シスターは機嫌が良い
シスターに結婚申し込みをして以来、領主様は頻繁に城下村に通って来る。 と言うより、城下村に居る時の方が多いくらいだ。
村には領主様が滞在出来るように、領主様用の家や、一緒にやって来る人用の宿舎もかなり早い段階からある。 だけど今まではそんなに領主様が村に来て、滞在することはなかったので、簡単に泊まれれば良いやというだけの家である。
一緒に来た人用の宿舎の部屋なんて、今ではその一部をシスターとミランダさんが使っていたくらいだ。
領主様と結婚する事になって、シスターは自分の部屋を宿舎から、領主様用の家に移した。 それに併せて、ミランダさんも自分の部屋を、王都から来た年上シスターたちが居る宿舎に移した。 シスターは僕らと同じ家の部屋から、宿舎へ、そして領主様用の家へと2度目の引っ越し。 ミランダさんがちょっと割りを食った形だ。
領主様とシスターは、領主様のこの村の家にシスターが住んでいて、領主様が来ると一緒に夜を過ごしているのだから、事実上は結婚している訳だけど、領主様という立場があるから、お披露目の会みたいのがあってから正式な事になるらしい。
僕たちとしては、シスターが領主様と結婚して、町の領主館の方に行ってしまうのかと思って、それだけはちょっとだけ寂しく思っていたのだけど、シスターはこの村から離れるつもりはないらしくて、今のところは専ら領主様がこの村に来ている。 僕たちはちょっと安心したのが本音だ。
領主様が僕たちの村で暮らすようになると、すぐにウォルフとウィリーが領主様を風呂に誘った。 やはり領主様だから、丘の下の誰でも入れる風呂というのは具合が悪いのか、ウォルフとウィリーが連れて行ったのは、一番最初の水場の横に作った、ほとんど最初期からの仲間しか使わない小さな風呂の方だった。
領主様自身はレベルが高いし、火の魔法も水の魔法も使えるのだけど、と言うか生活魔法だから使おうと思えば当然使えるはずなのだが、お湯を作ったりだとかは慣れてなくて下手くそなので、大体は少なくともウォルフかウィリーのどちらかが一緒している。 ま、すぐにコツを覚えて自分でも不自由なく、小さな風呂のお湯くらいどうにかするだろうけど。
ある時、僕とルーミエとフランソワちゃんが、いつものようにその小さな風呂に向かうと、領主様とウィリーが先客で入っていた。
ウィリーが僕らを見て、「あっ!」という顔をしたのに僕らは気がついて、引き返そうかとしたのだが、領主様が言った。
「構わんぞ。 お前たちが構わないなら、別に一緒でも構わん」
ウィリーが言った。
「領主様、良いのですか? 構わないのですか?」
領主様はウィリーに手のひらを向けて、大丈夫だと合図している。
なんとなく微妙な雰囲気を感じて、僕らはどうしようかと迷ったのだが、そのまま引き返すのも何だか変なので、僕も声を掛けた。
「僕たちは孤児院育ちで小さい時から一緒だったんで、男も女も関係なく、一緒に入浴するのは平気なんですけど、領主様も構わないのですか?」
領主様は僕の言葉を聞いて、ウィリーの方をちらっと見た。 すると2人でクスッと笑って、そして言った。
「ウィリーが気にしたのは別のことなのだが、そっちも別に構わんぞ。
ルーミエとフランソワが気にしないなら、構わずに入って来て良いぞ」
その言葉にウィリーは諦めたというか、何か覚悟を決めたような雰囲気を見せた。
ルーミエとフランソワちゃんは、ちょっと2人で視線でやりとりしていたみたいだけど、「それなら良いか」と引き返さずそのまま風呂に入ることにしたようだ。 ウィリーとマイアは、ジャンとアリーと共によく一緒になるし、領主様もその仲間に加わっても構わないと考えたみたいだ。
僕はもっと気楽に領主様と一緒しても別になんの問題もない。
そういうことならと僕らも服を脱いで、軽く身体を流して、風呂に浸かろうとした。 小さい風呂とはいっても数人で入れる大きさなのだけど、僕らもだいぶ身体が大きくなったから、5人全員で湯船に浸かるのでは少し手狭になる。
この風呂は周りを囲っていないので、湯船から出て風にあたったりするのがとても気持ちが良い。 だから僕らはいつも順番に湯船を出たり入ったりして楽しむ。
