領主様だけが知らない
「という訳で、俺はお前たちのことをないがしらにして、ナリートとルーミエだけを特別扱いしている訳ではないのだ。
お前たち全員を俺の養子にする訳には当然だがいかないから、代表として一番馴染みがあるナリートとルーミエの2人とした訳だ。 フランソワも同じような立場だと思うが、フランソワには元の村に立派な両親と弟がいるからな、俺の養子にする訳にはいかない。
ま、そんなところなのだが、納得がいかないところがあったら言ってくれ」
領主様は本当に僕とルーミエを養子にすることを説明する為に城下村までやって来た。
領主様から話があると集められたのは、丘の上に住居がある一番最初からのメンバーに加えて、シスター、ミランダさん、マーガレット、それとキイロさんだった。
領主様がなんだか汗をかいて色々と説明するのを、みんなは黙って聞いていた。
領主様が、「納得出来ないことがあったら言ってくれ」と言って、誰かの発言を待つように口を閉じると、みんなはちょっと困惑した感じで互いに視線でやり取りすると、仕方ないという感じでウォルフが口を開いた。
「えーと、ナリートとルーミエが領主様の養子になるということは分かりましたが、話はそれだけですか?」
「いや、お前らがこの話に納得してくれたら、他の者にもこの件を伝えて欲しいのだが」
「いえ領主様、ナリートとルーミエが領主様の養子になることなら、もうみんな、かなり前から知っていますよ。 もちろん僕らは2人から最初に相談されてますから、もうずっと前から知っていましたけど。
この城下村の中だけじゃなくて、もっと広く知られていると思うのですけど」
「ああ、そうだな。 この件に関して、ナリートとルーミエがすぐにお前らに相談するのは当然だな」
「それに私たちは、領主様がナリートとルーミエとフランソワちゃんを王都に連れて行った時から、そうなる可能性が高いからとシスターに説明されていましたから」
エレナも領主様にそう言った。
「なんだ、カトリーヌはそんな前からこうなることを予測して、他の者たちに心の準備をさせていたのか?
なんだかしっかりと予測されていたようだな」
「予測していた訳ではなくて、『そうなったら良いな』と私が考えていたことを、軽く話していただけです。
私にとっては、この城下村にいる孤児院出身の子たち、特にこの丘の上に住居を持つ者は、自分の子どものようなモノですから。 みんなが幸せに暮らすのに、どうなれば最も良いかと想像して、そんな未来を思い描いていただけです。
予測していたとか、そんなんじゃないんです」
「いえいえ、カトリーヌ様は老シスター様とも色々お話をされていた様子。 色々と考えられて、手を打っていたのではないですか」
領主様と一緒に来た文官さんが、シスターに向かって笑顔でそういった。 笑顔で言っているから、シスターをちょっとからかっているのだろう。
シスターも、「もう、そんなこと言うのやめてください」という感じで文官さんに向かって軽く手を振った。
僕はシスターと院長先生は、僕たちのことを色々と考えていてくれていたのだなと、あらためて感じた。
「ふう、そうか。 ここにいる以外の他の連中も、もう知っていて、文句も出てないということなら、肩の荷が下りたというもんだぜ。 これでも俺は少し緊張していたんだ」
領主様がそんなことを言うと、みんな笑いを堪えていたのだが、マイアが堪えきれずに笑い声を立ててしまった。 1人が吹き出すと、もう連鎖反応でみんな笑い声を上げた。
「領主様でも、こんなことで緊張するんですね」
「えーと、マイアだったな。 俺のことを何だと思っている。 普通に緊張する時は緊張するわ」
みんなに笑われて、ちょっと気恥ずかしかったのか、領主様はそんな風に少し怒ったように言ったので、また笑い声が上がった。 でもそれで領主様は完全に今までの緊張感が解れたようだ。
領主様はちょっと威厳を取り戻すような感じで、少し間をおいて、落ち着いた口調で今度は文官さんに声を掛けた。
「ということで懸念は無くなった。 この件を広く領内に布告してくれ」
文官さんは一瞬何を言われたのか理解できなかった様子を見せると、少し呆れたように領主様に言った。
「何を領内に布告するんですって」
「だから、この件を領内に広く知らせないとダメだろう」
「ナリート君とルーミエさんを養子にすることをですか。 そんなこと領内の人はもうみんな知っていますよ。
