ。 王都に行った時にもいたから、僕らも知っているが、どちらかというとウォルフやウィリーの方が親しい。
ちなみにガインさんは名前を呼べるけど、文官さんは名前を呼べない。 大した理由ではない、名前が長いのだ。 それで面倒で文官さんで済ましてしまっている。 僕たちが親しくしているのは特に二人だけど、二人とも長いんだよなぁ。
とにかく文官さんの訴えで、領主様とシスターの為に新たに作る家に、まずは領主様が人と会うための、町の領主館にある部屋ほどではないが、応接室のような場所を作ることになった。
「でもだよ、そんな風に家を大きくしたら、取り壊す今の家よりも広い場所が必要になるけど、そんな土地ないよ」
それは誰の目にも明らかだった。
「仕方ないわね。 畑になっている場所を少し潰して、そこに作るしかないわ」
マイアが簡単に言った。 僕はもう反射的に反対した。
「えっ、苦労して最初に開墾した場所だよ、それ。 そこを潰してしまうの。
フランソワちゃん、どう思う?」
畑や田んぼを統括しているフランソワちゃんに話を振る。 当然、反対する意見を言うと思った。
「そうね、それしかないわね」 えっ、フランソワちゃん、反対じゃないの。
「もう今は畑も田んぼも丘の下が主で、この丘の上のはどちらかというと試しに何かしてみるということに使われている。 丘の下も私たちの仲間がやっている壁の内側だけじゃなくて、外側も人が増えてきて、どんどん増えている。 そうでしょ、ロベルト。
それに畑や田んぼだけじゃなく、他のことをしている人もどんどん増えている。 そうなると、ナリートはあまり意識していないけど、この村の代官としての仕事というか行政の仕事も増えていて、その為の場所も今後必要になる。
そういう施設は、この城下村の中心であるこの丘の上に作らなくてはダメだと思うから、そこは仕方がないと私は思う」
ううう、フランソワちゃんに裏切られた、と思ったけど、言っていることは正論で何も言い返せない。
結局マイアの提案のとおり、畑を一枚潰して、領主様とシスターの家を作ることになった。 僕は自分たちが苦労して作ったモノには変に思い入れが強くなってしまって、どうも冷静な判断が下せないようだ。 マイアだって同じように時を過ごしたのだから、そういう思いもきっと持っているだろうに、今の状況を的確に判断して結論を出す。 僕じゃなくて、マイアが代官の方が良いのではないだろうか。
別の場所に新たに家を作ることになったので、シスターは引っ越ししないで次の家が出来るのを待つことになって、ちょっとだけ喜んだ。
しかし、この話を聞いたら、別の案件をねじ込んでくる人が出た。 珍しいことに、ねじ込んできたのはミランダさんだ。
「今までの場所に建て替えるのなら、土地の都合で無理だと思っていたのですけど、別の場所に新たに建てることになり、領主様が公的な応対に使う部屋も作るということでしたら、私にも作って欲しい要望を出させてください。
領主様が公的な応対に使う部屋を作られるのなら、カトリーヌさんにも、その様に使える部屋を作ってください。
カトリーヌさんの為のその部屋は、領主様のための部屋とは違って、簡素というか質素な部屋の作りが良いのですが、必要なのです。 カトリーヌさんに、というより高名な聖女様への謁見申し込み、相談希望、助力請願など、数多くの事柄がどういう訳か私のところに集まってきていてしまって、もうどうにもなりません。 それらの対処のために、そのような場所がどうしても必要です」
ミランダさんはシスターが領主様の為の家で暮らすようになるまでは、シスターと共に文官さん用というか、領主様の側近用に建てられた建物で暮らしていたが、シスターが移る都合で、丘下の年上シスターの宿舎に移った。 今までは丘の上が暮らしの場になっていて、守られていたというか、それが遮蔽になっていたのだろうが、下に移ったことで、一気に要望の窓口的存在になってしまったようだ。
教会関係者からみると、ルーミエはシスターの助手的ポジションでシスターの肩書きも持っていることが最近分かったが、立場的にも微妙だ。 フランソワちゃんも立場的に微妙なのは同じことだ。 マーガレットはまだそんな立場にはなれない。 ということで、ミランダさんは教会関係者としては、この村ではNo.2の立場にあるというのが、多くの人の認識で、それは正しいと思う。
その人が丘の下で暮らす様になり、話をしたり相談したりする時間と場所が得やすくなったということで、今まで他の年上シスターに個々にそれとなく来ていた依頼なんてのが、表面化するだけじゃなくて、結構な圧迫感も持って、ミランダさんに集約されてしまったようなのだ。
シスターは聖女として高名になっているし、院長先生がここに見習いシスターたちを来させて修行させているみたいに話を広めているからなぁ。 それも王都だけじゃ無くなっているらしい。
「私は[職業]が聖女という訳ではありませんし、シスターというのも、院長先生が音場で名簿に載せていてくださっているだけです。
領主様と違って、誰かに面会を求められるような立場ではないのですが」
「カトリーヌさん、それを言われるなら私も今は名簿に載っているだけで、見て分かるとおりシスターの格好もしていません。 それはこの村にいる見習いを含めたシスター経験者全員のことです。
世間では、私たちのことを製薬などをして、それを販売する都合上、シスターの立場を離れているだけで、シスターじゃない訳じゃない、と解釈しています。 『その最上位が聖女であるカトリーヌ様だ』というのが一般的な認識です。