それだからウィリーと領主様が湯船から出て、涼もうとしたことに何の注意も向かなかったのだが、何気に見た領主様の裸の姿で、僕はウィリーが僕たちが来たことに困惑していた理由が分かった。
ああ、そうか。 ウォルフとウィリーが領主様が結婚しないと言っていた訳を知っていたはずだ。 2人は衛兵として領主様に鍛えられていた時、領主様とは裸の付き合いをしている。 だから領主様の身体の状態は知っていたのだ。
きっと、領主様が貴族に叙される事となった悪者を退治したという武勇伝にも関係するのだろう。 きっと嫌がらせのような拷問を受けたりしたのだろうと想像してしまう。
領主様は身体の大事な部分を一部失っていたのだ。
それに気づいてしまった僕が、急に少し沈痛な雰囲気を出してしまったからだろうか。 僕のその様子に気がついたルーミエとフランソワちゃんも、何があったのだろうと疑問を感じて辺を見回して、気がついてしまった。 2人が息を呑んでしまったのがはっきり分かった。
「儂もウィリーとウォルフに教わって、お湯を出すのは大分上手くなり、自分だけでもここのお湯を張れるのではないかというくらいになった。
カトリーヌにその話をしたら、カトリーヌは前からこの風呂に入りたいと思っていたが、入ったことがないと言っていた。 どうもシスターという前の立場が気持ち的に邪魔をしていたようだが、もう完全に儂の奥さんだから、別にもう構わんだろう。
お前らが一緒になっても、お前らは別に構わんだろう。 連れて来てやろうと思うが構わんだろ?」
領主様は僕たちが気づいた事には、まるで気にしていないという感じで、屈託なくそんなことを僕たちに言った。
「はい、僕たちは全く構いません。
シスターは前からこの風呂に入りたがっていたから、きっと喜びますよ」
「ああ、そうだな。 シスターは喜ぶと思うな、きっと」
ウィリーもそう同意した。 ルーミエとフランソワちゃんは、まだショックから立ち直っていなくて、反応を示さなかった。
「それでは次はカトリーヌも一緒になるかも知れんな。
ウィリー、お前ももう気を遣うことなく、マイアも一緒に連れて来ても構わんぞ。
ウォルフとエレナも連れて来ても良いかもしれん」
領主様は自分の身体的な問題を隠さないことにしようと決めたらしいが、そう決心したらもっとこの一番最初の露天風呂を多くの者と共に楽しもうと考えているみたいだ。
少し気持ちを持ち直したルーミエが言った。
「ウォルフは来るかも知れないけど、エレナはどうかな」
「ん、どうしてだ? エレナもお前たちと同じように孤児院で一緒に育った仲ではないか。
孤児院育ちではないフランソワなら解らなくもないが、フランソワがこうして平気で一緒に入っているのに、エレナが問題を感じるのか?」
「領主様、女の子には色々と事情があるのです」
フランソワちゃんも復活したみたいだ。 その言葉にもまだ疑問を浮かべていた領主様に、ルーミエが明け透けに言った。
「エレナは最初は胸が少し大きくなった時、それを恥ずかしがって、男の子と一緒に入らなかったのだけど、みんなは気にしないから、自分だけが気にしているだけかと考えて、一時は構わずに一緒に入ろうとした。 でも、そのすぐ後にちょっと気づいてしまったの 、自分がその後一番成長してないって。
それで今度は、そのことを気にしちゃって、一緒には入らなくなっちゃった」
「胸が小さくたって、ウォルフは別に問題にしてないのだし、男たちだって誰もそんなこと気にもしてないのに。
そもそもエレナは狩人なんだから、弓を射るのに、胸が大きかったら邪魔になるから、[職業]の特性から胸が小さいんじゃないのかな。
それにエレナの胸は小さいけど、形は綺麗だから、ちっとも恥ずかしがる必要もないと思うのだけど」
フランソワちゃんもルーミエに続いて、なんというか僕ら男連中は口を出してはいけないような話を続けて領主様に説明している。
僕たちは、昔から見慣れているから、孤児院で一緒だった女の子たちが、年頃になり胸が成長してきたな、なんて思うことがあっても、そのこと自体をあまりどうこうは思わない。 いや、そんなこともないか、マイアは胸が大きいなぁ、とは思うもんな。 僕だけじゃない、ジャンともそんなことは話す。 ウィリーもマイアの胸が大きいことは、少し自慢げに言うし。