ま、公式に決まったと発表すれば、みんな領主様に向かって堂々と祝福の言葉を掛けてくれるんじゃないですか。 今まではまだ非公式だったから、誰もが気をつかってあなたに面と向かっては何も言わなかったのでしょうから。
それに領内だけでなく、この村と取引をしていたり、取引を考えたりしている商人たちなんかにも、もうこの情報は広がっていると思いますよ。 ナリート君、変なことを言ってくる馬鹿は減っているでしょ」
「はい、最近はすっかりそういう人はいなくなりました」
「ほら、良かったじゃないですか、この村のことを護るためという一つの目的はもう大分果たされていますよ。 それだから、この村のみんなも2人があなたの養子になることには賛成しているというのもあるのではないですか。 実際に効果が出ているのだから。
ああ、事実上はもうみんな知っていることですが、正式に決定したということですと、王宮の方の手続きを進めないといけないですね。 こっちは即座に速やかに進めましょう。 と言っても書類を提出するだけですけど、王都でこの情報に接する貴族の中には何か思う人もいるかも知れないですね」
何だか最後に文官さんは少し気になる黒い感情が滲んだことを言ったような気がしたが、領主様はその言葉は耳に入ってなくて、それ以前のことでショックを受けているみたいだった。
「俺は、ここの他の連中になんて言って了承してもらおうかと頭を悩ませていたのに、この村の奴らだけじゃなく、領内の人どころか、他領の商人にまでもう知られていたのか。
俺がここのところずっと悩んでいたことは一体なんなんだ。 そうか、お前は、頭を悩ましている俺を眺めて、面白がっていたということか」
そういう自覚もきっとあったのだろう、文官さんが少し焦るように言い訳した。
「いやいや、僕も他のみんなと同じで、正式に発表される前に、このことに関して色々言える訳ないじゃないですか。
私がしたのは、領主館に挨拶に来た商人に、この村で変なことをしたり言ったりしない方が良いですよとアドバイスした程度ですよ」
「お前か、お前が商人に情報をリークして、それで他領の商人たちにも正式に発表する前から伝わったんだな」
領主様が文官さんに飛びかかって、首を締めた。
「ギヴ、ギヴ、本当に締めないで」
文官さんが締めている領主様の腕を叩いて降参している。 領主とその文官という立場になる前からの関係が透けて見えるようなドタバタだ。
「領主様の周りの人も、知ってはいても正式発表前だから、何も言いようが無かっただけですから、そんなに怒らないであげてください。
周りの人も、領内の人も、私の知る限りみんな喜ばしいことだと思っているみたいです。 それだから早く正式に発表されないかと思っていたんですよ。 そうすればちゃんと領主様とこの2人にお祝いの言葉を掛けられるって」
シスターが文官さんの為に、取りなしの言葉を領主様に掛けた。 いや、もしかすると自分の今までのことを恥ずかしがっている領主様に、ちょっと周りの気持ちを伝えただけなのかも知れない。 僕はこの村の中だけではなくて、他の人も喜んでくれていると聞いて、嬉しいけど、少し責任みたいなモノを感じてしまった。
「領主様、領主様は自分の子は作れないということだけど、ナリートとルーミエを養子にしたのだから、絶対に心強いよね。 ナリートは何だか分からないけどとても優秀だし、ルーミエは聖女だもの。
それにね、領主様。 私たちは養子ではないけど、領主様のことはみんな大好きだよ。 だから、ナリートとルーミエだけじゃなくて、何かあれば私たちのことも頼ってくれても良いんだ。 この村のみんなは、そう思っている」
エレナが急にそんなことを言い出した。 ウォルフがエレナは何を言い出すんだという顔をした。
きっと、領主様が自分の子どもを持てないということを聞いて、その後ウォルフと何か話をしたのだろう。 それから色々と自分で考えていたことが口に出た感じだ。
領主様は、エレナの最初の言葉を聞いて、「お前、そんなことも話したのか」という視線を僕の方に向けようとした感じだったけど、その後の言葉を聞いて、何だか感動して言葉が出ないという感じになっている。
「そうね、エレナの言う通りね。
私はルーミエと同じで、ナリートの妻になるから、養子にならなくても領主様は義父となる訳だから別かも知れないけど、みんなも領主様の子どもの様なモノだものね。
シスターは私たちみんなの事を自分の子どものように思ってくれていると言ってくれてるから、それならば結局みんなも領主様の子どものような事になる訳なんだから」