ここ場が修行の場とされているという話も、実際に私だけでなく王都から来たシスターも魔力が増えただけでなくイクストラクトが使えるようになっています。 一部学校を出たばかりのマーガレットをはじめとする見習いでも使えるようになっています。 それを知れば、修行場というのも客観的事実でしょう。
そうなると、お会いしたい、相談したいという者が出て来るのは必然というか、仕方がないことでしょう。 とても私の一存で握りつぶせることではありません。
ですから、カトリーヌさんは気が進まないでしょうけど、会ってあげる必要があると思うのです」
なんだかミランダさんの必死さが伝わってきて、シスターが気圧されている。
「ま、あの、私に会ってもどうということはないと思うのですが、それなら製薬の作業場の片隅ででもお会いすれば良いのではないですか。 わざわざ会うための場所を作ってなんて必要はないのではないですか」
「良いですか、カトリーヌさん。
カトリーヌさんにとっては、来てくれた人と会ってみるだけのことでも、その人にとっては、聖女様とお会いする、とっても特別な時なのです。 ですから豪華な部屋でなくとも、その人のために特別に用意された部屋で会うくらいのことは、してあげるべきだと思うのですよ。
私はカトリーヌさんの希望で、こうして普通にカトリーヌさんと呼ばせてもらっていますが、あなたは周りからは特別な人と見られていることを、もっとしっかりと自覚してください」
最後の方はシスターがミランダさんに説教される様なことになったが、シスターが会談するための応接室も作ることになった。
同じような用途の応接室なのだから、一つで用が足りないのかとも思ったが、領主様が使う方は、公的な場となるので、一応領主様の貴族としての体面からある程度豪華にする必要があるらしい。 こちらの内装に関しては、例外的に文官さんに丸投げだ。 逆にシスターの方は、質素だけど気高い感じにする必要がある。 質素は分かるが気高いなんて分からない。 こっちの内装はある程度作ったら、後はシスターとミランダさんに任すことにする。
僕たちはマイアの監視の下、新しい領主様とシスターの家が出来上がるまで、他の仕事は禁止だったので、仕方なくその作業に励んだ。
とはいえ、魔法を利用した建築は、もうかなりの経験を積んだので、家の設計が済めば考えたり迷ったりすることはない。 建築に取り掛かる前の、材料の準備の方が余程大変だ。
大変だったことの一つは、領主様が使う応接室には特別に大きなガラスが嵌った窓を設置することにしたのだ。 今まで僕らが作っていた窓は、白い砂を選別して透明な石英を集めてそれをフォームやハーデンの魔法で固めた、脆くて透明とは言えない板を嵌めたものか、鉄の棒の先に溶けたガラスを付けて、その棒を回転させて遠心力で円盤状にしたモノを嵌め込んだ窓だ。
今は、キイロさんが工夫して鉄のパイプ、中空の棒を作ったので、吹きガラスを作ることが出来る様になった。 吹いて球状になったガラスを引き伸ばして、円筒の様な形にして、それを温めた鉄板の上でカットすることで、まあ平面の板状のガラスを作ることに成功した。
板状のある程度の大きさのガラスなんて、それまでに見たことなかったし、壁の一部に組み込み設置するのに失敗して割ったりと色々あったけど、僕としては計画通りで内心ではニヤニヤしていた。
ガラス作る方法は、今までの石英に灰と石灰を混ぜて坩堝に入れて、それを炉の中に設置して、メルトの魔法で高温にするというやり方だ。 僕がニヤニヤしていたのは、今までに見たことのないガラスの板、それも完全という訳じゃなけど、かなり透明なガラスの板というモノを作るので、多くの人がその作業に興味を示し、自ら進んでメルトの魔法を頑張ってくれたことだ。
メルトやメルトダウンの魔法は、基本的には水を温めるのと同じ魔法だと思うのだが、別の名前にして魔法の作動を楽にしているはずなのだが、とても魔力を使うのですぐに疲れてしまい、使いたくはない魔法だ。 鍛治仕事に必要な魔法だから、僕たちはキイロさんに教わるだけでなく、その使用を強制されたりしたのだけど、僕ら以外の若い子たちは、疲れる作業なので嫌がるし、キイロさんも人数を多く使うのは面倒なのか、あまり積極的に鍛冶仕事に若い子を手伝わせなかった。
その影響で、一応覚えはしたけど、メルトやメルトダウンの魔法は、若い子たちはあまり今までは使えなかった。
それがガラス板作りという、今までにない興味を引くモノ作りをしたので、若い子たちも自ら率先して、メルトや、ある程度ガラスの温度を維持したり、鉄板を温めるためにヒートを使用して、誰かに強制されることなく、温度を上げる魔法の練度を上げることになった。
それが僕の狙いでもあった。
僕は鉄作り、高炉を作って稼働させて、鉄をもっとたくさん得たいとずっと考えていた。
その為には、まずは高炉を作るための耐火レンガを作らなければならないが、これは日干しレンガとは違って、不純物を含まない土で形作り焼きしめる必要がある。 まずはここで温度を上げる魔法が大いに必要になる。
高炉をレンガで作り終えても、鉄鉱石を高炉に入れる前に一度高温にして、まず最初の不純物の除去にも必要だし、高炉の中に入れる炭を作るのにも必要だ。 もちろん高炉の中を熱するにも大量の魔力を必要とするだろう。
ガラス作りは、若い子たちにそれらの作業をするための練習をさせたい意図も僕は持っていたのだ。
出来上がった領主様用の応接室の建物は、今までにない外の光を中に取り込める建物となっていた。
戸を開いて外の光を取り込むのではなく、ガラスという中と外を区切る物があるのに、外の光が入る建物は、領主様の権威を象徴するような建物と認識されてしまう様になったのは、ちょっと誤算というか、そこまでになるとは考えてもいなかった。