でもまあそれくらいで、他の女の子の誰かの胸が話題になることはないのだけどな。
「ん、そうか。 ま、エレナはウォルフに任せよう」
領主様も、これはもう踏み込んではいけない話題だと撤退をしたようだ。
領主様とウィリーが先に風呂を上がって帰って行くと、フランソワちゃんが僕に聞いてきた。
「領主様が今まで奥方様を持たなかったのは、ああいう理由があったからなのね。 今日やっと完全に理解したわ。
ナリートは知っていたの?」
「いや、ウィリーとウォルフは知っていたみたいだけど、僕は知らなかった」
「シスターは、それでも領主様が良いのよね」
ルーミエのその言葉に、何だかフランソワちゃんが深々と頷いていた。
そんなこんなで、少しだけ知らなかったことが知れたり、今まで見ない領主様の姿を僕らは見たりしながらも、領主様はとても足繁く城下村に通って来る。
当然のことなのだろうけど、シスターは領主様が村に来ていると、僕らにもはっきり分かる程機嫌が良い。
僕は、シスターも大好きな領主様が来てくれているのだから、それは機嫌も良くなるのだろうなと、あっさりと考えていた。
しかし、それだけじゃないということを、僕はベッドで寝る前のおしゃべりでルーミエとフランソワちゃんから聞いた。
「シスターに、『領主様が来ていると、シスターは元気いっぱいだね』って言ったら、『それは当然でしょ。 あなたたちも分かるでしょ。 私も領主様にいっぱい可愛がってもらえるから、身体が満足して活力が溢れちゃうのよ』って言われた」
「うん、そうだよねって、私、聞いた瞬間にはそう思ったのだけど、あれっ、ちょっと待ってって、思っちゃった」
「私もそう思ったから、その少し不思議がる気持ちが私たちの顔に出ちゃってたんだと思うよ。 次々とやっぱり色々考えちゃいもしたから。 可愛がられると言っても、撫でられたり、抱きしめられたり、そして揉まれたりとか色々あるし、とか」
「うん、私も。 でも違ったよね」
僕は2人の話を聞くだけになっていたのだけど、やっぱりどういうことだろうと考えてしまった。
「なんかシスター、少し怒ったような、自慢するような調子で私たちに言ってたよね。
『あなたたち、少しだけ勘違いしていない。 あなたたちは領主様の身体の状態を見ているから、色々と想像したんだと思うけど、領主様は子どもを作れないだけで、私を可愛がることは普通に出来るのよ。
だから、さっき言った、私が身体が満足してっていうのは、あなたたちがナリートに可愛がってもらって満足してというのと、全く同じ意味なのよ』って」
「あ、そうなのかって、私思ったわ。
ちょっとだけシスターに気を遣っている部分があったのだけど、その必要はなかったんだ。 私たちが一方的に誤解していたんだって」
「シスターも、きっと私たちが誤解していると思っていたと思うな。
自慢げに言ってたのは、きっとそういうことだよ」
僕を間に挟んでの2人のおしゃべりだから、僕にも全部聞こえているのだけど、きっと2人は僕にも聞かせたい話だから、こういう形でのおしゃべりをしているのだろう。
ま、確かに面と向かって報告するような内容ではないからな、僕たちにとっては重要な内容ではある気もするけど。
ふーん、そうなんだ。 色々と納得できたような気がしたのだけど、2人の会話に割り込むのはダメな気もして、なんとなく聞いていたから反応が鈍かったのかも知れない。 僕も急に本当に言っていることを理解した。
「えっ、つまり領主様は相手の女性が避妊の為にクリーンを使う必要がないというだけで、普通に出来るということ」
「うん、そういうことらしいよ、シスターの口ぶりだと」
ルーミエが僕がやっと完全に理解したことを保証してくれた。
なんだよ、だったらもっと早くにシスターと結婚すれば良かったんじゃないか、と思ってしまったのは僕がまだ子どもだからだろうか。 そりゃ僕らは孤児院育ちだから、自分の家族というか、子どもとかが早く欲しいという気持ちも、やっぱり持っているけどさ。
僕は文官さんが、領主様の結婚に関して、妙にヤキモキしていた気持ちが理解出来たような気がした。