エレナの言葉に乗っかるような調子で、フランソワちゃんがそう言うと、みんな何だか納得した顔をした。 ミランダさんはともかく、マーガレットとキイロさんがちょっと複雑な顔をして、シスターが慌てた。
「フランソワ、ちょっと何を言ってるの」
フランソワちゃんも、シスターは最近は僕らと同じように呼び捨てにしている。 フランソワちゃん自身がそう頼んだからだ。
領主様はフランソワちゃんが言った言葉の意味も、シスターが慌てたことの意味も理解出来ていないようだ。
「領主様、つまりですね、シスターは私たちのことを自分の子どものように思ってくれていて、私たちもシスターの事を母親か、少し私たちの親としては若過ぎるから姉のように思っています。
だから、シスターが領主様と結婚したら、領主様は私たちにとっては必然的に父親のような人になる訳です。 だってシスターの旦那様になる訳ですから」
「いや、マイア、お前も聞いたのだろ。 儂は子どもを作ることが出来ないから、結婚することは出来ないのだ」
「いえ、領主様、シスターは私たちという自分の子どもに等しい者がたくさん居るから、自分が子どもを産めなくても全く構わないと言っていますよ。
ですから、領主様が結婚を申し込んでも全く問題はないのです」
「マイアも何を言っているの」
シスターが真っ赤になって狼狽えている。
領主様は頭の中で何度も何度も、マイアに言われたことを反芻しているようだ。
文官さんは、急に今まで見せたこともないような真面目な顔で、領主様の事を見つめている。
「カトリーヌ、変に意識しないで、本音で答えて欲しいのだが、お前は自分の子どもが持てない相手でも、結婚相手として構わないのであろうか?」
領主様のすごく真剣な顔をしての問いに、シスターは僕にも聞こえる音を立てて口の中の唾を飲み込み、こちらもすごく真剣な顔で答えた。
「私は、子どもを作れない男性が好きという訳ではありませんが、好きになった男性が子を作れなくても、私には自分の子どものように思う子たちがたくさんいることもあり、それは結婚の障害にはなりません」
その言葉を聞いて、領主様はビクビクって一瞬体を震わせたが、それから2人は沈黙してしまった。 僕たちももちろん身じろぎもせずに成り行きを見守っているだけだ。
沈黙のままに時間が過ぎて行くので、どうなるかと思ったが僕らにはどうにもならない。 文官さんがドンと領主様の背中を叩いた。
「ほら、黙ってないで、何とか言いなさい」
「今、ここでか。 子どもたちもいるのだぞ」
「何言ってるんですか。 子どもたちの所為になんてしないでしっかりしなさい。 そもそもここに居る子たちは、あなたと違ってもうみんな相手を決めているのです。
今を逃せば、もうあなたには2度と機会は訪れないかも知れないのですよ。 勇気を出しなさい」
領主様は、意を決したようにシスターの方に向き直ると、震える声で言った。
「カトリーヌ、唐突だが、俺と結婚してくれないだろうか? もちろん嫌なら断ってくれても全然構わない」
「なんでそんなに弱気なんですか。 こんな私で良ければ、もちろん答えは『はい』です」
ルーミエがその言葉を聞いて、シスターに飛びついた。 フランソワちゃん、エレナ、マイアもそれに続いてシスターに駆け寄った。 ちょっとだけ遅れて、アリーとエレナの同期の女性たちがその輪に加わった。 マーガレットとミランダさんが、その輪のすぐ脇で少し落ち着くのを待っているみたいだ。
僕ら男性陣はというと、同じように嬉しく感じていたけど、その輪に加わる訳にもいかないし、かといって領主様に抱きつく訳にもいかず、どうして良いか分からなくて、なんとなく顔を見合わせているだけで、困って立っているだけだ。
文官さんも、とても晴々とした顔で立っているだけだ。
領主様自身も、シスターの答えを聞いた後は、ただそのまま立っていただけだったのだけど、ふと気がついたように文官さんの方を向くと言った。
「お前が変に急かすから、プレゼントも用意しないで結婚の申し込みをしちゃったじゃないか。 もう一度ちゃんと用意してやり直した方が良いんじゃないだろうか。
カトリーヌだって、ちゃんとこういう風に申し込んで欲しいという夢があっただろうし」
輪の中でもみくちゃになっていたような気がするが、シスターはちゃんとしっかりと領主様のことを注意深く気にしていたようだ。 文官さんに言った言葉に即座に反応した。
「プレゼントなんていりません。
みんなの前で、私に結婚を申し込んでくれるなんて、私が夢見ていた以上に嬉しいことでした。 やり直しなんてとんでもない」




